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7話
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あの翌日だっただけに柾が話しかけてきた時、蓮は少し落ち着かなかった。だが気を取り直して柾を見る。
ごめん、お前で抜いた。
一瞬頭にそんな言葉が浮かび、蓮は自分に対して苦笑した。
その後まるでいつもカフェテリアに蓮が居るように言われ、ここが好きなのか聞かれて蓮は少し言葉を詰まらせた。好きという程でもない。特にこの時期は外は暑いし元々アウトドア系ではないのでなんとなくここに居るだけだ。
ただ「あまり外が好きじゃないから」と答えると柾の視線が一瞬腕に行ったのが分かった。やはり気にしているのだろうなと思いつつ、蓮はなにも言わない。
コーヒーとオレンジジュースの話になった時はすぐに智也の顔が蓮の頭に浮かんだ。色々とどうでもいいことを知っている智也を蓮は嫌いじゃない。むしろ昔からとても好きだった。もちろん性的な気持ちを持ったことは一度もない。
小さい頃既に父親は居なく、母親からあまり可愛がってもらえなかった分、智也が蓮を可愛がってくれた。ある意味蓮の親みたいなものだった。それを言うと「叔父さん」と呼ばれるのを嫌がるの同様「俺はそんな歳じゃない」とそれこそ子どものようにムッとするのだが。
「叔父さんのこと、名前呼びなんだ」
「叔父さんって言ったら気にくわないって言われるし、名字は同じだからな」
柾に聞かれて淡々と答えると「俺のことは名前で呼んでくれないのに」と笑いながら言われた。冗談で言っているとわかっていても顔が熱くなってしまう。前に「名前で呼んでくれたらいいよ」と気さくに言われた時はただ単に「名字でいい」と思った訳だが今もし言われていたらそんなことだけですごく悩みそうだ。名前呼びをすることですごく親密さが増しそうな気がして、それが嬉しいだろうし落ち着かないだろう。でも言われた通り名前で呼んでいたらよかった気もする。
そんなことを思いつつ「結局コーヒーとオレンジジュースがなんなんだよ」とぶっきらぼうに言えば「オレンジジュースを買ってきて蓮にあげたアイスコーヒーをちょっと貰おうかなって」などと言ってくる。そんなことだけでまた赤くなる自分が少々わからないと蓮は思った。どこぞの純情乙女だよと呆れる。意識しすぎているのかもしれない。
そして赤くなっているのがひたすらバレバレだったようで、むしろ「具合でも悪いのか」と心配されてしまった。内心慌てつつなんとかなんでもない振りをして笑みを浮かべ、否定しながら礼を述べる。
「なら、よかった。じゃあオレンジジュース買ってこよかな。あ、それとも蓮も飲む?」
「オレンジジュース? いらない」
「あれ? 嫌い?」
「……嫌いじゃないけど口の中、しみるから」
「口内炎にでもなったの?」
怪訝そうに聞かれ、蓮はハッとなった。首を振って否定する。
その後で実際本当に講義がある為蓮は席を立った。
授業中、蓮は口の中で舌を動かしていた。頬の内側に舌を這わせる。もう傷は塞がっているようでなにもなかった。今ならオレンジジュースも飲めたかもしれない。
口の中を噛むのはストレスや疲労を感じていたり、胃の調子や歯の噛み合わせが悪いからと言われている。
だが蓮は違う。わざと噛んでいた。そうして口の中に広がる血の味を楽しむ。
人によると、口の中に血の味が広がるのが気持ち悪いこともあるらしい。普通はそうなのかもしれないが、蓮としては理解できなかった。むしろ執拗に吸い取ろうとして必然的に口の中の傷が治るのも遅くなる。そのせいで実際口内炎になることもある。
自ら噛んでいるが、蓮は痛いのが好きな訳ではない。痛みに対して弱い訳ではないができればそれは味わいたくない。
ただ自分の満足を得るために痛みは結構必須だったりするため、仕方なく受け入れている。決して享受している訳ではない。
とはいえそれを柾に言う訳にもいかず、適当に誤魔化した。
……それでも、もっと秋尾と喋ってたかったな……。
ニコニコ笑っている柾を思いつつ、蓮は小さくため息をついた。
今は好きだと実感したてで気持ちはふわふわとしている。だがその後思っていても無駄だとわかりつつひたすら苦しむことは目に見えている。ただでさえ悩みがない日などないというのに、不毛な恋に振り回され悶え苦しむのは趣味じゃない、と蓮は思った。かといって好きになってしまったものを消し去ることは容易じゃない。だったらいっそ、早々に玉砕したほうがいいのではないかと思えた。せっかくできたそれなりに心を許せる友だちだが、蓮が邪な気持ちを抱いている限り結局ちゃんと真っ直ぐに柾を見られなくなってしまう気がする。どのみち友だちで居るのも苦しくなるだろう。
もう一度だけため息をそっと吐くと、蓮は講義に集中すべく前を向いた。
