君の全てが……

Guidepost

文字の大きさ
上 下
20 / 20

20話(終)

しおりを挟む
 大学での夏休みが終わると、気づいてみれば完全に秋に差し掛かっていた。暦の上では夏休み中にすでに秋ではあったが、実際も時折肌寒ささえ感じられる。

「秋は好きだよ」

 週末、柾の家に来ていた蓮はそう言って静かに微笑む。

「そう? なんか中途半端な気がしない? 暑いのか寒いのかどっちだよみたいな」
「夏の終わりをゆっくりと移動してる時期だろ。生物が冬ごもりの支度をこの間にしてくし、植物は鮮やかな色から優しい色になってく」
「夏と冬の間ってイメージしかなかったな」
「柾は情緒がないからな」
「え、なにそれ、酷いな。俺、すごく情緒豊かだと思うんだけど。君に触れる時とか特に」
「……それは関係ないだろ」

 柾がニッコリと言うと蓮は少しムッとしたように顔を逸らすが耳が赤い。色が白いと分かりやすいなと柾は思わず微笑む。
 今は少しムッとしているけれども、蓮は最近前よりももっと笑うようになった。その表情はとても好きだし柾も嬉しい。だがその分蓮を気にする者も増える。
 元々蓮の中性的な顔立ちは整っていて背もそこそこありスラリとしている。スラリというか柾からすれば少し痩せすぎな気もするが服を着ているとそれがまた凄く似合っているというかスリムでいい感じに見える。そんな蓮の笑顔は周りにとってもかなり影響があるようだ。柾としてはとてもありがたくない。もちろん柾も蓮の笑顔は見たい。見たいけれども見せたくない。

「俺以外には怒ってたらいいのに」
「無茶言うな」

 思わず本音を漏らしていたようで蓮には微妙な顔で見られた。
 せめて少し太れば周りの目も逸らせて自分としても肉の感触を楽しめるしで一石二鳥かなと思い、ひたすら脂っこいものを食べさせようとするのだがあまり食べてくれない。

「フライとか脂浮いてるようなラーメンとか嫌い?」
「……別に食べられるけどそんなに好きじゃない」
「じゃあ何が好きなの」
「トマト」
「……っく」
「ていうかそんなんばっか食ってたらお前、太るぞ……」

 柾が太るのでは意味がない。

「それは困る。でも大丈夫、君と運動してるから俺、太らないよ」

 ニッコリと言ったところでふと思う。それはつまり蓮も運動していることになる訳で、トマトばかり食べた上に一緒に運動などと、ますます痩せる一方じゃないかと微妙になる。
 それとも攻める側と受ける側だとスタミナもまた違うのだろうか。する側は毎回百メートル走を全力疾走している勢いだが、さすがに受ける側は経験したことがないのでわからない。

「運動?」

 だが蓮はなんのことだかわからないようで首を傾げている。そんな様子が可愛いと思い、柾はぎゅっと抱きしめた。そして耳元で囁く。

「夏なんて汗だくになって絡み合っただろ……? これからやってくる寒い冬はもっと沢山ぎゅっとくっつきあえるね」

 その言葉で何を意味していたのかわかったようで、蓮の頬や耳がまた赤くなった。ちゅ、っと赤い耳朶にキスをした後で、「スタミナもいるしトマトじゃだめ。肉食おう、肉」と柾は笑いかけた。

「肉は嫌いじゃないよ別に。ただあまり食べると胸やけするけど」
「じゃあ後で焼き肉行こうよ」
「今あまり金ないからバイト代出てからな」
「奢るし」
「いらない」
「そう言わずさ、たまには奢らせてよ、ね?」
「……生肉食べられる店なら」

 柾のお願いに、蓮は赤くなりながら言ってくる。そこは赤くなるところか、と思わず突っ込みたくなる。ちなみに認定ある店なら今でも生肉が食べられるところは割とある。

「……。そういえばなんで生肉がいいの? まさか血以外に肉も」
「違う。でもまあ、ほら、血の滴るイメージがあるから生肉食べるほうが興奮する」

 淡々と返ってきた言葉に柾は苦笑する。あれほど血に興奮する性癖を隠したがり、泣きじゃくっていた蓮は今では柾の前でだけ、堂々としたものだ。
 別れないと言ってくれた後も暫くはとても遠慮がちだった。柾はそんな蓮に根気よくずっと言い続けてきた。
 君の全てが大好きだ、と。
 そんなある時行為中に蓮がぎゅっと柾を抱きしめ、蕩けるような笑顔を見せながら言ってきた。

「柾……ありがとう。俺の全て、受け入れてくれて、好きだと言ってくれて……ありがとう」

 その言葉が嬉しく、柾は不覚にも蓮のように泣きそうになった。だが泣く代わりにぎゅっと抱き返し、そのまま喉の奥から込み上げてくる嗚咽の代わりに「好きだ」と何度も絞り出すように囁き激しく蓮を求めた。
 自分でも何故そんなに蓮が好きだと思うようになっていたのかわからない。いつの間にか気になっていて、そしていつの間にか好きだった。その好きが、いつの間にかあり得ない程の好きになっていた。
 どんな欲望にまみれた蓮も愛している。身体を傷つけようが傷つけられようがそれすら愛の表現だとさえ思える。
 たまに、本当にほんのたまにだが、柾も腕の内側を切らせて血を舐めさせている。本当はこんなこと、すべきじゃないのかもしれない。どうにか止めさせるのがもしかしたら正しいことなのかもしれない。
 でも柾にとってはなにが正しいかなんて正直わからないし、自分と蓮にとって幸せならそれが正しいのだとしか今のところ思えない。
 今も「興奮する」と言った後にその気になった蓮に対し、柾は自分の腕を傷つけて舐めさせた。
 これも最初の頃は泣いて申し訳がり、嫌がっていたけれども今では本当にたまにしかしない、柾からの行為の一種だと蓮も受け止めているようだ。すっと切れた柾の傷口を、蓮はトロリと蕩けそうな表情で舐める。

「は、ぁ……」

 時折熱い吐息が漏れ、蓮の表情とともに柾を堪らなくしてくる。
 全力の愛情表現だと柾は思っている。もし世間では眉を顰めるような行為なのだとしても構わない。

「ん、柾……」

 名字でずっと柾を呼んでいた蓮は今ではさも愛しい言葉を発するかのように名前で呼んでくる。
 座っている自分の上に蓮を抱えて乗せると、柾は「好きなように動いて……」と囁いた。



 暫く後に二人で息を乱していると、蓮が不意にまたペロリと柾の腕や腹の辺りを舐めてきた。

「なに?」
「まだ残ってた。勿体ない」
「……勿体ないものなの。ねえ、血と精液って違うの? そういえば」
「……は?」

 ふと思ったことを口にすると蓮が怪訝そうな顔で柾を見てきた。

「だってどっちも体から出てるし似てそうじゃない?」
「全然違う。ていうか、なんで」
「え、どうせなら俺のを沢山飲んでくれるとか堪らないなって」
「バカじゃないのか?」

 あはは、と柾が言うと蓮が呆れたように言ってきた。

「だよねー」

 笑ったまま蓮を引き寄せると、暫く黙った後にボソリと呟いてくる。

「いつも俺の中で飲んでるよーなもんだろ……。でも……口で飲んでもらいたいならいつでも――」
「っちょ、ストップ!」

 柾は真っ赤になりながら蓮の口を塞いだ。いきなり塞がれ、蓮はムッとしたように柾を見てくる。

「今言っちゃだめだよ蓮。肉食いに行くどころか俺がヤバくてこのまま朝までコースになってしまう」
「……別にそれでもいいけど」
「ダメ。蓮を肉まみれにさせたいからダメ」
「なにそれ」

 蓮がまた呆れたように見てくる。

「次する時にでも言って? すごい聞きたい。絶対俺、堪え性なくなるけど、言って?」
「なにそれ」

 今度はまた蕩けるような笑顔で言ってきた。

 ああ、本当に、君の全てが……なにもかも大好きだよ。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

月花銃
2021.08.18 月花銃

いいなぁ、これ
めっちゃ好き
こうゆう性癖好きだし
理解力の塊みたいな彼氏とイチャラブしてるの、見るのも好きだから堪らん!!
性癖歪んでるのってホントいいですよね!
基本的に何でも好きですけどこうゆう作品は格別!!
めっちゃ楽しく読めました!
ありがとうございます!

Guidepost
2021.08.18 Guidepost

めっちゃ好きと言っていただけてとても嬉しいです!
パラフィリア、いいですよね。書き手も大好きでして。歪んでるのもとても好きです。
理解力の塊笑いました。
片方が歪んでいたら片方は器でかくあって欲しさあります。
楽しんでもらえてよかった……!
月花銃さん、こちらこそ感想ありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。