緋の花

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42話

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 どんな関係と言われても、秋星に仕える……と思ったところで邦一はハッとなった。とはいえもし秋穂が何か知っていたり薄々感じ取っていたのだとしても今の状況を口に出来る訳がないし、邦一としては関係性は前と変わっていないつもりだ。

「昔は主従ってよりそれこそお父様たちのように親友のように見えたけど」
「……親友ではないです、多分少なくとも。俺はあくまでも秋星に仕える者です」

 邦一が秋穂を見ながら答えると、秋穂は口角を綺麗に上げながら目を少し細めてきた。邦一としてはこれを断じて笑顔だとは認めない。秋穂の表情は時として秋星よりもたちが悪い。

「あなたがそう言ってる限り、わかることもわからないままじゃないかしら」

 どういう意味だと聞き返したかったが、恐らく自分で考えなさいとでも言われそうな気がした。
 ふと、秋穂が一瞬何かに気を取られたような顔をする。邦一が怪訝に思っていると笑いかけてきた。

「ねぇ、邦一」
「はぁ」
「なんならあなた、私のパートナーになる?」
「……は?」
「あなたみたいな平凡そうでどこにでもいそうなのに案外いないタイプ、人間でも嫌いじゃないのよ。あといい匂いがするし」

 ニコニコと言う秋穂に邦一は微妙な顔を向けた。いい匂いって、それ血だろとため息をつきたくなる。

「褒めてくれてるのか貶されてるのかわからんこと言わんでください。だいたい人間の異性ですよ、思い切り俺。駄目な組合せじゃないすか。あとあなた、人間風情がと思ってんでしょ……なのに何言ってんすか」
「女に慣れてないくせに動揺するでもなく淡々としてるところは秋星のせいかしら」

 邦一を押し倒すようにして秋穂が近づいてくる。本当にこの姉弟はと思いつつ、秋穂は秋星と違って着物は一寸の隙もなく綺麗に着たままだ。それでも今の状況には秋星が過るような既視感を覚える。

「確かに顔の似てる秋星で慣れてますが、あなたはそれこそ女なんだからもっとたしなみ持ってください」
「女性差別?」
「自分大事にしろっつってんすよ……」

 呆れたように言えば秋穂が楽しげに笑ってくる。

「普通の男性だともし私がこんなことしたら目の色変えて襲ってくるんじゃないかしら。もちろん私はこんなこと普通しませんし、そもそも私を襲うような外道は懲らしめてやりますけど」

 とりあえず懲らしめるなんて可愛いものではないだろなと邦一は微妙な顔のまま思う。

「わかってるなら退いてください。俺、これでも一応普通の男です。あと俺じゃあなた方の力に敵わないんで退かせられません」
「そういう淡々としたところ、けっこう好きよ」

 秋星にそっくりな顔が近づきながらそんなことを言ってくる。慣れていると言ったはずの邦一は何故か妙に心臓が鼓動するのを感じた。
 とほぼ同時に「姉さま、いい加減にしてもらわれへんやろか」と秋星が部屋に入ってきた。

「あら、残念」

 どう見ても残念というより楽しそうな表情で秋穂が邦一から離れた。その様子は、秋星がここへ来るのに気づいてわざと邦一にちょっかいをかけていたようにしか感じられない。呆れながら、ようやく解放された邦一は立ち上がる。変に動いたせいで少々乱れた着物を正した。

「クニ、何他人事みたいな顔してんねん」

 秋星が薄らと笑みを浮かべながら邦一の手首をつかんできた。どう見てもろくでもない表情だ。

「ある意味他人事みたいなもんだろ……お前をからかう為に俺で遊ぶこの人に付き合ってられん」

 ニコニコとしている秋穂を見て、邦一は微妙な顔になる。

「姉さまもほんまいい加減にしてください。何べんも言うけどクニは俺のやから、勝手に遊ばんといてください」

 流石の秋星も姉には少し弱いのか、ほんのり困った顔して言うと、つかんでいた邦一の手首を引っ張ってきた。

「ちょっと、秋星! 痛い」
「えぇから戻んで。それでは姉さま、失礼します!」
「またね、邦一」

 全く気にも留めないといった様子で秋穂が手をひらひらと振ってきた。

「さっき質問したこと、もっと考えてみて」

 部屋を出てしばらく歩いても手首をつかまれたままなので「秋星、痛いから離せ」と邦一が抗議すると、無言で秋星は手を離してきた。

「何で少し怒ってんだよ」
「怒ってへんわ。アホ言いなや? そうやなくて小馬鹿にしてんねん」
「そうは見えない上に小馬鹿にされても嫌だよ……!」

 微妙な顔で見ると鼻で笑われた。確かに今は小馬鹿にしている。そのまま、また引っ張られて今度は秋星の部屋に連れ込まれる。先程から連れ込まれ倒しで何なんだとため息をつきながら「二人して俺の仕事の邪魔するな」と言えば、秋星がまた鼻で笑ってきた。

「ほんまアホ言いなや。お前の仕事は掃除することでもどうでもえぇ人間の相手することでもあらへんねん。俺の世話することやろが」

 そう言われると本当にそうなのだが、日常ならまだしも今日のような日は邦一としても秋星というより橘家に仕える者として仕事をしたい。そうでないとあまり仕事をしている気にならない。無条件でひたすら仕えているように見えて、これでも学校へ行かせて貰いつつ給料も貰っている身だ。もちろん他の者と違って人間なので新鮮な血液パックなどは貰わず、まるまる現金が振り込まれている。ちなみにそういった血液をいつもどうやって集めているのかは謎だ。特別なルートがあるにしても、邦一の知るところではない。

「お前の世話もちゃんとしてるだろ」
「してへんわ。だいたい今朝、覚えとけって言うたやろ」

 言った。言っていた。覚えておきたくはなかったが。

「……そんな捨て台詞を吐かれるようなことを俺はそもそもしてない上に、さっき既にお前からろくでもない方法で血を吸われた」

 またため息をついていると、ドンと押された。普通の相手ならびくともしないだろうが、相手が普通でないため邦一は簡単に尻餅をつく。

「足りひんわ」

 秋星はムッとした顔で邦一の上に跨がるようにして座ってきた。そんな表情をしている限り、本気で怒っているのではないなと邦一は内心とりあえず思う。
 だが「今すぐ血を吸われるんと、姉さまと何を話してたんか喋るんと、どっち先がえぇ?」と聞かれ、何と言うか、どちらも面倒そうだと微妙になった。
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