心の中にあるもの……

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33話

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 夏休みが本当にあっという間に終わってしまい、空はまだ全然夏のそれと変わらないというのに毎日学校へ向かう。春夜としては嬉しさ半分苦痛半分といったところだった。
 嬉しいのは同じクラスなので半ば強制的にほぼ毎日充のそばにいられることだ。夏休みもいられる限りそばにいたが、残念ながら毎日というわけにはいかなかった。

 ……みっちゃんが他のやつと約束してることもあったし……それにみっちゃんの部活は……夏休みもあったし……。

 休日なので長めの時間拘束されたりもする。試合で出かけることもあった。
 部活の時間は直接会えないが、仕方ないことだとは思っている。それに充が弓を引いている姿が大好きだ。ただ、部活では充が依と近いのが心底忌々しい。夏休みもそれが一番嫌だった。自分の見ていないところで充が依と仲よく話すだけでも嫌だった。そのせいで二人きりの時ついせめてもと、ひたすら所有欲を充の体にぶつけてしまう。
 会えない時間があればあるだけ、会った時に負担を強いてしまう自覚はあった。それでもやめられなかった。一応申し訳なさもかろうじて感じてはいるので、学校があれば毎日会えるし負担を強いることも少しは減る気がして、自己満足ではあるがそれも嬉しい。
 春夜はといえば、ずっと部活には出ていない。夏休みは引きこもっていた。記録が残るのを避けているのか、携帯電話でのやり取りは一切していないのもあり、嫌な先輩にも会わずに済んでいた。学校へまた通うということは、捕まる可能性が増えるということだ。嫌で堪らないし、それが苦痛なことだ。同じく嫌いな顧問は夏休みが開けても全然見かけていなくて、それだけはよかったなとは思う。あの顧問に直接何かされたわけではないが、春夜は大嫌いだった。
 そうこうしている内に一昨日も先輩に捕まってしまった。久しぶりだったのもあり、心身ともに辛さは半端なかった。散々「サッカー出てこないからこんなに白いんだろ、夏なのに」などと言われ、蹴られたり猥褻な暴力によって酷い痕をつけられた。
 ただでさえ春夜は充を抱く時あまり自分は脱がないが、これではますます脱げないなと自虐的に笑いながら思った。相変わらず服を着ていると見えない部分にしか傷はつけてこない。本当に大嫌いだと春夜は苦々しく思った。

 それに──

 休み時間になったとたん同じ教室だというのに充の元へ駆けつけながら心の中で舌打ちをする。
 一昨日、春夜を襲った先輩の一人が嫌なことを言ってきた。

「これ以上部活避けんなら、やっぱり襲っちゃおうかなー」

 充に「また! 離れろって」と言われながらもぎゅっと抱きつきながら、春夜はばれないようそっと息を何度か吸っては吐いた。
 部活へは、行きたくない。行きたくない。行きたく、ない。

 でも──

 その数日後の昼休み、春夜は必死になって充を探していた。いつもは授業が終わると共に充の元へ駆けつけていた。どれだけ鬱陶しがられても、ぎゅっと抱きついて側にいた。だが今日はそれができなかった。教師に呼ばれたからだ。最近の授業態度について話があると言われてしまった。

「今から職員室へ……」
「……今は無理」
「は? 何言って」
「放課後……今日の放課後に行くから、先生」

 今日の放課後は充に部活がある。だから大丈夫だと春夜は教師をじっと見た。

「……わかった。ちゃんと来いよ」

 少し授業中に居眠りするかサボり過ぎてしまったかもしれない。だが休み時間のたびに充から離れずにいて、放課後は充の部活へ行くか周りを警戒しながら帰るかで夜は相変わらず眠れないとなると、授業中に眠るしか選択肢がなかった。
 とりあえずは避けられたとホッとして充の元へ行こうとして、春夜は固まった。充がどこにもいない。

「綾崎、加佐見探してんの? あいつならさっきすれ違ったぞ。何か二年のとこ行くっつってたような」

 春夜に気づいたクラスメイトが教えてくれた。それを聞いた瞬間、春夜は血の気が引くのがわかった。心臓が縮こまる。

 だ、大丈夫……だって相手のことなんてほぼ知らないはず。呼ばれたの、一回だけ見られたけど、それくらいだし……そうだよ、大丈夫、きっと弓道部の先輩に会いに行ったんだ。きっとそう。今日の部活での話がきっと何かあったんだ、そうだよ、大丈夫……。

 自分の不安は気のせいだと春夜は必死に言い聞かせた。だが「充ならやりかねない」と心の奥で妙な確信があった。充なら、水面下で加害者を調べ、そして忠告しに行くくらい、やりかねない。
 春夜のため。愛しているからではなく、大事だと思っている親友だからそのままにしておけないと、春夜にこれ以上間違ったことをしてくれるなと、真面目でどこか堅い、そして優しい充ならやりかねない。
 春夜の足は考えるより先に動いていた。本当は二年の教室があるフロアなど足を踏み入れたくもない。だがもし、と思うと二年の先輩たちが憎くて怖いという気持ちよりももっと辛くて怖かった。

「綾崎」

 一つの教室前に立ち、意を決して扉を開けようとしていると背後から急に声をかけられ、春夜は反射的にビクリと肩を揺らした。振り返ると依が何とも言い難い表情で立っている。

「な、に」
「お前、充を気にしてここ、来たんだよな」
「佐々部、何か知ってんの?」
「知ってるっていうか……多分お前と同じ考えで来た。クラスのやつが充、二年のとこ行くっつってたって言うの耳にして」

 感情の読めない言い方をしながら、依はさっさと扉を開け、中を覗いた。

「……いねぇ」

 舌打ちすると、依は教室にいる二年の生徒たちに何の躊躇いもなく尋ねていた。春夜は依が大嫌いだが、こういう所は羨ましいと思うし、悔しいながらもいてくれてよかったとも思った。自分ならきっと誰か知らない相手に自ら気軽に話しかけることなどできない。

「綾崎! 多分場所わかった。こっちだ」

 そう言ってくれ、春夜は依が進むほうへ同じく駆け出した。何も言う前から二人とも速歩になっていた。

「こっちって……」
「この前の文化部の教室、だ」

 嫌な予感がさらに高まった。
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