虎と豹とキリン

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心配するキリンと怒る虎

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 晃二はとてつもなく呆れた顔して自分よりも背の高い聡に説教を垂れていた。その後で「悪かったな」と友悠に謝りながら説明してくれた。今、この学校の中で碌でもない薬が出回っているらしい、と。

「え……? 本当ですか? でも俺、そんな話聞いたこと、ない……」

 友悠は唖然としたように晃二を見る。

「そうだな、俺も実際目の当たりにしたわけじゃねえし。噂は噂だと片づけることもできる。でも火のねぇところに煙は立たねぇって言うだろ? 用心に越したことはねぇと思うぞ」
「よ、うじん、ですか? でも俺もだけど、そう……俺の友だちもそんな薬に興味持つとは思えませんが……」

 怪訝に思い友悠が言うと、晃二は「ああ」と首を振ってきた。

「ちげぇよ。薬に手を出す出さないじゃなくてな、その薬やってるもしくは持ってる生徒に襲われないようにしろよ、てことだ」
「……え?」
「もちろんこれも噂だから何とも言えねぇけどさ。その薬使ってぶっとぶ以外に性的なことにも使われてるらしい」
「どう、いう……」
「詳しくは俺もわからねぇけどな。あれじゃねぇか、ぶっとんだせいで性的興奮とかがヤベぇんじゃねぇの? それにそんな奴らなんて存在自体どっか危なさそうじゃね?」

 晃二は呆れたようにため息つく。
 大人がアルコールやタバコを止められないのも一種の依存症と言える。所詮大人でもそんなものだ。子どもが依存性の強いものに手を出せばどうなるかは火を見るより明らかだ。
 薬に手を出すと大抵は止められなくなる。合法ドラッグや脱法ドラッグと呼ばれるものの中ですら違法ドラッグと変わらないほどの薬はあるが、今校内で出回っているのは、噂によると昔合法だったものが違法になったものらしい。
 試験勉強のため、ダイエットのためなどの理由で手を出す者もいるが大抵は気楽な感覚でつい、というパターンが少なくない。あの人が? と思うような相手がなぜか薬に手を出していた場合もある。
 気楽な感覚で始めようが、薬に手を出すと大抵は止められなくなる。
 合法ドラッグ、もしくは脱法ドラッグと言われるものであっても、合法である、安全であるという意味では決してない。むしろ規制されている薬よりも危険な場合すらある。法の手を逃れるため、規制されたドラッグの化学構造を少しだけ変えた物質を含めているだけだったりする。要は一般的な麻薬や覚せい剤と、体への影響が変わらないどころか下手すればさらに危険なモノへ変化しているかもしれない。
 結局そんなものを、無理やりではなく進んで楽しむ者など、どんな理由であれ普通じゃないと晃二は首を振った。
 ふと友悠はこの間やたらしつこく颯一に絡んできた先輩を思い出す。

 まさか……? いやまさか。

 それでもあの先輩は確かにどこか怖かった。

「あの、教えてくれてありがとうございました。俺、友だちにも注意するよう言います」

 友悠は頭を下げると「またな」と笑いかけてくれた晃二に自分も笑いかけた後、踵を返した。もう颯一は帰っているだろうと思いながら教室へ鞄を取りに行く。そして教室を出たところで別のクラスの生徒に声をかけられた。

「お前らが別行動って珍しいな、喧嘩でもした?」

 そんなにいつも一緒と思われているのかと苦笑しながら、友悠は「違うよ」と首を振る。

「あ、そうなん? いや、込谷が知らねえ人に連れられてどっか行ってたっぽいから、あれ? て思っ……」
「知らない人っ? どういうこと? まさかガタイのゴツイ先輩とか……」

