君の全てが……

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3話

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 柾から連絡が来た時、蓮は授業中だった。携帯電話の振動に気づいたがとりあえずそのままにして授業が終わった後になんだろうと見たら柾だと気づいた。
 助けてくれた人だから名前を見た瞬間、ほんの少ししか喋っていない元々知らない人だとはいえ蓮は誰かすぐにわかった。
 いや、それだけじゃなく、と蓮は思う。正直外見は前に見かけた時に元々好みだとは思っていた。
 蓮はゲイではない。男性経験はなく、むしろ女性経験というか女性としか付き合ったことがない。ただ、無理でもないような気はしている。
 柾をたまたま前に見かけた時も、なんとなくいいなあと思っていた。別にどうこうしたいというのはなく、ただタッパがありスラリとしたスタイルや甘く優しげな表情をした整った顔立ちという、完全に外見に惹かれていいなと思っていただけだ。一応気さくそうに見える雰囲気もいいなと思っていたが、これに関しては実際どうかわからないのでなんとなく、ではあった。
 その柾と偶然とはいえ接触してみて改めていいなあと思った。助けてもらった時は具合が悪いのと腕のことでかなり警戒していたから特になんとも思っていなかったのだが、後で考えるともっと話してみたかったと思ったりしていた。
 ただし傷を見られていた可能性がかなり高いだけに警戒もかなりしている。
 そんな折に連絡が来たので一瞬心臓が跳ねた。SNSでは具合を聞いてきており、蓮は少し笑みを浮かべると『問題ない、ありがとう』と返す。見ていなかったのか、傷には触れないようにしているのかはわからないが、とりあえずやはりいい人のような気がした。
 その後なんだかんだとすることをしていて、少ししてからたまたま携帯電話を見た時にまた柾からなにやら来ているのに気付いた。開いて見ると、一緒に飯でも行こうと誘われていた。妙に気軽な感じだが嫌な感じはしなかったものの、蓮は躊躇する。行ってもいいのだろうかと変に考えてしまう。ただ、警戒して行かないことにすると後で気になるような気がした。
 結局傷は見られたのだろうか。もし見られていたらどう思ったのか、誰かに言わないのか。それだけでなく、やはりもっと話してみたいと思う自分も誤魔化せない。
 少し悩んだ後で蓮は『いつ』とだけ返した。するとすぐに『もし都合が大丈夫ならば今日は? 夜とかさ』と返ってくる。画面を閉じようとする前にてきていて、蓮はその文字を黙って見つめる。

 え、いきなり?

 食事に行くと伝えるだけでも返事するまでに色々考えたというのに心の準備もなく「今日はどうか」と返ってきた。
 実際用事はない。今日はアルバイトもなければ、数少ない友達誰とも約束をしていない。今は付き合っている彼女も居ない。
 ひたすら携帯電話を握りしめるようにしながら考えた末、また簡素に『大丈夫』と返信した。

『よかった! じゃあ六時に駅前の時計のとこは?』

 行くと言ったのでさすがにもう躊躇はしていない。蓮は『わかった』と返すと画面をようやく閉じてため息をついた。
 夕方、待ち合わせ場所に向かうと既に柾が立っていた。気づいた蓮はハッとなって柾が立っている傍にある小さめの時計台に目をやる。

「ああ、香月くんは遅くないよ。俺が早く着き過ぎた」

 柾は笑って手を上げてきた。



「そうそう。で、そこに行ったらもうなにもなくてさ」

 居酒屋はそこそこ混んでいてそれなりに騒がしかった。だけれども柾の大きくないのによく通る声は聞き漏れることなく蓮の耳に入ってくる。
 酒は飲めないことはないが、自分でも強いとは思っていないのでチュウハイを頼んでゆっくりちびちびと飲んだ。それにあまり酔いたくなかった。
 柾の方は強いのかそもそも酔う酔わないを気にしてないのかビールを既に何杯か飲んでいる。

「俺ばっか飲んでるけど……もしかして香月くん、お酒苦手だった? 居酒屋じゃないほうがよかったかな」

 蓮のグラスが全然空かないことに気づいた柾が苦笑してきた。蓮はいや、と首を振る。

「苦手って訳じゃない。飲めるけどこれが俺のペースだし気にしないでくれ。居酒屋で全然問題ない」
「ほんと? だったらいいけど。じゃあ代わりにもてつもなく食いなよ」

 ニコニコと言ってくる柾に「そうする」と蓮は頷いた。

「にしても香月くんってなんか大人しい感じだけど、なんだろうね、面白い」
「……俺が?」

 待ち合わせしたところから居酒屋に来て席につき、こうして飲み食いしている間、一回たりとも面白いことを言った記憶がない蓮はポカンと柾を見た。

「うん」
「……どこが」
「どこがっていうか、雰囲気? 反応?」
「別にボケやツッコミとかした覚えないし、服も地味だと思うけど……」
「むしろそう答えてくるとこじゃないかな」
「……?」

 柾が言っている意味がよくわからなくて怪訝そうに見ると、実際柾はどこかおかしそうにしている。

「さっきだって注文する時にさ、なに食う? って聞いたら『トマト』とか言ってくるし」
「……トマト好きなんだよ」
「にしてもトマトって。トマトのスライスにから揚げと、とか、トマトソースのチキンと、とかさ、なんていうかトマトとなにかセットだとまだわかるんだけど」
「……」

 どう答えていいのかわからなくて黙っていると、柾が「あ、ごめんね」と謝ってくる。

「別にトマトを貶してる訳じゃないよ。俺も嫌いじゃないし。でもトマト単品で言われるとは思ってなくて」
「……いや……。むしろどこまでトマト引っ張るのかと思って」
「……ああ! そういえばそうだね、ごめん」

 蓮の言葉を聞いた後で一瞬ポカンとした柾が楽しそうに笑いながらまた謝ってきた。なんでもかんでも謝ってくるタイプは好きではないが、柾はそういうのとは違ってとても自然だし卑屈感もない。むしろ明るささえ感じ、蓮は改めて好感を覚える。

「いや」
「トマトといえば蓮は肉あまり食べないの?」
「え?」

 ポカンと柾を見ると、ん? という顔をした後に苦笑してきた。

「あ、ごめん! つい名前で呼んじゃったよ。でももし嫌じゃなければ名前でもいい? 嫌なら名字で呼ぶよ」

 本当に気さくだな、と蓮は内心しみじみ思った。つい先ほどまで名字、それも「くん」付けで呼んでいたくらいだというのにと蓮は苦笑する。
 たまに見かけていた時も柾は誰に対しても気さくなイメージがあったが、実際も気さくだったんだなと実感する。蓮は積極的なタイプではないし、性格も引きこもりではないが明るい訳でもない。だから余計に眩しささえ覚えていたのかもしれない。

「ああ、構わない」
「マジで? よかった! ありがとう。蓮も俺の名前で呼んでくれたらいいよ」
「い、いや。俺は秋尾でいい、よ。あと肉も好きだよ、食べる」

 蓮は苦笑しながら手を振った。そしてその後に先ほどの質問に答える。

 肉も、好きだ。

 いや、肉そのものはそんなに好きという訳ではない。あまり食べると胃もたれがする。とはいえ肉を食ったら胃もたれがすると友達に言えば「お前年寄りかよ」と笑われた。

「名前でいいのに。でもうん、秋尾でもいいよ。っていうかそうなんだ。蓮って色白いし華奢そうだし、そもそも最初に見たのが熱中症気味で倒れかかってる蓮だからさ、なんか肉食わなさそうな感じだしトマトだし」
「トマトは余計だろ」
「あはは」

 柾の笑顔はとても柔らかい。別に行動自体は普通にその辺の男子だ。ビールをがぶがぶ飲むし、注文するのも揚げ物や肉ばかり。
 だけれども表情や言葉使いが柔らかくて、そして実際性格も優しい。別に人見知りをするという訳ではないが口下手なほうで大人しい性格の蓮でもとても話しやすいと思った。
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