ニコラシカ

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10話

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 目が覚めると朝哉はちゃんと布団の中で転がっていて、そのふかふか具合が気持ちいいと思った瞬間、言いようのない頭痛に襲われた。
 何事っ? と思いつつ恐る恐るゆっくりと寝返りを打つと、隣で郭夜が寝ている。

「……っ? 、……く」

 今度こそ「え」っと声を上げそうになったがその前にやはり頭痛のせいで朝哉は頭を抱えた。ゆっくりと周りを見てみれば、見慣れた自分の家ではなく郭夜の家だと分かる。

 そういえば昨日ここに来て……あーそいやビール、飲んだわ。

 ただ、普通にグラスでちょっと飲んだくらいの記憶しかない。二日酔いに悩まされる程飲んだ記憶がない。ついでにその後の記憶もない。そのまま酔いつぶれてしまい、仕方なくここに寝かされたのだろうかと朝哉は思った。
 一瞬、そのまま襲われてないだろうなと不安になったが、幸い尻に違和感はない。もちろん基本的に郭夜がそういうことを無理やりしてこないとわかってはいるが、それを言うなら郭夜が自分をそういう意味で好きになるとは、とも思うのでなんとも言えない。
 とりあえずなにか鎮痛剤がないか聞こうと思い、眠っている郭夜を朝哉は死んだような目で見た。静かに、といっても起きている郭夜も基本的に煩いことはまずないが、静かに眠っている郭夜の寝顔は正直、好きだと言われて困惑している朝哉ですら綺麗だと思う。ちゃんと男らしいのに美形でもある。
 郭夜が女だったらな、と朝哉はふと思った。女だったら、例え友だちであってもこんなに困惑しないと思った。ただでさえ友だちとしか思っていない相手をそういう目で見るのは簡単と言えないのに、今まで考えたこともない同性だとか、ハードルが高すぎる。それでも友だちとしては本当に好きで、だからこそ困る。

「あー、もう」

 思わずそう口にしていると郭夜の目が薄っすらと開いた。

「起きた?」
「……おはよう、早いな」

 低い声で言われ、むしろ「早いのか」と朝哉は時計を探した。掛け時計は無く、敷かれたこの布団から少し離れたところに小さな置時計を見つけた。

「えらく存在が控えめなおしとやかな時計だな」
「……朝からなに言ってるんだ……?」

 朝哉の言葉に対して辛辣でいて素っ気ない返事が返ってくる。改めて「こいつは本当に俺のことが好きなのか」と思いつつ「なんでもねーよ!」と時計を見ると確かにまだ七時にもなっていない。

「はぇえよ、寝直してー。けど頭すげー痛いんだけど。ねー、かぐちゃん、頭痛薬ねえ?」
「かぐちゃん言うな」

 嫌そうに言いながらも郭夜は起き上がり、台所の辺りに向かう。

「ほら。……二日酔いか?」

 そして水の入ったグラスと錠剤を持ってきた。

「サンキュー。んー、俺、そんな飲んだっけ?」
「あー……どうだろうな」

 朝哉の言葉に郭夜はふい、と顔を逸らす。怪訝に思いつつ郭夜を見た後で「とりあえず薬飲んだらもっかい寝ていー?」と朝哉は痛む頭に顔をしかめながら聞いた。

「構わない。……薬、俺が口移しで飲ませてやろうか?」

 頷いてから郭夜がじっと朝哉を見ながら少しニヤリとしてきた。丁度錠剤を飲む前に一口水を、とグラスから口に含んでいた朝哉はそれを思い切り吹き出す。少量だったのが幸いだが、その少量の水は郭夜の顔に集中した。

「……いくらお前のことが好きでもこういうプレイは好きじゃない」
「はっ? プレイじゃねーよ……! あーもう! とりあえず吹きかけたのはゴメン」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、着ていた服で顔を拭っている郭夜に一応謝ってから朝哉は薬を飲んだ。飲み終えると空いたグラスを郭夜が黙って回収してくる。こういうさりげないところは相変わらず男前だなと思いつつ、朝哉はまた横になった。

