吸血鬼と患者さん

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2話

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「あな……」

 佐和があなた、という前に怜央が口火を切る。

「アンタ何者? すげぇなさっきの目。それに移動早ぇ……。おっと俺の方が年下っぽいのに敬語忘れてましたねすいません」
「そこ……っ?」

 即座に突っ込んできた佐和の目はまだ僅かながらにどこか人間のそれとは少し違う気がしたが、不思議と怜央に恐怖感は湧かなかった。

「と、とりあえず見たんですね……。こうなったらあなたの記憶を弄らせて……」
「ていうか倒れてるヤツ、大丈夫なんですか?もしかして殺したとか?」
「殺してません!」

 強く言い返してきた後に佐和はハッとなり口を押さえる。そしてため息をついた後に「ちょっと来てください」と怜央の手をひっぱってきた。そして倒れている相手をそのままに公園から早歩きで遠ざかる。

「ちょ、何でそんな急いで……」
「急ぎもします。先程の相手が目を覚ます前に離れておきたい。でもあなたの記憶を弄るには少し時間がいるし先程の人間が気になるしでとりあえず離れるしか思いつきませんでした」

 相変わらずビジネス街のせいか、夜中に歩いているモノ好きはほぼ自分達以外はいないようだ。

「とはいえ結局あなたに見られた。ほんと油断出来ませんね……」

 ひたすらひっぱられるようにして歩き、人気のないビルの影でようやく立ち止まると佐和が真剣な表情をして怜央を見てきた。

「その表情も良いけどもっとなじるような目つきの方が嬉しいんですが」
「……は? 先程からあなたの反応が理解できませんが、まぁ怖がられて叫ばれるよりははるかにマシですね……。では記憶を……」
「え、無くしちゃうんですっ?」
「当たり前です」

 怜央の様子に呆れたように言い返しながら、佐和はまた不思議な目になった。そして怜央の額にそっと指先を触れてきた。
 ああ、もっとできれば弄って欲しい、などとずれた事を思いつつも怜央は先程見た記憶が無くなるのを少々残念に思う。

「……ん?」

 何故か不可解そうな佐和の声を聞いた。

「ってちょ、待って! まさか俺と先生という出会いすら記憶から無くしませんよねっ? 歯の治療は今後もありますよねっ?」
「はっ? あなた本当に……って、え……? 歯の、ち、りょう……?」

 不可解そうだった佐和がさらに怪訝な表情を浮かべる。

「ええー? 俺の事覚えてくれてなかったんですね。ほんの数日前に歯を削って仮詰めしてもらった槇村ですよー」
「……ぁ」

 佐和の口から何とも判断し難い声が漏れた。どうしたんだと怜央が首を傾げて佐和を見ると「最悪……」と呟かれた。

「最悪だなんて酷い。でももっと罵ってほし……」
「ちょっと黙ってもらえませんか」
「喜んで」

 嬉しそうに怜央が言うとため息をつかれた。
 その後、その場に留まっていたら怪しいのでという佐和と一緒に歩きながら怜央は話を聞いた。

「先程の相手は殺したのではありません……ただ、ほんの少し、精力をいただいていました」
「精力? 何かエロいな」
「余計なひと言は不要です。俺はこの世界では人間の血や体液、もしくは最悪精力を摂取しないと生きていけません」

 どこか引いたような目で見られ、むしろありがたがっていた怜央はハッとなった。

「俺? 俺って言いました? 僕じゃないんですか?」
「そこ? 先程からあなたが気になるポイントが理解できません。歯科医をしている時には確かに僕と言いますが、それ、必要な事なんですか?」
「俺的に」
「……。そもそも俺の存在が気にならないんですか?」

 さらに呆れたように言われ、怜央はニッコリと笑いかけた。

「そりゃまあ気になるからこうして話、聞いてますよ」
「……はぁ。……俺はヴァンパイアです」
「へえ」

 怜央は頷いた。現実にそういう生き物が存在するんだなとそれなりに驚いてはいるが、多分先程異様な感じがした佐和の目を見た時点でどこかでそういった人間ではない生き物を想像していたのだろう。激しくびっくりする事はなかった。

