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11話
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夕食後、珍しく外出しなかった文治郎から代わりに延々と彼女の話を聞かされた。会ったことない「美知子」についてやたらと詳しくなりそうな勢いに正直うんざりではあったが、ほとんどを受け流しつつも春夜はつき合った。一応、充に言われてではあるが心配をおそらくしてくれたのであろうことに対して、かろうじて礼のつもりとでも言うのだろうか。とはいえ、そろそろつき合いきれない。
「そんなに好きならほんと俺は食べてるし、毎日会いに行けば」
「まぁ、そうするけどさー。ほんとに食ってんのかぁ? お前背はあっても細くね? まあ、でもせっかくだし、たまには一緒に食おうぜ」
「何がせっかくなの。結構だよ」
「綾はかわいい顔してほんっと塩だよな」
「だからその呼び方やめてよ。あとかわいいも本気で嬉しくない」
「何だよー。あ、そいや加佐見くんもかわいい顔して、何つーか中身男前って感じよな」
「……」
これが依や充のルームメイトなら殺してた、くらいの勢いでイラッとしていると文治郎が笑ってきた。
「何だよ。綾ってもしかして加佐見くん好きなんだ?」
「……だから?」
「だから? うーん、だからってことはねーけど……そっかぁって思って! なあ、好きな人いるっていーよな」
文治郎は春夜の背中をばんばん叩いてきた。悪いやつではないのだが、春夜にとって基本的に暑苦しいというか面倒くさくて鬱陶しい。
「痛いんだけど……」
微妙な顔で文治郎を睨みつつ、春夜はぼんやり思っていた。
好きな人がいるって、いい、の、かな。
確かに嬉しいし愛しいし、充を見ているだけで幸せな気持ちになれる。だがその反面、切ないし苦しいし、見ているだけだとつらくもなった。
他の皆はこんなでないのだろうか。ひたすら幸せなのだろうか。いや、でも恋は切なくて苦しいものだと聞いたことがある。とはいえ、少なくとも文治郎はどろどろとしたものを抱えているようには到底見えない。
両思いだから? それとも……やっぱり俺がどこかおかしいの……?
数日後の昼休み、学食から戻ってきた後に春夜がいつものように充のことを考えていると本人が話しかけてきた。
「しゅん、ぼんやりしてる」
充が存在する教室の中では、今まで春夜も落ち着いて満たされた気持ちでいられた。だが最近はここですら、じわじわ安定した気持ちでいられなくなっている気がする。充が誰かと話をする度に何の話をしているのか気になるし、何ならレーザー銃で相手の口を塞ぎたくなる。
「え? あ、何でもないよ?」
側にいるのにいない、手に入らない、切ない、つらい。それでも充をどうにかしたい。触れたい。いっそのこと、食べてしまいたい。性的にだけではなくて、本当に頭からバリバリと──そうすれば永遠に充は春夜のものだ。
そんな汚れ歪んだ黒い欲望を振り払うように春夜は笑顔を作った。充が怪訝な顔をしたのはわかったが、どろどろした自分を知られたくなくて春夜は笑って取り繕う。だがそろそろこんな取り繕いも限界かもしれない。耐えられそうにないかもしれない。
好きだ。
充が大好きで、とても大好きで。好きになればなるほど、側にいればいるほど、充の優しいところや格好がいいところ、かわいいところが見えてきてもっと好きになってさらに側にいたくなる。
ただ、側にいるだけでも幸せだと思っていたはずなのに、それだけじゃ足りなくて不安で堪らなくなる。
せめて自分の妄想でだけは好きにしたい、そうすればきっとまた充の側にいる時は笑っていられるだろうし、親友というありがたい存在のままでいさせてもらえる。
そんな風に思い、一人の時は散々充を味わい堪能する自分を想像した。だがその想像は想像だからこそ、どんどん物足りなくなっていき、そのせいでどんどん激しいものになっていく。すると実際もまた、側にいるだけでは足りなくてもどかしくて切なくて、といった風に悪化の一途をたどるばかりになってきていた。
このままだと溜めたものが噴き出して、もしかしたら充に酷いことしてしまうかもしれない。それでは自分も最低のやつらと同じになってしまう。それだけは嫌だと思った。きっともっと耐えられそうにない。
いっそ言うか?
