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130話
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立て続けに二回した後で、邦一は鏡を思い出した。
「何」
「あー、鏡……」
「鏡が何やのん」
「いや、ここにあるの忘れてたなと」
「覚えてたら何なん」
珍しく少し眠そうな秋星が、それでも怪訝な顔をしながら聞いてくる。
「大したことじゃないけど……。猫耳とかは興奮しないけど、鏡の前でってのは興奮するかもだなって思って」
「ふーん……。……、……は?」
そのまま目を閉じようとした秋星が一瞬の間の後に邦一を見てきた。
「何て?」
「二回繰り返すほどのことじゃないけど」
「いやいやいや、お前な、今結構繰り返し聞き返したくもなること言うたでっ?」
「そうか?」
「そうやわ! 何なん……普段クソ真面目な癖に変なとこで変態なんか」
「変態って……酷いな」
「鏡見ながらとか、お前よぉそんなこと思えるわ。羞恥心とかプライドはないんか」
怒っているというより羞恥心を覚えているといった様子の秋星を邦一は見た。秋星こそ、普段もう少し抑えろと何度思わされたか分からないくせに変なところで恥ずかしがるのかと内心苦笑する。だが口にすると倍以上返ってきそうなので心の中だけに留めた。
「別にどうしてもしたい訳じゃないよ」
「どのみち俺はせぇへん」
言い切ると、秋星は布団の中へ潜り込んだ。邦一も苦笑しながら布団に入る。そのまま眠ろうとしたら秋星が寄ってきた。それを無言のまま引き寄せる。
行為の後だというのに、秋星の体はひんやりとしていた。冬の夜だ。本来ならこちらもひやりとしそうなものだが、今の邦一にとってはとても心地の良い冷たさだった。
「秋星の体、冷たくて気持ちいいな……」
「クニが熱すぎんねん」
「運動した後だから」
「そんなん言うんやったら俺もしてる」
腕の中で秋星がもぞもぞ動きながら言い返してきた。
「でもほんと気持ちいい」
「俺より……ちゃんと温かい……」
秋星がぼそりと呟いた。
「前からだろ?」
「……そうやねんけど、な……。気にせんとき。それよりな、多分お前の体温、前より高なったんちゃうか」
「そうなのかな」
「多分な。今度計ってみぃ。今の自分を把握しとくんも悪ないで」
「そうだな、そうする……」
そのままうとうとしていたら眠ってしまったようだ。体の調子は完全に復活しているはずだが、どうにもすぐ眠くなるようだ。
「所々で猫っぽいんやろな」
翌日、秋星はニヤリとしながら言っていた。
その日の午前中に、邦一があの男に拐われる事前に訪問していた家から改めて見舞いとして、その家の息子がやって来た。
「退院おめでとうございました。本当ならば母がご挨拶に参るはずですが……」
「いえ、そんな。こちらこそわざわざありがとうございます。入院中も素敵な花を頂きまして……」
邦一がニコニコと挨拶をしている後ろで秋星が「営業スマイル」と呟いている。今すぐ言い返したいのを抑え、邦一は無視をした。
花を届ける使いをしたその家へは、今までも何度か使いで訪問している。だが息子を見ることはあまりない。
……相変わらず、というかますます綺麗な顔をしてるよな。
邦一がそう思うのは珍しい。ヴァンパイアで見慣れているせいもあるし、元々あまり興味がない気もする。
その家では父親は書道の先生を、母親が華道の先生をしている。そして目の前にいる息子は普段、全寮制の男子校に通っていると聞いていた。
「寒い中、お疲れ様でした、氷川様」
「様などと、とんでもない。呼び捨てで結構です」
「ちゅーか歳同じくらいなんやし、タメ口でええやん。お前ら二人ともクソ真面目で堅苦しいねん」
「……っ秋星……」
邦一が微妙な顔で振り返ったところで「それはありがたいな。畏まるのはどうにも肩が凝る」という声がした。
「氷川様……?」
ぽかんと、たまに見かけてもいつも礼儀正しい相手を見ると、ほんのりと微笑まれた。ただ、笑みを浮かべているはずなのにどこか落ち着かない感じを覚えてしまうところが秋星に似ていて邦一としては自然な笑みを返せない。
「様は本当にやめてくれ。親同士も多分そこまで畏まってない。使いの者くらいだろうし、あんたは別に普通でいいだろう?」
「え、いや……でも俺は橘家に仕え……」
「氷川と呼び捨てでいい。親と同じ名字に抵抗があるなら蒼音と名前でも構わない。学校のやつに馴れ馴れしくされるのは困るがな」
相変わらず少し笑みを浮かべながら言ってくる蒼音に対して邦一は「はぁ……」としか返せない。秋星は静かな笑みを浮かべている時はむしろ本当に笑っている時なのだが、目の前にいる美形は静かに笑っている様子がむしろどことなく怖い。
「タメ口きくならその嘘臭い笑みもやめたらどうやねん」
「秋星……!」
「まぁ、そうだな」
ズバズバと言う秋星に対して蒼音は気を悪くした様子もなく無表情で頷いた。
「あとな、いくらクニがえぇ体してても俺の従者やから、アカンで」
「しゅ、秋星!」
先ほどから秋星の名前しか口にしていない。本当に、変なところで恥ずかしがるくせに、と邦一は微妙な顔になる。
「安心しろ、確かにいい体だが、俺が躾をしている犬のほうが、俺にとってはもっといい体だ」
「い、犬っ?」
とうとう別の言葉を口にした邦一の声が裏返った。
いい体云々のやりとりにも引くがそれよりも。
犬、とは。
「わんこは興味ないなぁ」
