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20話
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大学からの帰り道、声をかけてきた相手に振り返ってまず言った言葉は「大丈夫?」だった。それほどに目の前の相手は息を切らしていた。どれだけ走ってきたのだろうと思いながらも、恵は戸惑っていた。一体何故、この少年が自分に声をかけてきたのだろうと謎だった。
恵の記憶が間違いでなければ、目の前で苦しそうに息を乱している少年は聖恒の幼馴染だった。
「えっと、きよの幼馴染の……」
「っはー、はーっ、紺野、でぅ」
名乗っている最中に青い顔色で吐きそうな顔をしてきたので恵はかなり焦る。
「っちょ、大丈夫っ? ちょ、ちょっとうずくまって」
背中をさすろうとすると、口元を片手で抑えながらもう片方の手で「いい」とばかりに手を振ってきた。
「で、もう大丈夫かな?」
しばらくして真和が落ち着いたところで恵は駅前にある喫茶店へ誘った。本当はいくら聖恒の幼馴染でもあまり知らない相手だしできればそのまま帰りたかったが、あんな状態を見てしまうと「それじゃあ」とは言いにくい。
「はい、すみませんでした。めっちゃ走り過ぎちゃって。俺やっぱ運動不足なんだろなー」
そう言って笑う顔はどこかあどけなさすらある。そんな子と同じ歳の子を好きになったのだなと改めて恵は自分に微妙な気分になった。三歳の壁は案外厚い。
「で、俺に何の用だったのかな」
「あ。……えっと、俺、きょーから話、聞いてます」
「え?」
「きょーとのことも、家庭教師をやめたことも」
恵はその言葉を聞いて戸惑った。いやテンパりそうになったと言ってもいい。
きょーとのこと、とは。
まさかキスのことも聞いているのだろうか。いやあの聖恒に限ってさすがにそれは、と思いつつもでも、と気になって仕方ない。
「先生? 大丈夫っすか?」
名前も知らないからだろう、真和は恵を先生と呼んでくる。こういった外で先生と呼ばれるのは、実際教えていない相手でもあるからか、落ち着かない。
「大月。大月恵っていいます」
「あ、えっと、これはご丁寧に! お、大月さんでいっすか」
「はい」
恵がニッコリ笑うと真和が今度は戸惑ったように少し目を逸らしてきた。
「紺野くん?」
「す、すみません。柄にもなく緊張しちゃって。俺あんま年上の人と接しねーから。大月さんって結構綺麗な顔してますね」
「……お世辞はいいよ」
「えー、別にお世辞じゃねーのになあ。で、大丈夫っすか?」
「え? あ、ああ」
屈託のない様子に、キス云々は聞かされていないと勝手に判断することにした。そうでもしないと恵が落ち着かない。
「あのさ、大月さん。大月さんはきょーのこと、どう思ってます? 俺にとってきょーは……大事な友だちだからさ、中途半端な考えは嫌っつーか……」
少し言いにくそうにしているが、嫌だと言った時は恵のことをジッと見てきた。真和のその目はとても真摯に見えた。
ああ、この子はもしかしたら……。
そう思ったからこそ、恵もちゃんと向き合うことにした。
「……好きだよ」
好きだと言った途端、真和は少し目をむきながらゴクリと唾を飲み込んだ。その後に誤魔化すかのようにアイスオーレをストローでごくごく飲む。
「でもあの子には彼女がいるみたいだから、俺は……」
「えっ? きょーに? いないっすけど」
「でもこの間、ショッピングモールで女の子といたから」
「そりゃいることもあるんじゃねーっすか。俺もたまに利麻……あ、ねーちゃんですけど利麻とか利麻の友だちにつき合わされますよ」
真和が少し嫌そうに言ってくる。
「いや……その……二人がその、キスしてるとこ、見かけちゃって……」
「またっ?」
またとはなんだ、そんなによくある状況なのかと恵が落ち込みかけると、真和がピンときたような顔をしてきた。
「それ、彼女じゃねーです。おとつい……日曜のことでしょ?」
「え? あ、ああ」
「きょー、告白されて断ったらいきなりキスされたって昨日、めっちゃ怒ってましたもん」
「えっ? そ、そうなの……」
「はい! なので、俺を信じて、連絡先、もらえないですか? きょーに教えたい」
一瞬の内に気持ちが向上した恵は、だが真和に対してなぜそこからそうなるのだ、と思った。ただ、聖恒は恵に懐いてくれていた。もしかしたら少しは寂しがってくれているのかもしれない。それにしても、と真和を見た。
「うん。……紺野くんはきよの家でも会ってるし、疑う理由なんてないよ。ただ、君は何でそこまでするのかな」
「え?」
立ち入る必要なんてない。ましてや恵は聖恒のことが好きなのだと言ったばかりだ。真和だって言いたくないだろう。
でも、あやふやなままだと、何だろうか――
この子が、この子の気持ちが、どこにも出ることのないまましまい込まれる気がした。それがとても切ないことのようにも思えた。
真和は怪訝そうな顔をする。恵がじっと真和を見ると、だが少し落ち着かない様子でそわそわとしてきた。
「そ、そりゃ俺、きょーの幼馴染みだもん。大事な友だちだから当然でしょ」
「ん……、……きよ、俺がもらっても、いいですか?」
ずっと否定してきた気持ちを、まさか目の前の相手を通じて受け入れることになるとは思っていなかった。だがこんなに一生懸命な子を見ていると、逃げている自分が恥ずかしく、情けなくなった。聖恒の気持ちを確認した訳でもないのに、恵は真和に乞いたかった。
真和はポカンとした後で、顔を赤くしながら少し俯いた。
「そんなの……俺が……お願いしてるよーなもんだし……。つか、お、俺、俺……ちゃんときょーのこと、幼馴染みの親友だと思ってる。今回のだって、あいつが本気で誰かを好きになったのがマジで嬉しくて……」
「うん」
恵が静かに微笑むと、真和は目元を赤くしながら、同じく静かに言ってきた。
「きょーのこと、多分好きなんだと思う……でも、どうこうしたいってより、俺はきょーに笑って欲しいし、ずっと幼馴染みの親友として一緒にいたいって気持ちのが、きっと強いと思う、これは、ホント……」
ごめんなさい、と少年は消え入りそうな声で謝った。恵にというより、聖恒に謝っているように思えた。
恵の記憶が間違いでなければ、目の前で苦しそうに息を乱している少年は聖恒の幼馴染だった。
「えっと、きよの幼馴染の……」
「っはー、はーっ、紺野、でぅ」
名乗っている最中に青い顔色で吐きそうな顔をしてきたので恵はかなり焦る。
「っちょ、大丈夫っ? ちょ、ちょっとうずくまって」
背中をさすろうとすると、口元を片手で抑えながらもう片方の手で「いい」とばかりに手を振ってきた。
「で、もう大丈夫かな?」
しばらくして真和が落ち着いたところで恵は駅前にある喫茶店へ誘った。本当はいくら聖恒の幼馴染でもあまり知らない相手だしできればそのまま帰りたかったが、あんな状態を見てしまうと「それじゃあ」とは言いにくい。
「はい、すみませんでした。めっちゃ走り過ぎちゃって。俺やっぱ運動不足なんだろなー」
そう言って笑う顔はどこかあどけなさすらある。そんな子と同じ歳の子を好きになったのだなと改めて恵は自分に微妙な気分になった。三歳の壁は案外厚い。
「で、俺に何の用だったのかな」
「あ。……えっと、俺、きょーから話、聞いてます」
「え?」
「きょーとのことも、家庭教師をやめたことも」
恵はその言葉を聞いて戸惑った。いやテンパりそうになったと言ってもいい。
きょーとのこと、とは。
まさかキスのことも聞いているのだろうか。いやあの聖恒に限ってさすがにそれは、と思いつつもでも、と気になって仕方ない。
「先生? 大丈夫っすか?」
名前も知らないからだろう、真和は恵を先生と呼んでくる。こういった外で先生と呼ばれるのは、実際教えていない相手でもあるからか、落ち着かない。
「大月。大月恵っていいます」
「あ、えっと、これはご丁寧に! お、大月さんでいっすか」
「はい」
恵がニッコリ笑うと真和が今度は戸惑ったように少し目を逸らしてきた。
「紺野くん?」
「す、すみません。柄にもなく緊張しちゃって。俺あんま年上の人と接しねーから。大月さんって結構綺麗な顔してますね」
「……お世辞はいいよ」
「えー、別にお世辞じゃねーのになあ。で、大丈夫っすか?」
「え? あ、ああ」
屈託のない様子に、キス云々は聞かされていないと勝手に判断することにした。そうでもしないと恵が落ち着かない。
「あのさ、大月さん。大月さんはきょーのこと、どう思ってます? 俺にとってきょーは……大事な友だちだからさ、中途半端な考えは嫌っつーか……」
少し言いにくそうにしているが、嫌だと言った時は恵のことをジッと見てきた。真和のその目はとても真摯に見えた。
ああ、この子はもしかしたら……。
そう思ったからこそ、恵もちゃんと向き合うことにした。
「……好きだよ」
好きだと言った途端、真和は少し目をむきながらゴクリと唾を飲み込んだ。その後に誤魔化すかのようにアイスオーレをストローでごくごく飲む。
「でもあの子には彼女がいるみたいだから、俺は……」
「えっ? きょーに? いないっすけど」
「でもこの間、ショッピングモールで女の子といたから」
「そりゃいることもあるんじゃねーっすか。俺もたまに利麻……あ、ねーちゃんですけど利麻とか利麻の友だちにつき合わされますよ」
真和が少し嫌そうに言ってくる。
「いや……その……二人がその、キスしてるとこ、見かけちゃって……」
「またっ?」
またとはなんだ、そんなによくある状況なのかと恵が落ち込みかけると、真和がピンときたような顔をしてきた。
「それ、彼女じゃねーです。おとつい……日曜のことでしょ?」
「え? あ、ああ」
「きょー、告白されて断ったらいきなりキスされたって昨日、めっちゃ怒ってましたもん」
「えっ? そ、そうなの……」
「はい! なので、俺を信じて、連絡先、もらえないですか? きょーに教えたい」
一瞬の内に気持ちが向上した恵は、だが真和に対してなぜそこからそうなるのだ、と思った。ただ、聖恒は恵に懐いてくれていた。もしかしたら少しは寂しがってくれているのかもしれない。それにしても、と真和を見た。
「うん。……紺野くんはきよの家でも会ってるし、疑う理由なんてないよ。ただ、君は何でそこまでするのかな」
「え?」
立ち入る必要なんてない。ましてや恵は聖恒のことが好きなのだと言ったばかりだ。真和だって言いたくないだろう。
でも、あやふやなままだと、何だろうか――
この子が、この子の気持ちが、どこにも出ることのないまましまい込まれる気がした。それがとても切ないことのようにも思えた。
真和は怪訝そうな顔をする。恵がじっと真和を見ると、だが少し落ち着かない様子でそわそわとしてきた。
「そ、そりゃ俺、きょーの幼馴染みだもん。大事な友だちだから当然でしょ」
「ん……、……きよ、俺がもらっても、いいですか?」
ずっと否定してきた気持ちを、まさか目の前の相手を通じて受け入れることになるとは思っていなかった。だがこんなに一生懸命な子を見ていると、逃げている自分が恥ずかしく、情けなくなった。聖恒の気持ちを確認した訳でもないのに、恵は真和に乞いたかった。
真和はポカンとした後で、顔を赤くしながら少し俯いた。
「そんなの……俺が……お願いしてるよーなもんだし……。つか、お、俺、俺……ちゃんときょーのこと、幼馴染みの親友だと思ってる。今回のだって、あいつが本気で誰かを好きになったのがマジで嬉しくて……」
「うん」
恵が静かに微笑むと、真和は目元を赤くしながら、同じく静かに言ってきた。
「きょーのこと、多分好きなんだと思う……でも、どうこうしたいってより、俺はきょーに笑って欲しいし、ずっと幼馴染みの親友として一緒にいたいって気持ちのが、きっと強いと思う、これは、ホント……」
ごめんなさい、と少年は消え入りそうな声で謝った。恵にというより、聖恒に謝っているように思えた。
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