心の中にあるもの……

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38話

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 保健室から出ていった春夜が気になって仕方なかったというのに眠気に抗えず、気づけば放課後まで充は眠っていた。もう部活も始まっている時間だったが、充はベッドに横たわったままだった。多分依が顧問か主将に充が休むことを伝えてくれるだろうと高を括り、今どこにいるだろうか、もう帰っただろうかなどと充は春夜のことを考えた。探しに行くべきなのに体を起こすのもだるい。実際何もされていないというのに精神的にきて、この体たらくだ。改めて春夜は凄いと思っていると「……充」と春夜の声がした。

「しゅんっ?」

 さすがに充は体を起こした。見ていると春夜がおずおずといった様子でカーテンの隙間から顔を覗かせてきた。その様子につい吹き出しそうになりながらも何とか堪え、充は上手い言葉も浮かばずに「おいで」と小さく告げる。ただ春夜はこの言葉にホッとしたようで、中に入ってきて充に近づいた。

「……みっちゃん、あの……」
「首に痕つけられてごめん」

 また春夜が謝ってきそうだったので、その前に充が謝った。普段あまり謝ることがないので正直言いにくかったし、春夜はいつも耳にタコができそうなほどよく謝れるなと何気に思う。
 春夜といえば、少しぽかんとした顔を見せてきた後に「何でみっちゃんが謝ってんの」とますます怪訝な表情になった。

「……何となく」
「みっちゃんは何となくなんかで謝らないでしょ」
「俺だって謝る時は謝る」
「それは本当に悪いと思った時でしょ。今回はみっちゃん、全然悪くないのに」
「油断、してたし……」
「ああ、それは悪いかも」
「だろ?」

 顔を合わせてお互い少し笑った。

「……俺はみっちゃんに酷いこと、しちゃったから」
「してない」
「したよ。愛しくてとかじゃなくて、怒りにまかせて痕、上書きした」

 確かにそうかもしれないが、充は別に不愉快だと思わなかったし嫌悪感もない。少し痛かったが、上級生がつけた痕をそのままにしておくくらいならむしろ春夜が上書きしてくれてよかったと思う。
 それをちゃんと告げればよかったのだろうかと後で思った。
 あのサッカー部の先輩たちはその後退学となったようだ。証拠もあったし被害者である元サッカー部員何人もの証言もあったからだ。その証言を得られたのは春夜によるところが大きいだろう。率先して証言したのは春夜だった。
 そこに至るまでに充は春夜に「頼むから抵抗して欲しいし戦おう」と頼んでいた。春夜の気持ちはとてもありがたかったし嬉しいとさえ思った。だがそんな風に守られても、春夜のことが大切な充にとっては辛いだけだと必死になって伝えた。
 上級生たちが退学になったと聞くと、春夜は「本当は物理的に殺したかった」と物騒なことを言ってきた。

「怖いな」
「あいつらはみっちゃんに手を出した。俺のみっちゃんに汚らわしくも触れた」
「しゅん……」

 その時にも、ちゃんと告げればよかったのだろうかと、これまた後で思った。
 ちなみにサッカー部顧問の教師、山岸はいつの間にか退職していた。退職した、ということしか公にされていないが、合法ではないハーブに手を出していたか何かで捕まったなどという噂もある。
 春夜も上級生から時折、無理やり変な薬を飲まされていたらしく、もしかしたらそういった噂はただの噂ではないのかもしれないと充は何となく思う。どこの高校でもあるのかもしれないが、充たちが入学する以前にも2B-Gという種類の麻薬が生徒間で出回っていたらしいことを思うと、信憑性もなくはない。
 とりあえず、春夜は平穏な日常に戻ったはずだった。何も心配なく、大好きなサッカーをまた楽しめるはずだった。
 だがサッカー部には復帰したものの、春夜は充が襲われた日以来、ますます充への執着が激しくなったように思える。毎日のように愛情を示してきては、充の体からも摂取しようとする。大好きだと時に嬉しそうに、時に切なそうに、そして時に必死に伝えてくる様はかわいらしいというよりはどこか不安定で、充の中にも不安がもやもやと湧き起こる。

「ちょ、待て……また……っ」

 今も教室の中で、春夜は充の首筋に痕をつけてきた。

「だってね、ここ、消えかかってたから。つけておかないと……充は俺のだって証だから」

 春夜は、誰にももう触らせないと、こうして何度も何度も同じ箇所に痕を残す。それはあの時上書きしてきた場所だ。それも重ねてつけてくるおかげで充は首筋のそれも見えるところにまでいつもキスマークをつけている状態で過ごす羽目になっていた。
 その後はいつも、春夜は決まってしがみつくようにきつくぎゅっと抱きしめてくる。例え今のように教室の中であってもお構いなしだった。一応次が体育の授業のおかげもあって既に誰もいないとはいえ、誰かが戻ってくる可能性だってある。そういったことにも春夜は危機感を覚えないようだった。

「っしゅん」
「俺がみっちゃんのものじゃないのはわかってるよ……? でもみっちゃんは俺のものなの」

 まるで歌うようにそんなことを言いながら、春夜はまた充の首筋に唇を這わせてきた。
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