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29話
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秋星に聞いたのが間違っていた、とは思わない。ただ傷があるかどうかくらいさすがに普通に答えてくると邦一は思っていた。
「……本当になんであいつはああなんだ……」
普段はなるべく流すようにしているが、ちょっとしたことを聞いただけだというのに適当な対応をされたことを思い出すと流石にブツブツと言いたくもなる。
「何、邦一。久しぶりに帰ってきたと思ったら何をブツブツ言ってるの」
「いや、気にしないでくれ、何でもないんだ母さん」
そういえば今は実家だったとハッとなった邦一は適当に濁しておいた。秋星の文句を言っていたなどと言おうものなら自分が叱られるのは目に見えている。
父親よりはまだ母親のほうがマシだが、それでも橘家への忠誠心のようなものは母親にも健在だ。
実家へは一応数ヶ月に一度くらいはこうして帰っている。普通がどうかは邦一も知らないが、帰る度に「秋星様を一人にして」と言われるのが面倒で、橘家の敷地内とはいえ邦一は毎週どころか月一すら帰らない。
とはいえお互い愛情がないのではない。早く帰って差し上げなさいと言いつつも、こうしてこたつでぬくぬくと暖まっている邦一に母親は次から次へと手作りの漬物や煮物を出してくるし、父親は「橘家の様子」を聞きながらもちょくちょく邦一の調子を確認してくる。
邦一も中々帰らないし素っ気ない態度であるが、これは両親と橘家に囲まれて培ってきた性質というだけでちゃんと自分の親を大切に思っている。
「そう? ああそうだ、煮豆もあるから……」
「……いや、もう十分だし小出しされるより後で晩飯を一緒に食べるほうが俺は……」
「あら、そう?」
だいたいどれだけ漬物と煮物を出してくる気だ、と邦一はさすがに微妙な顔をする。愛情にしても少々困るし和食は好きだが、こちとら高校生なのだと言いたい。別にジャンクフードに興味はないが、肉が恋しい。
「そういえば父さんは?」
「まだこの時間は仕事に決まってるでしょ」
「橘家?」
「事務所のほうじゃないかしら」
橘家は華道家ではあるが、様々な業務を統一させた事務所が家とは別にある。邦一の父親はそちらで仕事をしていることも多い。邦一も秋星付きの業務以外に手伝いをすることはあるが、事務所へは行ったことはなかった。
「ふーん」
「お父さんに何か用だったの?」
「まぁ……用って程でもないけど」
背中を見て貰おうと思っていた。母親に見て貰ってもいいのだが、邦一が何となく気恥ずかしい。
ああでも聞くだけでもいいか。
「なぁ、母さん」
「何」
母親は邦一の湯飲みを取り、また新しい茶を淹れている。多分後で何度かトイレへ行くことになりそうだ。
「俺って今までにさ、背中に跡残るような怪我とかしたことある?」
母親は返事をする前に手を滑らせてしまったようで湯飲みがゴロリと転がった。淹れたての茶が零れたのを見て、邦一は慌てて母親の手をつかむ。
「大丈夫かっ? 火傷しなかったか?」
「大丈夫大丈夫。ごめんね、お茶、淹れ直すわね」
「いや、もう茶もいいから。念の為冷やしといたら」
「そうね」
実際赤くなっている手をもう片方の手で覆いながら母親は台所へ向かって行った。邦一はふきんで机を拭くと「……あ、結局答えて貰ってない」と気づく。
「まぁ、いいか……」
座椅子にゴロリと寝転がる。橘家でだけでなく、普段自宅でも絶対にしない体勢ではあるが、秋星を倣って横になってみた。秋星の前でだとちょっかいをかけられるか何かと絡まれそうで面倒臭いのもあってやらない。
確かに秋星が言うように楽だなとは思う。だがそれはこの家だからでもある。手を伸ばせば何でも取れそうな広さの部屋にこたつ。邦一でも寛ぐ。
気づけば少し眠っていたようだ。昼寝なんて何年ぶりだろうと邦一はぼんやりと思う。台所からはまな板の上で何かを切る音が聞こえてくる。こういう音も橘家ではまず聞けない。台所はもちろんあるのだが広間などから少し離れた場所にある。今時珍しい板の張られていない古くさい土間であり、邦一も用事がなければ立ち入ることはない。見たことはあるのだが、土間の割には置かれているのは業務用、といった機能的なキッチンスペースだったので邦一としてはいまいちよく分からない。それなら全体的に今風にすればと思うのだが、秋星の母親の趣味らしい。芸術家たちの考えることは分からない、でとりあえず片付けている。
その点、自分の家は普通の中の普通というのだろうか。ありふれた内装なのだろうが落ち着く。それもあって気が緩み、うたた寝をしていたのだろうと邦一は暖かいこたつから体を起こした。
「起きたの? もうすぐご飯出来るわよ」
「……まずい」
「何がまずいのよ。というかまだ食べてないでしょ」
「あ、いや違う。だらけ過ぎて日課にしてるストレッチとかやってなかったなと」
完全にだらけていた。
「あら。今日くらい、いいんじゃないの。食べて寝るだけでも」
「……ここにいたら何か太りそうだな」
「食事はヘルシーだと思うけど」
「あー……そこは出来たらもう少しカロリーも欲しい気がする」
「太るわよ」
「母さん、俺、高校生だって覚えてる? 育ち盛りだから」