その日は結局柾に会うことはなかった。蓮もアルバイトがあったし、柾もアルバイトがあるかもしれない。仕事中、暇な時間に蓮は智也に聞いてみた。
「智也さんだったらもし友だちを好きになったらどうする? 告白する? それとも秘めておく?」
「いきなり難しいこと聞いてくるなぁ。……うーん。実際俺、学生の時にそれなりに仲良くしていた子を好きになったことそういやあったなー」
「言った? 言わなかった?」
とても気になって蓮が続きを促すと智也は苦笑してきた。
「言わなかった」
「……そ、そうなのか」
智也の言葉に蓮は少し動揺した。やはり言わないほうがいいのだろうかと内心思っていると「でもな」と智也が続けてくる。
「そのうちその子は他の子と付き合い出したし、それはやっぱりすごくショックだった。別に俺が打ち明けていたら付き合えていたとは思わないけど、でも言ってたらもしかしてって気持ちが暫く消えてくれなかった。とはいえずっと引き摺ることもなく俺は俺で別の相手と付き合ったりしてたしな」
「そ、っか」
「卒業して数年経って、皆で久しぶりに会った時にでも『あの時好きだったんだよな』って言ったよ。我ながらずるいよな」
「なんで」
「別にもう好きじゃなくなってたけど、それでも言うことで相手の気を多少引けたら心地いいなくらいは思ってたし、なにより終わったことだけにむしろ俺がスッキリしたかったっつーかさ」
智也がニッと笑ってくる。
「まあ結局正解なんてないわな、こういうことに。自分が思うことをすればいいと思うよ」
そう言うと智也は蓮の頭にポンと手を置いてきた。普段なら「子ども扱いするな」と微妙な顔をするが、蓮はされるがままでとりあえずコクリと頷いた。
一晩考えてみて、そしてやはり告白しようと心に決めた。
好きだと告げて、そしてジ、エンド、だ。
少しだけ自嘲気味に笑いながらも、投げやりな訳ではない。自分にとってはそれが一番いいような気がした。気持ちを押し付けるつもりはないが、友だちだと思ってくれているであろう柾には少し申し訳ないなと思う。男に興味がないのは明らかだけに、ひたすら困惑するだろう。
ただとても人がいいと思っているので、蓮の告白を聞いてあからさまに嫌悪感は出してこない気がする。そしてそれを周りに触れ回って馬鹿にするような人でもないと思っている。
俺は人として駄目だけれども、それでも人を見る目がない訳ではない。
柾ならきっと困りつつも静かに蓮の気持ちを聞いてくれると思う。そして受け入れられないと優しい言葉で告げてくるだろう。その後はもう友だちとしていられないと思うが、蓮はそれを受け入れられると思った。
ごめん、お前で抜いた。
一瞬頭にそんな言葉が浮かび、蓮は自分に対して苦笑した。
その後まるでいつもカフェテリアに蓮が居るように言われ、ここが好きなのか聞かれて蓮は少し言葉を詰まらせた。好きという程でもない。特にこの時期は外は暑いし元々アウトドア系ではないのでなんとなくここに居るだけだ。
ただ「あまり外が好きじゃないから」と答えると柾の視線が一瞬腕に行ったのが分かった。やはり気にしているのだろうなと思いつつ、蓮はなにも言わない。
コーヒーとオレンジジュースの話になった時はすぐに智也の顔が蓮の頭に浮かんだ。色々とどうでもいいことを知っている智也を蓮は嫌いじゃない。むしろ昔からとても好きだった。もちろん性的な気持ちを持ったことは一度もない。
小さい頃既に父親は居なく、母親からあまり可愛がってもらえなかった分、智也が蓮を可愛がってくれた。ある意味蓮の親みたいなものだった。それを言うと「叔父さん」と呼ばれるのを嫌がるの同様「俺はそんな歳じゃない」とそれこそ子どものようにムッとするのだが。
「叔父さんのこと、名前呼びなんだ」
「叔父さんって言ったら気にくわないって言われるし、名字は同じだからな」
柾に聞かれて淡々と答えると「俺のことは名前で呼んでくれないのに」と笑いながら言われた。冗談で言っているとわかっていても顔が熱くなってしまう。前に「名前で呼んでくれたらいいよ」と気さくに言われた時はただ単に「名字でいい」と思った訳だが今もし言われていたらそんなことだけですごく悩みそうだ。名前呼びをすることですごく親密さが増しそうな気がして、それが嬉しいだろうし落ち着かないだろう。でも言われた通り名前で呼んでいたらよかった気もする。
そんなことを思いつつ「結局コーヒーとオレンジジュースがなんなんだよ」とぶっきらぼうに言えば「オレンジジュースを買ってきて蓮にあげたアイスコーヒーをちょっと貰おうかなって」などと言ってくる。そんなことだけでまた赤くなる自分が少々わからないと蓮は思った。どこぞの純情乙女だよと呆れる。意識しすぎているのかもしれない。
そして赤くなっているのがひたすらバレバレだったようで、むしろ「具合でも悪いのか」と心配されてしまった。内心慌てつつなんとかなんでもない振りをして笑みを浮かべ、否定しながら礼を述べる。
