ニコラシカ

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6話

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 そういえばいくら酔っていたとはいえ、キスなんて同性に対してそんなに軽率にしてしまうものだろうか、と朝哉は思った。女と間違えていたにしても、男と女をそもそも間違えるのかという話だ。
 考え過ぎて、もしや潜在意識で郭夜が気になっていたのではないだろうなとか、実は男が好きなのだとかではだろうなと、自分のことなのにわからなくなってきた。授業で一緒になった嵩音に真剣な顔で聞いてみる。

「酔うと欲望具合が尋常じゃなくなって女だろうが男だろうがなんでもよくなるとか、ある? もしくは潜在意識が現れてくるとか」
「野滝大丈夫?」

 朝哉の問いに対し、一瞬黙った後で嵩音がニッコリ聞いてくる。

「あー……、ってどういう意味だよっ?」

 え? と嵩音を見た後で朝哉はハッとなって言い返す。

「だっていきなりなんの話かなって思うよね」
「いきなりかもだけど、そのままだよ!」
「いや、そのまま言われても。やっぱり、野滝大丈夫?」
「……ぅ。……いや、あんま大丈夫じゃないのかも」
「? 酔ってっての、人によると思うけど。まあ野滝なら女の子に飢えてさ、もうなんでもありとか思ってもおかしくないんじゃない」

 ニコニコと言う内容に朝哉はとてつもなく微妙な顔をする。

「……お前に聞いたのが間違いだった……!」
「そもそもそれって経験に基づいての質問ってことだよね? まず何があったか、そこから言ってもらおうか」

 またニッコリと見てくる嵩音に、勘鋭すぎかよと朝哉は顔を引きつらせつつ固まる。本当に言う相手を間違えた、と思いつつ必死になって「なにもない、なにもないよ!」と否定し続けた。
 授業を終えた後、むぅっとしたままの朝哉に女友だちが「珍しくなに膨れてんの」と笑いかけてくる。

「……膨れてねーもん」
「膨れてるでしょ今まさに。可愛いアピール? まあ可愛いんだけどね」

 あはは、と笑われながら小柄な相手に手を伸ばされ頭をぐしゃぐしゃとされる。本当なら女子とそうやって絡めるのはとてもいいことで楽しいことなのかもしれないし、小さな相手に背伸びされ頭を撫でられていると考えると萌えるところなのかもしれない。
 だが朝哉に対する普段からの態度を知っているだけに微妙になりながら「髪くっちゃくちゃにすんなよー」とさらにむぅっと頬を膨らませざるを得なかった。
 その後食堂に向かっていると「朝哉」と声をかけられる。いつもなら「なになに」とばかりに振り向いていたかもしれないが、告白されたばかりというのもあって、朝哉は渋々というか、恐る恐る振り返った。

「なにその顔」
「仕方ねーじゃん。郭夜が変なこと言ってきたからだろ」

 ますますむぅっと口をへの字にする。そんな朝哉に構うことなく、郭夜は近づいてきてぐしゃぐしゃになった朝哉の髪を無言で整えてきた。

「な、なに?」
「……別に」
「なんだよそれ」

 今まで普通に触れたり触れられたりしてきた筈なのに、好きだと言われたせいか落ち着かない。そもそも今までは髪に触れるなんてことなかった気もすると朝哉は思った。思わずじっと郭夜を見ると、今度は郭夜が「なに」と聞いてくる。

「え? いや、あの、そいや前までは髪に触ったりとかしてこなかったよなぁ? って」

 思わず思っていることをつい言ってしまうと郭夜が真顔でため息をついてきた。

「当たり前だろ。好きだって思うようになったのはキスされてからっつったろ」
「っちょ、こんな人通りもあるよーなとこでそーゆーこと言わんで! つか、それと髪、どー関係あんだよ」
「好きでもない男の髪撫でる趣味は俺にない」
「そういえば俺だって男の髪撫でたくないわ! なるほどなー。……つか待って、じゃあさっきの子って俺のこと犬ころのような扱いしてると思ってたけど好きとか?」

 ハッとなり、朝哉がキラキラした目で言うと、郭夜はまたため息をついてきた。そして憐れむような顔で朝哉を見てくる。

「な、なんだよその顔!」
「お前は女子の髪とか触れるの、気持ち悪かったりすんのか?」
「んな訳ねー! 好きとか関係なくむしろ友だちだろうがなんだろうがいい匂いするし気持ちいいしすっげ触りたい」
「同じだろ。異性なんだし」
「え、あー、そっか……」

 がっかりとする朝哉を生ぬるい目で見ながら、郭夜が内心「んな訳ないだろ、女が男の髪をいい匂いするとか言って触ると思ってんのかバカめ」と呆れているなどと当然気づかなかった。
 ちぇっ、と朝哉が思っていると、郭夜はまた頭を今度は整えるのではなくがしがしとつかむようにしてきた。

「ちょ、やめろよ」
「お前な。お前のこと好きだっつった俺の前でそういうことであからさまにがっかりするなよ」

 ムッとしたように言われ、朝哉はそういえば、と顔を引きつらせた。
 どうにも調子が狂う。郭夜が女だったらここまでデリカシーのない態度はとっていないだろうと思いながらも、そういう風に考えてしまう時点で酷いよなと自分に呆れた。

「わ、悪い」
「……。悪いと思うなら俺と付き合――」
「それは無理……!」
「っち」

 ええ、今舌打ちしました?

 朝哉は思い切り郭夜を見る。郭夜は実際むかついたような顔はしていないものの、どうにも朝哉に興味を持っているように見えない。

「……お前、ほんっとに俺のこと、好きなの……?」
「こういうところで言うものじゃないんだろ」
「ぅ。あれだ、小さい声で」
「……別に俺はいいけど、デカイ男二人がひそひそ話してるのもたいがいだと思うぞ」
「あー確かに! って別にひそひそまでじゃなくていーよ! なんかこう、周り気にしながら、なんつーか」

 朝哉の言葉に郭夜がまた、ため息をついてくる。

「ほんと、俺もなんでお前のこと好きになったのかいまだにわからん」
「ええー……。親友なのに?」
「じゃあ親友だと言うお前に聞くが、お前、俺のこと好き?」
「……と、友だちとしてなら」
「だろ。親友なのにって理由が当てはまる訳ないだろが。まあ俺は友だちとしてもなんでお前と仲いいのかわからん時あるしさ」
「酷ぇ!」
「酷い? 朝哉のほうが酷いと思うけど。相手が俺だからって、気持ち無視した態度とりすぎだろ」

 じっと朝哉を見ながら言ってくる郭夜に、朝哉は俯いた。

「……それは、うん、悪ぃ」

 シュンとしていると腕をつかまれた。そのまま廊下の隅にある階段の物陰へ連れられる。

「ってーな、いきなりなにすんの!」

 ムッとして睨もうとしたところにいきなりキスをされた。突然のこと過ぎて反応できず、されるがままになった。
 唇が離れてからもしばらく唖然とする。だがようやくハッとなり「郭夜!」と睨むとしれっとした表情で見返された。

「お前だってしてきた」
「ぅ。そ、そりゃそうかもだけど。なんだよ、仕返しかよ」
「……。仕返し? 俺はお前が好きなんだって言ってんだろ」

 無表情ながらにどこか悲しそうな風にも見える様子で言い返すと、郭夜はそのまま朝哉を置いてその場から去って行った。
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