母親が運んできた食器を並べながら邦一がため息をつくと「そんだけ上と筋肉に育ってんだから十分じゃないの」と笑われた。
「……本当になんであいつはああなんだ……」
普段はなるべく流すようにしているが、ちょっとしたことを聞いただけだというのに適当な対応をされたことを思い出すと流石にブツブツと言いたくもなる。
「何、邦一。久しぶりに帰ってきたと思ったら何をブツブツ言ってるの」
「いや、気にしないでくれ、何でもないんだ母さん」
そういえば今は実家だったとハッとなった邦一は適当に濁しておいた。秋星の文句を言っていたなどと言おうものなら自分が叱られるのは目に見えている。
父親よりはまだ母親のほうがマシだが、それでも橘家への忠誠心のようなものは母親にも健在だ。
実家へは一応数ヶ月に一度くらいはこうして帰っている。普通がどうかは邦一も知らないが、帰る度に「秋星様を一人にして」と言われるのが面倒で、橘家の敷地内とはいえ邦一は毎週どころか月一すら帰らない。
とはいえお互い愛情がないのではない。早く帰って差し上げなさいと言いつつも、こうしてこたつでぬくぬくと暖まっている邦一に母親は次から次へと手作りの漬物や煮物を出してくるし、父親は「橘家の様子」を聞きながらもちょくちょく邦一の調子を確認してくる。
邦一も中々帰らないし素っ気ない態度であるが、これは両親と橘家に囲まれて培ってきた性質というだけでちゃんと自分の親を大切に思っている。
「そう? ああそうだ、煮豆もあるから……」
「……いや、もう十分だし小出しされるより後で晩飯を一緒に食べるほうが俺は……」
「あら、そう?」
だいたいどれだけ漬物と煮物を出してくる気だ、と邦一はさすがに微妙な顔をする。愛情にしても少々困るし和食は好きだが、こちとら高校生なのだと言いたい。別にジャンクフードに興味はないが、肉が恋しい。
「そういえば父さんは?」
「まだこの時間は仕事に決まってるでしょ」
「橘家?」
「事務所のほうじゃないかしら」
橘家は華道家ではあるが、様々な業務を統一させた事務所が家とは別にある。邦一の父親はそちらで仕事をしていることも多い。邦一も秋星付きの業務以外に手伝いをすることはあるが、事務所へは行ったことはなかった。
「ふーん」
「お父さんに何か用だったの?」
「まぁ……用って程でもないけど」
背中を見て貰おうと思っていた。母親に見て貰ってもいいのだが、邦一が何となく気恥ずかしい。
ああでも聞くだけでもいいか。
「なぁ、母さん」
「何」
母親は邦一の湯飲みを取り、また新しい茶を淹れている。多分後で何度かトイレへ行くことになりそうだ。
「俺って今までにさ、背中に跡残るような怪我とかしたことある?」
母親は返事をする前に手を滑らせてしまったようで湯飲みがゴロリと転がった。淹れたての茶が零れたのを見て、邦一は慌てて母親の手をつかむ。
「大丈夫かっ? 火傷しなかったか?」
「大丈夫大丈夫。ごめんね、お茶、淹れ直すわね」
「いや、もう茶もいいから。念の為冷やしといたら」
「そうね」
実際赤くなっている手をもう片方の手で覆いながら母親は台所へ向かって行った。邦一はふきんで机を拭くと「……あ、結局答えて貰ってない」と気づく。
「まぁ、いいか……」
座椅子にゴロリと寝転がる。橘家でだけでなく、普段自宅でも絶対にしない体勢ではあるが、秋星を倣って横になってみた。秋星の前でだとちょっかいをかけられるか何かと絡まれそうで面倒臭いのもあってやらない。
確かに秋星が言うように楽だなとは思う。だがそれはこの家だからでもある。手を伸ばせば何でも取れそうな広さの部屋にこたつ。邦一でも寛ぐ。
気づけば少し眠っていたようだ。昼寝なんて何年ぶりだろうと邦一はぼんやりと思う。台所からはまな板の上で何かを切る音が聞こえてくる。こういう音も橘家ではまず聞けない。台所はもちろんあるのだが広間などから少し離れた場所にある。今時珍しい板の張られていない古くさい土間であり、邦一も用事がなければ立ち入ることはない。見たことはあるのだが、土間の割には置かれているのは業務用、といった機能的なキッチンスペースだったので邦一としてはいまいちよく分からない。それなら全体的に今風にすればと思うのだが、秋星の母親の趣味らしい。芸術家たちの考えることは分からない、でとりあえず片付けている。
その点、自分の家は普通の中の普通というのだろうか。ありふれた内装なのだろうが落ち着く。それもあって気が緩み、うたた寝をしていたのだろうと邦一は暖かいこたつから体を起こした。
「起きたの? もうすぐご飯出来るわよ」
「……まずい」
「何がまずいのよ。というかまだ食べてないでしょ」
「あ、いや違う。だらけ過ぎて日課にしてるストレッチとかやってなかったなと」
完全にだらけていた。
「あら。今日くらい、いいんじゃないの。食べて寝るだけでも」
「……ここにいたら何か太りそうだな」
「食事はヘルシーだと思うけど」
「あー……そこは出来たらもう少しカロリーも欲しい気がする」
「太るわよ」
「母さん、俺、高校生だって覚えてる? 育ち盛りだから」
母親が運んできた食器を並べながら邦一がため息をつくと「そんだけ上と筋肉に育ってんだから十分じゃないの」と笑われた。
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