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12話

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 喜一がとてつもなく戸惑っていると、己悠は微笑み改めてキスをしてきた後に「今日はやめておいてあげるよ」と言ってきた。

「え、……っと」

 それでもまだ喜一が動揺していると「ほんとイチくん可愛い」と己悠がきゅっと抱きしめてくる。その体は喜一からしたら本当に小さくて抱きしめてくる腕も細くて、胸に預けるような状態になっている顔がまたとてつもなく可愛くて、どうにも混乱する。
 結局そのまま本当に己悠は進めようとはしてこなかったがひたすら抱きつかれたまま、外出して遊ぶ時は何をするだとか好きな食べ物の話だとかをした。柔道やジムの話もした。
 会話はとても楽しかった。しかし、ただでさえ抱きつかれている状態にドキドキしっぱなしだった喜一は、話の最中たまにキスをされるたびに心臓が破れるか血管が破裂するかもしれないと思った。
 ジュースや菓子を食べながら、結局喜一は結構な時間を己悠の部屋で過ごしていた。ゲームをするわけでもなくテレビを見るわけでもないというのに時間はあっという間に経っていて、帰ってきた己悠の同居人がドアを開けて部屋に入ってきた途端、ドン引きしたように二人を見てきた。

「おかえり、太一。早かったな。もっとゆっくりしてきたらいいのに」
「……これ以上ないってほどしてきたけどな……!」

 太一が帰ってきてもなんでもないかのように喜一に抱きついたまま、己悠はニッコリと言う。それに対し太一はとてつもなく微妙な顔をしている。

「あ、あの、すいません」

 改めて顔が熱くなるのを感じながら喜一がおずおずと謝ると太一は苦笑しながら喜一を見てきた。

「いや、お疲れ様」
「え? あ、はい。ありがとうござい、ます?」
「おい、太一。俺のイチくんに色目使うのやめろよな」
「待て。今のどこで色目になんだよ……!」

 己悠と太一のやり取りを見ていると喜一は妙に羨ましさを感じる。
 自分の部屋に戻る時、己悠は「送っていく」と言ってきた。

「大丈夫です」

 喜一はニッコリ笑って断る。すると己悠もニッコリと笑いながら喜一を見上げてくる。

「それってイチくんのがガタイよくて俺がひ弱そうだから?」
「……っえ、……っと」

 言われてみると確かに無意識でだがそう思っていたと喜一は気づく。同じ男なのにそんな風に思われるのは嫌だよなと、自分の考えの浅はかさに喜一は微妙になった。

「すいませ……」
「イチくんまた謝ろうとしてる? いらねーよ。事実、そうなんだしさ」
「え」
「だって誰が見てもイチくんは背が高いしいい体してるからな。俺はそして誰が見ても可愛いだろうし」

 ふふ、と笑いながら己悠は喜一を見あげてくる。自信満々な様子はやはりどうしたって可愛らしい。その上で妙に男らしささえ感じた。潔さだろうか。

「でも俺は実際ひ弱じゃないしイチくんに柔道は勝てなかったけど多分力はそんな負けないと思うよ」

 己悠はニコニコすると、喜一のシャツをぐっと引っ張って喜一を屈ませてきた。バランスを崩すようにして前に屈んだ喜一にそしてちゅっと軽くキスをする。背後で「また!」と太一のうんざりしたような声が聞こえたが喜一はドキドキしてしまい振りほどけなかった。

「俺が送りたいのはイチくんと少しでも一緒にいたいからってだけだよ」

 そしてその言葉に喜一は赤くなる。
 結局自分の部屋近くまで己悠は一緒についてきてくれた。戻ろうとした己悠に「あ、でも俺、送り……」と言いかけると笑われた。

「嬉しいけど、それじゃあエンドレスだろ」
「そ、そうっすね。あの、ありがとうございました」

 喜一がニッコリと笑うと己悠がじっと見てきた後に同じように笑ってきた。だが今の笑みがどうにもいつもの可愛い感じでなく、どこか警戒心を覚えるような笑みに見えて喜一は首を傾げる。すると己悠がまた喜一のシャツを引っ張ってきた。そして屈んだ喜一の耳元で囁いてくる。

