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4話

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「バカじゃないのか、お前」

 光太が呆れたように水を差し出してくる。喜一はそれをぼんやりと受け取った。
 どうやらのぼせたようだ。その時風呂に入っていた数人で喜一を助けてくれたらしいが「色んな顔してるから面白いなって見てたら突然満足そうな笑み浮かべて沈んでくからどうしようかと思った」と言われた。

「うん、バカかもしんない」
「は?」
「……やべーよ、光太。俺、やべぇ」
「ああうん、ヤバいよな、頭、逆上せて打ったかなんかなのか?」
「いや、そっちじゃねーよ?」
「いいから水飲めよ」

 微妙な顔をして光太が促してくる。喜一はコクリと頷いた。少し頭を揺らすとまだ気持ち悪い。ゆっくりと水を飲んだ後で喜一は深くため息をついた。そして光太を見る。

「俺、姫先輩が好きだった」
「え? 過去形?」
「? ……ああ違う! 現在進行形で好きだよ! いやそうじゃなくて気づいたってこと!」
「今さら?」
「……そういえばお前、姫先輩が好きとでも言いたいのかって言ってたけど……俺が気づく前からなんか思ってたの?」

 淡々と返してくる光太に喜一は微妙な顔を向けた。

「いや別に明確にわかってた訳じゃねーけど、なんとなく好きなんじゃないのかなーってくらい?」

 返ってきた光太の言葉に喜一が唖然としていると「だってお前ってわかりにくいよりはどっちかっつーとわかりやすい」などと言ってくる。

「え、ちょ、待って」
「なにを」
「いやなにをって言われると……じゃなくて、それってもしかして姫先輩にもバレてたりとか……」
「あーどうだろな。それはないんじゃないの」
「なんで」
「だってあんま接してないだろ、お前と姫」

 ああ、確かに、と納得した後になんとなく気分が下がる。最近よく会っていると思っていたが、確かによく考えなくてもたまに一瞬偶然会うくらいで基本的に普段からやりとりしている訳ではないと改めて気づく。それだというのに好きになるとか、やはり自分は見た目だけで己悠を好きになったのだろうかと思った。

「今なんか落ち込んでるだろ」

 少し笑いを堪えたような様子で光太に言われ、喜一は微妙な顔を光太に向けた。

「……。いやだって確かに接してないなーって思って。それなのに好きになるとか、俺結構浅はかなタイプなのかな」

 少し沈んだ気持ちのまま言うと、むしろ「ぶふ」と吹き出された。

「今、笑うとこだったか?」
「俺にとってはな。浅はかってなんだよだいたい」
「いやだってあんま知らないのに好きになるとか、めっちゃ見た目っぽいかなって」
「知るか。そんなんどうでもいいことだろ。好きになった、ってだけで。だいたいなにが好きなんてお前しかわかる訳ねーだろ」

 呆れたようにため息をつくと、光太はその場から離れていった。
 確かにそうなのだろう。好きになったというだけでいい。そして、なにが好きか。
 喜一は目を閉じた。

 うん、全部だ。

 浮かんだ言葉に納得して微笑んだ。
 翌日、いつもと変わらず起きて朝食をとり、学校へ行って授業を受ける。昼休みになるとだがいつものように友達と喋ったりゲームをしたりといったことをせずに教室を出た。
 別に己悠に会いに行こうと思った訳ではない。好きだと昨日気づいたばかりなので自分としては一旦間を置いてから告白したいと思った。
 告白することには迷いがない。もちろん成功するなどと思っていない。相手はやたらとまわりにモテている可愛らしい人で、それでいて年上だ。ただ言わないまま秘めているという考えは喜一にはない。
元々ずっと近しい存在で仲良くしてきたというならまた変わってくるのかもしれないが、己悠は少なくともそれにまず当てはまらない。
 とはいえ気づいたばかりすぎて一旦は自分の中で暖めるというかじっくり考えようと思い、喜一はふらふら校舎の狭い裏庭までやってきた。他にいくらでも緑あふれるスペースがあるだけに人があまり居ない場所だ。
 それでいて目につきにくいところならむしろよくないことに使われやすいのかもしれないが、ここは割と校舎からも見える。それもあって喜一が来た時もベンチがポツンと置かれているだけで誰もいなかった。
 そこへドカッと座ってとりあえずいつもなら休み時間に食べる用に買ってあるパンを食べた。いつもと変わらず過ごしたとはいえ、食欲はいつもよりなかったので丁度良かった。
 じっくり考えるといいつつ、正直ぼんやりしたいだけでもある。なので騒がしい食堂の気分ではなかった。
 パンを食べながら喜一は己悠のことを思い浮かべる。やはり何度浮かべても可愛くて優しくて、それでいて大人でもあって強い人、というイメージが湧く。正直なところちゃんと接した訳ではないのでそのイメージは間違っているかもしれない。もしかしたらものすごく怖い人だったりやたらめったら大人しくてただ可愛いだけの人なのかもしれない。それでも、もう好きになってしまった。
 喜一は一人頷いた。
 どうしようもないよな、こればかりは自分でコントロールできるものじゃない。
 体調や体を作ることは自分のコントロールでどうとでもなる。だから楽しいというのもある。
 誰かを好きになることは全然自制が利かなくてどうにもできない。だから苦手だと思っていた。
 付き合ったことがある相手とも、いいなと思いつつ長続きしなかったのは多分ちゃんと自分が相手のことを好きになってなかったからだろうなと思う。そういうものはそして多分、相手にも伝わる。だから一見誠実に付き合っていても続かなかったんじゃないかなと思う。
 苦手だとどこかで思っていたこれはやはりコントロールなどできず、勝手に自分の気持ちを支配してきた。

 でも……楽しい。

 喜一は思った。好きになったばかりだからだろうか。己悠のことを思うだけで心臓がふわふわして、意味もなく笑いたくなる。今見えている光景もいつもと変わらない光景なのにどこか楽しげに見える。
 告白したらすぐに玉砕して、この楽しくとも不確かなものは行き場を失って色あせてしまうかもしれない。

 それでもやっぱり言わないと俺、耐えられないな。

 間を置くだの自分の中で暖めるだの適当なことを授業中悶々と考えていたのはなんだったのかと思うくらい、今すぐにでも口から「好きだ」と溢れそうだった。もちろん対象の相手は今いないが。
 ふっと思わず笑みを浮かべたところで「イチくん、楽しそうだね」という声がした。心臓が跳ねるというのがこれほど明確に理解できたことは今までないかもしれない。もちろん今までも心臓が跳ねるようなことはあったし、そもそも最近だと己悠に会うたびに跳ねていた。
 だが今のはそのまま過ぎた。胸を覆う筋肉がなければ多分十メートルは先に飛んで行ったかもしれない心臓をなんとか落ち着かせると、喜一は嬉しそうな顔を隠すこともできずに声がしたほうへ顔を向けた。
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