君の全てが……

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9話 ※

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 付き合おうと言われた。
 蓮は熱っぽく深いため息をゆっくり長くついた。
まだ心臓がドキドキといっている。今まで誰かと付き合ったことはあるが、こんなに緊張し、興奮し、怖くなったことはない。自分の家に戻ってきた後で蓮は改めてそう思っていた。

「もう遅いし、俺の家に泊っていったら」

 柾は本当に心配しているのが分かる様子で言ってくれたが、蓮は一人帰ってきていた。柾の家にいきなり泊まれる筈などなかった。そんなことをしたら煩悩でおかしくなってしまうかもしれない。

 ……同情、だろうな。

 ぽすん、とベッドによりかかりマットレスに頭を乗せると蓮は目を閉じた。
 柾の恋愛対象が女性であることは間違いない。いくら蓮が中性的な雰囲気をしているとしても、男性対象でない男性からしたらどうみても対象外でしかないのは、自分もバイ寄りとはいえ基本ノンケだから分かる。

 同情はやめてくれ。

 そう言うべきだったのだろう。同情で付き合うなど、ひたすら惨めな結果になるとしか思えない。そしてそもそも柾が可哀想だ。
 わかっていることなのに、蓮は柾の言葉に縋った。もしかしたら逃げなのかもしれない。誰かと付き合ったことは何度かあるが、その時はまだ自分の性癖を理解していなかった。ディスポメスを手にしながら蓮は「……性癖」と呟く。
 まだ小さかった頃、母親は一人で蓮を育ててくれた。それにはとても感謝している。だが仕事と、そして誰かと出かけることの多かった母親はいつも家に居なくて、蓮はとても寂しい思いを抱えていた。たまに家に居ても蓮が甘えに行くと、とても邪険にされた。
 それでもいつだってご飯を与えてくれ、身ぎれいにしてくれ、暖かい布団で眠らせてくれていた母親に対して嫌われているなどと思ったことはない。憎んだこともない。
 母親には笑って欲しくて、そして自分に笑いかけて欲しくて、ただただそれにはどうすればいいか子ども心に必死だった。
 だからある日、誤ってドアで指を挟んでしまった時もなんとか自分でどうにかしようとそればかりが頭を過っていた。もちろん子どもなので裂けた指の傷から見たこともない程の血が溢れ出てくることに動揺してしまい暫くはなにもできなかった。だが泣くことも忘れて必死になって舐めた。きっと舐めたらこの赤いのは無くなる、そう思ったのかもしれない。
 ようやく帰ってきた母親が血まみれになって指を咥えている蓮を見つけるまで、蓮はひたすら血を舐めていた。
 その怪我で母親に怒られると思っていた蓮だが、病院で縫ってもらい家に帰ってきた後で「一人にしてごめんね」と何故か泣きながら謝られ、逆にどうしていいかわからなくなったことを覚えている。
 血を舐めることはとても悪いことだったのだろうか、大人のそれも母親が泣くくらい、いけないことだったのだろうか。そんな風に罪悪感さえ感じていた。
 だというのに、それ以来たまに怪我をして血が出てしまうと拭き取ったりするよりも舐めてしまう。駄目だと背徳感にも似た気持ちになりつつも、少し塩味さえ感じる味をむしろ堪能していた。だがそれはあくまでも怪我などの不可抗力であり、今のようにわざと自ら傷をつけようと思ったことはなかった。
 中学、高校と年を重ね、彼女ができるようになっても特に普通に付き合っていた。性的なことを覚えても別に何か特殊なことをしたいと思ったことはない。とてつもない満足感を覚えたことはないが、そんなものだと思っていた。
 ある時、たまたま行為中に彼女が「絆創膏とれちゃった。指切ったとこ、まだ治ってない」などと言いながら怪我をした指を見せてきた。普通なら「大丈夫?」「なんで今」とか「今日怪我したの?」などと返しながらも大して気にしないだろう。もしくは「他についちゃうし先に絆創膏貼りなおしたら」、だろうか。
 だが蓮は違った。赤い傷口を見た途端、心臓が跳ねあがった。表現しがたい気持ちが一気にせりあがる。
 彼女の中に入ったまま、蓮は彼女の手首をつかむとその指に舌を這わせた。何度か舐め、吸っていると鉄っぽく堪らない味が口の中いっぱいに広がる。こんなに興奮したことはなかったかもしれない。
 幸い彼女は蓮の違和感には気づかなかった。行為の一環だと思ったようだ。だが違和感に気づいてしまった蓮自身は幸いではなかった。
 それ以来、彼女相手だろうが一人だろうが、血の赤を見、そして味わわないと満足できなくなった。一応、ちゃんとそれなりに感じる。一人でだと結局欲望に負けるからか達せられないが、人とする時なら血がなくとも射精できる。だがそれだけでは満たされなかった。
 逆に血を眺め、味わうだけでもかなり満足できるということに蓮は茫然とした。
 こんなこと、一生気づきたくなかった。この満たされた気持ちを知らないままでいたかった。知らなければ、満たされていない現状が普通なのだと思えていたのであろう。

