ニコラシカ

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4話

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 現実的に考えてあり得ないというか理解できないが、と郭夜は真顔で考えていた。
 普通に考えても何故だと思う。今まで他の誰かとキスくらいしたことはあるし、だいたい朝哉から何か胸にくるようなことをされた訳でもないし言われた訳でもない。むしろ迷惑をかけられた。
 それだというのに妙に朝哉にキスされたことが頭に残る。気づけば自分の唇に触れていたのもそのせいだ。どう考えても意味がわからない。
 意味がといっても自分の感情というか感覚がわからないのであって、最終的にそれがなにを意味するのかはわかっている。わかっている、が正直納得がいかないというのが正しいだろうか。
 どう考えても自分が男に興味があったとは思えないし、キスをされた時点でも感じたのは憤りだけだったはずだ。その前までを思い返してみても、朝哉に対して友だち以上の感情を抱いた記憶はない。
 それだというのに初めてでもなんでもないキスをされただけでずっと残っているというのはおかしいとしか思えない。
 少しむすっとして教室の椅子に座っていたら友人の一人、永尾 梓(ながお あずさ)が隣に座ってきた。

「いつも柔らかい表情しないけど、またひときわむっすりしてんねー」
「……むっつり?」
「むっすりだよ。郭夜がむっつりだったらなんか怖いよ」

 飄々とした様子で梓が笑ってくる。郭夜は愛想笑いがあまりできないタイプなのだが、逆に梓はいつも微笑んでいる。ある意味処世術なのだろうなと思っている。人によると苦手なタイプかもしれないが、梓のことは好きだ。

「俺、ほんとは養護施設育ちなんだよね」

 そんなことすら明るい様子で言ってくる。きっと沢山の想いがあるだろうにさらりと言ってくる。
 万が一男を好きになるという理解不能な事態に陥るのを認めたとして、では何故梓じゃなくて朝哉なのか。どう考えても心を動かさせるなら梓のほうが動かされそうではないだろうか。
 また真顔で思ってみるが自分で心の動きを調整できるのであればそもそも男を好きになっていないとすぐに思い至り微妙になる。

「お前にじっと見られると落ち着かないんだけど」

 あはは、と笑いながら梓が言ってきたので我に返り「なんで」と首を傾げた。

「美人だから?」
「……言い方」
「じゃあ美形イケメン」
「いや、もういい。それと別にむすっとしてるつもりはなかった。ちょっと考え事してただけだよ」

 苦笑しながら郭夜が言うと「どんな?」と聞かれた。

「あー……、……そうだな、ちょっとここじゃ言いにくいから別んとこ行かないか」
「いいよ」

 教室だとどうにも見られている気がしてさすがに「誰かを好きだ」という話をするにはどうかと思い、郭夜が言うと梓は快く頷いてきた。
 飲み物を買って校舎を出る。木々に囲まれたベンチに座ると「俺、朝哉が好きみたいで」といきなり前振りもなく告げた。

「はぇ? え、あ、ああ、そ、そう」

 さすがに予想していなかったのか梓が変な声を出した後で動揺しつつも頷いてきた。

「悪い」
「いやぁ、別に悪くはないよ。びっくりしただけ。でも郭夜って男好きだっけ?」
「好きじゃない」
「それなのに? へえ……なんでまた」
「それがわからなくてさっきは考えてたんだよな」

 郭夜の言葉に梓がまだ少し動揺したまま頷いてきた。

「ああ、なるほどね。……まぁ……、うん、人を好きになんのって……理詰めで説明できるものでもないもんな。わからなくてもいいんじゃないか」
「そっか……」
「でも……、その、俺によく打ち明けたね」
「? なんで」
「あー、だってほら、友だちでそんで男が好きってなんていうの、その辺に溢れてることでもないかなって。普通隠しそうじゃない?」
「そういえばそうだな」

 梓に言われて郭夜も納得したように頷く。

「あはは。まあ郭夜らしいよね」
「やっぱ間違ってる、よな?」
「えー? うーん、俺がそもそも合ってる間違ってるって言うの変だよね。それに郭夜の中で好きだと思ったのならもう突き進むだけのくせにな」

 こうだと決めたら真っ直ぐな郭夜の性質がバレているようで、梓がおかしそうに笑ってくる。

「まあ、自分以外の言葉も聞いておきたい気持ちもわかるよ。俺の考えをあえて言うなら間違ってるとは思わない。大事だなって思う人が男だろうが女だろうが大事な人に変わりないもんな」

 柔らかい笑みを浮かべて言ってくる梓に、郭夜も小さく微笑む。

「サンキュ」

 その後大学から帰ると郭夜はさっそく隣の部屋を訪問する。だがまだ帰っていないようで、少し考えた後に郭夜は元々作ってある合鍵を使って勝手に入った。
 合鍵を作ったのは朝哉の面倒を見る上であるほうが便利だったからだ。現に酔った朝哉を連れ帰った時もこの合鍵で中に入った。いくら「朝哉、鍵を出せ」と言っても「もう飲めないよー」などとふざけた返事しか返ってこなかったのだ。

「……これがこういう時に役立つものになるなんてな」

 呟きながらベッドにもたれて朝哉が帰ってくるのを待つ。だが待っているだけがだんだん退屈になってきた。なんとなくベッド付近を漁ると朝哉の夜のお供らしい雑誌を見つけた。
 ふーん、とそれを眺めているとドアが開く音が聞こえてきて「ええ?」と驚いた声がする。
 すぐに朝哉が慌てたように入ってきて「っ郭夜? ちょ、なんで中にっ?」と目をむいてきた。

「しかも俺の秘蔵のおかずちゃん……!」
「お前はこういうのが好みなのか」

 唖然としながら近寄ってくる朝哉に淡々と郭夜が言うとヘラリとしながら「えーだってほらすっげーわかりやすいエロみが……」と言いかけたがすぐにハッとなり微妙な顔で郭夜から雑誌を奪ってきた。

「なんでいるの? 俺、鍵かけるの忘れてたっ?」
「いや。かかってた」
「そっか、よかっ……いやいやいや! じゃあほんとなんで郭夜、ここにいるの?」
「告白する為だ」
「……へ? あの、ごめん、俺の質問の意味が通じてない上に、なんの告白? もしかして俺のいない間に俺の部屋でなんかやらかしたの?」

 朝哉がとてつもなく唖然としたように郭夜を見てくる。その顔を郭夜はじっと見つめた。
 なんだろう、別に可愛い子だなとかそういう目線では、やはり見られない。整った顔立ちをしているのはわかるが、好きだと思うようになった今でも朝哉の顔を見て思うことは「チャラそうだな」だ。
だがじっと見ていると朝哉をどうにかしたくて堪らなくなってくる気持ちがじわじわと湧いてくる。

「な、なんで無言でじっと見てくんの?」

 困ったような朝哉がまたどうにも郭夜の何かを擽ってきた。

 ああ、やっぱり間違いはなさそうだ。

 改めて実感すると郭夜はため息をついた。

「え、ちょ、なんなの? 俺ん家勝手に入ってきた上に俺のおかずちゃんとか勝手に見た挙句、俺の顔じっと見てため息って、どういう――」

 ひたすら意味がわからないといった様子の朝哉の腕を、郭夜はつかんだ。

「朝哉」
「な、なに?」

 さらにじっと見つめながら郭夜はつづけた。

「どうやら俺はお前が好きになったみたいだ」

 その瞬間、朝哉が固まった。
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