「ゆっくり、慣らしていってやる」
「えっ?」

 言われた内容が一瞬わからなかったものの妙に胸元がきゅっとした。ついでに理解した途端、尻もきゅっとして喜一は微妙になる。
 また軽くキスをしてから己悠は帰っていった。

「お? お帰り」

 部屋に戻ると光太がいつものようにベッドに転がってゲームをしている。そんな光景に少しだけホッとしながら喜一もベッドに向かうとバタリと横になった。

「なんだよ、えらい疲れてんな。……まさかもう大人の階段上ったんじゃねーだろうな」

 喜一を見ながら光太が少し微妙な顔をしてくる。

「……大人の階段は結構前にもう上ってるけど……」
「ああそうですか! クソ、俺も上りたい」

 何故かムッとしている光太を見ながら、喜一はそっと思った。

 今度は違う大人の階段を上るかもなんだけど。

 そう思った後で今さらながらに激しく動揺してきた。

「……なんでそんなガクガクするほど疲れてんだよ……。気を使いすぎたんか?」

 気づいた光太が呆れたように聞いてくる。苦笑しながら喜一は「違う違う」と立ち上がった。

「ちょっと武者震いしただけだって」
「むしろ武者震いってなんだよ……」

 微妙な顔をしている光太に笑いかけた後で喜一は部屋の奥にあるシャワー室に向かった。

「あれ、今日は大浴場使わねーの? 珍しいな」
「まーな」

 実際、喜一はいつも大浴場を使っていた。あちらのほうがのんびり広々使えるからだ。だけれども、と喜一は気合いを入れながらシャワー室に入っていく。背後では「あいつ、なに戦場に向かうよーな顔してんだ」と光太が呟いていた。
 一通り髪と体を洗った後、温まった状態で喜一は気合いを改めて入れる。
 正直、本当に予想外だった。ただ、自分だけでなく自分以外の誰が見てもまさか喜一が下で己悠が上などと思うはずなどないと思われる。
 冗談だろうかとか勘違いだろうかだとか思ってみたりもしたが、恐らく己悠は上がいいと思っているのは間違いない。
 喜一自体は拘りがあるわけではない。ただ、男との経験が全くないため、怖くはある。できれば上がいいと思ってしまうのはそのせいだ。

「……でも」

 己悠が上を希望するなら、自分は喜んでケツを差し出すべきなのではないのか、と喜一は思った。
 最初の印象からじわじわと変わりつつある己悠だが、それでもやっぱり今では大好きな人だ。好きになるのに理由はないとよく言われるが、好きでい続けるのも、これでこうだからといった理由などないんだろうなと喜一はなんとなく思う。

 ……こうしたら、入るだろうか……。

 狭いシャワー室の中で、喜一はしゃがみ込んで右手を後ろに回した。そして指をゆっくりと後ろの穴に入れようとしてみる。
 意外にも指先はスルリと入った。これはいけるのではないかとさらに中に入れようとしてピリッとした痛みを覚える。何もつけてないからだろうか、と喜一はボディーソープに手を伸ばす。石鹸の類はよくないと聞いたことがあるが、今は仕方ないとそれで指をぬるぬるとさせてから再度挑戦した。
 緊張もあるのだろうか。だんだんと寒ささえ感じてきた。ぞくぞくとした冷えが体の芯から感じる。

「……っ?」

 その後、喜一がシャワー室から出たのに気付いた光太が声をかけてくる。

「おー? 長い風呂だったな。そんなにゆっくり入るならやっぱ大浴場行ってきたらよかったのに……ってお前、どうしたんだっ?」
「……え?」
「なんでそんな青い顔してんだよ!」
「……あー……、いや、すげー痛くて」
「は?」
「ああいや、あれだ、ちょっとかなり寒くて」
「は?! あんだけシャワー室入っててか?」

 色んなものが消耗しきった喜一に、光太は意味がわからないといった顔を向けてきた。
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