エクストリーム

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9話

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 ポカンとしている喜一に笑いかけ、己悠は喜一の胸辺りをトン、と押した。しっかりとした体つきである喜一も不意を突かれて軽々と倒れる。それをいいことに己悠はしっかり喜一を羽交い絞めするかのように乗り上げ、ひたすら硬くなっているものを手で扱いてやった。
 喜一は真っ赤になり、そして少々涙目になりながら戸惑っている様子で、見た目はとても男らしくがたいもいいというのにやはり己悠からしたら可愛く見える。だがそのまま後ろに触れようとしたところで全力で拒否された。
 全力で、といっても己悠を拒否しているのではなくその行為そのものだとわかるので、己悠は気を悪くすることもなくむしろ内心おかしくて可愛くてからかいたくなる。

「俺が嫌いになった……?」

 そうじゃないと分かりつつわざと悲しげに呟くと、案の定「と、と、とんでもないっす!」とこれまた全力で否定してくる。

「だ、大好きです! あ、いや、その……。でもほんと嫌いになんてとんでもない……た、ただその、ちょっとびっくり、して……」

 真っ赤な顔で困ったように言う喜一がやはり堪らなく可愛くて、己悠はニッコリと笑いかけた。自分がする側だと思ってたんだろうなとすぐに予測はつく。己悠もわざと可愛らしさを全面的に出していた。だからそう思われても当然だろうし憤りなど全く感じない。逆に楽しいくらいだ。する側だと思っている相手にこちらが思う存分する時の快楽ったらない。
 もちろん、喜一に対してはそういう欲のためではなく、本当に可愛いと思ったし気になり、そして気に入ったから付き合っている。ちゃんと、好きだ。
 同居人の太一からは「いたいけな後輩甚振るなよ」と言われて心外だったくらいだ。

「甚振ってない。ちゃんと俺、あの子好きなんだけど」
「……本当に?」
「本当。遊びだったらこんなに公然と付き合わない。遊べなくなるだろ」

 ニッコリと言うと、とてつもなく微妙な顔をされた。
 己悠は自分の外見が可愛いのを理解した上でそれを利用しているが、別に悪いことだと思ったことはない。それで相手もいい気分になるのならいいじゃないかと思うし、実際遊ぶ時はさすがにちゃんと「遊びだ」と伝える。それが嫌ならその相手とは遊ばないだけだ。あと、まるでひたすら遊び倒しているように思われそうだが、実際のところはそういったことも滅多にしない。
 こういう外見なだけに大抵の人は己悠のことをひたすら可愛いタイプだと思うか、もしくは性格の悪い遊び人と思うかにわかれそうだ。実際性格がよくないのは己悠も自分でわかっているのでいいとして、遊び人というのだけは認めない。外見が目立ってはいるが、その辺は大抵の生徒と同じで本当は好きな相手としたい。たまに遊んだとしても遊びが同意でないとしないし本当にたまにしかしない。
太一もそれはちゃんとわかっている。太一が微妙な顔をするのは単に己悠の性格が悪いと知っているからだ。
 遊び倒さなくても人をからかうのは申し訳ないが、己悠は好きだ。だからこそ、外見を利用して好きに過ごしている。性的に遊びたいのではなく、からかって遊びたい。
 そんなだから、喜一に対しても太一は「甚振るな」と言ってきた。ただ、喜一に対しては本当に甚振っていない。いや、からかって遊びはしているが好きだと思っているのは本当だ。
 初めて喜一を知った柔道の授業ではただ自分が負けたことに驚いたが、喜一が本当に自分と対戦したかったのだと改めてわかった時に正直ストンときたのかもしれない。
 何度も言うように、たまに性的なことで遊ぶことはしても基本的には他の生徒と同じで遊び倒したい訳ではない。自分の外見をわかっているとはいえ、ほぼ毎回色目を使われたりあからさまにそういう対象にされるのは少しうんざりもしていた。だから喜一が全く己悠をそういう目で見てなくて純粋に対戦したかったと言ってくれたのが思っていた以上に嬉しかったようだ。
 ただ、そこでひたすら片思いしてドキドキしている状態で満足しないのが己悠だ。柔道の授業以来、ちょくちょく喜一と顔を合わせていた。最初に食堂で再会した時もさりげなさを装って声をかけた。次にジムで会ったのも、もちろん偶然ではない。
 あまり嘘は好きではないので、変に誤魔化すことはしていない。喜一に「よくジムを利用するのか」と聞かれた時も嘘は言っていない。よくは使わないと答えたし予定していた約束は本当に潰れた。潰したのは己悠だが。

