ニコラシカ

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11話

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 大学であっても体育の授業はある。とはいえ基本的に一年せいぜい二年が必須で三年にもなれば特にない。ただ、ずっと運動しないと体がなまると朝哉が言い出した。
 ここの体育館はサークル活動優先ではあるが、一般生徒でも予約を取って借りることができるので、少し前に申請していた。今は更衣室で服を着替えているところだった。

「この歳になって体育する羽目になるなんて」

 嵩音は微妙な顔をしながらも動きやすい服に着替え終えていた。同じく着替え終えた梓がニコニコとしながら嵩音の肩をポンと軽く叩いている。

「まあでも楽しそうだしいいんじゃない。俺は指守りたいからあんま本気出さないけど」

 梓は本格的ではないが、趣味で音楽をやっているからだろう、手の指を動かしながら言ってきた。

「そーだよ、楽しいんだよ! だいたい水橋は実家だってなんかの道場やってるくらいだろ。バスケくらい余裕だろー」

 むぅ、と口を膨らませながらも誘った本人である朝哉はまだ着替えてもいない。つい先ほどまで別の講義を取っている女子と楽しく話していた。

「それとバスケ、関係ないけどね? っていうか言い出しっぺなんだからさっさと着替えろよな。あと瀬河もここまで来てんだから面倒がらずに着替えなね」
「……だって面倒くさい」

 郭夜は、ハァとため息を吐きながらようやく服を脱ぎ始めた。その様子を見て、朝哉はそっと少しだけ複雑な顔をする。
 覚えていないとはいえ抜かれるということまでされたというのに、未だに「こいつは俺のこと本当に好きなのかな」とどこかで半信半疑なところが朝哉にはある。だがここに誘う時「一緒にしたいことがあるから来てくれる?」と少しだけわざとあざといかもしれないが内容を明確にせずに声をかけると、郭夜はポカンとした後にコクリと素直に頷いてきた。そしてそれが数名でするバスケットなのだとわかるとあからさまにムッとしていた。ついでに朝哉が知り合いの女子を発見して長々と話してから戻ってくるとさらにどこか機嫌が悪そうに見える。
 とはいえ元々郭夜はあまりそういう感情を表に出すほうではないので、朝哉の思い込みかもしれない。
 そんなことを思いながらなんとなく郭夜の後ろ姿を見ていると、郭夜が中に着ているシャツも脱いだ。別に男同士だし、高校の頃から一緒なので上半身の裸くらい見ている。それだというのに、何故か落ち着かない気分になった。多分好きだなどと言われ、しかも抜かれたからかもしれない。いや、抜かれたのは本当に記憶にないのだが。
 そっと目を逸らそうとして、だが逆に改めてじっと見る。今まで気づかなかったが、郭夜の背中はとても綺麗だと思った。少し細身だがしっかりとついている筋肉が綺麗だ。華奢でもなく筋肉質でもない背中の肌がそしてとても滑らかそうだ。今まで変な目線で見たことがないから気づかなかったんだろうかとふと思ったところで朝哉は一人、ぶんぶんと頭を振る。

 今でも変な目線で見てねぇよ……!

 内心思い切り自分に突っ込みながらもついまた背中を見てしまう。

 ……この背中なら、俺、いけるかも……?

 つい馬鹿なことを思ったところで「さっきから野滝が挙動不審なんだけど」と嵩音が苦笑してきた。

「ばっ、バカ言ってんじゃねーよ、なんで俺が挙動不審……!」

 ぎょっとなって振り向くと嵩音が変にニヤニヤとしている。その横で梓が嵩音を見ながら苦笑していた。

「挙動不審? どうかしたのか?」

 嵩音の言葉に、Tシャツを着ながら郭夜が振り向いてきた。

「あー、なんかさ、野滝がお前のせ……」

 ニコニコと言いかけた嵩音に飛びつき、朝哉は手でその口を塞ぐ。

「……なにするのさ」

 そんな風に嵩音は朝哉を見てくるが、目がまだ笑っている。微妙な顔をしながら朝哉はジロリと嵩音を睨んだ後に郭夜を振り返った。

「るさい! どうせつまんねーこと言うつもりだったんだろ。郭夜も、なんでもねーからとっとと着替えて」
「は? 人のこと言う前にお前が着替え終えろ。なんでそんな中途半端な恰好なんだよ」

