ホンモノの恋

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14話

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 気づけば次のアルバイトの日になっており、恵は仕方なく聖恒の家へ向かった。

「今度は先生が心ここにあらず?」

 ちゃんとやっていたつもりだったがやはりどこかぼんやりしていたのかもしれない。聖恒に言われ、恵は苦笑した。

「ああ、その、ごめん」
「いいですけどね」

 少しだけジッと恵を見てきた後に聖恒は微笑んできた。そして問題の続きを解いていく。そんな聖恒の微笑みにもそわそわしそうになる。ただでさえかわいらしい顔立ちをしているのに余計にかわいく思える。それでも前までなら弟みたいだなとただ微笑ましく思えたのに、と恵はため息が出そうだった。
 今日は妙に時間の経つのが遅く感じる。いつ時計をそっと見ても先ほどと変わらない気がする。
 多分、と恵は心の中でため息ついた。それは恵があの夢を見たからだ。あの夢のせいで聖恒といるのがとても居たたまれないからだ。
 問題を解くのに集中している聖恒を、恵はちらりと見る。少し斜めからなので顔はあまり見えない。その分、首筋へ目がいった。
 一見華奢そうな体つきにも見える聖恒の首筋は、当然ながら細くない。ちゃんと、男の首筋だ。喉仏だって立派にある。だというのに少年特有とでもいうのだろうか、それとも既に自分の脳が駄目になっているのだろうか。色気すら感じられる気がする。
 夢の中ではその首筋に、自分は唇を這わせていた、と恵は目をつむって後悔する。何に対する後悔かも定かではないが、とりあえず後悔といった気持ちが一番当てはまるような気がした。
 だがふと視線を感じ、目を開けると聖恒がじっと恵を見ている。ギクリとしつつも何とか平静を装った。

「何?」
「何、は先生ですよ。どうしたんですか?」
「あ、いや。何でもないよ」

 また苦笑しながら首を振ると、聖恒もまた少しだけジッと見てから「そうですか」と課題へ視線を戻す。その様子がさらに落ち着かなかった。気持ちを一旦切り替えようと恵は「きよ」と聖恒を呼んだ。聖恒がまた恵を見てくる。

「そろそろ休憩しよう」

 すると聖恒は「はい」と頷くと隣といえども少し後ろに座っていた恵の方へ体を完全に向けてきた。丁度違うところを向いていた恵にもそれはわかった。

「ねえ、先生」

 呼びかけられて振り向くと、聖恒の顔は思っていたよりかなり目の前にあった。恵は思わず飛び退きそうになる。辛うじてそれは免れたが、少々不自然な感じに顔を後ろに反らしてしまった。そんな恵を妙な顔で見ることもなく、笑うこともなく、聖恒はさらにもう少し顔を近づけてくる。

「さっきからボーッとしてるのは何で?」
「……え」
「もしかして……」
「きよ?」

 また少し、顔が近づく。

「……ねえ。先週のあの帰り際、先生のスマホ鳴らなかったらキスしてたのかもって、ずっと思ってたんだけど……先生はどう?」

 唇が今にもつきそうな距離になっていた。聖恒は頬を赤くしながら囁くように言う。恵がもっと衝動的だったら、今この場で聖恒を押し倒していたかもしれない。だが家庭教師なのだ、年上なのだ、男なのだといったことが恵の理性を保たせていた。

「先生……?」

 聖恒を離そうとしたが、見た目と違って聖恒はびくともしない。

 こんなのは駄目だ。

 恵は必死になって思った。自分に対して無理やり納得させようと試みる。

 きよは家庭教師をしている、いわば仕事先の大事な相手なんだぞ。お前は仕事を何だと思ってるんだ。だいたい高校生だぞ。それも男子。男なんだぞ。男相手に何考えてんだ。それに弟みたいじゃなかったのか? お前は弟相手に邪な気持ちを抱けるようなやつだったのか?

 少し大げさなくらいに恵は自分へ言い聞かせる。だが目の前には聖恒の唇がある。そして何よりも、どんな理由で言い聞かせようが恵は聖恒が好きなのだ。

 好きだ。

 この気持ちだけで、必死になって言い聞かせても恵の理性なんて小枝よりも儚くポキリと折れそうになる。
 またさらに近づいた唇は、むしろ触れていないのが不思議なくらいになっていた。
 そうだ、と今頃ようやく気づいた。離そうとしてもびくともしないなら、自分が引けばよかったのだと。別に体を固定されているのではなく、ただ椅子に座っているだけなのだ。その椅子を後ろへ動かせばいい話だ。
 ただ、ここまで近いと下手に動くとむしろ唇が触れそうだとも気づいた。

「めぐちゃん……」

 聖恒が名前を呼ぶ。息がかかる。その息ですら唇にまるで触れたかのような錯覚を覚えるほど近かった。ぴくりと震えそうになり、だが少しでも動いてしまうとやはり触れてしまいそうで、恵はただ固まっていた。

「答えてくれないの? 俺はさ、だってね、今もすごく……」

 聖恒の声が発せられる度に唇に小さな振動を感じた。ピリピリする。とてつもなく敏感になっている気がする。だというのに感覚の一部はおかしなくらい鈍感になっている気もする。

「すごく、キスがしたい……こうやって」

 こうやって、と言った後に聖恒はとうとうキスしてきた。息がかかっても触れられているような感覚にさえなっていた唇に唇が合わさる。それだけでおかしくなりそうだった。
 別に舌を絡め合うようなキスしているのではない。抱き合って色んなところに触れ合いながらしているキスでもない。
 ただそっと唇を重ねるだけのキス。ただのキスだ。
 だが、ただのキスではなかった。唇に感じる唇の感触がまるで直接脳髄に電撃が走るような刺激を与えてくる。かと思えばとろりと蕩かされる濃厚なシロップに漬けられているような感覚を覚える。
 先ほどまで必死になって自分に対して抵抗していたはずの恵は気づけばそのキスに応じていた。
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