緋の花

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97話

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 そろそろ11月に入ろうかとしていたある日、今度こそ邦一は本当に図書館へ寄っていた。それもいつもとは違う、大きな図書館だ。電車を使わないといけないが蔵書が充実している。もちろん吸血鬼に関しての本はやはり大してなかったが花については調べきれない程多種多様な本があった。
 その帰りにいつもとは少し違う道を通っていた。別に深い意味はない。ただの気分転換というのだろうか。そして道中に沢山の薔薇が咲いている庭を持つ家があることに気づいた。純和風の橘家と違って洋館といった風の家であり、薔薇が咲き乱れている。
 そこから淡くもしっかりとした薔薇の匂いが漂っている。薔薇とイメージする匂いと少し違う、柑橘系の混じったような茶系を思わせる爽やかな匂いだ。それでも恐らく秋星と一緒だったらとてつもなく不快な顔をする秋星が見られたかもしれない。

 ……いや、鼻、敏感だろしもっと事前に気づいてさりげなく回避してきそうだな。

 そんなことを考えつつ、少し近づいてその庭の薔薇をもう少し眺めてみた。薔薇の赤が鮮明に感じられる。花を扱う家でずっと育っていながら薔薇を見る機会は一般人よりも少ないかもしれない。それでもここに咲いている薔薇はとても綺麗に見えた。

「薔薇、好きなんですか?」

 不意に聞こえた声に邦一はハッとした。見れば切り揃えた前髪が印象的な女性が庭から邦一を見ていた。

「あ、っと……失礼しました、勝手に覗いて……」
「お気になさらず。良かったらゆっくりご覧になってください」

 結構ですと断ればいいのだが、何となく独特な雰囲気を持つ女性に惹かれたように邦一は門から中へ入っていた。もちろん邪な気持ちを抱いたとかではなく、感じた違和感をもう少しはっきりさせたかったと言うのだろうか。

「……にしてもこの時期にこんなに薔薇が咲いてるのは珍しいですね。薔薇って春から夏ってイメージでした」

 普段重い口を少し軽くすることは邦一にもできる。少し仕事モードになればいいだけだ。しかし邦一としてはにこやかに話しかけたつもりだったが、相手の女性は無表情のまま邦一を見てくる。何か失言でもしてしまったのだろうかと戸惑っていると「私は薔薇に詳しくありません。夫を呼んできましょう」とだけ言い、邦一の返事を待つことなく立ち去ってしまった。邦一としては「いや、そこまでは……」といった困惑に包まれたが呼びに行ったというのに勝手に立ち去る訳にもいかず、その場で困惑したままぼんやりと待っていた。

「家内が失礼した」

 しばらくすると同じく無表情そうながらも女性よりはまだ取っつきやすそうな男性がやってきた。

「いえ、俺こそ……」
「……君は普通の人だな」

 いや、そりゃ確かに平凡極まりない男だけども、と邦一は微妙な顔をする。

「は、ぁ」
「じゃあ薔薇、平気だろ。好きなら持って帰るといい。少し切ろう」
「い、いえ! お気遣いなく。ただこの時期にこんなに咲いてるのは珍しいな、と……」
「ああ、それはただ剪定してるからだけだな」

 剪定という、開花が終わった古い枝を切り落とすことで花のつきやすい新芽が生まれ次の花が咲くのだという。 

「夏の終わりに剪定をしていたら丁度今こうして咲く」
「そうなんですね」
「薔薇は元々自然には自生しない花なんだ。人の手による交配と改良により元々あった野生種は今のような薔薇になった」
「へえ、初めて知りました。それに今咲かせるってのも手間、かかってるんですね」

 薔薇も他の花同様、昔から当然普通に咲くものだとばかり思っていた。

「春に咲く薔薇に比べて秋薔薇特有の魅力があるからな、あまり手間だとは思っていない」

 秋薔薇のほうが花の色が濃く鮮やかなのだと言う。秋の振り幅ある気温差により、花の色も例えば同じ赤でも深みと艶が違うらしい。

「薔薇本来といった色になる」

 そして香りは本来湿度の高い春のほうが強く香るのだが、その分朝の短い時間ですぐに香りが飛んでしまうらしい。だが秋薔薇は低い湿度により香りが強く出過ぎないため、長時間持続するのだと言う。

「だからじっくり香りを楽しめる」
「なるほど……」
「それに毒にもなる薔薇は育て方によれば生気を得る薬にもなる」
「え」

 思わず邦一はポカンと相手を見た。そして内心首を振った。多分、漢方薬といった話をしたのだろう。人間からすれば確かに薔薇は何らかの栄養素を得ることの出来る花でもある。逆に毒にもなるという意味が分からないが邦一が知らないだけかもしれない。

「とはいえ基本的に慣れてない者にとってはやはり毒でしかない」
「……は、ぁ」
「春薔薇は即効性があるが、秋薔薇はお守りとして持つのもいい。いいから持って帰って観賞した後は乾燥させ、花びらを袋にでも入れて持っているといい」

 この人は一体何なのだろう、と邦一は少し冷や汗が滲み出てくるのを感じながら思った。言っていることが普通ではない。だが不穏さはちっとも感じられない。先ほどの女性のほうがどちらかと言うと捉えどころがなかったが、この男性もあまり感情は読めない。それでも不穏な感じは不思議としなかった。
 はっきり聞くべきなのだろうか。だが聞いてみて、違った時は不味い。

 ──あなた方はひょっとしてヴァンパイアか、それともそれに馴染みのある方ですか?

 とはいえヴァンパイアなら今目の前で薔薇を摘んでいる男性は当てはまらないはずだ。触れられないだろうし触れたとしても枯らしてしまうはずだ。だが男性の手にある薔薇は相変わらず瑞々しく美しい。
 結局何も聞けないまま、邦一は薔薇を手に帰ることになった。以前は彼岸花一本を、そして今日は薔薇を数本。花を手に電車に乗る。落ち着かなかった。

「お前は嫌がらせでもしてるんか」

 薔薇をさすがに秋星の部屋へ持って行く訳にはと、一旦そのまま自室へ向かったらむしろ秋星がそこにいて嫌な顔で邦一の持つ薔薇を見ている。邦一はため息を吐いた。

「俺の部屋へ勝手に入っておきながら結構な言い種だな」
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