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53話
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夏は毎年必ずやって来るが、その年の夏はひときわ暑い日が続いていたように思う。
秋星たちは世間で中学生と言われる年齢になっていた。秋星は十三歳、邦一は十四歳だったか。
体術を覚えている邦一はどんどんしっかりとした体つきになっていった。かといって身長が伸びる比重のほうが高いようで、がっちりというよりかはスラリとしている。
……まぁがっちりになろうがスラリとしてようが俺はどっちでも……。
どのみちあの匂いは昔より濃くなっていることに変わりはない。祖母の家の者たちは耐性がついたのか、幸い特に気にしているようではない。とはいえこの間少し年上の従姉が「邦一の顔もまぁ悪くはないねんけど……もっと美形やったらヤバかったのになぁ」などと言っていたから侮れない。言われた邦一はだが照れたり憤るどころか、ただ微妙な顔をしていた。
「はぁ、すみません」
「そこで謝るん? そぉゆうとこは可愛いんよなぁ」
「そっすか」
淡々とした反応にホッとすればいいのか、むしろ思春期どうしたと微妙になればいいのか少々複雑になりながら秋星は「俺のやから変なこと言わんといてもらえます?」と従姉に釘をさしに行った。
ところで秋星も一応思春期はあった。それが恐らく覚醒して暫くした頃だったように思う。邦一の匂いが気になって気になって仕方がなかった頃だ。
どうやらヴァンパイアの成長は覚醒してからある程度までは人間よりも速いのだろう。年齢では邦一のほうが変わることなく一つ上だが、中身はきっと違うように思われた。それに邦一の成長が遅いのもある。いや、体はしっかり成長しているし精神的にもむしろ落ち着いているのだが、何というか――
「おぼこい、か」
橘家かかりつけの医師である柳がおかしそうに言ってくる。
そう、未成熟というかうぶというか。それや、と頷きそうになって秋星はハッとなり冷めた目を向ける。
「あんた関西弁喋らんくせにそーゆー言い方せんでえぇやろ」
「だっておぼこ、って言い方のほうがなんか情欲をそそられるだろ」
「やかましいわ、クニに関して少しでもそんなん絡めんといて、不快や」
「はいはい」
柳は医師としては優秀だが、性的に緩いというのだろうか。男女どちらに対しても適当なところがある。あと人のことを言えないが、人をからかうのが好きなようでどうにも油断出来ない。
とはいえ体が弱かった自分のことも、死にかけた邦一のことも診てくれていたのは柳だ。ある意味だからこそ最終的に頭が上がらないのが余計忌々しいのかもしれない。
「邦一くん、気になるなら俺が色々彼に教えてあげようか?」
「何を教える気や、ふざけてんちゃうで? 絶対嫌。とりあえずクニがあの事件のせいで成長とかに支障出てないんやったらそれでええねん! あいつ検診する時に少しでも妙なことしてみぃ、本気で殺すからな」
渋々定期的な検診を終えると秋星は柳を睨み付けた。柳はまたおかしそうに笑っていた。
そんなことを思い出しつつ、その日はいつも暑い中でも更に暑い日だった。
たまたま秋星が部屋から出ると邦一が使っている部屋で物音が聞こえてくる。邦一は確か稽古をしている時間の筈だと、怪訝に思った秋星が中に入るとその本人がいた。
「クニ、稽古してると思ったわ。もう終わったん?」
「終わった、けど着替え忘れて」
「ふーん。……? なんや……」
そうか、と頷いたところで違和感を覚えた。いつもいい匂いを漂わせているとはいえ、多分思春期も過ぎたのであろう秋星もかなり耐性はついてきていた。だが今漂ってくる匂いはいつもと少し違う。秋星の中に入り込み、感覚さえ狂わせてくるかのような強烈な感じのする匂いだった。
怪訝な顔でもしていたのかもしれない。邦一が「どうかしたのか」とそれこそ怪訝そうに聞いてくる。
「……なんや、クニから妙な匂いがする……」
思わず呟くように言うと邦一が「ああ」と納得したように、だが少し苦笑してきた。
「……汗凄いかいたしな……。でもはっきり妙と言われると切ないな。とりあえずシャ……」
秋星は言いかけている邦一の腕を少々加減を忘れぎみでつかむ。
「いっ、……ちょっと、離して、秋星。痛い」
案の定秋星より遥かに弱い邦一が痛がっているが、それを気にする余裕もなかった。
「待ってや……その匂い……なんか堪らんね……」
「は?」
邦一が更に怪訝そうにしてきた。秋星も怪訝に思っていた。
この強烈な程の匂いは、何?
邦一は汗を凄くかいたと今言っていた。シャワーとも言いかけていた。恐らく普段は稽古を終えるとすぐにシャワーを浴びに行っているのだろう。邦一を見れば、確かに今も尚、額や首筋から汗が流れている。
汗のせいなのだろうか。いや、だがそれなら稽古をつけている者こそ日々邦一の匂いにやられている筈だ。
それとも邦一の発する匂いの中で秋星が特に弱い匂いが、体を鍛えある意味興奮することで更に増し、それが汗と混じり合い、これ程抗い難い香りとなっているのだろうか。
あかん……これは……。
いや、待って……俺はクニを怯えさせたないねん……。
抗いつつも、だが堪えることはできなかった。
「秋星、どうしたん」
「……ごめんやで……ちょっと……汗……」
まともに答えることも出来ない。堪らず秋星は邦一を引き寄せ、自分よりまだ背が低かった邦一の首筋に顔を埋めた。
邦一が唖然としているのが分かる。だがその首筋は秋星をむせかえる程の匂いで誘いかけてくる上に、また一筋ツゥと汗を流してきた。
昔、体が弱かった頃のようにクラクラと目眩がする。
こんなん……無理……。
気づけばそこへ舌を這わせていた。
秋星たちは世間で中学生と言われる年齢になっていた。秋星は十三歳、邦一は十四歳だったか。
体術を覚えている邦一はどんどんしっかりとした体つきになっていった。かといって身長が伸びる比重のほうが高いようで、がっちりというよりかはスラリとしている。
……まぁがっちりになろうがスラリとしてようが俺はどっちでも……。
どのみちあの匂いは昔より濃くなっていることに変わりはない。祖母の家の者たちは耐性がついたのか、幸い特に気にしているようではない。とはいえこの間少し年上の従姉が「邦一の顔もまぁ悪くはないねんけど……もっと美形やったらヤバかったのになぁ」などと言っていたから侮れない。言われた邦一はだが照れたり憤るどころか、ただ微妙な顔をしていた。
「はぁ、すみません」
「そこで謝るん? そぉゆうとこは可愛いんよなぁ」
「そっすか」
淡々とした反応にホッとすればいいのか、むしろ思春期どうしたと微妙になればいいのか少々複雑になりながら秋星は「俺のやから変なこと言わんといてもらえます?」と従姉に釘をさしに行った。
ところで秋星も一応思春期はあった。それが恐らく覚醒して暫くした頃だったように思う。邦一の匂いが気になって気になって仕方がなかった頃だ。
どうやらヴァンパイアの成長は覚醒してからある程度までは人間よりも速いのだろう。年齢では邦一のほうが変わることなく一つ上だが、中身はきっと違うように思われた。それに邦一の成長が遅いのもある。いや、体はしっかり成長しているし精神的にもむしろ落ち着いているのだが、何というか――
「おぼこい、か」
橘家かかりつけの医師である柳がおかしそうに言ってくる。
そう、未成熟というかうぶというか。それや、と頷きそうになって秋星はハッとなり冷めた目を向ける。
「あんた関西弁喋らんくせにそーゆー言い方せんでえぇやろ」
「だっておぼこ、って言い方のほうがなんか情欲をそそられるだろ」
「やかましいわ、クニに関して少しでもそんなん絡めんといて、不快や」
「はいはい」
柳は医師としては優秀だが、性的に緩いというのだろうか。男女どちらに対しても適当なところがある。あと人のことを言えないが、人をからかうのが好きなようでどうにも油断出来ない。
とはいえ体が弱かった自分のことも、死にかけた邦一のことも診てくれていたのは柳だ。ある意味だからこそ最終的に頭が上がらないのが余計忌々しいのかもしれない。
「邦一くん、気になるなら俺が色々彼に教えてあげようか?」
「何を教える気や、ふざけてんちゃうで? 絶対嫌。とりあえずクニがあの事件のせいで成長とかに支障出てないんやったらそれでええねん! あいつ検診する時に少しでも妙なことしてみぃ、本気で殺すからな」
渋々定期的な検診を終えると秋星は柳を睨み付けた。柳はまたおかしそうに笑っていた。
そんなことを思い出しつつ、その日はいつも暑い中でも更に暑い日だった。
たまたま秋星が部屋から出ると邦一が使っている部屋で物音が聞こえてくる。邦一は確か稽古をしている時間の筈だと、怪訝に思った秋星が中に入るとその本人がいた。
「クニ、稽古してると思ったわ。もう終わったん?」
「終わった、けど着替え忘れて」
「ふーん。……? なんや……」
そうか、と頷いたところで違和感を覚えた。いつもいい匂いを漂わせているとはいえ、多分思春期も過ぎたのであろう秋星もかなり耐性はついてきていた。だが今漂ってくる匂いはいつもと少し違う。秋星の中に入り込み、感覚さえ狂わせてくるかのような強烈な感じのする匂いだった。
怪訝な顔でもしていたのかもしれない。邦一が「どうかしたのか」とそれこそ怪訝そうに聞いてくる。
「……なんや、クニから妙な匂いがする……」
思わず呟くように言うと邦一が「ああ」と納得したように、だが少し苦笑してきた。
「……汗凄いかいたしな……。でもはっきり妙と言われると切ないな。とりあえずシャ……」
秋星は言いかけている邦一の腕を少々加減を忘れぎみでつかむ。
「いっ、……ちょっと、離して、秋星。痛い」
案の定秋星より遥かに弱い邦一が痛がっているが、それを気にする余裕もなかった。
「待ってや……その匂い……なんか堪らんね……」
「は?」
邦一が更に怪訝そうにしてきた。秋星も怪訝に思っていた。
この強烈な程の匂いは、何?
邦一は汗を凄くかいたと今言っていた。シャワーとも言いかけていた。恐らく普段は稽古を終えるとすぐにシャワーを浴びに行っているのだろう。邦一を見れば、確かに今も尚、額や首筋から汗が流れている。
汗のせいなのだろうか。いや、だがそれなら稽古をつけている者こそ日々邦一の匂いにやられている筈だ。
それとも邦一の発する匂いの中で秋星が特に弱い匂いが、体を鍛えある意味興奮することで更に増し、それが汗と混じり合い、これ程抗い難い香りとなっているのだろうか。
あかん……これは……。
いや、待って……俺はクニを怯えさせたないねん……。
抗いつつも、だが堪えることはできなかった。
「秋星、どうしたん」
「……ごめんやで……ちょっと……汗……」
まともに答えることも出来ない。堪らず秋星は邦一を引き寄せ、自分よりまだ背が低かった邦一の首筋に顔を埋めた。
邦一が唖然としているのが分かる。だがその首筋は秋星をむせかえる程の匂いで誘いかけてくる上に、また一筋ツゥと汗を流してきた。
昔、体が弱かった頃のようにクラクラと目眩がする。
こんなん……無理……。
気づけばそこへ舌を這わせていた。
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