緋の花

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35話

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 ようやく準備も終え、一息つきながらも邦一はまだ考えていた。
 成長の速度も気になるが、いつから成長はゆっくりになっていくのだろうということも気になる。いつか、秋星は邦一が歳を取り腰が曲がっても二十代や三十代のまま「クニ」と笑いかけてくるのだろうか。それを思うと流石に少し胸が痛む。
 今までヴァンパイアが長寿だと意識していなかった頃も、それこそ永遠にそばに仕えていると思っていたわけではない。だがそれでも、共に歳を取っていけないと知るのは心弾むことではなかった。
 そういえば、と邦一は思い出す。以前、父親にでも再度改めて聞こうと思っていた、背中の傷についてではなく、秋星の父親のことだ。
 秋星の父親には、邦一の祖父が専属として仕えていた。前にも思っていたことだが、邦一の父親でなく祖父ということが邦一には謎だった。秋星の父親は邦一の父親よりもかなり若く見えるが、同世代だろうと思っていた。だというのに祖父が専属だったのは、もしかしたら専属というより親代わりだったのだろうかと考えてみたことはある。だがしっくりこなかった。第一それだと秋星の母親は秋穂の親代わりとして専属になっている筈である。
 一応、邦一の父親にずっと前にだが聞いたことはある。すると「秋星様とお前のように、年齢的に丁度良かったからだよ」と言われて邦一は混乱していた。
 それに関しても、今ようやく分かった気がする。恐らく、父親の言葉そのままだったのだろう。実際に秋星の父親は邦一の祖父と実年齢が近かった、だから祖父が専属になったのだ。まるで中々見つけられなかったパズルのピースが埋まったかのような気持ちになった邦一だが、また新たな疑問にぶつかった。

 ……だとしたらもうおじいちゃんになっている歳として世間には思われてるはず。なのに旦那様は当たり前のように秋星の父親という年齢で知られている。

 邦一だけでは結局中途半端にしか分からない。

「……やっぱり秋星に聞くしかないか……」

 ため息を吐くと休憩を終え、邦一はもう少ししたら次々にやって来るであろう客の対応をする為に立ち上がった。
 夏の暑い時期だというのに着物でやって来る客が多い上に、室内だけでなく庭もパーティー会場として使われている。一応なるべく陰が出来るような工夫はしてあるし、どうせすぐに溶けていくだろうが氷の彫刻も飾られてはいる。ミストシャワーも設置しており、いくつかの場所で涼しげなミストが降り注いでいる。それでも普通に暑いだろうに室内ではなく外で談笑している客はそれなりに多い。
 そして橘家の者は使用人に至るまで邦一を除いて全員ヴァンパイアだというのに当たり前のように太陽に照らされている。

 ……一般の者だと強調するためか……?

 よく分からないが、言い伝えと違っていくら日中の太陽に晒されても実は平気なのだとしても、人間よりかは強くない気がする。間違いなく後でぐったりとする橘家の者が幾人かは出るだろうと邦一はため息を吐きながら、たくさんの氷を更に準備しておいた。
 しばらくすると、秋星と秋穂が皆の前で花を生け始めた。二人とも普段のろくでもなさを感じさせない静謐で凛とした佇まいだ。邦一としては見惚れるどころか微妙な気持ちになる。
 夏の青を主とした花は二人の手にかかると、どこか艶っぽささえ窺えた。

 ……黙って花生けてるだけなら本当に才能もあり見目のいい姉弟なんだけどな。

 少々遠い目になりながら邦一はそっと思っていた。生け花をあまり知らなくてもあの二人のファンだという人は結構いるらしい。
 ある意味ショーかといった二人の御披露目が終わってから、花は目立つところに飾られた。花がよく分からない邦一からしても、やはりとても艶やかで綺麗だと思った。「花は人の心である」と言われているが、邦一からすれば「そんなはずない」だ。
 昔少しだけ生け花を教えてもらっていた時にも、花を生ける時は花に対して浮かぶ感情や、自分が理想と思う美しさを花に求め追求するか、逆に花に託して表現するのだと言われたことがある。そうなのかと素直に受け止めた邦一は花を生けたが、自分でもいまいちだなとしか思えなかった。一方全然素直ではなさそうな秋星の生けた花はその頃から素晴らしかった。
 その後また自由な時間となり邦一は客の対応に少々追われ出した。

「お暑いですのでエアコンが効いている奥の部屋へどうぞ」

 あまり話に付き合っていられないというのが本音だが、にこやかに邦一が笑いかけると「あら、それでもここは涼しいように思うのよ」と言われた。

「涼しいように、ですか……」
「気のせいなんでしょうけども、門をくぐった途端、庭すら外より涼しく感じるの。きっと色々心を配ってくださったり演出してくださってるおかげね」
「……それは、ようございました……ありがとうございます」

 そんなものなのかと邦一が怪訝に思っていると、また話題を戻されてどうにも話が長くなりそうでしかない。どうしたものかと思っていると、「クニ」と秋星から呼ばれる。いくら仕事とはいえ秋星に付いているのでもなく、何だかんだ話しかけてくる客に応対することに少々辟易し出していた邦一はこれ幸いと適当なことを言って席を外す。普段口達者とは言えない邦一だが、仕事となるとそれなりに上手く対応出来る。

「……助かった」
「俺をほったらかしにして何してんの? ほら、行くで」
「行くってどこへ」
「俺の部屋」
「お前は主役の一人だろ……」
「やることはやった。もぉ嫌。こーゆーのは派手好きの姉さまに任せといたらえぇねん」

 秋星は心底鬱陶しそうな様子で手を払うように振っている。

「お前はほんと……」
「ほら、クニは俺のお付きなんやからな。ついといで」
「……分かったよ」

 秋星が部屋に引っ込んでしまうのはどうかとは思ったが、正直邦一もこの場から引っ込むのはありがたかった。

 ……ついでに旦那様のこと、聞いてみよう。

 秋星の後を歩きながら、邦一はそっと思った。
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