97 / 145
97話
しおりを挟む
そろそろ11月に入ろうかとしていたある日、今度こそ邦一は本当に図書館へ寄っていた。それもいつもとは違う、大きな図書館だ。電車を使わないといけないが蔵書が充実している。もちろん吸血鬼に関しての本はやはり大してなかったが花については調べきれない程多種多様な本があった。
その帰りにいつもとは少し違う道を通っていた。別に深い意味はない。ただの気分転換というのだろうか。そして道中に沢山の薔薇が咲いている庭を持つ家があることに気づいた。純和風の橘家と違って洋館といった風の家であり、薔薇が咲き乱れている。
そこから淡くもしっかりとした薔薇の匂いが漂っている。薔薇とイメージする匂いと少し違う、柑橘系の混じったような茶系を思わせる爽やかな匂いだ。それでも恐らく秋星と一緒だったらとてつもなく不快な顔をする秋星が見られたかもしれない。
……いや、鼻、敏感だろしもっと事前に気づいてさりげなく回避してきそうだな。
そんなことを考えつつ、少し近づいてその庭の薔薇をもう少し眺めてみた。薔薇の赤が鮮明に感じられる。花を扱う家でずっと育っていながら薔薇を見る機会は一般人よりも少ないかもしれない。それでもここに咲いている薔薇はとても綺麗に見えた。
「薔薇、好きなんですか?」
不意に聞こえた声に邦一はハッとした。見れば切り揃えた前髪が印象的な女性が庭から邦一を見ていた。
「あ、っと……失礼しました、勝手に覗いて……」
「お気になさらず。良かったらゆっくりご覧になってください」
結構ですと断ればいいのだが、何となく独特な雰囲気を持つ女性に惹かれたように邦一は門から中へ入っていた。もちろん邪な気持ちを抱いたとかではなく、感じた違和感をもう少しはっきりさせたかったと言うのだろうか。
「……にしてもこの時期にこんなに薔薇が咲いてるのは珍しいですね。薔薇って春から夏ってイメージでした」
普段重い口を少し軽くすることは邦一にもできる。少し仕事モードになればいいだけだ。しかし邦一としてはにこやかに話しかけたつもりだったが、相手の女性は無表情のまま邦一を見てくる。何か失言でもしてしまったのだろうかと戸惑っていると「私は薔薇に詳しくありません。夫を呼んできましょう」とだけ言い、邦一の返事を待つことなく立ち去ってしまった。邦一としては「いや、そこまでは……」といった困惑に包まれたが呼びに行ったというのに勝手に立ち去る訳にもいかず、その場で困惑したままぼんやりと待っていた。
「家内が失礼した」
しばらくすると同じく無表情そうながらも女性よりはまだ取っつきやすそうな男性がやってきた。
「いえ、俺こそ……」
「……君は普通の人だな」
いや、そりゃ確かに平凡極まりない男だけども、と邦一は微妙な顔をする。
「は、ぁ」
「じゃあ薔薇、平気だろ。好きなら持って帰るといい。少し切ろう」
「い、いえ! お気遣いなく。ただこの時期にこんなに咲いてるのは珍しいな、と……」
「ああ、それはただ剪定してるからだけだな」
剪定という、開花が終わった古い枝を切り落とすことで花のつきやすい新芽が生まれ次の花が咲くのだという。
「夏の終わりに剪定をしていたら丁度今こうして咲く」
「そうなんですね」
「薔薇は元々自然には自生しない花なんだ。人の手による交配と改良により元々あった野生種は今のような薔薇になった」
「へえ、初めて知りました。それに今咲かせるってのも手間、かかってるんですね」
薔薇も他の花同様、昔から当然普通に咲くものだとばかり思っていた。
「春に咲く薔薇に比べて秋薔薇特有の魅力があるからな、あまり手間だとは思っていない」
秋薔薇のほうが花の色が濃く鮮やかなのだと言う。秋の振り幅ある気温差により、花の色も例えば同じ赤でも深みと艶が違うらしい。
「薔薇本来といった色になる」
そして香りは本来湿度の高い春のほうが強く香るのだが、その分朝の短い時間ですぐに香りが飛んでしまうらしい。だが秋薔薇は低い湿度により香りが強く出過ぎないため、長時間持続するのだと言う。
「だからじっくり香りを楽しめる」
「なるほど……」
「それに毒にもなる薔薇は育て方によれば生気を得る薬にもなる」
「え」
思わず邦一はポカンと相手を見た。そして内心首を振った。多分、漢方薬といった話をしたのだろう。人間からすれば確かに薔薇は何らかの栄養素を得ることの出来る花でもある。逆に毒にもなるという意味が分からないが邦一が知らないだけかもしれない。
「とはいえ基本的に慣れてない者にとってはやはり毒でしかない」
「……は、ぁ」
「春薔薇は即効性があるが、秋薔薇はお守りとして持つのもいい。いいから持って帰って観賞した後は乾燥させ、花びらを袋にでも入れて持っているといい」
この人は一体何なのだろう、と邦一は少し冷や汗が滲み出てくるのを感じながら思った。言っていることが普通ではない。だが不穏さはちっとも感じられない。先ほどの女性のほうがどちらかと言うと捉えどころがなかったが、この男性もあまり感情は読めない。それでも不穏な感じは不思議としなかった。
はっきり聞くべきなのだろうか。だが聞いてみて、違った時は不味い。
──あなた方はひょっとしてヴァンパイアか、それともそれに馴染みのある方ですか?