「ちょっと。イチくんが一人でジムに居るじゃないか。俺、これ行くしかないわ」
「は? 今から部屋戻って借りてたDVD観る約束だろ」
「太一、わかってくれ。ここを逃したら男が廃る」
「わかる訳ないだろ……。でもまあいいわ、好きにしろよ」
「さすが太一。いい男っぷりだな」
「そんな言葉はいらねえから食堂で肉だった時お前の半分寄越せ」
「……育ちざかりの俺に酷いな?」
「安心しろ、多分もうお前育たねーよ」
「別に身長気にしてねーけどお前はもう少し気を使えよ」
「約束破るヤツに使う気はねえよ」

 そんなやりとりを太一と事前にしていた。だが、喜一に嘘は言っていない。からかって遊ぶにしても、こうして戦略的接触をするにしても、己悠は基本的に嘘はつかない。嘘はどこで綻びが出るかわからないというのが大きい。どんな些細な事でも信頼を少しでも失うと、その少しを取り戻すのにどれだけの労力や誠意が必要になるかわからない。嘘はだからつかないが、軽率に相手を煙に巻くし勘違いはさせる。
 本当に好きだと思っている喜一に対しても、己悠は策略を以ってして近づいている。そして喜一はよく言えば純粋で素直だ。喜一のことが好きなので、悪く言うつもりはない。ただ手のひらで転がしやすいタイプだなと内心おかしくは思った。
 会うたびに喜一がどんどん自分を気にするようになっていったのが手に取るようにわかったし、そんな喜一を己悠はますます可愛いと思った。本当ならもっと積極的に行きたいところだが、喜一から好きだと言ってもらいたいなぁ、と思いながら少々楽しんでいたことは否定しない。言わば蜘蛛の巣にひっかかった獲物を捕獲するように、じわじわと己悠は喜一を落としにかかっていた。
 顔を合わせても少し言葉を交わしただけで立ち去っていたし、思い切り抱き着くようなことは一切しなかった。だがたまにさりげなく腕に触れてみたりはした。それも策略の一つではあるが、己悠が楽しむためでもある。

「イチくん、ほんといい体してるよ」
「俺に言うなよ」
「腕の筋肉もさ、ガチムチじゃないのにしっかりと硬くて恰好いい」
「俺に言うなよ」
「さすがに風呂にまでついていくとあからさまだなと我慢してるけど、絶対胸や腹もいい具合だと思うんだよな」
「ねえ、聞いてる?」
「多分あれもデカそう。そんなイチくんのアレが宝の持ち腐れになっちゃうんだよね、可哀想で可愛い。でもその代わりにちゃんと俺が手で――」
「聞けよ……! 俺に! 言うな……!」

 太一をからかっているのもあったが、そろそろ太一がマジ切れしそうだと思った己悠はニッコリと黙る。でも口にしたことは本当に思っていることでもある。
 自分の見た目が可愛らしいタイプだからか、己悠は恰好がいいタイプに惹かれる。それもあり、元々男のみというよりどちらかというと女の方が好きだということを、己悠の男に対する趣味を知っている太一は中々信じてくれなかった。

「わかってないな、太一は。自分がこんなだからこそ、自分とは違うがっしりした男らしい相手に惹かれんだろ。いや俺は自分の見た目大好きだけどさ」
「……そういう場合大抵は抱かれたいって思うもんじゃなのか」
「はぁ? 冗談。俺がそんなこと思う訳ないだろ。好きな相手の穴に突っ込みたい系男子だから」
「……」

 今ではある意味、太一は誰よりも己悠をわかってくれている相手かもしれない。
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