不機嫌な子猫

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64話

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 その日の夜は、町へ守衛などの手助けに向かっている者を除いた者だけではあったが、野営にて小規模な宴会をした。もちろん完全に片付いた訳でもなく問題は山積みではあるが、少なくとも今の時点での危険は取り除いたと判断しての小さな祝いみたいなものだ。
 あの歪は最後に残った道へ通ずる歪だったし、他の道へ作動させるコアもフェルによって消滅させた。あの道を作るのにも時間がかかるはずだし、こちらが知ったことを向こうも把握しているなら警戒も必要となるし気軽に作ってはこないだろう。
 ルイには当たり障りのないよう気を使いながらフェルやウィルフレッドの考えを状況とともに報告してある。

「その術者と思われる人物を見つけるのと、その人物の背景を探ることが最重要項目だね」

 ルイは判断力があるからこそだろうか。ウィルフレッドが何故そういった考えに行きついたかなどと少なくともいちいち口を挟んでくることはなかった。
 その後ルイは、国境に元々いる警備兵をとりあえず今後は術者を意識して強化することと、それに絡んだ調査を進めることだと、他の騎士たちの前で言い放った。部下にも大雑把な流れとはいえ情報を知らせるところはむしろ悪くないとウィルフレッドは忌々しいながらも改めて感心したようにルイを見る。
 ウィルフレッドたち以外にもいくつかの場所で魔物と遭遇した騎士はいる。幸い死人は新たに出なかったようだが中には結構な傷を負った者もいる。だが少なくとも今回の出来事で成果を出し、今後の目標も明確にしてきた上司に対し、皆が士気を上げて大いに酒を飲んでいた。
 ルイも一緒になって酒を楽しんでいる。普段なら部下だろうが共に酒を飲む機会などない王族のそれも第一継承者だ。普通なら皆恐縮して騒げないだろうが、状況や場所のせいだろうか。誰もが楽しそうだった。

「おや、ルイ様。その指輪は?」

 手袋を取って盃を手にしているルイに、エメリーが聞いている。ついウィルフレッドもつられてルイの手を見ると、左手の薬指に、ウィルフレッドと交換した指輪をつけていた。

「ウィルフレッドにもらったんだ。いいだろう」

 ニコニコと指輪を見せつけるように手の甲をわざとらしく向けるルイに、確か右手につけていたはずの指輪をおそらくはわざとそちらにつけかえて遊んでいるのだなとウィルフレッドはすぐに理解した。とても能力や才能を持ち得ているルイの、ちょくちょく見せてくる無駄なほどの悪戯心に改めて微妙な気持ちになる。
 だがエメリーは酒が気管にでも入ったのか突然むせたかと思うと、妙に眼鏡を曇らせながら何かよく聞こえないことをぶつぶつ言っている。たまに様子がおかしくなるのも学者肌なのかとウィルフレッドはますます微妙な顔をしてエメリーを遠巻きに見た。

「突然のご褒……」
「エメリー?」

 ただルイが怪訝そうに聞き返すと「羽目を外し過ぎないようなさってください」と淡々とした様子に戻り、眼鏡を中指で上げていた。



 結局この場所にはもうしばらく滞在して支援物資の提供や村の復興へ向けての対応などに従事した後、ある程度の人数はまだ残してルイやウィルフレッドは城へ戻った。すぐに会議の予定はあったが、さすがに到着して即というはずもなく、その日は皆ゆっくり休むようにとのことで解散となった。

「では、俺はここで失礼しま……」
「失礼するな、馬鹿者。レッド、貴様は俺と一緒に眠ることになっていただろうが」

 ウィルフレッドの着替えを手伝い、身の回りのものなどを整えた後、そそくさと部屋から立ち去ろうとしたレッドを、ウィルフレッドはじろりと睨み付ける。

「……そうでしたっけ?」
「とぼけても無駄だ。遠征くらいでは忘れんぞ」
「……遠征中もずっと俺は王子と一緒だったじゃないですか」

 レッドはため息を吐きながら言ってくる。

「それがどうした。あとその態度はなんだ無礼者め」
「いえ。ずっと一緒でしたし、しばらくは別でもいいのではないか、と」
「……貴様、そんなに俺と一緒のベッドが嫌なのか?」
「まさか。俺としては嬉しいことですが、しかし王子と眠るなど、それこそ不敬では、と」

 淡々と言ってくる間もひたすら無表情のため、レッドが何をどう考えているかは相変わらず分からない。だが少なくともレッドが一緒に眠ることを嬉しいとは絶対に思っていないことだけは分かるなとウィルフレッドは口元を歪めた。だったら単刀直入に聞くまでだ。

「貴様は俺が嫌いなのか?」
「は?」

 不敬、と言った口でその態度、といっそ笑いそうになる。

「嫌いなのか、と聞いているのだ」
「まさか。何故そのような? 俺ほど王子を大切に思っている者などいません」
「なっ、おっ、そっ、そう、なの、か」

 無口で無粋者のくせにレッドはたまにとんでもないことをさらりと言ってくる。今も照れながらとかならまだしも、真顔でウィルフレッドを見ながら平然と言ってきた。そこにもし気持ちがこもっていなければウィルフレッドもここまで動揺せずにむしろイライラと「馬鹿にするな」と言っていただろうと思われる。悪意ではない気持ちについては分からないことのほうが多いウィルフレッドでも、さすがに今の言葉に嘘偽りがないことくらいは分かる程度にはレッドとずっと一緒にいる。
 ただ、だったら何故たかが一緒に眠るくらいでそんなに嫌がるのかと忌々しく思う。
 小さな頃、まだ魔王の記憶もなかったウィルフレッドにとって、夜一緒に眠ってくれていたレッドがどれほど嬉しかったか。それは魔王の記憶を取り戻してからも覚えている。例えいつ振り返ってもそこにいて基本的に怖いやつだと思っていても、それは間違いない。

「……だったら」

 一緒に眠れ馬鹿者。

「王子?」
「っち。今からやるぞ」
「は?」
「大切なら俺がしたいと言うんだ、抱けるだろうが。それとも俺が抱いてやろうか」
「……大切で崇めている王子だからこそ抱けないという発想は?」
「そんなもの持ち得てない」
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