 言いかけたところで友悠に腕をつかまれ必死な様子で聞かれ、その生徒は唖然としているようだった。

「あ、いや。そんなだったらヤベえことかなって思うけどさ、何つーか目立たねえ大人しそうなむしろその人の方がヤられそうなタイプだったし……」

 それを聞いて友悠は一応ホッとした。とはいえ、颯一は何も言っていなかったしやはりどうにも気になる。

「どこに向かってた?」
「えーと、あっちの方かな」
「そっか、サンキュー」
「おお」

 友悠はとりあえず確認しておこうと思った。万が一帰っていたのなら全く問題ないわけだし、実際誰かといたとして無害な相手でも問題ない。
 それでも自分の目で確認しておきたかった。ただ、方向がわかったところで広い校舎のどこにいるかなど、やはりわかるわけもない。どうしようかと思いつつ歩いていると、渉に出くわした。

「あ……」
「ん……? おい友人。お前一人か? そうちゃんはどうした? 先に帰ったのか?」

 癪に障ることに、なぜか友悠の気持ちが落ち着く。なぜか妙な安心感が自分の中に広がるのがわかった。

「あの、馬見塚さん。俺、ちょっと先生に用事頼まれていた関係でそうには先に帰るように念押ししたんですが……さっきばったり会った友だちが言うには、そう、誰かに連れられてどこか行ったらしくて……」
「何?」
「最近変な薬流行ってるとか俺聞いたばかりで……それに馬見塚さんがそうの周りあまりうろうろしなくなってから、ちょっかいかけてくるヤツもまた増えてきて何か心配で……! そいつが言うには目立たない大人しそうな相手だったらしいんですが、何か気になるし……でも見つけられなくて……」

 安心したからか、思っていることがとめどなく一気に友悠の口から出ていた。

「落ち着け。いやしかしちょっと待て。目立たない大人しそうなヤツだと……っ?」

 突然、渉は走り出していた。意味わからないまま、つい友悠もそれについて行く。渉が向かった先は二年の、多分渉の教室であろうと思われた。

 一体……?

 友悠が少し息切らせながら思っていると、渉が何やら鞄の中から取り出す。

「それって……」
「そうちゃん、キーホルダーは身につけていたか? 鞄か何かにつけてるのか?」
「え? あ、えっと、チェーンにつけて確かベルトのところに……」
「よし」

 頷くと、取り出した小さな装置みたいなものを渉は弄りだした。

『嫌だ! 嫌だばか! くそ!』

 途端、颯一の声らしい何やら不遜な言葉とガタガタした音が聞こえてくる。

「っち……」

 見た事もないような怖い顔して、渉が舌打ちする。
 その後すぐに何やら知らない悲壮な叫び声が聞こえてきたかと思うと、雑音と共にドアの開く音がした。

「おい、友人。多分そうちゃんはどこかの教室か何かに連れ込まれていたのから逃げた感じがする。場所がわからないが、何とか手分けして探すぞ。お前も持っておけ」

 やはりあのキーホルダーは、とか、まさかの予備まで持っているとは、と突っ込む余裕もない友悠は、ただ無言でコクコク頷く。渉は小さな装置を渡してきたかと思うと、もう走り出していた。友悠も慌てて教室から出ると、とりあえず渉が走っていく方向と逆を向いた。
 渉は薬のこととか何か知っていたのだろうかと、何となく頭に過る。実際盗聴器から漏れ聞く内容で颯一が危険だとわかったが、友悠は自分が不安になっていたことをほぼきちんと説明できていない。だが渉の対応は早かった。

『渉、バカ! 渉バカ……!』

 ふと颯一の声がまた聞こえてきて友悠はハッとなる。その声に少々ろれつの怪しさを感じ、走りながらも体が震えた。まさか例の薬を無理やり飲まされたのだろうか。

 どうか、無事でいて欲しい。
 どうか、間に合って欲しい。

「そう……! 頼む……何か……場所のわかるようなこと言ってくれ……!」

 結局今のところやみくもに走り、探すしかできない。ただとりあえず、盗聴器の先で颯一が逃げていながらも今のところ無事なのだとわかるだけでも多少は違った。

 それでも。

 友悠は先ほどから急に走ったせいで痛む左わき腹と心配のせいで痛む胃よりもなお、気になり心配で堪らない颯一を思いながら、走ることを止めずひたすら探し続けた。
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