 郭夜が鬱陶しそうな顔をして言ってくるように、実際に朝哉は上も下も着替えている途中だった。つい背中に気がいっていて、とは言えない。別にそういう気がある訳ではなく、たまたま背中に気がいっただけなのにそういう気があるのだろうかと思われるのが嫌だ、とややこしいことを、心が狭いと思いつつも考える。

「あ、あれだ。色気あるだろ」

 だがそれにしても誤魔化しかたがあるだろうと自分に突っ込みたい。言われた郭夜は赤くなったりドキドキするどころかとてつもなく引いたように微妙な顔をしている。

 わかる、わかるけどお前、俺のこと好きならもうちょっと違う態度とれねーの……。

 ついそんな風に思いつつも自分も微妙になりながら嵩音から離れ、黙々と着替えだした。



 そんな様子を怪訝そうに郭夜は見る。朝哉から「一緒にしたいことがあるから来てくれる?」と言われた時は、絶対にそういうことじゃない、とわかりながらもポカンとしてしまったし思わず頷いていた。惚れた弱みとでも言うのだろうか、とこの体育館に来てからしみじみと思った。
 別に郭夜は運動が嫌いな訳ではないし、得意とも言える。とはいえわざわざ体育館を借りてまでしたいとは思わない。運動不足だというなら朝か夜にでも外を走るなり歩くなりすればいいだろと呟くと、それを聞いた梓が「また違うだろ」とおかしげに笑ってきた。
 だいたい皆で着替えるのも、少々落ち着かないのだ。朝哉以外の男に興味はないので他の誰かの着替えは全くもって興味が無い。だが朝哉が同じ場所で着替えるというのはほんの少しそわそわとしてしまう。今さら上半身を見て即、興奮する訳でもないし襲いたくなる訳でもない。ただ、少しテンションは上がる。
 それとともに嵩音も梓も、郭夜が朝哉のことを好きだと知っているので、変に意識しているのではとこういうことで思われたら面白くないというのもある。
 いや、意識は少々している。だからこそ面白くないというか。なので何気なく後ろを向いて着替えていたら、嵩音がなにやら言ってきた。

「野滝がお前のせ……」

 言いかけたところで朝哉が口を塞いでいたので、結局何を言おうとしたのかは分からない。

 せ。
 性格?
 性別?

 洗濯、ではないことはわかるが、ピンとこなくて怪訝な顔をしていると朝哉が焦ったように「郭夜も、なんでもねーからとっとと着替えて」などと言ってきた。自分も着替えていない、というか中途半端な恰好してるくせにと郭夜は言い返す。朝哉が嵩音に近いのも少し腹立たしい。
 そんなことを思っていると「色気あるだろ」などと訳のわからないことを朝哉が言ってきた。いくら好きでも、なんでも可愛い訳じゃないんだなと郭夜は改めて思いながら微妙になる。
 本当に馬鹿なヤツだなとしみじみ思いつつ朝哉を見ると、言った本人も微妙な顔をしながら黙々と着替えだした。いつもならもっと馬鹿なことを言ってきそうなものなのにと思っていると朝哉が中途半端だった服を脱ぎだした。
 こういったことに誘ってくるくらい、体を動かすのが好きな朝哉だが、部活には高校の頃から今に至るまで入っていない。何故入らないのか聞いたことはあるが「女の子と遊べなくなるし」とふざけた答えが返ってきたのを覚えている。郭夜が「遊ぶ相手いないことのが多いだろ」と言えば「ひでぇ!」と膨れていた。
 今もし言われたらきっと殴りたくなるだろうなと思いつつ、郭夜はぼんやりと朝哉の上半身を見る。体を動かすことが好きなだけあって、それなりに引き締まった体をしている。とはいえ実際スポーツをしている者に比べたら普通だろう。それでも朝哉のことが好きな郭夜にとっては見ているとやはり少しテンションが上がってくる。
 郭夜は小さくため息を吐くと「ほら、するならするでとっとと始めるぞ」と朝哉を置いて更衣室を出た。
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