とはいえヴァンパイアなら今目の前で薔薇を摘んでいる男性は当てはまらないはずだ。触れられないだろうし触れたとしても枯らしてしまうはずだ。だが男性の手にある薔薇は相変わらず瑞々しく美しい。
結局何も聞けないまま、邦一は薔薇を手に帰ることになった。以前は彼岸花一本を、そして今日は薔薇を数本。花を手に電車に乗る。落ち着かなかった。
「お前は嫌がらせでもしてるんか」
薔薇をさすがに秋星の部屋へ持って行く訳にはと、一旦そのまま自室へ向かったらむしろ秋星がそこにいて嫌な顔で邦一の持つ薔薇を見ている。邦一はため息を吐いた。
「俺の部屋へ勝手に入っておきながら結構な言い種だな」
その帰りにいつもとは少し違う道を通っていた。別に深い意味はない。ただの気分転換というのだろうか。そして道中に沢山の薔薇が咲いている庭を持つ家があることに気づいた。純和風の橘家と違って洋館といった風の家であり、薔薇が咲き乱れている。
そこから淡くもしっかりとした薔薇の匂いが漂っている。薔薇とイメージする匂いと少し違う、柑橘系の混じったような茶系を思わせる爽やかな匂いだ。それでも恐らく秋星と一緒だったらとてつもなく不快な顔をする秋星が見られたかもしれない。
……いや、鼻、敏感だろしもっと事前に気づいてさりげなく回避してきそうだな。
そんなことを考えつつ、少し近づいてその庭の薔薇をもう少し眺めてみた。薔薇の赤が鮮明に感じられる。花を扱う家でずっと育っていながら薔薇を見る機会は一般人よりも少ないかもしれない。それでもここに咲いている薔薇はとても綺麗に見えた。
「薔薇、好きなんですか?」
不意に聞こえた声に邦一はハッとした。見れば切り揃えた前髪が印象的な女性が庭から邦一を見ていた。
「あ、っと……失礼しました、勝手に覗いて……」
「お気になさらず。良かったらゆっくりご覧になってください」
結構ですと断ればいいのだが、何となく独特な雰囲気を持つ女性に惹かれたように邦一は門から中へ入っていた。もちろん邪な気持ちを抱いたとかではなく、感じた違和感をもう少しはっきりさせたかったと言うのだろうか。
「……にしてもこの時期にこんなに薔薇が咲いてるのは珍しいですね。薔薇って春から夏ってイメージでした」
普段重い口を少し軽くすることは邦一にもできる。少し仕事モードになればいいだけだ。しかし邦一としてはにこやかに話しかけたつもりだったが、相手の女性は無表情のまま邦一を見てくる。何か失言でもしてしまったのだろうかと戸惑っていると「私は薔薇に詳しくありません。夫を呼んできましょう」とだけ言い、邦一の返事を待つことなく立ち去ってしまった。邦一としては「いや、そこまでは……」といった困惑に包まれたが呼びに行ったというのに勝手に立ち去る訳にもいかず、その場で困惑したままぼんやりと待っていた。
「家内が失礼した」
しばらくすると同じく無表情そうながらも女性よりはまだ取っつきやすそうな男性がやってきた。
「いえ、俺こそ……」
「……君は普通の人だな」
いや、そりゃ確かに平凡極まりない男だけども、と邦一は微妙な顔をする。
「は、ぁ」
「じゃあ薔薇、平気だろ。好きなら持って帰るといい。少し切ろう」
「い、いえ! お気遣いなく。ただこの時期にこんなに咲いてるのは珍しいな、と……」
「ああ、それはただ剪定してるからだけだな」
剪定という、開花が終わった古い枝を切り落とすことで花のつきやすい新芽が生まれ次の花が咲くのだという。
「夏の終わりに剪定をしていたら丁度今こうして咲く」
「そうなんですね」
「薔薇は元々自然には自生しない花なんだ。人の手による交配と改良により元々あった野生種は今のような薔薇になった」
「へえ、初めて知りました。それに今咲かせるってのも手間、かかってるんですね」
薔薇も他の花同様、昔から当然普通に咲くものだとばかり思っていた。