「……軽い」
「何が? 荷物? ってアンタ別に荷物持って……」
「反応がです……! 普通もっと驚くなり恐怖に震えるなり」
「そう言われても……俺なりに驚きはしましたけど。ていうかじゃあさっきの人、精力って。血じゃなくて良いんです?」
「それが一番力になりますが、俺らだってどんな人でも何でも良い訳ではないです」
「あー、鶏肉は好きだけど豚肉は、みたいな感覚ですかね」
「……なんか違う……。っていうか全く怖くないんですか」

 呆れすぎて物も言えないと言った表情をした後でため息をつきつつ佐和が聞いてきた。

「どうですかねえ。まだ実感が湧いてないのかもしれないです。アンタ以外にも沢山いるんですかね? 一斉に襲いかかられたら流石にチビりそうかな」
「ちびっ……俺以外は俺が知っている限りでは多分いません。俺は何て言うんでしょうね、留学してるようなものです……」
「へえーそんな制度あるんですねえ。ところで俺の記憶、消すのやめてくれたんですか?」
「……血でも精力でも頂く前に俺は相手にまず暗示をかけます」
「はあ」

 何の話だと思いつつ怜央は続きを待った。

「暗示にかかりにくい人間だと分かると、暗示にかけようとした事だけ忘れてもらってその相手から頂くのを諦めます。それくらいの記憶操作ならどんな相手でも簡単なので」
「なるほど」
「ちなみに精力だけならまだしも一回でも血や体液等を頂いた人間は何故でしょうね、何かしら身近にでもなるのか、かかりにくくなるんです、暗示」
「へぇー。…………ん?」

 一体何が言いたいのか分からないまま相槌を打っていた怜央は怪訝な顔をした。今、言いたかった事を彼は言ったのではないだろうか。
 怜央が佐和を見るとコクリと頷いてきた。

「察しが早いですね。そうです、この間歯の治療した時にほんの少しだけなんですが頂いてました」
「……は? え? ちょ、待って、い、いつ? 俺、眠らされたとか? その間に何かされたとか? え、ちょ、マジ待って何それすげぇ滾る……!」

 勝手に想像を進めてつい叫ぶと佐和がまた引いたような顔で見てきた。

「あなた……見た目はいいですけどほんと気持ち悪いですね……」
「酷い、でもいいですね、もっと罵ってくださ……」
「黙ってもらえます? はぁ……。眠らせたりとかしてません。そんな事したら他の人にバレるじゃないですか。だいたい普段は先程みたいに暗示をかけてから人通りの無いような場所で頂きます」

 更にドン引きしつつ、佐和はため息をまたついた。

「あの歯医者は佐和先生のアジトじゃないんですか」
「やめてくださいそんな厨二病な。違いますよ。俺はただ普通に歯科医として勤務しているだけです。なので眠らせてませんしそんなおおっぴらに頂いた訳ではありません。不足していた訳でもないので」
「なんだ。んじゃ何したんです」

 つまらなさそうに怜央が聞くとまた呆れたような顔をされた。

「最後仮の詰め物をする時に少しだけあなたの口内から頂きました」
「え?」

 そんな事してたか? と怜央は怪訝な顔つきをした。だが思い出した。
 あの時、佐和が素手だったような気がしていた。だが気のせいだろうと思っていた。そういえば治療の帰り、妙に疲れていて面倒くさいからと簡単に弁当を買ったのも怜央は思い出した。

「え、じゃあ素手で触られたら口の中から何かとられんのか」

 ヴァンパイアのイメージが佐和に出会ってからとてつもない勢いで塗り変わっていく。

「いやーすげえ牙で首に食いつかれて血を吸われるイメージばっかだった」
「……まあ直接血を吸うなら確かに歯で傷を付けることもあります。でも血や体液は粘膜からも摂取できますし、精力は脈が通っているところであれば」
「へえー……あ、でも佐和先生あの時、目は普通でしたよ?」
「別に暗示もかけずに少し頂くくらいなら変わりません。ほんとあなたは妙なところばかり気にされますね」

 そして佐和は急に立ち止まった。街灯の明かりがない場所なので少し離れるだけであまり見えなくなってしまう。怜央は「佐和先生?」と怪訝そうに振り返った。

「……何故俺が危険を顧みずこんなに丁寧に説明していたか疑問にも思わなかったんですか?」

 その声は仄暗い。

「あー。俺が好きになったから?」
「違います! 本当にあなたは……。記憶を消せないのなら……あなたの存在自体を消せばいいだけだと思ったからです。最後のサービスでお教えしてました」
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