「なら、よかった。じゃあオレンジジュース買ってこよかな。あ、それとも蓮も飲む?」
「オレンジジュース? いらない」
「あれ? 嫌い?」
「……嫌いじゃないけど口の中、しみるから」
「口内炎にでもなったの?」
怪訝そうに聞かれ、蓮はハッとなった。首を振って否定する。
その後で実際本当に講義がある為蓮は席を立った。
授業中、蓮は口の中で舌を動かしていた。頬の内側に舌を這わせる。もう傷は塞がっているようでなにもなかった。今ならオレンジジュースも飲めたかもしれない。
口の中を噛むのはストレスや疲労を感じていたり、胃の調子や歯の噛み合わせが悪いからと言われている。
だが蓮は違う。わざと噛んでいた。そうして口の中に広がる血の味を楽しむ。
人によると、口の中に血の味が広がるのが気持ち悪いこともあるらしい。普通はそうなのかもしれないが、蓮としては理解できなかった。むしろ執拗に吸い取ろうとして必然的に口の中の傷が治るのも遅くなる。そのせいで実際口内炎になることもある。
自ら噛んでいるが、蓮は痛いのが好きな訳ではない。痛みに対して弱い訳ではないができればそれは味わいたくない。
ただ自分の満足を得るために痛みは結構必須だったりするため、仕方なく受け入れている。決して享受している訳ではない。
とはいえそれを柾に言う訳にもいかず、適当に誤魔化した。
……それでも、もっと秋尾と喋ってたかったな……。
ニコニコ笑っている柾を思いつつ、蓮は小さくため息をついた。
今は好きだと実感したてで気持ちはふわふわとしている。だがその後思っていても無駄だとわかりつつひたすら苦しむことは目に見えている。ただでさえ悩みがない日などないというのに、不毛な恋に振り回され悶え苦しむのは趣味じゃない、と蓮は思った。かといって好きになってしまったものを消し去ることは容易じゃない。だったらいっそ、早々に玉砕したほうがいいのではないかと思えた。せっかくできたそれなりに心を許せる友だちだが、蓮が邪な気持ちを抱いている限り結局ちゃんと真っ直ぐに柾を見られなくなってしまう気がする。どのみち友だちで居るのも苦しくなるだろう。
もう一度だけため息をそっと吐くと、蓮は講義に集中すべく前を向いた。
その日は結局柾に会うことはなかった。蓮もアルバイトがあったし、柾もアルバイトがあるかもしれない。仕事中、暇な時間に蓮は智也に聞いてみた。
「智也さんだったらもし友だちを好きになったらどうする? 告白する? それとも秘めておく?」
「いきなり難しいこと聞いてくるなぁ。……うーん。実際俺、学生の時にそれなりに仲良くしていた子を好きになったことそういやあったなー」
「言った? 言わなかった?」
とても気になって蓮が続きを促すと智也は苦笑してきた。
「言わなかった」
「……そ、そうなのか」
智也の言葉に蓮は少し動揺した。やはり言わないほうがいいのだろうかと内心思っていると「でもな」と智也が続けてくる。
「そのうちその子は他の子と付き合い出したし、それはやっぱりすごくショックだった。別に俺が打ち明けていたら付き合えていたとは思わないけど、でも言ってたらもしかしてって気持ちが暫く消えてくれなかった。とはいえずっと引き摺ることもなく俺は俺で別の相手と付き合ったりしてたしな」
「そ、っか」
「卒業して数年経って、皆で久しぶりに会った時にでも『あの時好きだったんだよな』って言ったよ。我ながらずるいよな」
「なんで」
「別にもう好きじゃなくなってたけど、それでも言うことで相手の気を多少引けたら心地いいなくらいは思ってたし、なにより終わったことだけにむしろ俺がスッキリしたかったっつーかさ」
智也がニッと笑ってくる。
「まあ結局正解なんてないわな、こういうことに。自分が思うことをすればいいと思うよ」
そう言うと智也は蓮の頭にポンと手を置いてきた。普段なら「子ども扱いするな」と微妙な顔をするが、蓮はされるがままでとりあえずコクリと頷いた。
一晩考えてみて、そしてやはり告白しようと心に決めた。
好きだと告げて、そしてジ、エンド、だ。
少しだけ自嘲気味に笑いながらも、投げやりな訳ではない。自分にとってはそれが一番いいような気がした。気持ちを押し付けるつもりはないが、友だちだと思ってくれているであろう柾には少し申し訳ないなと思う。男に興味がないのは明らかだけに、ひたすら困惑するだろう。
ただとても人がいいと思っているので、蓮の告白を聞いてあからさまに嫌悪感は出してこない気がする。そしてそれを周りに触れ回って馬鹿にするような人でもないと思っている。
俺は人として駄目だけれども、それでも人を見る目がない訳ではない。
柾ならきっと困りつつも静かに蓮の気持ちを聞いてくれると思う。そして受け入れられないと優しい言葉で告げてくるだろう。その後はもう友だちとしていられないと思うが、蓮はそれを受け入れられると思った。
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