君の全てが……

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12話

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 待ち合わせにやってきた蓮の姿を見た時、正直柾は少しドキリとした。
 付き合うことになったとはいえ、柾は男に興味が無い。蓮のことは好きだけれども、申し訳ないことにそういう目線では見ていない。そんなはずが、思わずドキリとした自分がよくわからない。だがやはりこういうことは男女あまり関係ないのかもしれないなと柾はまた思った。
 男だろうが蓮の浴衣姿は色気があった。別に女装している訳ではないし、なよなよもしていない。むしろ凛とした佇まいが男らしい。浴衣も暗い色合いのものを普通に着ているだけだ。それでも着物の衿から見える首筋や鎖骨がとても綺麗だと思った。

 そう思うことは別に悪いことじゃ、ないよな……。

 柾はニコニコと笑いながら蓮に「お。蓮は浴衣なのか。いいな」と話しかけた。すると、照れたような困ったような表情を浮かべながら動揺してくる蓮が可愛らしく思え、さらに笑みを浮かべた。

「だって凄い似合ってる」

 言った後にだがふと浴衣の袖口が気になった。これだと見えて……そう思った時にはつい口に出ていた。

「あ、でも傷……、っぁ」

 途中まで言ってしまったもののハッとなり、慌てて柾は口を押さえた。なんとなく、自分が蓮の傷を知っていることを蓮も気づいているのではないかと思いつつも触れられずにきた。なのになんだこのうっかり具合は、と自分に対して微妙になる。
 すると蓮はそっと腕を見せてきた。え? と思って見ると手首から肘近くまで包帯が巻かれてある。新しい傷ができたのだろうかと少し気になったものの、傷があるとお互い分かった状態で、蓮が率先して対処した腕を見せてきたことになんとなくホッとした。ずっと腕の傷に関しては避けられるものかもしれないと思っていた。

 ……好きだと言ってくれたし、信用してくれているのだろうか。

 そんな風に思い、嬉しくもあり安心もできた。なんとなくだが、少なくとも、もう自分を傷つけたりしなくなるのではないかなどとさえ思ったりした。
 目的地に向かっている途中で花火が既に上がっているのに気付くと思わずその場で空を見上げる。何気にふと蓮を見ると、ポカンと小さく口を開けて空に浮かび上がる大輪のきらびやかな花を見ていた。口を開けて夢中になって眺めている蓮は可愛らしいのに、どこか煽情的で綺麗だった。

「綺麗だね」

 気づけばそう口にしていた。ハッとなった蓮は少し俯き気味になりながら「うん……」と同意してくる。恐らく柾が花火のことを言ったんだと思っているだろう。柾もすぐに空を眺めた。自分のこの気持ちがよくわからないのに、どこか楽しくもあった。
 その後一旦休憩だろうか、花火が止んだ。今の間に移動しようかと柾が声をかけると「二人きりで見られるほうがいい」と蓮が言ってくる。

「え?」

 思わずポカンとしたものの、そういえば自分たちは付き合っているのだったと改めて思い出す。知り合ってから今の今まで、こうして二人で居るのがとても自然な感じがしていたからだろうか、付き合っている云々すら忘れがちなのかもしれない。
 だがふと蓮が見せてきた切なそうな表情を見て、柾は気が利かなかったなと自分に反省しつつも妙にその表情に惹かれた。
 とりあえず気の利かない自分に対して叱咤し、柾は蓮に手を差し出した。それに対して怪訝そうな顔をされたので少しおかしく思いつつ、さらに蓮の手をつかむ。
 手を握ったまま歩いていると蓮がとても緊張というか意識しているのが伝わってくるようだった。その思いに感染したかのように柾までドキドキしてくる。

 ……なんか、新鮮だな。

 一緒に歩きながら手をドキドキして握るなんて、どれくらいぶりだろうと柾は思った。ちらりと蓮を見ると、また俯き気味だったがなんともいえない表情をしているのが分かる。町の灯りもこの辺は少なく、薄暗いというのに蓮の白い肌は浮き立つようで、赤くなっているのまでわかった。
 木々の間をぬっていく時に浴衣の蓮が下駄だったのを思い出す。蓮が歩きやすいよう気にしつつ、丁度立っていても雑草が邪魔にならない場所に来た時、花火がまた上がった。
 手を繋いだまま、二人で空を見上げる。

 ああ、花火ってこんなに綺麗だったっけ。
 こんなに夏の風物詩だって思えたっけ。

 いっそこの蒸し暑ささえ心地よく感じそうだった。だがそういえば蓮は暑さに弱いんだっけかと思い出した。それだというのに飲み物の一つも用意していない。

「そういえば飲み物買うの忘れてたね。どこかで――」

 柾が言いかけると蓮はじっと柾を見ながら「キス、したい……」と囁くように呟いてきた。

 キ、ス……?

「え?」
「キス……は、出来ない、だろうか……? 男同士だと、難しい……?」

 絞り出すように言いながら、蓮はまた少し俯いた。だが耳が真っ赤なのがわかる。
 柾は驚いたように蓮を見ていた。

 そういえば、男同士だった。

 蓮の言葉で改めてハッとなっていた。待ち合わせにやってきた蓮を見た時はまだちゃんとそういった意識はあったというのに、いつの間にか男女云々など考えもしていなかった。あまりにも自然だった。
 いや、今でも意識して考えても自分で自分に蓮を性的に好きなのかと問えばわからない、と……。
 そしてまた「あれ?」っと思う。わからないのでなく、そういう目線で見ていないと断言していたのではなかっただろうか。
 混乱しつつも、どこか辛そうな蓮の表情に気づき慌てて答えた。

「難し、くはないよ」

 一旦まだ握っていた蓮の手を放し、未だ俯き気味な蓮の顎にやるとそっと持ち上げた。そして蓮の表情にドキリとなる。
 蓮はといえば、一旦瞑りかけた目を開き、焦ったように「あ、あのごめん! む、無理はしなくて……」などと言ってくる。

 謝らないで。

 柾は内心思った。

 ごめん、じゃなくていつも、ありがとうって言う君が俺は――

 俺は?

 柾は思わず焦る気持ちを隠すようにとっさに答える。

「なに言ってんの蓮は。俺たち、付き合ってんでしょ? 蓮がしたいならしよ?」

 違う、そうじゃない。
 蓮がしたいなら、じゃない。
 なにを言っているんだ俺は。

 だがもう言い直す余裕もなく、柾は蓮を引き寄せた。ゆっくりと顔を近づけているとまた一旦止んでいた花火が上がった。大きな花火のようで、その瞬間、お互いの顔が照らされる。
 さらにはっきりと見える蓮の表情に、柾は堪えられなくなった。気づけば夢中で唇を貪っていた。
 ふと感じたのは蓮の唇が柔らかいということ。そして何も飲み食いしていないというのに、とても甘く思えたということだった。さらにぎゅっと抱きしめ、もっともっととばかりに味わう。
 時折漏れ聞こえる蓮の吐息に混じった喘ぐような音が柾の耳を犯してきた。
 既にもう、花火なんて見ていなかった。音だけが蓮の吐息に混じって耳に、心に響いてくる。

「……っ、は……、ぁ……、あ、きお……」

 だが大きく響いてくる音も、消え入るような蓮の声ほどはよく聞こえなかった。
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