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14話
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「何かお前の顔、こえぇけど」
自分の教室へ戻り、席についた麻輝に麦彦が笑いながら言ってくる。
「な、何でもない」
実際は何でもなくない。先ほどの黒兎の発言について、できれば黒兎と深く深く語りたかった。
「お前の顔が不意に近いと、何故か目を合わせてられなくなる」
聞こえ方によれば嫌われているとも取れる言い方だが、普段や先ほどの流れから「お前が嫌いだ」という感じは幸いなことに全くしない。というか麻輝の願望が入っているようにしか聞こえなくて参った。
少しは脈があるのだろうかと思いたいところだが黒兎を見ているだけではさっぱりわからない。手を凄く見られていたから見すぎだと言えば「お前は俺をじろじろ見ていいぞ」などと言ってくるような人なのだと麻輝は自分に言い聞かせる。目が合わせられなくなるというのも、黒兎独特の発想から来た何かなのかもしれない。
ああ、それでも自分の願望通りだったのならと麻輝は心底願った。そんなはずはないという現実に目を向ける自分と、気持ちが傾いてきているのだと夢を見る自分が中でせめぎ合っている。現実は基本的に切ないものなので、せめて妄想の中では幸せな幻に浸りたいなという甘さがあるため、夢見る自分が優勢だった。
「茶島、帰ってこぉい。それとも立って授業受けるかー?」
しかし教師の声にハッとなり「すみません」と謝った。少し恥ずかしいせいか顔が熱い。麻輝は気を取り直して授業に集中した。
放課後、麻輝は何人か話しかけてくる生徒に断りをいれつつ急いで黒兎の教室へ向かった。だが既に黒兎はいなかった。
これに関しては珍しいことでもない。黒兎はいつも寮へ帰るのが速い。別にクラスで仲間外れにされているというのではなく、ただ単にマイペースの成せる技だろう。今も麻輝に気づいた生徒が「寺内ならいつものようにサクッと帰ったぞ」と慣れた様子で教えてくれた。
「ありがとう」
笑って礼を言うと、麻輝も寮へ帰る。予測はついていたので、黒兎にも「学校終わったら部屋、行くから!」と告げている。黒兎に教室で待っててと言うより確実だった。
一旦自分の部屋へ帰って着替えた後、麻輝はまた急いで黒兎の部屋へ向かう。別に今さら急ごうが意味はないのだろうが、気持ち的なものだ。
ノックしながら「クロ」と呼びかけると少しして黒兎がため息を吐きながらドアを開けてくれた。
「え、今のため息、何」
「……何か面倒くさいから」
思わず口にしたことに対して珍しく黒兎が律儀に答えてくれる。それは嬉しいが、あまり嬉しい答えではないので麻輝は微妙な気持ちになった。
ベッドの上にドカッと座った黒兎の横に、麻輝も座る。
「面倒くさいって何」
「マキは昔から結構聞きたがりだな」
「そりゃ気になったら聞くだろ。それにクロのが普段は『何で』が多いからね?」
「好奇心旺盛ってやつか。結構なことだな」
「聞いてる? ていうか、結構なことって。あ、ちなみに流させないからね。なにが面倒くさいの。さっき俺が聞いたこととか?」
つい流されそうになっている自分に気づき、麻輝はハッとなりながら黒兎をじっと見た。黒兎は軽く舌打ちをしている。
「舌打ちしないの!」
「眠い」
「後で寝て」
「そういやムギが言ってたコンパっていうの、明日だな」
「クロ」
窘めるかのように名前を呼ぶと黒兎が今度はため息を吐いてきた。
「わからないこと聞かれても答えようないだろ。だから面倒くさい」
「何がわからないの?」
「もう何がわからないかもわからなくなってきたし眠い」
ああ、神様、と麻輝はつい心の中で祈る。
この沈黙寡言野郎に今だけ多言という能力を授けてやってください……!
だが祈ったところで黒兎は構わず横になり、目を瞑り本当に寝ようとしている。
「ちょっとクロ! 何寝ようとしてんだよ!」
気づいて言うも、今度は律儀な返答はない。
「もー……」
本当に寝ているのかと顔を近づけたところで黒兎がパッと目を開けた。少しデジャヴを感じる。といっても思い出せない何かではなく、間違いなく先ほどのことだ。麻輝の顔が熱くなるのと同時に、黒兎がぷいっと顔を逸らせてきた。
今までだったら密かにショックを受けるところだが、先ほど言われたことが頭を過る。
「クロ、今も不意に近かったから目を逸らしたの? ねえ」
すると黒兎が「ああ」と頷いてきた。どうやら認めたくないからひたすら話を誤魔化していたというかわいい反応ではなかったようだ。
……本当に面倒くさかったんだな。
微妙な気持ちに少しなったが、今はそれどころではない。
「逸らしたくなる理由じゃなくてさ、逸らしたくなるのはじゃあ、何で?」
麻輝が聞いている意味がわからないのか怪訝な顔をして黒兎が顔を合わせてくる。本当に不意でないなら別に構わないようだ。
少し考えた後にああ、と言った表情になる。無口だし一見無表情そうでもあるが、案外黒兎の表情は動いている。
「そわそわして落ち着かない感じになるから」
「そ、そうなんだ。えっと、で、それは何で……」
「それがわからないからお前に聞いたんだ」
寝転がったまま、黒兎がじっと麻輝を見てきた。
不意に顔が合うとそわそわして落ち着かなくて目を逸らしてしまう。
そんなの期待するしかないというのに、今は意識なんて皆無だとしか思えないほどじっと麻輝を見てくる。それも、わからないから麻輝に聞く、何て麻輝からすればどうにもかわいらしい発想で。だというのに追及すれば面倒くさいなどと言う。
「君は……狡いよ」
ボソリと呟くと黒兎が怪訝な顔をした。
かわいい。どうしたってやっぱり、かわいいんだ。
意味がわからなくて無口で、実際は鈍くて空気読んでくれないだけだけど俺からしたらほんと狡く感じて。
でもかわいいんだ。
気づけばキスしていた。後で冷静に考えれば一体自分は何をしでかしているんだと百回自分に突っ込んでも足りないようなことを、麻輝はしていた。
とはいえ煽情的なものでも何でもなく、唇と唇が触れるようなキスだ。黒兎が麻輝の手に触れてくる時のほうがよほど性的だと思うくらい、軽いキスだった。
だけれどもそんな軽いキスだけで一気に麻輝の中は甘さと切なさがぶわっと溢れた。
自分の教室へ戻り、席についた麻輝に麦彦が笑いながら言ってくる。
「な、何でもない」
実際は何でもなくない。先ほどの黒兎の発言について、できれば黒兎と深く深く語りたかった。
「お前の顔が不意に近いと、何故か目を合わせてられなくなる」
聞こえ方によれば嫌われているとも取れる言い方だが、普段や先ほどの流れから「お前が嫌いだ」という感じは幸いなことに全くしない。というか麻輝の願望が入っているようにしか聞こえなくて参った。
少しは脈があるのだろうかと思いたいところだが黒兎を見ているだけではさっぱりわからない。手を凄く見られていたから見すぎだと言えば「お前は俺をじろじろ見ていいぞ」などと言ってくるような人なのだと麻輝は自分に言い聞かせる。目が合わせられなくなるというのも、黒兎独特の発想から来た何かなのかもしれない。
ああ、それでも自分の願望通りだったのならと麻輝は心底願った。そんなはずはないという現実に目を向ける自分と、気持ちが傾いてきているのだと夢を見る自分が中でせめぎ合っている。現実は基本的に切ないものなので、せめて妄想の中では幸せな幻に浸りたいなという甘さがあるため、夢見る自分が優勢だった。
「茶島、帰ってこぉい。それとも立って授業受けるかー?」
しかし教師の声にハッとなり「すみません」と謝った。少し恥ずかしいせいか顔が熱い。麻輝は気を取り直して授業に集中した。
放課後、麻輝は何人か話しかけてくる生徒に断りをいれつつ急いで黒兎の教室へ向かった。だが既に黒兎はいなかった。
これに関しては珍しいことでもない。黒兎はいつも寮へ帰るのが速い。別にクラスで仲間外れにされているというのではなく、ただ単にマイペースの成せる技だろう。今も麻輝に気づいた生徒が「寺内ならいつものようにサクッと帰ったぞ」と慣れた様子で教えてくれた。
