君の全てが……

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5話 ※

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 アルバイト先にまでついてきた柾には正直驚いた。びっくり、というか蓮は少々微妙になった。どれだけ暇なの、とか、ついてきてなんの意味になるの、そしてどれだけコーヒー好きなの、などといった言葉が脳内をめぐる。
 ただ、本人に「コーヒー好きなの」と聞くと「うん、好き」とニコニコ言われた時は妙に心臓が騒いだ。
 仕事中も気になって仕方がなかった。一応仕事をおろそかにすることはなかったが、智也に「上がっていいよ」と言われた時は一瞬なにかまずいことでもしたかと思う程には気になっていて後ろめたかった。
 帰り、一緒に歩いていると「飯、どうする?」と柾がニコニコ聞いてくる。

「別に考えてなかった」
「じゃあなんか食って帰ろうぜ」
「……お前さっきまでパン何個か食ってたろ」
「あれはあれだよ」

 当たり前のように「食べて帰ろう」と言われたことが実はとても嬉しかった。だがそんなそぶりは見せずに呆れたように柾を見上げると「ああ、もしくはなんか買ってどっちかの家で食うってのもありか」と言われた。

「え」
「蓮って家、どの辺なの? ここから近い? 俺の家でもいいけどまた電車で学校近くまで戻ることになるしさ」
「……」

 言葉に詰まり、蓮は俯いた。ここから一人暮らしをしている蓮のアパートまでは近い。だが家には来て欲しくなかった。かと言って「遠い」と答えて後で嘘だと分かったら気まずい。返事を待っている様子である柾に、蓮は仕方なく答える。

「近い、けど散らかってるから今日は困る。……この近くに安くて美味い飯屋がある。そこはどうだろうか」
「……うん、いいね」

 蓮の言葉にどう思ったのかは分からないが、柾は一旦間を置いた後にニッコリと頷いてきた。
 店で食事をとりながら、蓮はいつも以上に喋ったような気がする。一見凄くさばさばとした感じであっけらかんとしてるのだがどこか穏やかで落ち着く柾は、顔つきや表情に恐らく性格や態度そのものが出ているんだろうなと蓮は思った。ふとポツポツと自分のことを話していることに気づかされる。
 ただ我に返って気づいても、一見明るい柾の細やかな態度にどこか安心感を覚えて蓮はそのまま話し続けていた。

「別に人見知りはしないんだけど、なんだろう、警戒してしまうのかもしれない」
「警戒? 知らない相手だけじゃなく?」
「ああ。知っている相手でも。もし自分の中に踏み込んできた時にその現状を見て引かれたり嫌悪されたらどうしようって思うのかもしれない」
「……。なんでそう思うのか分からないな。蓮を見ていてそんな風に思うことなんてないと思うんだけど」
「それは踏み込んでないからだよ」

 静かに笑って柾を見ると、柾は少しポカンとした後に「そうかなあ」と酒を飲んだ。

「でも、結構俺に色々話してくれてる気がする」

 酒を飲んだ後にそしてニッコリと言われ、蓮は少しきまり悪げに顔を逸らす。

「そうでもない」

 そう言いつつも、本当は柾がとても話しやすいからだと内心思っていた。なんとなく、何を言っても「そうなんだ」と優しい笑みで受け入れてくれそうな気、さえする。
 帰りはせめて駅まで送ろうかと蓮が言うと「道くらい覚えてるよ」と笑いながら断ってきた。なのでその場で別れる。

「じゃあまた明日」

 去り際にニコニコと手を上げて言ってきたなんでもないような言葉が蓮の心に沁み込んできた。

 また、明日。

 何度も反芻しながら自宅に帰った。アパートはあまり何も置いていないので実際は全然散らかっていない。だが小さなテーブルの上に置きっぱなしにしてあるものを見られたくなくて断っていた。
 とりあえずシャワーを浴びようと狭い洗面所兼脱衣所で服を脱ぐ。目の前の洗面台では白いひ弱そうな男が立っている。

 ……秋尾はそこそこ日に焼けていて、体つきも俺よりずっとしっかりしてそうだったな。

 そんなことを思ったら少し体が反応しそうになった。まだ知り合ってほんの少ししか経っていないというのに、どうやら自分は男の柾に惹かれているらしいと改めて蓮は思う。
 風呂場に入り、シャワーを浴びながら、男同士だったらどんな感じなのだろうと想像してみる。お互い、お互いのものを扱き合うのだろうか。それとも後ろの穴を使うのだろうか。もし自分と柾だったらどちらがどちらなのだろうか。
 そんな実現しそうにもないとりとめもないことをぼんやり考えながら髪や体を洗う。
 別に体の関係はなくてもいいし、付き合えなくてもいいから、これからも仲良くしてもらえたらいいなとだが最終的には思う。
 今日の仕事中もカーディガンを着ていた蓮の腕を柾はちらりと見てきた。普段もたまに視線は感じている。だからやはり恐らく柾は蓮の腕の傷を見ているのだろう。普通に考えて半袖になった蓮の腕は、傷に気づかないほうが難しい気がする。少し気遣うような態度はもしかしたら蓮がリストカットやアームカットをしているのだと思っているからかもしれない。
 だったらそう思ってくれていたほうがまだよかった。そう思ってくれていいから、これからも仲良くしてほしい、そう思った。
 やはり、好きなのだろう。
 柾のことが、好きなのだろう。
 今でも柾にはできたら踏み込んで欲しくない。だけれども色々話は聞いて欲しいし聞きたい。そんな風に思うことなど滅多にないので、割と新鮮な気持ちだった。
 穏やかな気持ちでそう思っていた筈なのに、しばらくするとまた体の中がもぞもぞとしてきた。
シャワーを浴びた後ベッドに背中を預けながら、蓮は小さなテーブルに置いてあるものに一旦躊躇した後で手を伸ばす。
 使い捨て用のディスポメスだ。それの一つを取り、腕にあてた。すっと撫でるように引くと綺麗な切れ目が出来、鮮やかな血がにじんでくる。
 その赤を見た瞬間、心臓がドクリと高鳴った。ドキドキとしながらしばらくその様を眺め、次にゆっくりと傷から滴る血を舐める。鉄を感じさせる塩気のある味が口の中いっぱいに広がる。
 熱っぽいため息をつきながら、蓮はひたすら自分の腕を舐めた。

「は、……ぁ」

 だんだんと呼吸が乱れてくる。その時柾の笑顔を思い出し、下肢がとてつもなく重く感じた。
 体の関係がなくてもいい、付き合えなくてもいいなんて本当は嘘だ。いや、これからも仲良くしてくれるだけでもいいというのは本当だ。だけれどもできたら付き合いたいし、したいと思う。

「ごめん、秋尾、ごめん……、ごめん……っ、ぁ……、あ。あき、ぉ……」

堪らず傷のついていないほうの利き手で昂りを取り出し、蓮は扱きだした。
 まだ出ている血が腕を伝う。それにまた舌を這わせながら、蓮はひたすら硬く熱くなった自分自身を扱いた。
 夢中になりながら頭に描く柾は、蓮の体をまさぐってくる柾だった。

 ああ、多分俺は秋尾に抱かれたいのかもしれない。

 堪らなく気持ちがよくて、そして堪らなく罪悪感に苛まれる。最高の気分だというのに、鉄の味が残る喉は締め付けられ、鼻がツンと痛んだ。

「ぁ、あ……っ」

 びくびくと体を震わせ、蓮は精を放つ。白濁した液体のまとわりつく手とともにもう片方のまだ血が伝っている腕を眺めていると目から涙がこぼれ落ちてきた。
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