氷の王子

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8話

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「……コイツって……」

 大地は画面を見ながらボソリと呟いた。
 大地には最近SNS内のメッセージのやりとりで仲よくなった相手がいる。なんとなく話も合う気がするし楽しい。
 楽しいというのも笑える楽しさとかではなく、何というか気を使わなくていいというか、落ち着く感じというのだろうか。
 そしてその相手だが、最初は特になにも思わなかったが最近何となく話の内容が零二と被ることがあるのだ。

「どうかしたんか?」

 思わず声に出して呟いていたようで圭悟が怪訝そうな顔を見せてきた。

「え? あー、いや別に」

 そっと首を傾げていた大地だが、圭悟を見ながらなんでもないと首を振る。元々SNSに興味のない圭悟だから言っても仕方ないしなと思ったのだ。
 ただ、零二と似てるとはいえ、零二がSNSなんてするだろうかと大地はふと思う。そういう部分は圭悟と同じで面倒がりそうな気がする。だいたい大地が直接教室や通りかかりの廊下、もしくは家に押しかけても相変わらず鬱陶しそうなのだ。
 いやしかし直接目の当たりにするとああなる零二もSNSでは性格が少し変わる可能性もあるんじゃ、と大地は考えてみる。
 知らない相手ともわりと繋がっているが、勝一を含め知っている相手とも大地はこのSNSで繋がっている。中には、お前どうしたって問い詰めたいくらいタイプが変わっている者もいる。勝一が言うには性別すら偽っている者もいるのだとか。
 だとすればもし零二がSNSをやっていればやはりこんな風なのかもしれないんじゃないだろうかと大地は画面をまた見た。

『また何かいい本があればいいな』

 相手からはそんなメッセージが来ていた。

「なあ」

 次の休みに大地はまた零二の家に押しかけていた。最近はようやく受け入れてくれるとまではいかなくても追い返そうとはしなくなった零二は「何だ」と自分の部屋だというのにちゃんと糊のきいたシャツを着て椅子に座り、コーヒーを飲みながら聞いてきた。

「俺にとってまたいい本が見つかればいいと思う?」
「……どうでもいい」

 今、ピクリとしなかっただろうかと書棚の側にいた大地は零二を凝視する。だが見ていても思い返しても零二の様子はいつもと変わらない気がした。

「だいたいお前、新しい本を借りると言いながらまた同じ本借り直してただろうが」

 実際零二について行き、今度はちゃんと自分の図書カードも作った大地だったが結局借りたのは元々零二が借りてくれていた本だった。

「だってさー、全部読んだし面白かったけど……でも意味わからねえとこいっぱいあったから」
「漢字か」
「ちげぇよ、それはその度に大抵お前に聞いたし」
「だったら何だ」
「うーん? 何かさ、だって王子さまがうろうろして普通に思ったこと言ってそんで不思議な感じで帰っちゃったって感じだろ? 宇宙にある色んな星行くのすげぇって思ったけど、変な登場人物ばっかだったし、なにが言いてぇのかよくわかんねえし……」
「……ああ、お前がまだ子どもだからか」
「は? なんでそーなんだよ!」

 子どもと言われさすがにムッとして零二を見るが本人はどうでもよさげにまたコーヒーを飲んでいる。

「なあ、何でお前って突き放したり優しかったりすんの?」
「何の話だ」

 大地は零二の側に近付いた。その際に自分用のコーヒーカップに触れてみるがまだ熱かったのでそのままにしておく。

「他にもだけど俺にも普段冷たくて素っ気ないけど漢字だっていつ聞いても教えてくれんだろ」
「漢字くらいな」
「……いや、漢字は例えで……」

 それ以外でも何というか冷たさだけではなくわかりにくい優しさを零二からところどころ感じとっているのだが、上手い言葉が思いつかなくて大地は逡巡した。
 そんな大地を見た後に零二は「そういえば」となにやら思い出したかのような顔をしてきた。

「お前、好き勝手やるのもいいけど色々気をつけろよ」
「は? お前までなんだよ。そりゃまあ好き勝手やってるかもだけど別に人の恨みは買ってねえし。ああいや確かに授業妨害してんのかもだけどでも」
「いや気をつけてればそれでいい」

 大地がまだまだ言おうとしているところを遮るようにして零二は手を振ってきた。普通なら腹立たしいようなあしらい方だが、振ってきた手が妙に恰好よく見えて大地はそちらに気を取られる。

「何か今の動きいいな! どうすんの? こう?」
「……」
「ってなんで無視して本開きだすんだよ!」
「お前煩い。いい加減帰ればどうだ」
「えー、まだいいじゃん。あ、あれか零二の手、指が綺麗んだな。だから今みたいにサッて振ったらかっけえんだ」

 今さらながらに零二が本を持つ手を凝視してから大地はニコニコと零二を見た。恰好がいいと言われても零二は無言で呆れたように大地を見返してくる。

「俺の指ってちょっともっさりしてる? 一応普通だよな。でもなんか振ってもあんまかっけえって思わねえんだよなー。それともそっちから見たらかっけぇ?」
「普通」

 零二の答えがあまりにも淡々としていてシンプルなので大地は微妙な顔をして零二を見る。

「何かこう、もっとなんかねえの」
「何かとは?」
「いや何つーの、いい指だ、とかいけてる動きだとか」
「……普通」
「なんだ! よ!」

 大地はむぅ、とした表情を浮かべつつコーヒーカップを手にするとぐっとそのまま中身を飲んだ。

「っまだあっちぃ……!」
「馬鹿か……」

 大地が叫んだ途端に零二が立ち上がり、大地の顔をつかんだかと思うと顎を手でぐっと持ってきた。

「ひゃに?」

 何、と言う大地を無視して、顎を持たれたせいで開いた口から零二は舌をひっぱりだした。

「……別に赤くなってないな。お前これ舌に乗せとけ」

 じっと舌を見た後で大地を上向かせると口内も一応見た後で大地の舌の上に、コーヒーと一緒に置いてある砂糖壺から取り出した砂糖を乗せてきた。

「なんだよ、俺別に甘党じゃねえぞ」
「いいから上顎に砂糖押し付けとけ。痛みを和らげる効果があるエンドルフィンを砂糖が促すことにより少しは痛みやらをよくしてくる」
「どるふぃん?」
「快楽ホルモンだ」
「んだよそのエロそうなのは!」
「……お前は本当に馬鹿だな」

 零二は呆れたように大地を一瞥した後に部屋を出ていった。よくわからないが呆れて自分から離れていったんだろうかと大地が少々心もとないままそこに留まっていると暫くしたら零二が戻ってきた。

「どこ行ってたんだよ」
「飲んでおけ」

 零二は氷水の入ったグラスを大地に差し出してきた。

「……サンキュー」

 大地は猫舌なだけに熱く感じるが、実際コーヒーの温度はかなり冷めていただろうと思われる。それこそ零二ならわかっていそうだというのにと思うと大地はなんとなく変な感じがした。
 ただ、なんとなく嬉しくてつい顔がにやけていると「なにだらしない顔をしてるのか知らんが水飲んだらもう帰れ」と素っ気ない零二の声がした。
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