10 / 20
10話
しおりを挟む
蓮と付き合うことになった、といっても基本的には特になにも変わっていない気がする。柾は大学のカフェテリアで蓮とコーヒーを飲みながら思っていた。
蓮はアイスコーヒーを、そして柾はオレンジジュースだ。
「オレンジジュースそんな好きなの」
蓮に言われ、柾は苦笑した。
「好きは好きだけど別になにがなんでもって訳じゃないよ。でもほら、蓮のバイト先のコーヒーが美味しいからどうしてもここで飲むコーヒー、そんなに美味しく感じられなくなってしまってさ。炭酸系はあんまりだし。ただの炭酸水か酒だったら飲むんだけどな」
「あー」
「蓮もそうだよね。でもいつもここでもコーヒーだね」
「俺はコーヒーが好きってのもあるけど、他に飲みたいもの、特にないから……」
そういえばこの間どちらも休講になり、アルバイトまで時間が出来た時に駅前にあるファミリーレストランで一緒に時間をつぶしたことがあったのだが、その時も蓮はずっとコーヒーを飲んでいたなと柾は思い出した。
「あんまコーヒーばっか飲んでると貧血になるんじゃないの。体弱いんだから気をつけないと」
「そこまで頻繁に飲んでないし、別に俺体が弱いわけじゃない」
「でも実際に蓮倒れそうになってたし」
「ぅ……。暑さに弱いだけだ」
「色白いし」
「それは関係ないだろ……。別に血は足りてるよ」
どこかムッとしたようなすねたような風に言ってくる蓮が変に微笑ましくて柾はつい笑ってしまった。すると意味がわからないといった顔で見返してくる。
淡々として大人しいイメージすらあった蓮だが、こうして親しくなってみると思っていたイメージよりも色んな表情を見せてきた。ムッとした顔も呆れたような顔も笑った顔も、どれも表現豊かといったわけではないがじっとよく見ていると割にくるくる変わる。
「ならいいけど。あ、そうだ。ようやく夏休みになるだろ」
「? ああ」
大学はどこも大抵八月に入ってから夏休みに入るところが多い。そして九月末くらいまで休みが続く。柾達の大学でもそれは変わらない。
「アルバイトって毎日入んの?」
「いや……」
「そっか、だったら色々遊びに行こうよ」
「え」
「え、ってなんだよ。俺とは遊びに行きたくないの?」
「ま、まさか」
ポカンとした後で、蓮は困ったように俯いた。そしてボソリと「行きたい」と呟いてくる。柾はニッコリと微笑んだ。こういうのに、男も女も関係ないんだなとそして思う。
付き合うようになったとはいえ、蓮のことが恋愛対象として好きなわけではない。だけれども今、「可愛いな」と普通に思えた。
「でも俺、暑いの苦手だからあまり出歩くのは得意じゃない……」
俯いたまま言ってくる蓮の言葉を聞いて、柾はついまた長袖に隠された腕に目がいってしまう。一瞬真顔になった後、柾はだが思い切り悪戯っぽい表情を浮かべた。
「うん。無理したら俺もひやひやするしね。蓮、体弱いから」
「だ、だから別に弱いわけじゃない」
「あはは」
いつか話してくれることはあるだろうかと内心思ってみる。恋愛対象として好きじゃないだけで、蓮のことはちゃんと好きだ。仲良くなれてよかったと思っているし大事な、蓮としてはありがたくはないだろうが大事な友だちだと思っている。
「ああ、で、さっそくだけどさ。この日花火大会あるだろ。一緒に行こうよ」
携帯電話のカレンダーを見せながら柾が言うと、蓮はじっと柾を見てきた後に少し笑って「行く」と答えてきた。やはり、可愛いと思う。
「じゃあさ、ここで待ち合わせて……」
とりあえず予定を決めた後で柾は飲むのを忘れていたオレンジジュースを口にした。そしてふと何気に思い出す。
「そういえば口内炎は治った?」
「は? ……なんの話……、ぁー」
今度は怪訝そうな顔をした後で柾を見てきた蓮が、柾の持つオレンジジュースに視線が移った後に同じく思い出したような表情になる。だが「……別に」と答えると自分の手元にあるアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「俺、次の講義あるのここからちょっと遠いからさ、もう行くわ」
そして立ち上がると席を離れていく。
もの静かながらに蓮は割となんでも話してくれているような気はする。ベラベラ話をするタイプではないが無口でもないので、こちらがなにか言えば反応は返ってくるし、蓮からもなにかあれば言ってくる。
それでも今のように、ふと無口というか言葉を惜しむかのように濁してくることがある。なにか隠していることがあるのだろうかと思ったりしたが、オレンジジュースや口内炎から連想できる隠し事が思いつかない。
こんな風に些細なことを気にするのはやはり傷のことがあるからだろうか、と柾はカフェテリアから出ていく蓮の後ろ姿を見ながら思っていた。
夏休みに入ると、会う約束をしない限り蓮に会うことはないんだなと至極当たり前なことに気づいた。
