君の全てが……

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8話

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 カフェテリアに居たら簡単にいつでも会えると思っていたが、講義のタイミングで全然会わないこともやはりあるのだなと柾はなんとなく思う。その日は蓮に会うことがなく、だからといって特別用がある訳でもなかった柾はそのままアルバイトへ向かった。
 一人暮らしをしているところから自転車で割とすぐにあるコンビニエンスストアは、忙しすぎる訳ではないが暇なこともなくいつもそれなりにバタバタとしつつ仕事をしている。少し暇になりそうな時間帯も、丁度配送車が来る。そして大量に入ってくる商品の数を携帯端末でチェックし受け取り、一部の商品、特にアイスなどの冷凍品の品だしを一気にやってしまう。その間もフライヤーの調理をしたり客がレジに立ったりと暇になることはない。端末での発注業務も終わり、ようやく手が空くようになり中々できなかった商品整理を、賞味期限チェックという品質管理とともに行っていると柾のアルバイト時間は終了する。

「おつかれー」
「秋尾くん、今度ここのバイト皆で海行かない、海」

 着替え終わり、店から出る時、別の従業員に話しかけられた。

「海ですか、いーですね」
「彼女いるなら連れてきていいよ」
「いるならまず行きませんよ」
「そんなこと言って秋尾くんは付き合いいいからいっつも来てただろ」
「あはは、そういえばそうっすねー」

 軽い会話を交わすと、柾は店を出た。歩いて少しすると「秋尾……」と呼び止められた。

「蓮? どうしたの? この近くでなにか用事あったとか?」

 それがまさか蓮とは思わず、柾は少し驚いた。蓮の家はこの間一緒についていった喫茶店の近くらしいということはわかっている。とすると、この場所と方向からして違う。

「いや……秋尾に用があって。少し、いいか? 都合が悪いなら出直す」

 蓮は感情の読めない表情で淡々と言ってきた。ますます怪訝に思いつつ、柾は笑いかけた。

「なにも用事ないし、大丈夫だよ」
「そう、か。よかった」
「えっと、どうしようか。なんだったら俺の家に来る? ちょっと散らかってるかもだけど」
「と、とんでもない……!」
「え?」

 どうにも様子がおかしいなと思いながら、家に来ることを提案してみると激しく否定された。

「あはは、そんなに否定される程は散らかってないよ?」
「あ……。い、いや、違う。……えっと、ここ来るまでに公園あった。そこはどうだろうか」

 用というのはなにかの話だろうかと思いながら柾は頷いた。公園に向かうまで、蓮はやたら寡黙で柾がなにか話しかけてもどこか上の空だった。もしかして腕の傷となにか関係があるのだろうかと、蓮の様子が気になる。だがとりあえずは話を聞かないとなんともなと思い、何も柾からは聞かないことにした。
 公園は夜だからか人気がないようで、時折虫のジジジという声や少し向こうにある池から小さな魚かなにかが跳ねる音が聞こえてくるくらいだ。さすがに昼間の茹だるような暑さはないが涼しいという程でもなく歩いているとじわりと汗が少し滲む。
 ベンチに座っても、蓮は少しの間言い淀んでいるようで、柾はますます傷のことでなにか悩んでいることだろうかと内心気になった。

「秋尾……」
「うん?」

 ようやく話す気になったのか、柾の名前を呼んできた蓮を遮らないよう簡素な返事をする。

「俺……、……」
 俯いている蓮がぐっと膝に置いていた手を握りしめたのがわかったが、柾は黙っていた。

「……俺、秋尾が……好きだ……」
「……」

 そのあとになにか続くのかと更に黙っていたが、なにも続かない。てっきり、好きだから言い辛いが話を聞いてくれ、的なことを言われるのかと思った。ということは「好き」ということがメインなのだろうか。
 ふとそう思った柾はハッとなる。

 待て。
 それって……?

「……好きになってごめん」
「ぇ……」

 いつも謝るよりもお礼を言う蓮が、とても申し訳なさそうに謝ってきた。その声を聞くとさらに蓮の傷が鮮明に浮かぶ。

「な、なんで謝るんだよ」

 とりあえずそう答えたものの、柾の脳内はフル回転していた。
 蓮の言う「好き」は、そういう「好き」なのだろう。正直なところ、戸惑いしかない。男の蓮が、一体自分のどこに惚れたのだと首を傾げたくなった。蓮が元々ゲイなのだとしたらわかるが、確か彼女がいたことがあると聞いている。もしかしたらそれは誤魔化す為だったのだろうか。そして腕の傷は、マイノリティであることに悩んでいたとかなのだろうか。
 そんな風にどんどん話が飛躍していったところで「そりゃ、謝るよ……」という蓮の言葉が聞こえてきた。

「せっかく親しくしてくれていたのに、俺がその関係を壊すこと言っているんだ」

 関係を、壊す。

 好きだと打ち明けてくれた上で、蓮は柾がそういったことを嫌がり友達を止めたがると思っているだろうなどと考えてたに違いない。

「なんで関係が壊れるなんて――」

 言いかけた柾に蓮は首をふるふると振ってくる。その顔が少し痛々しげに見えた。

「いいよ、秋尾。だいたい俺はお前が好きなのだから、どのみち少なくとも今は友達として付き合えない」
「蓮……」
「仲良くしてくれてありがとうな、秋尾。話はそれだけだ。それじゃあ」 

 全然ありがとうといった表情じゃなかった蓮が、そう言った後に少しだけ笑みを浮かべてくる。その笑みとは言えない笑みを見て、このままは駄目だと柾は思った。また蓮の傷が頭に過る。

「ま、待て。お、俺と付き合おう、蓮!」

 蓮が立ち上がり、そのままここから立ち去ろうとしているのに気づいた柾は、思わず言っていた。

「……は? なに言って……」

 とてつもなく怪訝そうな顔をして振り向いてきた蓮は、本当に柾のことが好きなのかと思える程唖然とした様子だ。

「俺と、付き合おう」

 咄嗟に言った言葉だったが、その言葉は間違っていないような気がして、柾は笑みを浮かべながら繰り返す。

「お前を好きだなんて言った俺をか、からかってるのか……?」

 まだ怪訝そうに言いつつ、蓮の頬が少し赤くなる。色が白い蓮だからか、ベンチ近くの電灯だけでもわかった。

「からかってない。蓮が嫌じゃなかったら、付き合ってくれないか」

 お前は蓮が好きなのかと今、問われたら柾は正直、首を振る。好きは好きだが、そういう好きではない。そもそも柾の恋愛対象は女性だ。
 だがうちひしがれたような表情をなんとか隠そうとしながら気持ちを伝えてきた蓮をこのまま行かせられないと思った。ただの同情じゃないか、と責められても仕方がない。

「な、なんで……」

 蓮の体が小さく震えているのがわかった。柾は立ち上がり、そんな蓮をぎゅっと抱きしめる。嫌悪感はなかった。蓮は男だが、男相手に抱きしめても気持ち悪いとは思わなかった。
 いや、ベタつく自分の腕は気持ち悪いかもしれない。だが男である蓮の、汗で湿った部分が擦れても気持ち悪くなかったし、むしろ少し震えてさえいる蓮を離してはいけないような気がして柾はさらに抱きしめた。
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