氷の王子

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14話

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 零二のキスは昨日のように濃厚なものでなく、さりげなくであってもどこか気持ちがよくて大地はついされるがままになってしまう。
 だが内心は動揺して大混乱中だった。あの零二が自分を好きだなんて、想像つくはずもなかった。
 普段から大地がどれほどまとわりつこうが基本素っ気ない。家にこうして来ても「帰れ」と言われたことはあるが甘い言葉どころか「ゆっくりしていけ」と言われたことすらない。
 確かにいざとなると凄く優しいとは前から思ってはいた。だがそれは零二の性格だからであって、自分のことが好きなんだろうな、などと思い至るはずもない。むしろ鬱陶しいとさえ思われてそうな気もしなくもなかったくらいだ。鬱陶しくとも幼馴染だからまだ自分に付き合ってくれているのかもしれないとさえ思っていた。
 別に卑下している訳でなく、零二が大地以外にも周りから氷王子と言われるほど、いつも素っ気なく淡々としているからだ。それが大地を好きだ、などとどうしたら思いつけるというのか。
 そもそも見た目や中身どれをとっても、男に興味がない大地ですら優れていることがわかる上に、実際女子からもとてもモテている。だというのになんで男相手、しかも自分なのか、と大地ですら疑問に思う。
 とはいえ零二のキスが心地よく、そして頭を使うことが基本得意でもない大地はそのままぼんやりと流されていた。
 唇がまた離れてもまだ少しぼんやりしていると「戻ってこい」と言われハッとなる。

「別にどこも行ってねえし……! っていうかなあ、ほんとなの? ほんとにほんとなの? お前、俺のこと好きなの?」
「くどい。俺が冗談でそんなこと言うとでも?」
「そ、れはそりゃ思わねぇけど……でも何で俺なの。俺男だしお前、よりどりみどりだろ」
「じゃあお前は女だったら何だって好きなのか?」
「ちげーよ! そういうことじゃねーし。いやまあそりゃ俺だって誰でも好きにとか、ならねーけど……でも」

 でも、何だ、とは零二は聞いてこなかった。ただ黙って大地を見ている。
 いくら大地が男に興味がないとはいえ、こうも顔の整った背の高い男が目の前でじっと自分を見てくると落ち着かない。好きだと言われて動揺し、キスをされてぼんやりし、そして間近で見つめられそわそわする。

「気の休まるひまねえよ……!」
「何の話だ」

 思わず声に出てたのかと大地はまたハッとなる。確かに零二からすれば「誰でも好きにならないが、気の休まるひまがない」という風に聞こえるだろうし意味もわからないだろう。

「あ、いやつい。いや、だって! お前だって予期しねえ同性から好きだって言われてちゅーされて見つめられてみろよ、落ちつける訳ねえだろ!」
「確かにそれは遠慮したいな」
「……」
「だが相手がお前だったら別だ。歓迎するが」

 歓迎?

 大地はポカンと零二を見た。氷王子が「歓迎」することあるなどと。

「またお前は失礼なことでも考えているんだろ」
「え? ち、ちげえし……!」
「で」
「……何?」
「誰でも好きにならないけど、何だ?」

 また零二が近づく。そういえば「壁ドン」とやらが一時期女子の間で話題になっていた。今の状況はある意味「空気壁ドン」みたいだと大地は頭の中で過った。
 別に零二はそんなつもりではないだろうし、手は実際のところ椅子の背についているのだが、この接近感と圧迫感はまさしく「壁ドン」らしきものではないだろうかと思えてしまう。
 前には避けられないし左右には零二の手。背後は椅子の背。ついでに自分の手にはいい具合に中身が冷めてきたであろうマグカップ。

 ああ、というか、空気ドン……というより。

「椅子ドン……」
「は? ……お前はもう少し脳内を整理する必要があるな」
「何だよその、脳みそが欠陥商品みたいな感じする言い方は!」
「仕方ないだろ。お前自分が言ってること全部振り返ってみろ。何一つ脈絡ないぞ」
「そ、それはそうかもだけど……動揺してんだよ! くそ、だって動揺するだろ。えっと、何だよ、えっと、誰でも好きにならないけど? ……何だろ」

 あれ、と大地が首を傾げると、零二がとてつもなく呆れた顔をしてきた。

「と、とりあえずお前が俺のこと好きとか言うからびっくりしたの!」

 さすがに自分でも少々恥ずかしくなり、大地は少し赤くなりながら言う。

「へえ」

 零二がまた少し口元を綻ばせる。一日に二度もレアな表情を見られた気になり、大地はポカンと零二を見上げた。

「お前は?」
「……え?」

 ぼんやり見ていると、お前はと聞かれて大地はさらに口を馬鹿みたいに開けてポカンとする。

「まぬけな顔だな。お前は俺のことどう思ってるんだと聞いたんだ」
「え? あ、いやだって……」

 幼馴染と、ずっと思っていた。
 小さい頃はいつも一緒にいるこの幼馴染が好きでまとわりつき、だけれども少し大きくなると、もしかして好かれてないのかもと距離を空けた。だが最近また話すようになってそれが嬉しくて楽しくて大地は昔のようにまとわりついていた。
 それは零二が幼馴染だからだ。好きは好きだが幼馴染だから好きなんだと大地は思う。

 あれ、とりあえずでも何だろ。

「幼馴染って、何?」

 またつい口にしていたようで零二が呆れたように大地を見ている。

「お前はもう少し頭で整理したことを口に出せ」
「わ、わざとじゃねえよ……! ちょっと幼馴染って言葉があれだ、ゲシュタルト崩壊した」
「色々語彙がないのに何でそんな変な言葉だけ知ってるんだ」
「ネットでな!」
「……で、幼馴染が、どうまとまった意味をなさなくなったんだ?」
「まとまった……?」
「……幼馴染の何がわからなくなったんだ」

 零二がさらに呆れながら体を起こし、大地の手から一旦マグカップを奪い取ると片手で大地の腕をひっぱって立たせてきた。

「何で立たせんの?」
「お前な、今も含めてどれだけ話の腰折ってると思ってんだ? 話が進まなすぎていくら体を鍛えてても俺の腰だって折れる」
「まじでか」
「……」

 零二は生ぬるい目で黙って大地を見、そのままひっぱっていく。そしてベッドまでくると大地を押して座らせた。

「ちょ、ちょ、待て! 俺まだ、そんな……!」

 途端真っ赤になってわたわたする大地をますます呆れたように見る。

「何を想像したのか知らんが。いくらキスは勝手にしようが、俺がお前の気持ちやら何やらを聞かないままそれ以上どうにかすると思ってるのか」
「だ、だよな……!」

 大地が「あはは」と微妙な顔で笑うと、零二はため息をつきながら隣に座ってくる。

「で? 幼馴染の何がわからないんだ」
「ああ……! ……えっと……い、色々?」

 大地が答えると微妙な顔をされた。氷のくせに呆れた顔や微妙な顔はよくしてくるよな、と大地は思う。

 でも、少し笑った顔も見られたけれどもさ。

 とりあえず、どう言えばいいのかわからなかったのだ。幼馴染がそもそも友だちと言えるかどうかすらわからない。先ほどふとそう思い、一気に幼馴染という言葉がよくわからなくなった。
 ずっと小さい頃から知っていて仲よくしている相手とも言い難いのは、一時期側を離れていたことからもわかる。かといってただの他人とは絶対違う。だが友達という括りも何となく違う気がして。
 それを何とかしどろもどろになりながら零二に説明したら「そもそも俺のことをどう思っているのかという質問からなぜ幼馴染の定義になるんだ」とまた呆れられた。
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