学校では毎日ともいえる勢いで会っていた気がするので変に違和感を覚える。とはいえ、他の友だちだって同じだ。
「……あれかな、一応付き合っていることになるから、ちょっと捉え方も違うとかかな」
ボソリと呟いてみる。そして「一応ってなんだよ」と今度は心の中で突っ込んだ。付き合うようになっても基本的になにも変わらないとはいえ、付き合っていることは事実だ。
……と思う。
柾はまた心の中で付け足す。
実際「付き合おう」と言ってからお互いそのことに関して口にしていない。もちろんそんなだからなにか恋人めいたこともなにもしていない。
逆に変わらないからか、話は付き合う前と同じようにどうでもいいことからちょっとした悩み事まで言ったり聞いたりしている。
柾は今のところ悩みといえば無事単位が取れるだろうかくらいだが、蓮はちょこちょことあるようでそれを話してくれる。未だにオレンジジュースがしみる話はそのままだが、他のことなら柾は割と聞いているような気がしていた。
一人っ子で母親とずっと二人暮らしだったことも聞いている。
「子どもの頃、だから大抵いつも一人でさ。母親は仕事や子育てで大変だっただろうに俺はいつも寂しいなって思ってて。きっと母親にもすごく迷惑かけてたんだろうな」
「迷惑とかそんなのおかしいだろ。そりゃおばさんも大変だっただろうけど君が悪いわけじゃない」
「……、うん」
憤りさえ感じて、つい強めに言ってしまったにも関わらず、蓮はどこか嬉しそうに微笑んできた。
話を聞いていると、本人は口にしていないがなんとなく母親に冷たい扱いを受けていたように聞こえる。ふと、まさか腕の傷は小さな頃に受けたDVの跡だろうかと思ったが、どう考えても新しい傷があったことを思い出す。
「その……おばさんとはうまくいってんの?」
「ああ。今じゃたまに実家に帰ったら一緒に買い物行ったりもするよ」
そう言ってくる蓮の表情は嘘をついているようには到底見えなくて、とりあえず柾はホッとしていた。
話を聞く度に、少しずつ少しずつ蓮に近くなっているような気がする。それでもまだ全然近くないように思うのは、オレンジジュースの件のようにたまに蓮が見せてくる壁のせいだろうか。そして何も言ってこない傷のせいだろうか。
……これじゃあまるで恋してるのは俺のほうみたいじゃないか。
柾は苦笑する。そしてそろそろ花火大会の待ち合わせに向かう時間だな、と出かける準備を始めた。
蓮はアイスコーヒーを、そして柾はオレンジジュースだ。
「オレンジジュースそんな好きなの」
蓮に言われ、柾は苦笑した。
「好きは好きだけど別になにがなんでもって訳じゃないよ。でもほら、蓮のバイト先のコーヒーが美味しいからどうしてもここで飲むコーヒー、そんなに美味しく感じられなくなってしまってさ。炭酸系はあんまりだし。ただの炭酸水か酒だったら飲むんだけどな」
「あー」
「蓮もそうだよね。でもいつもここでもコーヒーだね」
「俺はコーヒーが好きってのもあるけど、他に飲みたいもの、特にないから……」
そういえばこの間どちらも休講になり、アルバイトまで時間が出来た時に駅前にあるファミリーレストランで一緒に時間をつぶしたことがあったのだが、その時も蓮はずっとコーヒーを飲んでいたなと柾は思い出した。
「あんまコーヒーばっか飲んでると貧血になるんじゃないの。体弱いんだから気をつけないと」
「そこまで頻繁に飲んでないし、別に俺体が弱いわけじゃない」
「でも実際に蓮倒れそうになってたし」
「ぅ……。暑さに弱いだけだ」
「色白いし」
「それは関係ないだろ……。別に血は足りてるよ」
どこかムッとしたようなすねたような風に言ってくる蓮が変に微笑ましくて柾はつい笑ってしまった。すると意味がわからないといった顔で見返してくる。
淡々として大人しいイメージすらあった蓮だが、こうして親しくなってみると思っていたイメージよりも色んな表情を見せてきた。ムッとした顔も呆れたような顔も笑った顔も、どれも表現豊かといったわけではないがじっとよく見ていると割にくるくる変わる。
「ならいいけど。あ、そうだ。ようやく夏休みになるだろ」
「? ああ」
大学はどこも大抵八月に入ってから夏休みに入るところが多い。そして九月末くらいまで休みが続く。柾達の大学でもそれは変わらない。
「アルバイトって毎日入んの?」
「いや……」
「そっか、だったら色々遊びに行こうよ」
「え」
「え、ってなんだよ。俺とは遊びに行きたくないの?」
「ま、まさか」
ポカンとした後で、蓮は困ったように俯いた。そしてボソリと「行きたい」と呟いてくる。柾はニッコリと微笑んだ。こういうのに、男も女も関係ないんだなとそして思う。
付き合うようになったとはいえ、蓮のことが恋愛対象として好きなわけではない。だけれども今、「可愛いな」と普通に思えた。
「でも俺、暑いの苦手だからあまり出歩くのは得意じゃない……」
俯いたまま言ってくる蓮の言葉を聞いて、柾はついまた長袖に隠された腕に目がいってしまう。一瞬真顔になった後、柾はだが思い切り悪戯っぽい表情を浮かべた。
「うん。無理したら俺もひやひやするしね。蓮、体弱いから」
「だ、だから別に弱いわけじゃない」
「あはは」
いつか話してくれることはあるだろうかと内心思ってみる。恋愛対象として好きじゃないだけで、蓮のことはちゃんと好きだ。仲良くなれてよかったと思っているし大事な、蓮としてはありがたくはないだろうが大事な友だちだと思っている。
「ああ、で、さっそくだけどさ。この日花火大会あるだろ。一緒に行こうよ」
携帯電話のカレンダーを見せながら柾が言うと、蓮はじっと柾を見てきた後に少し笑って「行く」と答えてきた。やはり、可愛いと思う。
「じゃあさ、ここで待ち合わせて……」
とりあえず予定を決めた後で柾は飲むのを忘れていたオレンジジュースを口にした。そしてふと何気に思い出す。
「そういえば口内炎は治った?」
「は? ……なんの話……、ぁー」
今度は怪訝そうな顔をした後で柾を見てきた蓮が、柾の持つオレンジジュースに視線が移った後に同じく思い出したような表情になる。だが「……別に」と答えると自分の手元にあるアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「俺、次の講義あるのここからちょっと遠いからさ、もう行くわ」
そして立ち上がると席を離れていく。
もの静かながらに蓮は割となんでも話してくれているような気はする。ベラベラ話をするタイプではないが無口でもないので、こちらがなにか言えば反応は返ってくるし、蓮からもなにかあれば言ってくる。
それでも今のように、ふと無口というか言葉を惜しむかのように濁してくることがある。なにか隠していることがあるのだろうかと思ったりしたが、オレンジジュースや口内炎から連想できる隠し事が思いつかない。
こんな風に些細なことを気にするのはやはり傷のことがあるからだろうか、と柾はカフェテリアから出ていく蓮の後ろ姿を見ながら思っていた。
夏休みに入ると、会う約束をしない限り蓮に会うことはないんだなと至極当たり前なことに気づいた。
学校では毎日ともいえる勢いで会っていた気がするので変に違和感を覚える。とはいえ、他の友だちだって同じだ。
「……あれかな、一応付き合っていることになるから、ちょっと捉え方も違うとかかな」
ボソリと呟いてみる。そして「一応ってなんだよ」と今度は心の中で突っ込んだ。付き合うようになっても基本的になにも変わらないとはいえ、付き合っていることは事実だ。
……と思う。
柾はまた心の中で付け足す。
実際「付き合おう」と言ってからお互いそのことに関して口にしていない。もちろんそんなだからなにか恋人めいたこともなにもしていない。
逆に変わらないからか、話は付き合う前と同じようにどうでもいいことからちょっとした悩み事まで言ったり聞いたりしている。
柾は今のところ悩みといえば無事単位が取れるだろうかくらいだが、蓮はちょこちょことあるようでそれを話してくれる。未だにオレンジジュースがしみる話はそのままだが、他のことなら柾は割と聞いているような気がしていた。
一人っ子で母親とずっと二人暮らしだったことも聞いている。
「子どもの頃、だから大抵いつも一人でさ。母親は仕事や子育てで大変だっただろうに俺はいつも寂しいなって思ってて。きっと母親にもすごく迷惑かけてたんだろうな」
「迷惑とかそんなのおかしいだろ。そりゃおばさんも大変だっただろうけど君が悪いわけじゃない」
「……、うん」
憤りさえ感じて、つい強めに言ってしまったにも関わらず、蓮はどこか嬉しそうに微笑んできた。
話を聞いていると、本人は口にしていないがなんとなく母親に冷たい扱いを受けていたように聞こえる。ふと、まさか腕の傷は小さな頃に受けたDVの跡だろうかと思ったが、どう考えても新しい傷があったことを思い出す。
「その……おばさんとはうまくいってんの?」
「ああ。今じゃたまに実家に帰ったら一緒に買い物行ったりもするよ」
そう言ってくる蓮の表情は嘘をついているようには到底見えなくて、とりあえず柾はホッとしていた。
話を聞く度に、少しずつ少しずつ蓮に近くなっているような気がする。それでもまだ全然近くないように思うのは、オレンジジュースの件のようにたまに蓮が見せてくる壁のせいだろうか。そして何も言ってこない傷のせいだろうか。
……これじゃあまるで恋してるのは俺のほうみたいじゃないか。
柾は苦笑する。そしてそろそろ花火大会の待ち合わせに向かう時間だな、と出かける準備を始めた。
10
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる