君の全てが……

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17話

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 一緒に花火を見て、映画を観て、旅行をし、自然や風景を堪能し、キャンプをし、水に足を浸し、抱き合って眠り、そして夢を見る。
 現実でも覚めない夢を見ているようだった。幸せ過ぎて蕩けて体がなくなってしまいそうな程の夢。できればずっと覚めたくない夢だ。
 だが傍に居て柾を知れば知る程堪らなく大好きになり、そして苦しくなる。柾の優しさは上塗りではなく本物の優しさだが、蓮に対する気持ちは本物ではなく同情だ。
 最初は同情でも良かった。それでも蓮は柾と付き合いたいと思ったし、柾に対しても申し訳ないと思いつつも言い出したのだからと軽く捉えていた。
 しかし日々を重ねれば重ねる程辛くなっていく。自分が辛いだけなら良かった。
 アルゴフィリアといった苦痛を愛する趣向は持ち合わせていない。だがそれでも辛かろうが間違っていようが歪んだ関係であろうがさらに愛しさが増す気がした。愛しさが増せばなお、体を繋げる時とても気持ちがいい。歪んでいる分、背徳感も増し、尚更愛おしくなる。愛おしくなり、苦しくなる。
 行為の後でよく、大好きで嬉しくて、なのに悲しくて切なくて蓮はぎゅっと柾を抱きしめた。

 ……なにより嫌われたくない……。

 同情であろうがなんであろうが、蓮に好意的な気持ちを向けてくれているのは本当だと思う。それすらなくなるなんて耐え難い。柾が優しく蓮を見つめてくれ、笑いかけ、話しかけてくれる。そしてキスをし抱いてくれる。それがなくなるだけでなく、嫌われ柾を完全に失ってしまうかもしれないと思うと怖くて堪らない。
 だが蓮の隠している性癖を知ればきっと嫌いになる。気持ち悪がる。ずっと隠しておけばいいのだが、こんなに満たされているはずの今ですら柾に抱かれながら満たされない思いが消えてくれない。身体も心も柾に埋め尽くされ幸せと快楽で蕩けてしまいそうなのに芯が燻っている。
 抱かれながらも腕を切り付け血を見つめ血を舐めたくて仕方がない。
 自分の性癖を知った上で好きになった相手となら、そんな気持ちもなくなるかと思ったのに、むしろもっと欲しくなる。
 この間、とうとうバレそうになることがあった。お互い唇や体中に沢山キスをし、気持ちを昂らせ合う。そしていつもは大抵柾が蓮の上になり中を満たしてくるのだが、その時は蓮が上になっていた。とはいえ跨る蓮はいつものように柾を受け入れる。

「……っぁ、ん……。っん……、……こ、れ……?」

 柾の上で動いていた時に、顎の下あたりに小さな切り傷があるのに気付いた。

「ん……? ああ、ひげ剃る時にちょっとミスった」

 つ、とそこに指を這わせると柾は笑いながら答えてくれた。だが、蓮にとっては笑いごとではなかった。もうそこにしか目がいかなかった。無意識のまま指はその傷口を抉るようにひっかいていた。すると一旦は治りかけていた傷口からほんの少しの小さな赤が滲み出てくる。
 それを見つめるだけで身体の奥が蕩けそうになった。柾自身が入っている部分がきゅん、と勝手に反応する。

「っ? 蓮……?」
「ぁ、あ……! ご、ごめ……」

 ハッとなり謝ろうとしたもののまたすぐに堪らなくなり、蓮は身を屈めて柾の首筋に顔を埋めた。そしてひたすら舐めた。柾の味だと思うとおかしくなりそうなほど身体が快楽に震える。中も言いようのない快感にぎゅっと柾を締めつけた。

「ん、は……ぁっ……、あ、あっ、ああ……っ」

 思い切りびくびくと腰を震わせ、蓮は達した。そしてようやく本当に我に返る。下では柾が赤くなりながらもポカンと蓮を見ていた。その顎は蓮のせいで痛々しく赤くなり、まだ血が滲んでいる。

「……ぁあ……っ、ごめん……、ごめんなさい、本当に、ごめん、ごめん……っ」
「れ、蓮? ど、どうしたの……、大丈夫、大丈夫だから泣かないで……ね、蓮……」

 優しくあやしてくる柾に、蓮はなおさら胸が締めつけられた。
 結局なんだったか蓮は説明していない。というかできるはずもなく、柾は心配そうにしていたが無理強いはしてこなかった。
 だが、本当にもう駄目だと思った。言えるはずのない性癖を抱えたまま、大好きな人に義理で付き合ってもらうのはもう、無理がある。
 知られて嫌われたくない。そしてなによりも、自分が辛いだけなのではないと思えば思う程苦しくなってくる。
 友だちとして自分を大切に思ってくれている柾の心を縛る権利など、蓮には全くない。それもこんな性癖の持ち主。ただでさえ、男同士だというのにと思うと申し訳なさで心臓が潰れそうになる。
 柾から他の友だちと楽しく過ごすだけではなく、ちゃんとした彼女と幸せに付き合うことすら奪う権利なんて蓮にあるはずもなかった。

 ……不幸になってほしくない……。

 泣いても泣いても涙はとめどなく溢れてきた。

「別れよう」

 ある日、蓮の部屋でそう告げた。柾の部屋じゃないのは、蓮がそうしたかったからだ。例え蓮のことを恋愛として好きではなくとも別れ話は楽しいものではないだろう。そんな思い出を柾の部屋に残したくなかった。
 別れようと言っている今も心の中ではずっと好きだと叫んでいる。それでもどうしようもなかった。
 ただ表情には出していない。なにも感じないふりをして、淡々と告げた。

「え……? なんの冗談?」

 柾はポカンとした後で笑いかけてきた。例え困ったような笑顔であっても柾の顔を見ると胸が締めつけられそうだった。

「冗談じゃない。別れ、たい」
「……、嘘だ」
「……嘘じゃない」
「だ、って一昨日も一緒にビアガーデン行った時に次はベタな水族館行こうって話したろ……?」

 した。
 ……一緒にペンギン、見たかったな……。

 ふとそんなことが過り、込み上げてくる感情のせいで喉が塞がる。蓮はぎゅっと唇を固く閉じた後にハ、と短く息を吐いた。

「ごめん」

 謝ると柾がどこか痛むような顔をした。腕の傷を思い、心配しているのだろうかと思った。

 違う、ごめんね、違う。俺はそんな繊細な生き物なんかじゃない。ただの歪んだパラフィリアだ。

「か、勝手なこと言って本当に申し訳ない。でも、もう――」
「本当に? ねえ、蓮。本当に別れたいの? 俺のこと、嫌いになった……?」

 言いかけたところをぎゅっと抱きしめられた。
 嫌いになんて、なれる訳がない。

「ごめん」
「……そっか」

 蓮を抱きしめたまま、柾がため息をついてきた。その体を蓮もぎゅっと抱き返したくて堪らなかった。

「俺さ、今日ここに来たら言おうと思ってたことがあるんだ……」

 勝手な事を言っている蓮に対して相変わらず優しい口調で柾は囁くように続けてきた。

「蓮、好きだよ……って。ちゃんと、言えてなかったから……」
「っ……」

 蓮は元々泣き虫ではない。男だし淡々とした性格だ。なのに最近はよく泣いていた。だが、今だけは絶対に泣きたくないと思った。

 泣きたく、なかった。

 何か変な音が聞こえると不意に思った。それは自分の噛みしめた歯の隙間から漏れ聞こえる不快なうめき声だった。
 柾の腕の中で、蓮は口を押さえ、もう片方の手で自分の体を支えつつも折り曲げるようにして、まるで嘔吐するかのように嗚咽した。
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