 ――だから……。

 手にしていたディスポメスをじっと見つめながら蓮は思った。
 だからこそ、柾の同情に縋ったのかもしれない。自分の性癖に気づいた後、彼女とはすぐに別れてしまった。当時、どうしていいかわからなくて彼女と普通に付き合える余裕も自信もなかったし、そんな態度が彼女にも伝わったのかもしれない。
 それ以来誰とも付き合っていない。だが柾は性癖を自分で理解してなお、好きになった相手だ。もしかしたら、血なんかどうでもよくなれるかもしれない。柾と付き合い、あわよくばキスをしたり抱き合えるなら、もうそんなことはどうでもいいと思えるようになるかもしれない。
 そんな打算が過った。打算とはいえ、柾を好きなのは本当だ。だからこそ、どうでもよくなれるかもしれないと思えた。
 じっと見た後で蓮はメスを小さなテーブルに置いた。そしてそのまま自分自身を取り出す。

「……秋尾」

 名前を呟き、柾が蓮にキスをしてくれ、手を体に這わせてくるところを想像する。それだけで自分のものは昂ってきた。
 実際男としたことはないので、想像でしかない。それでも柾の手が、唇が自分の体に触れてくることを思うと体の芯から熱くなった。エアコンすらかけていないままだったので、じっとりと汗が体を伝う。

「は、ぁ……っ」

 柾の大きな手はどんな感触なのだろうか。あの優しげな口元で「蓮」と囁きながら覆いかぶさられたらどんな気持ちになるだろうか。唇は舌はどんな味なのだろうか。そんな手や口で様々なところに触れられ愛撫されたらどうなってしまうのだろうか。

「っん、ぁ……」

 かなり興奮してきた。蓮の昂りは今やびくびくと震え、ずっしりとした重みを感じる。
 あの手でこれを扱かれているのだとしたら。そしてとろとろと溢れた先を弄られつつ、柾の手を自分の感じている証で汚したい。汚し濡れた指で後ろを弄られたら、自分はどんな感じがするのだろうか。
 想像しだんだんと速めていく手の中で、昂りはますます熱を持ち、先走りを溢れさせる。
 だというのに、なかなか達せない。

 好きなのに。好きな人にこんなこと、されているのに。

 そんな風に思ってしまうからだろうか。焦ってしまったのだろうか。

 それとも……やはり、血が……。
 ……違う。

 蓮は自分で自分の考えを否定する。決めつけるのは早すぎる。男としたことがないのだ。わからないことだらけで、想像するにも限界があるのだろう。

 ゆっくり……。
 ゆっくり、でいい。

 とりあえず今はこのままは無理だとばかりに結局蓮はメスを手に取った。自分ので濡れた手のせいで変に滑らないよう、慎重に傷をつける。しゅっと切れた腕からは待ちかねた鮮やかな赤が溢れ出した。

「っぁ、は……」

 自慰を再開しながらその赤を見つめる。そしてどんどん溢れ出した魅惑的な赤に舌を這わせた。

「ん、ぁっ、……っ秋尾、ぁ、きお……っ」

 心のどこかで「ごめんね……」と謝りつつ、そんな罪悪感すらも快楽の海に飲み込まれていった。
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