「ありがとう」
笑って礼を言うと、麻輝も寮へ帰る。予測はついていたので、黒兎にも「学校終わったら部屋、行くから!」と告げている。黒兎に教室で待っててと言うより確実だった。
一旦自分の部屋へ帰って着替えた後、麻輝はまた急いで黒兎の部屋へ向かう。別に今さら急ごうが意味はないのだろうが、気持ち的なものだ。
ノックしながら「クロ」と呼びかけると少しして黒兎がため息を吐きながらドアを開けてくれた。
「え、今のため息、何」
「……何か面倒くさいから」
思わず口にしたことに対して珍しく黒兎が律儀に答えてくれる。それは嬉しいが、あまり嬉しい答えではないので麻輝は微妙な気持ちになった。
ベッドの上にドカッと座った黒兎の横に、麻輝も座る。
「面倒くさいって何」
「マキは昔から結構聞きたがりだな」
「そりゃ気になったら聞くだろ。それにクロのが普段は『何で』が多いからね?」
「好奇心旺盛ってやつか。結構なことだな」
「聞いてる? ていうか、結構なことって。あ、ちなみに流させないからね。なにが面倒くさいの。さっき俺が聞いたこととか?」
つい流されそうになっている自分に気づき、麻輝はハッとなりながら黒兎をじっと見た。黒兎は軽く舌打ちをしている。
「舌打ちしないの!」
「眠い」
「後で寝て」
「そういやムギが言ってたコンパっていうの、明日だな」
「クロ」
窘めるかのように名前を呼ぶと黒兎が今度はため息を吐いてきた。
「わからないこと聞かれても答えようないだろ。だから面倒くさい」
「何がわからないの?」
「もう何がわからないかもわからなくなってきたし眠い」
ああ、神様、と麻輝はつい心の中で祈る。
この沈黙寡言野郎に今だけ多言という能力を授けてやってください……!
だが祈ったところで黒兎は構わず横になり、目を瞑り本当に寝ようとしている。
「ちょっとクロ! 何寝ようとしてんだよ!」
気づいて言うも、今度は律儀な返答はない。
「もー……」
本当に寝ているのかと顔を近づけたところで黒兎がパッと目を開けた。少しデジャヴを感じる。といっても思い出せない何かではなく、間違いなく先ほどのことだ。麻輝の顔が熱くなるのと同時に、黒兎がぷいっと顔を逸らせてきた。
今までだったら密かにショックを受けるところだが、先ほど言われたことが頭を過る。
「クロ、今も不意に近かったから目を逸らしたの? ねえ」
すると黒兎が「ああ」と頷いてきた。どうやら認めたくないからひたすら話を誤魔化していたというかわいい反応ではなかったようだ。
……本当に面倒くさかったんだな。
微妙な気持ちに少しなったが、今はそれどころではない。
「逸らしたくなる理由じゃなくてさ、逸らしたくなるのはじゃあ、何で?」
麻輝が聞いている意味がわからないのか怪訝な顔をして黒兎が顔を合わせてくる。本当に不意でないなら別に構わないようだ。
少し考えた後にああ、と言った表情になる。無口だし一見無表情そうでもあるが、案外黒兎の表情は動いている。
「そわそわして落ち着かない感じになるから」
「そ、そうなんだ。えっと、で、それは何で……」
「それがわからないからお前に聞いたんだ」
寝転がったまま、黒兎がじっと麻輝を見てきた。
不意に顔が合うとそわそわして落ち着かなくて目を逸らしてしまう。
そんなの期待するしかないというのに、今は意識なんて皆無だとしか思えないほどじっと麻輝を見てくる。それも、わからないから麻輝に聞く、何て麻輝からすればどうにもかわいらしい発想で。だというのに追及すれば面倒くさいなどと言う。
「君は……狡いよ」
ボソリと呟くと黒兎が怪訝な顔をした。
かわいい。どうしたってやっぱり、かわいいんだ。
意味がわからなくて無口で、実際は鈍くて空気読んでくれないだけだけど俺からしたらほんと狡く感じて。
でもかわいいんだ。
気づけばキスしていた。後で冷静に考えれば一体自分は何をしでかしているんだと百回自分に突っ込んでも足りないようなことを、麻輝はしていた。
とはいえ煽情的なものでも何でもなく、唇と唇が触れるようなキスだ。黒兎が麻輝の手に触れてくる時のほうがよほど性的だと思うくらい、軽いキスだった。
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