告白したのだ。ならもういっそ酷いことしてしまう前に、好きでいるだけでは我慢できないとも言ってしまうか。
「みっちゃん、あの……」
だが、何とか切り出した春夜は、後ろから何よりも聞きたくない声に呼びかけられた。
「綾崎、ちょっといいか?」
その声の主は廊下から顔を覗かせている。爽やかそうで、スポーツの似合う顔つきに、クラスの中ではちらちらと見ている者もいる。
だが春夜はその顔を見たくなかった。声も聞きたくない。そもそも行きたくない。
「しゅん? 呼ばれてるけど」
「……」
逃げたい。だが、春夜の様子に何か思ったのか、充は相手のいる廊下へ足を向けようとした。
冗談じゃない。
「あ、みっちゃん、待って。あの、俺、行ってくるよ。……ごめんね?」
ふわりと笑うと、春夜は歩を進めた。教室から廊下までの距離はほんのわずかだろう。だが、春夜にとっては果てしなく長い道に感じた。手足が鉛のように重く感じられる。思い出したくない光景がフラッシュバックし、そのまま倒れたくなった。もしくは奇声を発してひたすら叫びたくなった。
逃げたい。
逃げたい。
逃げたい。
だが、と背後で自分を怪訝そうに見ている充を思う。
行くしか、ない。
「そんなに好きならほんと俺は食べてるし、毎日会いに行けば」
「まぁ、そうするけどさー。ほんとに食ってんのかぁ? お前背はあっても細くね? まあ、でもせっかくだし、たまには一緒に食おうぜ」
「何がせっかくなの。結構だよ」
「綾はかわいい顔してほんっと塩だよな」
「だからその呼び方やめてよ。あとかわいいも本気で嬉しくない」
「何だよー。あ、そいや加佐見くんもかわいい顔して、何つーか中身男前って感じよな」
「……」
これが依や充のルームメイトなら殺してた、くらいの勢いでイラッとしていると文治郎が笑ってきた。
「何だよ。綾ってもしかして加佐見くん好きなんだ?」
「……だから?」
「だから? うーん、だからってことはねーけど……そっかぁって思って! なあ、好きな人いるっていーよな」
文治郎は春夜の背中をばんばん叩いてきた。悪いやつではないのだが、春夜にとって基本的に暑苦しいというか面倒くさくて鬱陶しい。
「痛いんだけど……」
微妙な顔で文治郎を睨みつつ、春夜はぼんやり思っていた。
好きな人がいるって、いい、の、かな。
確かに嬉しいし愛しいし、充を見ているだけで幸せな気持ちになれる。だがその反面、切ないし苦しいし、見ているだけだとつらくもなった。
他の皆はこんなでないのだろうか。ひたすら幸せなのだろうか。いや、でも恋は切なくて苦しいものだと聞いたことがある。とはいえ、少なくとも文治郎はどろどろとしたものを抱えているようには到底見えない。
両思いだから? それとも……やっぱり俺がどこかおかしいの……?
数日後の昼休み、学食から戻ってきた後に春夜がいつものように充のことを考えていると本人が話しかけてきた。
「しゅん、ぼんやりしてる」
充が存在する教室の中では、今まで春夜も落ち着いて満たされた気持ちでいられた。だが最近はここですら、じわじわ安定した気持ちでいられなくなっている気がする。充が誰かと話をする度に何の話をしているのか気になるし、何ならレーザー銃で相手の口を塞ぎたくなる。
「え? あ、何でもないよ?」
側にいるのにいない、手に入らない、切ない、つらい。それでも充をどうにかしたい。触れたい。いっそのこと、食べてしまいたい。性的にだけではなくて、本当に頭からバリバリと──そうすれば永遠に充は春夜のものだ。
そんな汚れ歪んだ黒い欲望を振り払うように春夜は笑顔を作った。充が怪訝な顔をしたのはわかったが、どろどろした自分を知られたくなくて春夜は笑って取り繕う。だがそろそろこんな取り繕いも限界かもしれない。耐えられそうにないかもしれない。
好きだ。
充が大好きで、とても大好きで。好きになればなるほど、側にいればいるほど、充の優しいところや格好がいいところ、かわいいところが見えてきてもっと好きになってさらに側にいたくなる。
ただ、側にいるだけでも幸せだと思っていたはずなのに、それだけじゃ足りなくて不安で堪らなくなる。
せめて自分の妄想でだけは好きにしたい、そうすればきっとまた充の側にいる時は笑っていられるだろうし、親友というありがたい存在のままでいさせてもらえる。
そんな風に思い、一人の時は散々充を味わい堪能する自分を想像した。だがその想像は想像だからこそ、どんどん物足りなくなっていき、そのせいでどんどん激しいものになっていく。すると実際もまた、側にいるだけでは足りなくてもどかしくて切なくて、といった風に悪化の一途をたどるばかりになってきていた。
このままだと溜めたものが噴き出して、もしかしたら充に酷いことしてしまうかもしれない。それでは自分も最低のやつらと同じになってしまう。それだけは嫌だと思った。きっともっと耐えられそうにない。
いっそ言うか?
告白したのだ。ならもういっそ酷いことしてしまう前に、好きでいるだけでは我慢できないとも言ってしまうか。
「みっちゃん、あの……」
だが、何とか切り出した春夜は、後ろから何よりも聞きたくない声に呼びかけられた。
「綾崎、ちょっといいか?」
その声の主は廊下から顔を覗かせている。爽やかそうで、スポーツの似合う顔つきに、クラスの中ではちらちらと見ている者もいる。
だが春夜はその顔を見たくなかった。声も聞きたくない。そもそも行きたくない。
「しゅん? 呼ばれてるけど」
「……」
逃げたい。だが、春夜の様子に何か思ったのか、充は相手のいる廊下へ足を向けようとした。
冗談じゃない。
「あ、みっちゃん、待って。あの、俺、行ってくるよ。……ごめんね?」
ふわりと笑うと、春夜は歩を進めた。教室から廊下までの距離はほんのわずかだろう。だが、春夜にとっては果てしなく長い道に感じた。手足が鉛のように重く感じられる。思い出したくない光景がフラッシュバックし、そのまま倒れたくなった。もしくは奇声を発してひたすら叫びたくなった。
逃げたい。
逃げたい。
逃げたい。
だが、と背後で自分を怪訝そうに見ている充を思う。
行くしか、ない。
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