君の全てが……

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4話

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 どんな相手かまだよくわかっていない段階から仲良くなれたらいいなと思いつつ、飲み食いしながら実際ゆっくり喋ってみると意外にも楽しい相手だった。
 柾はそんな風に思う。
 話し方は淡々としたところがあるしよく喋る訳ではないのだが、どこか面白い。それに淡々としてはいるが、笑わない訳でもない。大声で笑ったり大口を開けて笑いを堪能するということはなさそうだが、控えめな様子で笑みを浮かべてくる。気さくという訳でもないが偏屈という訳でもない。まだまだつかみどころがない感じも拭えないが、それでも仲良くなれそうで良かった、と柾は思った。
 翌日は大人しく家に帰り、課題を済ませた。遊び倒せるならそうしたいと思うが、親から仕送りをしてもらっている以上そういう訳にもいかない。
 アルバイトはだがあまり入れないようにはしている。友達の中ではアルバイトと学生、どちらが本業なのかというくらい働いている友達も居るが柾はそこまでするつもりはない。あくまでも学生の本分は勉強だと思っている。かといって勉強ばかりするのも楽しくないので、要はほどほどに、を心掛けている。
 そういえばもしかして、彼女と長続きをしない原因の一つにもなるのだろうか。一度当時付き合っていた彼女と別れる際に「八方美人」と言われたことさえある。誰にでもいい顔をして、勉強やアルバイト、付き合いどれも適当にこなしていてその実、夢中になることなんてないんだ、と言われた。
 言われた時はひそかにショックを受けたけれども、柾自身はそんなつもりはない。別に誰にでもいい顔をしているつもりもなかった。ただ、仲良くなれそうだと友達になりたいと思うし、友達になれば自分なりに大事にしたい。もちろん彼女が出来たら彼女も大事にしたい。どれも嘘じゃない。それが八方美人になるのなら、他の皆はどういう風にしているのだろうと思ったりもしたが、最終的には人は人、自分は自分だという考えに至った。

「へー、蓮ってカフェでバイトしてるんだ」
「……カフェじゃない。喫茶店」

 柾はコンビニエンスストアでアルバイトをしている。ここなら毎日入らなくてもいいし割と時間の融通が利く。
 その日はアルバイトが休みであり、大学のカフェテリアで蓮を見かけた柾が「今日飯行かない?」と誘うと「バイトあるから」と言われた。それで柾が「バイトなにやってんの」と聞いたのだ。
 愛想が悪い訳ではないが、なんとなく蓮と接客業は結びつかなかった。あまり喋るほうではないのと、腕や手首の傷だろうか。
 この傷に関しては未だに柾は何も聞けずにいた。柾にはリストカット、アームカットに見えた。だが「リスカ、アムカだろ」などと気軽に言えるものではなかった。

「カフェも喫茶店も同じじゃないの」
「雰囲気が違う」
「ふーん? あ、じゃあ俺、そこにコーヒー飲みに行くよ」
「は?」
「暑いしね、アイスコーヒー飲みたい」
「ここで飲め」
「全然違うだろだって。ここはほら、セルフサービスだしコーヒーも本格的じゃないし。喫茶店って言うからには美味しいコーヒーが飲めそう」

 とてつもなく微妙な顔で見てきた蓮にニッコリと言うと少し困ったような顔をしてきた後で「コーヒー好きなの?」と聞かれた。

「うん、好き」

 さらに笑って答えたら何故か変な顔をされた。

「え、なんで。俺がコーヒー好きだったら変?」
「……いや。……別に来てもいいけど、俺相手できないけど」
「そりゃ仕事だしね。全然いいよ」

 蓮に聞けば今日の授業はあと一つだと言う。柾もそうだったのでこのカフェテリアで改めて待ち合わせの約束をした。
 その喫茶店は電車を少し乗ったところにあった。蓮が「雰囲気が違う」と言ったように、外見も内装も今時の明るいカフェという感じではない。どちらかというと昔風の重い雰囲気なのだが昔風の店と違って閉じこもった感じではなく、窓からは明るい光が入ってきている。ただし夏なので窓の近くは暑そうだ。重い雰囲気なのは置いてあるものが落ち着いているからのようで、全体的にはどこかお洒落な内装でもあった。
 メニューはコーヒーとパンだけで、喫茶店と聞くと浮かぶオムライスやナポリタンスパゲティといったものはないようだ。