「それは良かった」
秋星の言葉に蒼音が今度はおかしそうに少し笑った。
「何」
「あー、鏡……」
「鏡が何やのん」
「いや、ここにあるの忘れてたなと」
「覚えてたら何なん」
珍しく少し眠そうな秋星が、それでも怪訝な顔をしながら聞いてくる。
「大したことじゃないけど……。猫耳とかは興奮しないけど、鏡の前でってのは興奮するかもだなって思って」
「ふーん……。……、……は?」
そのまま目を閉じようとした秋星が一瞬の間の後に邦一を見てきた。
「何て?」
「二回繰り返すほどのことじゃないけど」
「いやいやいや、お前な、今結構繰り返し聞き返したくもなること言うたでっ?」
「そうか?」
「そうやわ! 何なん……普段クソ真面目な癖に変なとこで変態なんか」
「変態って……酷いな」
「鏡見ながらとか、お前よぉそんなこと思えるわ。羞恥心とかプライドはないんか」
怒っているというより羞恥心を覚えているといった様子の秋星を邦一は見た。秋星こそ、普段もう少し抑えろと何度思わされたか分からないくせに変なところで恥ずかしがるのかと内心苦笑する。だが口にすると倍以上返ってきそうなので心の中だけに留めた。
「別にどうしてもしたい訳じゃないよ」
「どのみち俺はせぇへん」
言い切ると、秋星は布団の中へ潜り込んだ。邦一も苦笑しながら布団に入る。そのまま眠ろうとしたら秋星が寄ってきた。それを無言のまま引き寄せる。
行為の後だというのに、秋星の体はひんやりとしていた。冬の夜だ。本来ならこちらもひやりとしそうなものだが、今の邦一にとってはとても心地の良い冷たさだった。
「秋星の体、冷たくて気持ちいいな……」
「クニが熱すぎんねん」
「運動した後だから」
「そんなん言うんやったら俺もしてる」
腕の中で秋星がもぞもぞ動きながら言い返してきた。
「でもほんと気持ちいい」
「俺より……ちゃんと温かい……」
秋星がぼそりと呟いた。
「前からだろ?」
「……そうやねんけど、な……。気にせんとき。それよりな、多分お前の体温、前より高なったんちゃうか」
「そうなのかな」
「多分な。今度計ってみぃ。今の自分を把握しとくんも悪ないで」
「そうだな、そうする……」
そのままうとうとしていたら眠ってしまったようだ。体の調子は完全に復活しているはずだが、どうにもすぐ眠くなるようだ。
「所々で猫っぽいんやろな」
翌日、秋星はニヤリとしながら言っていた。
その日の午前中に、邦一があの男に拐われる事前に訪問していた家から改めて見舞いとして、その家の息子がやって来た。
「退院おめでとうございました。本当ならば母がご挨拶に参るはずですが……」
「いえ、そんな。こちらこそわざわざありがとうございます。入院中も素敵な花を頂きまして……」
邦一がニコニコと挨拶をしている後ろで秋星が「営業スマイル」と呟いている。今すぐ言い返したいのを抑え、邦一は無視をした。
花を届ける使いをしたその家へは、今までも何度か使いで訪問している。だが息子を見ることはあまりない。
……相変わらず、というかますます綺麗な顔をしてるよな。
邦一がそう思うのは珍しい。ヴァンパイアで見慣れているせいもあるし、元々あまり興味がない気もする。
その家では父親は書道の先生を、母親が華道の先生をしている。そして目の前にいる息子は普段、全寮制の男子校に通っていると聞いていた。
「寒い中、お疲れ様でした、氷川様」
「様などと、とんでもない。呼び捨てで結構です」
「ちゅーか歳同じくらいなんやし、タメ口でええやん。お前ら二人ともクソ真面目で堅苦しいねん」
「……っ秋星……」
邦一が微妙な顔で振り返ったところで「それはありがたいな。畏まるのはどうにも肩が凝る」という声がした。
「氷川様……?」
ぽかんと、たまに見かけてもいつも礼儀正しい相手を見ると、ほんのりと微笑まれた。ただ、笑みを浮かべているはずなのにどこか落ち着かない感じを覚えてしまうところが秋星に似ていて邦一としては自然な笑みを返せない。
「様は本当にやめてくれ。親同士も多分そこまで畏まってない。使いの者くらいだろうし、あんたは別に普通でいいだろう?」
「え、いや……でも俺は橘家に仕え……」
「氷川と呼び捨てでいい。親と同じ名字に抵抗があるなら蒼音と名前でも構わない。学校のやつに馴れ馴れしくされるのは困るがな」
相変わらず少し笑みを浮かべながら言ってくる蒼音に対して邦一は「はぁ……」としか返せない。秋星は静かな笑みを浮かべている時はむしろ本当に笑っている時なのだが、目の前にいる美形は静かに笑っている様子がむしろどことなく怖い。
「タメ口きくならその嘘臭い笑みもやめたらどうやねん」
「秋星……!」
「まぁ、そうだな」
ズバズバと言う秋星に対して蒼音は気を悪くした様子もなく無表情で頷いた。
「あとな、いくらクニがえぇ体してても俺の従者やから、アカンで」
「しゅ、秋星!」
先ほどから秋星の名前しか口にしていない。本当に、変なところで恥ずかしがるくせに、と邦一は微妙な顔になる。
「安心しろ、確かにいい体だが、俺が躾をしている犬のほうが、俺にとってはもっといい体だ」
「い、犬っ?」
とうとう別の言葉を口にした邦一の声が裏返った。
いい体云々のやりとりにも引くがそれよりも。
犬、とは。
「わんこは興味ないなぁ」
「それは良かった」
秋星の言葉に蒼音が今度はおかしそうに少し笑った。
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