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11話
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待ち合わせに現れた柾はいつもと変わらない感じでニコニコとしていた。もちろんそれだけで十分、蓮にとっては嬉しいことだ。嬉しいのだが、と視線を下にやる。
浴衣なんて、一人バカみたいにはしゃいでいる感じがするだろうかとそして思う。自分も普段着にすればよかったと少し後悔していると近づいてきた柾がニコニコと笑いかけてきた。
「お。蓮は浴衣なのか。いいな」
「い、いいってなにが」
一人浮かれている感じがか、とつい自嘲気味に思っていると「だって凄い似合ってる」と柾が爽やかな笑みを浮かべながら言ってくる。その笑顔に思わず見とれていると「あ、でも傷……、っぁ」と柾が途中まで言いかけて口を押さえた。
そしてせっかくとてもいい笑顔だったのにその表情がどこか気まずそうになる。蓮は少し俯きながら腕をそっと柾に見せた。
「……包帯。って、別に新たに怪我したとかじゃないよなっ?」
腕を見た柾が納得したように呟いた後でハッとなったように聞いてくる。
「うん」
簡単に答えて頷くと、蓮は「行こう」と歩き出した。歩きながら、少し気持ちが高揚する。
今まではなんとなく知られているんだろうなと思いながらも腕の傷の話題は避けてきた。話題に触れるのも怖かった。だが今のやりとりで、とりあえず暗黙の了解のような感じにはなった気がする。
事情は到底言えない。言える筈がない。しかしもし……万に一つも可能性は無いかもしれないが、もし……同情だけでもいい、柾がその気になってくれて体の関係が進められるとするなら、傷の話題を一切しない訳にはいかないだろうと思う。
でもこれで、なんとなくお互いここに傷があるのだと知っている、という明確な認識ができた。
そんな風に考えていると「お、そろそろ始まっているみたいだ」という柾の声が聞こえた。
まだその場所から少し離れていたが、空を見上げると色とりどりの火花が大きく開き、そして煌いたかと思うと一瞬のうちに散っていくのが見えた。その大輪の火花は消えゆきながら耳に響く音を立て、蓮の心音と連動していく。
「綺麗だね」
その声で、自分が馬鹿みたいに口を開けて空を見上げていたことに気づき、蓮は赤くなりながら口を閉じ、上げていた顎を引きながら「うん……」と頷いた。
そっと柾を窺うと、柾もじっと花火を見上げている。その表情は楽しそうだ。見ていると蓮は心臓がドキドキしてくるのがわかった。顔が熱い。好きだと、柾が好きだと思い、顔を見ているだけで心臓が押しつぶされそうな気持ちになってくる。
元々好みだなと思ってはいたが、いつからここまで好きだったんだろうと蓮は胸の前で片手をぎゅっと握りしめながら思った。
手を、握りたい。
ふと思う。だがここだと人が通る。でも握りたい。触れたい。
丁度その時、上がっていた花火が一旦止んだ。
「休憩かな。じゃあもっと近くまで行く?」
「……ぅん、あの……、」
ニコニコと蓮を見てきた柾に、赤い顔を見られたくなくて少し俯きながら蓮は言い淀んだ。
「どうした? 具合悪い……?」
「わ、悪くない。っていうかほんと別に俺、か弱くもないし普通だから」
「ああ、ごめん、つい」
蓮がムッとして見上げると、柾が「あはは」と苦笑した後にまた「じゃあどうした?」と心配そうに見てくる。
「い、いやその……あまり混んでるとこじゃなくて、ここら辺でもよく見えるし、で、できたらその、二人きりで見られるほうが、いい」
「え?」
蓮の言葉に柾は一瞬ポカンとした後に理解したような顔になった。その間がなんとなく切ない。わかっていても、切ない。
「えっと、じゃあ……あ、そうだ。あっち。向こうに小さな林みたいなとこあるから、そこ行こう。多分そこからでも花火見えると思うよ。人もさ、居ないと思う。その代わり蚊がいるかもだけど」
「……行く」
また赤くなる頬をどうすることもできず、蓮が呟くと柾が手を差し出してきた。なんだろうと思っていたら「ほら」と自分の手をつかまれる。
「行こう」
え、いいのかな……。
そんな風に思いつつ手を握られたまま、二人は歩き出した。蓮は少し俯いたまま後を追うように歩く。心臓のドキドキが手から伝わってしまうのではないかというくらい煩く鳴り響いている。
今まで付き合った彼女とこうして歩いたこともあるだろうに、こんなにドキドキしたことはないかもしれない。
そこは林という程は木々が生い茂っている訳ではないが、確かにあまり人が入る必要のない場所という感じだった。手入れのされていない草が生い茂っているせいだろう。正直、いつもだったら蓮も入りたいとは思えない。
「下駄だと素足当たって気持ち悪い? 俺が歩いたとこ、踏んでいくといいよ」
「あ、りがとう」
何気ないように言ってくる一言一言が嬉しくて暖かくて、蓮は柾が好きでよかったとさえ思えた。
少し土だけの場所に来たところでまたドン、と音がした。上を見るとまた空に咲く花が鮮やかに見える。
「うん、ここでも十分綺麗だし、人居ないからのんびりした気持ちで見られるね」
柾が微笑みながら空を見上げる。まだ手を握ったままで、蓮は「うん」とまた素っ気なくもある返事をすると同じように空を見上げた。
一輪一輪、一滴一滴が鮮やかで目に、心に飛び込んでくる。時折横を窺うと、大好きな柾が傍に居る。
暑さも忘れ、蓮はじっとその光景を心に焼き付けた。
「そういえば飲み物買うの忘れてたね。どこかで――」
ふと柾が思い出したように言いかけてくる。蓮はじっとそんな柾を見た後に呟いた。
「キス、したい……」
「え?」
「キス……は、できない、だろうか……? 男同士だと、難しい……?」
また俯き加減でなんとか言うも、答えがない。困っているのだろうかと恐る恐る様子を窺うと、柾は困っているというよりはびっくりしたようにポカンと蓮を見ていた。
ああ、思いもよらなかったのだろうかな。
少し遠い目でそんな風に思っていると「難し、くはないよ」と柾が手を放してきた。そして蓮の顎をそっと持ち上げてきた。そのまま顔が近づいてくる。蓮はゆっくりと目を閉じかけた後に、ハッとなってまた開いた。
「あ、あのごめん! む、無理はしなくて……」
「なに言ってんの蓮は。俺たち、付き合ってんでしょ? 蓮がしたいならしよ?」
その言葉を聞いて、喜んでいいのか悲しんだらいいのかわからない。
そう。付き合っている。
だからキスなんて当たり前。
当たり前、だけれども自分がしたいから、してくれるだけ、なのだろうなと贅沢にも思ってしまう。それでも止める気なんてなかった。
だって、したい。
柾とキスが、したい。
引き寄せられるまま、蓮は身を委ねた。ゆっくりと柾の顔が近づいてくる。
また一旦止んでいた花火がその時上がった。その途端、お互いの顔が照らされる。
……秋尾の顔も、少し、赤い……?
そんな風に見えた。だが次の瞬間には唇が合わさってきて、もうどうでもよくなった。
浴衣なんて、一人バカみたいにはしゃいでいる感じがするだろうかとそして思う。自分も普段着にすればよかったと少し後悔していると近づいてきた柾がニコニコと笑いかけてきた。
「お。蓮は浴衣なのか。いいな」
「い、いいってなにが」
一人浮かれている感じがか、とつい自嘲気味に思っていると「だって凄い似合ってる」と柾が爽やかな笑みを浮かべながら言ってくる。その笑顔に思わず見とれていると「あ、でも傷……、っぁ」と柾が途中まで言いかけて口を押さえた。
そしてせっかくとてもいい笑顔だったのにその表情がどこか気まずそうになる。蓮は少し俯きながら腕をそっと柾に見せた。
「……包帯。って、別に新たに怪我したとかじゃないよなっ?」
腕を見た柾が納得したように呟いた後でハッとなったように聞いてくる。
「うん」
簡単に答えて頷くと、蓮は「行こう」と歩き出した。歩きながら、少し気持ちが高揚する。
今まではなんとなく知られているんだろうなと思いながらも腕の傷の話題は避けてきた。話題に触れるのも怖かった。だが今のやりとりで、とりあえず暗黙の了解のような感じにはなった気がする。
事情は到底言えない。言える筈がない。しかしもし……万に一つも可能性は無いかもしれないが、もし……同情だけでもいい、柾がその気になってくれて体の関係が進められるとするなら、傷の話題を一切しない訳にはいかないだろうと思う。
でもこれで、なんとなくお互いここに傷があるのだと知っている、という明確な認識ができた。
そんな風に考えていると「お、そろそろ始まっているみたいだ」という柾の声が聞こえた。
まだその場所から少し離れていたが、空を見上げると色とりどりの火花が大きく開き、そして煌いたかと思うと一瞬のうちに散っていくのが見えた。その大輪の火花は消えゆきながら耳に響く音を立て、蓮の心音と連動していく。
「綺麗だね」
その声で、自分が馬鹿みたいに口を開けて空を見上げていたことに気づき、蓮は赤くなりながら口を閉じ、上げていた顎を引きながら「うん……」と頷いた。
そっと柾を窺うと、柾もじっと花火を見上げている。その表情は楽しそうだ。見ていると蓮は心臓がドキドキしてくるのがわかった。顔が熱い。好きだと、柾が好きだと思い、顔を見ているだけで心臓が押しつぶされそうな気持ちになってくる。
元々好みだなと思ってはいたが、いつからここまで好きだったんだろうと蓮は胸の前で片手をぎゅっと握りしめながら思った。
手を、握りたい。
ふと思う。だがここだと人が通る。でも握りたい。触れたい。
丁度その時、上がっていた花火が一旦止んだ。
「休憩かな。じゃあもっと近くまで行く?」
「……ぅん、あの……、」
ニコニコと蓮を見てきた柾に、赤い顔を見られたくなくて少し俯きながら蓮は言い淀んだ。
「どうした? 具合悪い……?」
「わ、悪くない。っていうかほんと別に俺、か弱くもないし普通だから」
「ああ、ごめん、つい」
蓮がムッとして見上げると、柾が「あはは」と苦笑した後にまた「じゃあどうした?」と心配そうに見てくる。
「い、いやその……あまり混んでるとこじゃなくて、ここら辺でもよく見えるし、で、できたらその、二人きりで見られるほうが、いい」
「え?」
蓮の言葉に柾は一瞬ポカンとした後に理解したような顔になった。その間がなんとなく切ない。わかっていても、切ない。
「えっと、じゃあ……あ、そうだ。あっち。向こうに小さな林みたいなとこあるから、そこ行こう。多分そこからでも花火見えると思うよ。人もさ、居ないと思う。その代わり蚊がいるかもだけど」
「……行く」
また赤くなる頬をどうすることもできず、蓮が呟くと柾が手を差し出してきた。なんだろうと思っていたら「ほら」と自分の手をつかまれる。
「行こう」
え、いいのかな……。
そんな風に思いつつ手を握られたまま、二人は歩き出した。蓮は少し俯いたまま後を追うように歩く。心臓のドキドキが手から伝わってしまうのではないかというくらい煩く鳴り響いている。
今まで付き合った彼女とこうして歩いたこともあるだろうに、こんなにドキドキしたことはないかもしれない。
そこは林という程は木々が生い茂っている訳ではないが、確かにあまり人が入る必要のない場所という感じだった。手入れのされていない草が生い茂っているせいだろう。正直、いつもだったら蓮も入りたいとは思えない。
「下駄だと素足当たって気持ち悪い? 俺が歩いたとこ、踏んでいくといいよ」
「あ、りがとう」
何気ないように言ってくる一言一言が嬉しくて暖かくて、蓮は柾が好きでよかったとさえ思えた。
少し土だけの場所に来たところでまたドン、と音がした。上を見るとまた空に咲く花が鮮やかに見える。
「うん、ここでも十分綺麗だし、人居ないからのんびりした気持ちで見られるね」
柾が微笑みながら空を見上げる。まだ手を握ったままで、蓮は「うん」とまた素っ気なくもある返事をすると同じように空を見上げた。
一輪一輪、一滴一滴が鮮やかで目に、心に飛び込んでくる。時折横を窺うと、大好きな柾が傍に居る。
暑さも忘れ、蓮はじっとその光景を心に焼き付けた。
「そういえば飲み物買うの忘れてたね。どこかで――」
ふと柾が思い出したように言いかけてくる。蓮はじっとそんな柾を見た後に呟いた。
「キス、したい……」
「え?」
「キス……は、できない、だろうか……? 男同士だと、難しい……?」
また俯き加減でなんとか言うも、答えがない。困っているのだろうかと恐る恐る様子を窺うと、柾は困っているというよりはびっくりしたようにポカンと蓮を見ていた。
ああ、思いもよらなかったのだろうかな。
少し遠い目でそんな風に思っていると「難し、くはないよ」と柾が手を放してきた。そして蓮の顎をそっと持ち上げてきた。そのまま顔が近づいてくる。蓮はゆっくりと目を閉じかけた後に、ハッとなってまた開いた。
「あ、あのごめん! む、無理はしなくて……」
「なに言ってんの蓮は。俺たち、付き合ってんでしょ? 蓮がしたいならしよ?」
その言葉を聞いて、喜んでいいのか悲しんだらいいのかわからない。
そう。付き合っている。
だからキスなんて当たり前。
当たり前、だけれども自分がしたいから、してくれるだけ、なのだろうなと贅沢にも思ってしまう。それでも止める気なんてなかった。
だって、したい。
柾とキスが、したい。
引き寄せられるまま、蓮は身を委ねた。ゆっくりと柾の顔が近づいてくる。
また一旦止んでいた花火がその時上がった。その途端、お互いの顔が照らされる。
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