君の全てが……

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1話

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 夏は嫌いだ。

 容赦なく降り注ぐ太陽の光と熱をキッと見上げながら汗を拭う。元々肌が白いからか、強い太陽の光を浴びても黒くなることはない。だが下手をしたら火傷したように赤くなる。

「蓮くんってほんと白いよね。すぐ赤くなっちゃってるし。だからなんでしょ、長袖。痛いもんねー焼けるのもさー」

 同じクラスの女子が前にニコニコとそんなことを言っていた。その子も色が白い。だがその白い肌が自慢なのか室内では割と薄着をしていた。

 血管の浮き出るような白さを晒し、ニコニコと笑う――

 セミの声が頭に響いてきてハッとなった。
 取っていたゼミも終わり、今日はもう帰るだけだった。この時間はゼミがまだ残っている者も多いだろうし日が高いからか、中庭を歩く者も見当たらない。
 最近、暑さのせいもあり夜あまりぐっすりと眠れていなかったからか、少しふらりとめまいを覚えた。太陽の熱がジィ、とまるで焼け付く音が聞こえる程露出している肌の部分に刺さってくる。また、薄手ではない丈が長めの長袖パーカーの中では体が蒸されてまるで加熱されているようだ。
 先ほど流れていた汗が止まっている。もしかしたら体内で茹っているのかもしれない。

 体が茹ったら血はどうなるのだろうか。沸騰する?
 ぐつぐつと煮込まれた血はまろやかになるのだろうか。

 そんなことを考えてみたところで自嘲気味に笑う。

 血が沸騰などする訳があるか。

 圧力によって気泡が生じることはあるだろうが血で火傷をするなど聞いたこともない。ただ、今この異常な程の暑さを感じている状態では皮膚の下で血管が膨れてはいるかもしれない。ラジエターのように体内を冷やそうとドクドクと動いているであろう血管を思うと自分の体が愛しくなりそうだった。
 このままいくと自分の体内のタンパク質は変質するかもしれない。短時間で変質したら肉のうま味が閉じ込められて肉汁も流れ出ず、美味しい肉が仕上がる……そんなことを考えた後で自分の沸いた頭に呆れる。

 夏は嫌いだ。

 香月 蓮 (かづき れん)はまた思った。そしてぐらり、と再度めまいを感じる。

 ああ、まずい。

 そう思った時には目の前が暗くなっていた。頭や体の先が冷たく感じ、このままだと危険だとばかりに蹲ろうとしたところで「おい、大丈夫か」という声がウヮンウヮンとぶれながら脳に響いてくる。だがそれに対して反応する余裕などなく、ひたすらずるずる崩れ落ちそうになっていると腕をつかまれ、支えられた。そのまま抱えられるようにしてどこかに恐らく移動させられる。その時は多分それを把握していたとは思うが、後で思い返そうとしても移動中のことは全く覚えていなかった。

「俺の飲みかけで悪いけど、これ、飲め」

 どこかの木陰に連れてこられた後に座らされた蓮に、連れてきた誰かがペットボトルを差し出してくる。なにも飲めそうにない気持ち悪いと思い、首を振るのもおっくうでただ黙っていた。すると無理やり手にペットボトルを預けてくる。
 それがとてもひんやりとしていて気持ちがよく、蓮は急に喉の渇きを感じた。ゆっくりと手を動かし、蓋を取ろうとしたら既に弛めてくれていたようで簡単に開いた。
 蓮はペットボトルを口に運ぶ。飲んでみて初めてそれがスポーツドリンクだと分かった。目の前で自分が持っているというのにラベルすらまともに見えていなかったことに気づく。
 喉に流れてきた冷たい液体はそのまま体内に入ってきた。途端、染み入るような冷たさと心地よさを蓮は感じた。
 それでもまだぼんやりとしていると「体も少しは冷やさないと……」と言われた。それなら今冷たいものを飲んで冷えたような気がすると思いつつも、まだ喋るのも億劫だった。
 なんとなく体を動かされているのはわかるのだが、何をしているのか把握するのすら億劫でひたすらぼんやりとしていた。
 だがとても涼しさは感じる。ようやく汗も普通に流れてきたような気がした。
 改めて相手を見ると、とても心配そうな顔で蓮を見ている。話したこともない相手だが、何度か大学構内で見かけた気がする。背がスラリと高くて、薄いミルクティーのような色をした髪をしている。それでいて朗らかで穏やかそうな男というイメージが蓮にはあった。
 だが名前までは知らない。

「……あの、ありがとう」

 ようやく声を出すくらいは楽にできる感じがして、とりあえずお礼を告げた。

「いや、いいよ。こうも暑いと仕方ないよね」

 相手は少しホッとしたように笑いかけてきた。だがその後にどこか気まずそうに顔を俯ける。なんだろうと思った後で長袖パーカーが脱がされているのに気付いた。
 別にその下にもちゃんと服は着ている。だがさすがに下は半袖だった。腕や手首にある傷を見たのだろうとすぐにわかった。
 蓮には全く自傷行為をするつもりはないし自殺願望も、なにもかも嫌だと鬱になる気持ちも基本的にない。だがこの傷を見られると勘違いされがちだからといつも長袖を着ていた。
 それを見られたのだと思うとモヤモヤと嫌な気分が体の中に広がる。とはいえ「見たのか」とも言い難い。実際見られたかどうかはっきりしないし自分から話題を振るのもなんだか嫌だ。なんでもない振りをしていようと黙っていると「具合、だいぶマシになってきたかな。顔色がよくなってきた」と相手は笑いかけてきた。その笑顔が、熱い日差しの中に溶けていきそうな程まぶしく見え、蓮は目を少し眇めながら再度「ありがとう」と呟く。

「……俺、柾。秋尾柾って言うんだ。君はなんていうの?」

 呟いた蓮を少しじっと見た後に相手はニッコリと笑いかけてきた。
 秋尾 柾(あきお まさき)と名乗ってきた相手に、蓮も「香月、蓮……」と少し俯き気味に答えた。

「香月くんもここの学校だよね。何年? なに取ってんの」

 名前を名乗ると柾は矢継ぎ早に質問をしてくる。それが腕を見てしまったことを逸らすためのように思え、蓮は複雑になった。かといって無視をするのも助けてくれた相手に悪い気がする。
 ゆっくりぽつぽつと答えていく内に蓮自身もだんだん元気が出てきた。

「もう大丈夫……秋尾ほんとにごめん、ありがとう」
「そっか。よかった。もう帰るのか?」
「うん」
「じゃあ、気をつけてな。あ、そうだ」

 ニッコリ笑いながら柾は携帯電話を取り出してきた。

「連絡先、教えて。せっかく知り合ったんだし、よかったら今度遊びか、君の具合が悪くないなら飲みに行こうよ」

 見た目通り柾は人懐こそうな様子を見せてきた。蓮としては腕のことがあり、やはり複雑だった。このまま知り合いになっておきたいような、なかったことにしたいような思いに駆られつつ、コクリと頷いた。
 そのまま柾と別れ、学校を後にする。
 相変わらず太陽はずきずきと皮膚を攻撃するほどに光と熱を降り注いでくる。元気にはなったものの、またすぐに暑さでどうにかなりそうだった。帽子でも被っていればよかっただろうかと思うが、アスファルトからの照り返しも半端なさそうだ。
 ひたすら歩いていると頭からたらたらと汗が流れてきた。額から鼻筋や頬へ伝う汗が唇にも垂れてくる。
 蓮は自分の上唇に舌を這わせた。唇に乗っていた、生ぬるくほんのりと塩味のする汗をそして舐めとった。

「は、ぁ……」

 小さくため息をつくと、蓮は重くなりがちな足や体全体に鞭打ちながら歩みを速めた。
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