「なんで口移しとか余計なこと言うんだよ」

 追及しなくてもいいというのについ文句として口に出てしまった。戻ってきた郭夜は横になっている朝哉の隣に座ると「抜き合ったことに比べたらこれくらい」とむしろ腹立たしい程淡々とした顔で言ってくる。

「そりゃそうかもだけ……って、待て。抜き合うってなんだよ。なんでそんな例えが出てくんだよ」

 例えだよな? とりあえず比較としてあえてそんなこと言ってきた、へたくそな言葉プレイみたいなものだよなと朝哉は微妙な顔で郭夜を見た。

「例え? なんのことだ」
「いや、だから抜き合うとか……」
「例えじゃないけど」
「え?」
「……お前がその気になってきたから俺も遠慮なく」
「えっ?」

 朝哉はむしろ変な笑顔になって固まる。

「頭痛いんだろ。とりあえず一旦寝ろよ」
「は? いやいやいや、だって今、余計頭痛くなるようなことぶちかまされた……! ちょ、冗談だよな?」
「なんで俺が冗談でそんなこと言わなきゃなんだよ。別に笑うとこないような内容なのに」
「ああ笑えねーな……! ええええっ、ちょ、ほんっとなにしてくれてんの?」

 酒で頭が痛いはずだったが、もはや今は何で頭が痛いのかさえ混乱しながら朝哉はその頭を抱える。

「……俺が完全に悪者みたいに言うけど、お前がその気になってきたから俺も、じゃあって感じだったんだけど」

 朝哉の物言いに、郭夜は落ち込むどころか「なにを言っているんだ?」といった怪訝な顔を浮かべてくる。怪訝な顔になりたいのはむしろこちらだ、と朝哉はさらに頭を抱えた。

 その気って、なに。
 酔っぱらった俺、どういうこと。

 言われた郭夜の言葉を疑う気は、やはり朝哉には無い。最近の郭夜はひたすら「お前どうしちゃったの」と言いたい感じではあるが、それでも根本が変わる訳でもなく、好きだと言ってきても尚甘さすらない。この状況で、郭夜が嘘を吐くとは今までの郭夜を知っているだけに思えずに、朝哉はひたすら痛む頭で考える。
 そういえば、とキスをされた記憶が薄らと浮かんだ。よくよくぼんやりした脳をひねり出そうとすると、それもただの軽いキスではなく濃厚なやつだったとさらに浮かぶ。気持ちがいいとそして思った記憶もある。
 相手が郭夜だとどこかでわかっていながらも、そういうことがどうでもいいことのような気がして、ひたすら気持ちよさに反応していたように思える。

「……誰か俺の記憶を弄った? つかお前、俺の脳、なんか弄った?」
「そんなことできるならむしろお前が俺を好きになるよう弄る」
「ですよね……!」

 朝哉はひたすら微妙な顔になりながら「とりあえず頭治るよう、寝る……」と、そのまま目を閉じる。郭夜が「あーうん、頭な」とどこかおかしそうに呟いているのが聞こえたが、そのままスルーして寝ることに集中した。
 基本的に寝つきはとてつもなくいいので、今こんな状況でも気づけば寝ていたらしい。次に目が覚めると昼前になっていて、頭痛に関してはまだほんのりと違和感はあるものの、鎮痛剤のせいか、やったことのない麻薬をやった後のようにどこか気持ちがいい。

 ……気持ちがいいといえば……。

 朝哉は少し重い体を起こしながら思った。幻、夢、なにかそんな感じだったらよかったのにと思いつつも、郭夜とキスして気持ちがいいと思った記憶は相変わらずぼんやりとだが残っている。それを思い出すと気分が落ち込むというか、ひたすら微妙になる。
 だが「起きたのか。とりあえず飯でも食え」と郭夜が目玉焼きとご飯、インスタントの味噌汁といったとてつもなく簡単な料理を運んできたのを見て、とりあえずテンションは上がった。それと同時に腹が鳴る。
 こんな自分のことは嫌いではない、と朝哉は布団からいそいそと出た。
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