「前はやってたんだけど、ほら、面倒くさいから」

 店のオーナーらしい男性がにこやかにとんでもないことを言ってくる。蓮と一緒に店に向かったら「いらっしゃ……なんだ蓮か。そっちからいつも入るなって言ってるだろ」と親しげに話しかけてきた。そして一緒に居る柾に気づいて「あれ? 友達? 珍しいね、よかったらカウンターに座らない?」とニコニコ言われた。蓮は一旦引っ込んだので一人でとりあえずアイスコーヒーを頼んでからメニューを見ていると「ごはん系なくてごめんね」と声をかけてきたのだ。

「は、あ」
「その代わりウチのパンやサンドイッチは美味しいよ。て言っても俺が作ってるんじゃなくて近くで知り合いがやってるパン屋のパンなんだけどね」
「は、は……」

 そんなことを言っていいのかと柾は苦笑しつつ頼んだアイスコーヒーを一口飲んだ。

「……美味い」

 思わず口にするとそれに関してはなにも言わず、ただ嬉しそうに微笑んできた。予想以上にコーヒーが美味しかったので、柾はパンもいくつか注文する。最初は少し胡散臭げに思ったオーナーがなんとなくすごくできる人にさえ見えてきたから自分は調子がいいな、と内心少々苦笑する。
 出てきたパンもオーナーが言っていた通りとても美味しかった。
 しばらくすると蓮が出てきた。オーナー自身がどう見ても制服ではなさそうな恰好にエプロンを付けているので蓮もカフェ店員といった恰好ではないだろうなとなんとなく思っていたが実際エプロンをつけただけで私服のままだった。いや、上着はパーカーからカーディガンに変わっている。傷を見ていなかったら「なんでそこまで長袖に拘んだよ」と突っ込んでいたかもしれない。だが実際は傷を見ている柾は何も言わないでいた。
 客はそこそこ出入りがあるようで、結局柾は仕事中の蓮とゆっくり話す暇はなかった。
 時折蓮はオーナーとオーダーのことや仕事絡みでなにやら話している。その時、たまにとても柔らかい表情で笑っているのを見て、柾はなんとなくそれが心に残った。

「秋尾くん、だっけ。俺は香月智也(ともや)。蓮をよろしくね」
「え?」

 コーヒーが美味しかったので今度はホットで頼んだ柾にオーナーがニコニコと言ってくる。

「いやー、蓮ってさ、友達居ない訳じゃないんだけど、ここに連れてくるのって珍しいから」
「あ、ああ、それは俺が頼んだんです」

 柾はニッコリと笑う。

「蓮ってバイトしてるイメージあまりなくて。あ、ごめんなさい、悪い意味って訳じゃないんだけど。しかも接客業なのかって思ったらつい好奇心が。だからなんだろ、そんな好意的に見られるとむず痒いです」
「むしろ悪く思ってたら言えないよ、今のは。だからやっぱり蓮が連れてきただけあるなあって思うけど。あいつ、あまり人を私生活に踏み込ませないからさ」

 今の言葉を聞いた柾は一気にいくつかのことが頭をぐるぐると回った。
 まず思ったのが「この人はそもそも蓮のなんなのだろうか」ということだ。ただの職場での雇う側という感じではない。それこそあの蓮がとても親しそうにしている気がした。オーナーだからにしても、なんというか妙に蓮を気にかけているような気がする。こんなものなのだろうか。だが少なくとも柾がアルバイトしているコンビニエンスストアのオーナーはとても柾にぞんざいだし、柾もそれが普通だと思っていた。
 そして、あまり人を私生活に踏み込ませないという言葉が気になった。まずではなぜそれをオーナーが知っているのかということと、蓮は実際そうなのだろうかということ。親しくするようになってからまだ長くはないので、そこまで蓮のことはわかっていない。
 だとしても普段なら別に気にしないのだが、やはりそれも多分傷を見てしまっているからなのだろう。とても気になる。
 本当にすることが特になかったので、蓮の勤務時間内は可能なら店に居ようかなと思っていたら智也がその前に「今日はそんな忙しくないから蓮、上がっていいよ」と言ってきた。

「え、でも」
「その代わり次、頼みたい時は融通聞いてもらうし」
「……うん、わかった」

 最初は微妙な顔をしていた蓮だがその言葉に安心したのか笑みを浮かべて頷いた。
 また一緒に店を出た後に柾が「もしかして気を使わせたのかな」と呟くと「あの人はそういう気は使わないから大丈夫」と答えてくる。

「そうなんだ。オーナーさんだよね? 付き合い長いの?」
「ああ。俺の叔父さんなんだ」
「……ああ! なるほど!」

 そういえば同じ名字だった、と柾は今さらながらに気づく。蓮の言葉に、柾は気になっていたことの半分以上は一気に解決したような気がした。
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