不機嫌な子猫

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66話

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 戻った翌日には会議が執り行われ、その会議にウィルフレッドも珍しいことに参加出来た。武者震いすらしたものの、あれほど会議に出たいと子どもの頃から思っていたというのにいざ参加すると正直退屈で堪らない。居眠りをしそうだ。
 眠いのはただ、昨日一晩中にも近い勢いでレッドとひたすら絡み合ったせいもある。遠征をし、帰りも延々と馬に乗っていたというのにレッドの上にも乗り、ひたすら動き、動かされた。

 ……あいつ性欲なんて全然持ってません興味ありませんってていのくせしていざすると結局いつも半端ないのだが……体力お化けだからか?

 ウィルフレッドの体では下手をすると受け止め切れない。こういう行為ですら、魔王のままだったらよかったのにと思ってしまう。あの体でなら、どれほどレッドが体力お化けであってもむしろこちらが搾り取る勢いで満喫出来ただろうと残念でならない。
 思わずため息を吐いてしまい、ルイににっこりと「まだ疲れが取れてないなら休んでいていいんだよ、ずいぶん活躍してくれたんだからね」と言われた。

「い、いえ。失礼いたしました。問題ありません」

 疲れのうち五分の三が多分レッドとの行為だとはさすがに言えるはずもない。そしてあとの五分の一をそれぞれ遠征疲れと会議のつまらなさで占めている。
 そういえば魔王だった頃も会議のようなものはいつも出来れば避けたいと考えていたことを思い出す。ふんぞり返ってただ話を聞くだけというのはどうにも性分に合わないようだ。今はさらに、魔王としての見解があるもののそれを口に出したり指示したり出来ないのもあり、尚更かもしれない。頭の切れる者が多いとはいえ、例えばウィルフレッドが知っている魔物に関する知識などに比べても少ない訳で、仕方がないとはいえもどかしいこともあった。ただ、クライドに関してはそういった知識も豊富そうだが、会議中は基本的に黙っている。もしかしたら寝ているのではないかと睨んでいたら視線に気づかれ、どうでもよさそうに見返されてイライラとさせられた。

「クライドはどう思う?」

 そんな無言のやり取りに気づいたのか、ルイがクライドに聞いてきた。

「……恐らく術者でしょう」

 貴様、俺には偉そうな口調のくせにルイには敬語かよ!

 ウィルフレッドはそう思いつつも賢明にも声には出さなかった。だがまた思い切りクライドを睨み付ける。とはいえクライドは完全にウィルフレッドを無視している。

「……準備を整えしだい、そこへ出向きます。閉じたとはいえ、歪の存在はまだ残っているのですね?」
「ああ、まだ消えていないと思うよ」
「では今憶測だけで話すより直接見たほうが早いでしょう」
「悪いね、では行ってもらえるかな」
「構いません。あなたの側近が持ち帰ってきた赤い石の鑑定は、それでは戻ってからで?」
「うーん、そうだね……あの石は他の術者たちにとりあえず見てもらうからクライドは先に現地を見て欲しくなった。供に誰か腕の立つ者を付けよう」
「はい。……では、お願いがあるのですが」

 頷いた後、クライドが少し考えてからルイを見る。

「珍しいね、クライドのお願い。聞こう」
「第三王子を例の魔獣とともにお連れしてよろしいでしょうか」

 クライドめ、誰を連れていきたいのか知らないが、一人では怖いし寂しいってか。

 はっ、と内心わざとこき下ろすように文句を言っていると、妙に視線を感じる。ウィルフレッドは怪訝に思い辺りを見渡した。実際、ウィルフレッドを見ている者が幾人もいる。ルイも見ていた。

 ……まさか文句が声に出ていたか? フェルとのやり取りのせいで心の声と地声が混乱でもしたか?

 少しドキドキとしているとルイがまたクライドを見た。

「理由を聞いても?」
「ええ。話を聞く限り、第三王子と魔獣によって歪は発見され、そして調査も進んだかと。私自身も現地で彼らの話を聞きつつ確認したく。腕の立つ者は別に不要です。もし魔物や盗賊が出たとしても私自身なんら問題はありません」
「あー……なるほどね。うーん、確かに、うん、うーん……まぁ、現地にはまだ兵も残っているし、今のところ多分危険はない、か……?」

 ルイは納得しつつも妙に渋っている。ルイが渋る相手とはいったい誰だろうとウィルフレッドが思っているとそのルイに「ウィル。君はどうしたい? 疲れもまだ取れていないだろう?」と聞かれた。

「は? 俺ですか? どう、したい、とは……」

 何の話だ。何か聞き漏らしたか? 居眠りはしていなかったはずだが。

 怪訝に思いつつ、必死に思い返そうとして気づいた。第三王子とは自分のことだ、と。
 別にウィルフレッドという今の自分を忘れていた訳ではない。だがついうっかりしていた。魔獣というのもフェルが魔獣だと忘れていた訳ではないが、咄嗟に浮かばなかった。人の口からあまりに客観的な呼ばれ方をしたせいだろうか。ピンとこなかった。そもそもクライドがウィルフレッドを連れて行きたいなどと言うはずもないという思い込みも強い。

 っていうかクライド貴様、まさか俺の名前知らないとか言うのではないだろうなっ?

 それにしても本当に、いつもウィルフレッドがクライドの元へ向かうと鬱陶しそうにしているというのに、何故連れていきたいのだろうと怪訝に思う。確かに歪を発見したのも調査がスムーズに進んだのも自分のおかげだろうがとウィルフレッドは少々にやりと思いつつ、だからといって術者が作ったであろう歪ならクライドのほうがよほど色々と分かるだろう。もはやウィルフレッドの知識は不要ではないのかと謎に思う。
 もしくは魔獣、フェルに何やら可能性でも見出しているのだろうか。そういえば薬のことといい、ひょっとするとクライドはフェルについて何か気づいているかもしれないという憶測もある。

「……問題ありません。共に向かいます」
「帰ってきたばかりでまた同じ場所へ向かうことになるのに、いいのかい?」
「ご安心を。少人数なら魔法での移動を何度か行えば馬よりは早く楽に着くでしょう」

 クライドが淡々と言い放つ。
 魔法での移動と聞いて、幾人かは戸惑っている。それも仕方がない。失敗すれば体の一部がなくなる──要は異次元に持って行かれるのだが──ことになるのだ。恐ろしい魔法だと認識している者も少なくないだろう。だがウィルフレッドは魔王の頃に自身も使用しているので特に恐れはない。高度な魔法だが、クライドほどの力の持ち主なら問題ないだろう。

「ということです、兄上。では俺も準備がありますので、申し訳ないですが会議を失礼させていただきます」
「分かった。こちらこそ申し訳ないね、ウィル。とても心配でもあるけどクライドと一緒なら大丈夫だろう。お願いするよ」
「はい」

 ウィルフレッドは笑みを浮かべ立ち上がった。そして意気揚々とその場を立ち去る。
 昔初めてクライドと出会った時のことを思い出す。ウィルフレッドが会議の場を覗いていて見張りの者と言い合っている時に堂々と会議を抜けていた時のことだ。あの気持ちを今、忌々しいながらに理解していた。
 会議は眠い。つまらない。
 とはいえ実際眠ったりするのはプライドが許さないし、やってられないと途中で席を外せば二度と呼ばれないかもしれない。会議はつまらないが用なしかのように呼ばれないのは嫌だ。
 なのである意味クライドに感謝しつつ、ウィルフレッドは堂々と会議を抜けた。
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