「春に咲く薔薇に比べて秋薔薇特有の魅力があるからな、あまり手間だとは思っていない」
秋薔薇のほうが花の色が濃く鮮やかなのだと言う。秋の振り幅ある気温差により、花の色も例えば同じ赤でも深みと艶が違うらしい。
「薔薇本来といった色になる」
そして香りは本来湿度の高い春のほうが強く香るのだが、その分朝の短い時間ですぐに香りが飛んでしまうらしい。だが秋薔薇は低い湿度により香りが強く出過ぎないため、長時間持続するのだと言う。
「だからじっくり香りを楽しめる」
「なるほど……」
「それに毒にもなる薔薇は育て方によれば生気を得る薬にもなる」
「え」
思わず邦一はポカンと相手を見た。そして内心首を振った。多分、漢方薬といった話をしたのだろう。人間からすれば確かに薔薇は何らかの栄養素を得ることの出来る花でもある。逆に毒にもなるという意味が分からないが邦一が知らないだけかもしれない。
「とはいえ基本的に慣れてない者にとってはやはり毒でしかない」
「……は、ぁ」
「春薔薇は即効性があるが、秋薔薇はお守りとして持つのもいい。いいから持って帰って観賞した後は乾燥させ、花びらを袋にでも入れて持っているといい」
この人は一体何なのだろう、と邦一は少し冷や汗が滲み出てくるのを感じながら思った。言っていることが普通ではない。だが不穏さはちっとも感じられない。先ほどの女性のほうがどちらかと言うと捉えどころがなかったが、この男性もあまり感情は読めない。それでも不穏な感じは不思議としなかった。
はっきり聞くべきなのだろうか。だが聞いてみて、違った時は不味い。
──あなた方はひょっとしてヴァンパイアか、それともそれに馴染みのある方ですか?
とはいえヴァンパイアなら今目の前で薔薇を摘んでいる男性は当てはまらないはずだ。触れられないだろうし触れたとしても枯らしてしまうはずだ。だが男性の手にある薔薇は相変わらず瑞々しく美しい。
結局何も聞けないまま、邦一は薔薇を手に帰ることになった。以前は彼岸花一本を、そして今日は薔薇を数本。花を手に電車に乗る。落ち着かなかった。
「お前は嫌がらせでもしてるんか」
薔薇をさすがに秋星の部屋へ持って行く訳にはと、一旦そのまま自室へ向かったらむしろ秋星がそこにいて嫌な顔で邦一の持つ薔薇を見ている。邦一はため息を吐いた。
「俺の部屋へ勝手に入っておきながら結構な言い種だな」
1
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
夜空に舞う星々のノクターン
もちっぱち
BL
星座と響き合う調べ、
野球場に鳴り響く鼓動。
高校生活が織りなす、
フルート奏者と
野球部キャプテンの出会い。
音楽の旋律と野球の熱情が
交差する中で、
彼らの心に芽生える友情とは?
感動と切なさが交錯する、
新たな青春の物語が始まる。
表紙イラスト
炭酸水様
@tansansui_7
君の声が聞こえる【高校生BL】
純鈍
BL
低身長男子の佐藤 虎太郎は見せかけのヤンキーである。可愛いと言われる自分にいつもコンプレックスを感じていた。
そんなある日、虎太郎は道端で白杖を持って困っている高身長男子、西 瑛二を助ける。
瑛二はいままで見たことがないくらい綺麗な顔をした男子だった。
「ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする? ……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない」
俺はこの言葉の意味を全然分かっていなかった。
これは盲目の高校生と見せかけのヤンキーがじれじれ友情からじれじれ恋愛をしていく物語
勘違いされやすい冷徹高身長ヤンキーとお姫様気質な低身長弱視男子の恋もあり
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる