君の全てが……

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10話

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 蓮と付き合うことになった、といっても基本的には特になにも変わっていない気がする。柾は大学のカフェテリアで蓮とコーヒーを飲みながら思っていた。
 蓮はアイスコーヒーを、そして柾はオレンジジュースだ。

「オレンジジュースそんな好きなの」

 蓮に言われ、柾は苦笑した。

「好きは好きだけど別になにがなんでもって訳じゃないよ。でもほら、蓮のバイト先のコーヒーが美味しいからどうしてもここで飲むコーヒー、そんなに美味しく感じられなくなってしまってさ。炭酸系はあんまりだし。ただの炭酸水か酒だったら飲むんだけどな」
「あー」
「蓮もそうだよね。でもいつもここでもコーヒーだね」
「俺はコーヒーが好きってのもあるけど、他に飲みたいもの、特にないから……」

 そういえばこの間どちらも休講になり、アルバイトまで時間が出来た時に駅前にあるファミリーレストランで一緒に時間をつぶしたことがあったのだが、その時も蓮はずっとコーヒーを飲んでいたなと柾は思い出した。

「あんまコーヒーばっか飲んでると貧血になるんじゃないの。体弱いんだから気をつけないと」
「そこまで頻繁に飲んでないし、別に俺体が弱いわけじゃない」
「でも実際に蓮倒れそうになってたし」
「ぅ……。暑さに弱いだけだ」
「色白いし」
「それは関係ないだろ……。別に血は足りてるよ」

 どこかムッとしたようなすねたような風に言ってくる蓮が変に微笑ましくて柾はつい笑ってしまった。すると意味がわからないといった顔で見返してくる。
 淡々として大人しいイメージすらあった蓮だが、こうして親しくなってみると思っていたイメージよりも色んな表情を見せてきた。ムッとした顔も呆れたような顔も笑った顔も、どれも表現豊かといったわけではないがじっとよく見ていると割にくるくる変わる。

「ならいいけど。あ、そうだ。ようやく夏休みになるだろ」
「? ああ」

 大学はどこも大抵八月に入ってから夏休みに入るところが多い。そして九月末くらいまで休みが続く。柾達の大学でもそれは変わらない。

「アルバイトって毎日入んの?」
「いや……」
「そっか、だったら色々遊びに行こうよ」
「え」
「え、ってなんだよ。俺とは遊びに行きたくないの?」
「ま、まさか」

 ポカンとした後で、蓮は困ったように俯いた。そしてボソリと「行きたい」と呟いてくる。柾はニッコリと微笑んだ。こういうのに、男も女も関係ないんだなとそして思う。
 付き合うようになったとはいえ、蓮のことが恋愛対象として好きなわけではない。だけれども今、「可愛いな」と普通に思えた。

「でも俺、暑いの苦手だからあまり出歩くのは得意じゃない……」

 俯いたまま言ってくる蓮の言葉を聞いて、柾はついまた長袖に隠された腕に目がいってしまう。一瞬真顔になった後、柾はだが思い切り悪戯っぽい表情を浮かべた。

「うん。無理したら俺もひやひやするしね。蓮、体弱いから」
「だ、だから別に弱いわけじゃない」
「あはは」

 いつか話してくれることはあるだろうかと内心思ってみる。恋愛対象として好きじゃないだけで、蓮のことはちゃんと好きだ。仲良くなれてよかったと思っているし大事な、蓮としてはありがたくはないだろうが大事な友だちだと思っている。

「ああ、で、さっそくだけどさ。この日花火大会あるだろ。一緒に行こうよ」

 携帯電話のカレンダーを見せながら柾が言うと、蓮はじっと柾を見てきた後に少し笑って「行く」と答えてきた。やはり、可愛いと思う。

「じゃあさ、ここで待ち合わせて……」

 とりあえず予定を決めた後で柾は飲むのを忘れていたオレンジジュースを口にした。そしてふと何気に思い出す。

「そういえば口内炎は治った?」
「は? ……なんの話……、ぁー」

 今度は怪訝そうな顔をした後で柾を見てきた蓮が、柾の持つオレンジジュースに視線が移った後に同じく思い出したような表情になる。だが「……別に」と答えると自分の手元にあるアイスコーヒーを一気に飲み干した。

「俺、次の講義あるのここからちょっと遠いからさ、もう行くわ」

 そして立ち上がると席を離れていく。
 もの静かながらに蓮は割となんでも話してくれているような気はする。ベラベラ話をするタイプではないが無口でもないので、こちらがなにか言えば反応は返ってくるし、蓮からもなにかあれば言ってくる。
 それでも今のように、ふと無口というか言葉を惜しむかのように濁してくることがある。なにか隠していることがあるのだろうかと思ったりしたが、オレンジジュースや口内炎から連想できる隠し事が思いつかない。
 こんな風に些細なことを気にするのはやはり傷のことがあるからだろうか、と柾はカフェテリアから出ていく蓮の後ろ姿を見ながら思っていた。



 夏休みに入ると、会う約束をしない限り蓮に会うことはないんだなと至極当たり前なことに気づいた。
 学校では毎日ともいえる勢いで会っていた気がするので変に違和感を覚える。とはいえ、他の友だちだって同じだ。

「……あれかな、一応付き合っていることになるから、ちょっと捉え方も違うとかかな」

 ボソリと呟いてみる。そして「一応ってなんだよ」と今度は心の中で突っ込んだ。付き合うようになっても基本的になにも変わらないとはいえ、付き合っていることは事実だ。

 ……と思う。

 柾はまた心の中で付け足す。
 実際「付き合おう」と言ってからお互いそのことに関して口にしていない。もちろんそんなだからなにか恋人めいたこともなにもしていない。
 逆に変わらないからか、話は付き合う前と同じようにどうでもいいことからちょっとした悩み事まで言ったり聞いたりしている。
 柾は今のところ悩みといえば無事単位が取れるだろうかくらいだが、蓮はちょこちょことあるようでそれを話してくれる。未だにオレンジジュースがしみる話はそのままだが、他のことなら柾は割と聞いているような気がしていた。
 一人っ子で母親とずっと二人暮らしだったことも聞いている。

「子どもの頃、だから大抵いつも一人でさ。母親は仕事や子育てで大変だっただろうに俺はいつも寂しいなって思ってて。きっと母親にもすごく迷惑かけてたんだろうな」
「迷惑とかそんなのおかしいだろ。そりゃおばさんも大変だっただろうけど君が悪いわけじゃない」
「……、うん」

 憤りさえ感じて、つい強めに言ってしまったにも関わらず、蓮はどこか嬉しそうに微笑んできた。
 話を聞いていると、本人は口にしていないがなんとなく母親に冷たい扱いを受けていたように聞こえる。ふと、まさか腕の傷は小さな頃に受けたDVの跡だろうかと思ったが、どう考えても新しい傷があったことを思い出す。

「その……おばさんとはうまくいってんの?」
「ああ。今じゃたまに実家に帰ったら一緒に買い物行ったりもするよ」

 そう言ってくる蓮の表情は嘘をついているようには到底見えなくて、とりあえず柾はホッとしていた。
 話を聞く度に、少しずつ少しずつ蓮に近くなっているような気がする。それでもまだ全然近くないように思うのは、オレンジジュースの件のようにたまに蓮が見せてくる壁のせいだろうか。そして何も言ってこない傷のせいだろうか。

 ……これじゃあまるで恋してるのは俺のほうみたいじゃないか。

 柾は苦笑する。そしてそろそろ花火大会の待ち合わせに向かう時間だな、と出かける準備を始めた。
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