虎と豹とキリン

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困るキリン

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 思わず友悠が自分の気持ちを打ち明けてしまった時は勢いだった。そして打ち明けた友悠に対して青くなって怯えた様子を見せてきた颯一に、友悠は打ち明けてしまったことを心から後悔した。
 颯一が部屋を出て行ってしまった後も暫くは動くことすらできなかった。茫然として心臓が痛くて、でも頭の中は真っ白なのではなくてひたすら「どうしよう」「なぜ」「どうすれば」などと実りのないことばかりグルグルと回っていた。
 だがそうやって茫然としている友悠の元に、颯一は戻ってきてくれた。息せき切ってしばらくはハァハァと碌に話せない様子に、友悠は打ち明けてしまって後悔していたことも忘れて「だ、大丈夫か」と心配した。
 颯一はやはり友悠が好きだと思った颯一だった。

「俺、ごめん。ともに酷いことしちゃった? ごめん。俺、とものこと、友だちとしか思えない。でも好き。とものこと好きだから嫌だ、俺から離れようって思われるのが嫌で、怖かっ……」

 出てくるまとまらない言葉を必死になって言ってくる颯一が、やはり友悠にとってとてもかわいくて、そして切なくて鼻の奥がツンと痛んだ。それでも友悠は嬉しいとも思えた。
 今まで「親友だ」などと言っていたくせに邪な気持ちを抱いた。そんな自分をまだちゃんと友だちとして好きだと言ってくれることは、切ないながらも本当に嬉しかった。
 初めから無理だろうと諦めているような恋だ。万が一成就しても男同士の恋人として、友悠は颯一を幸せにできる自信はなかった。元々ノンケというだけでなく、傍にあり得ないほど自信を備えている相手がいて、日々それを目の当たりにしているだけに余計だ。
 渉には敵わないという思いを持ったまま「颯一が大切で好きだから絶対幸せにできる」と宣言できるとは思えなかった。
 もしかすれば心の持ちようでは、言えるのかもしれない。もしかしたら。

「好きで大事だと思う気持ちは負けない。だからそうには幸せでいてもらいたい」

 そんな宣言なら今でもできる。だからこそ、友悠はやはり「親友」でいたいのかもしれない。この先もずっとある意味傍にいられる位置として。
 友悠はまだ未熟だ。高校生になって大人になったつもりでいたけれども、やはりまだまだ自分は子どもなのだろうと思う。
 颯一へのこの思いや考えも今後変わるかもしれないし変わらないかもしれない。今は自覚したばかりで颯一のこばかり考えてしまうし、この気持ちが色あせるとも思えない。だが前に付き合っていた女の子のことも、友悠はちゃんと好きだったはずだ。なのに気持ちは変わった。
 どうしても恋しく思い、やはり気持ちを実らせたいと考えるかもしれない。もしくはいつの間にかそういう思いは薄れ、他に好きな人ができるかもしれない。
 それでもわかることは、颯一を友だちとして好きな気持ちは変わらないだろうということ。
 だから今はこれでいい。

「……お前のこと好きだというのは嘘じゃない。でもずっと友だちでいたいというのも本当なんだ。……俺と、これからも友だちでいてくれる……?」
「当たり前だろ! 俺こそ……その、き、気持ちには答えらんねぇし……色々わかってなくて……ともに嫌な思いさせてるかもだけど……このまま友だちでいてくれんの……?」

 お互いようやく笑えた。

「なるべく色々気、つけるようにする。でも友だちだから気は使わない。ともも、だから遠慮しないで何でも言ってくれよ。もしかしたらつい『無理』とか『キモい』とか言っちゃうことあるかもだけど……でも俺こんな性格だからその……」

 颯一は何と言えばいいかわからないように、困った表情を浮かべながら言い淀んでいた。

「うん。ありがとう。俺もそうしてくれると助かるし嬉しいよ、そう。じゃあ早速だけど、部屋着もちゃんとズボン、履いてくれ」
「ぅ……。わ、わかった……」

 それ以来颯一は部屋の中でもズボンを履いてくれている。

「あちぃ……」

 ただ本当に暑いようでグダグダとダレている。

「何で本当にそんなに暑がりなんだろうね」
「何でほんとにそんなに暑がらねえんだろね」
「いや、俺もちゃんと暑いよ、普通に……」
「俺だって普通だよ!」
「……。あれだよ、そうは子ども体温なんじゃない? 子どもってさ、暑がりな感じするよね」
「っ俺子どもじゃねぇし!」

 しかしそういう何気ない会話ですら、今の友悠には嬉しい半面堪らなくもなる。ムキになる颯一の様子や表情がかわいくて堪らないと思ってしまう。今のところ、やはり重症なのかもしれない。

「込谷って暑がりなんか。へぇー」

 クラスメイトが教室で笑いながらからかい、颯一を抱きしめるようにひっつく。
 そういうシーンを、ただの友だちなら同じようにからかったりしながら笑って見ているかもしれないが、重症かもしれない友悠は笑えない。
 おまけに前に颯一が「俺染まり過ぎてる」などと危惧したように言っていたことが、あながち間違いでもなくなっているからなおさらだ。最初の頃の颯一なら冗談で抱きつかれたとしても男子校の恐ろしさを知ったせいでの過剰反応か、必死になって離れるか暴力に訴えていたはずだ。だが今の颯一は「だから暑ぃって言ってんだろ!」とただ暑いのが嫌なだけの様子。

「暑がってるだろ、全く。そうは部屋でも本当に暑いって煩いんだから、せめて少しでも涼ませてやって」

 何でもないような風に言いながらも、友悠はクラスメイトの腕の中から颯一を引き離す。引き離したついでに勢いでとばかりにさりげなく背後から抱きしめる。そしてドキドキしながらも、それがクラスメイトにも颯一にもバレない内に、そのまま颯一を教室にあるエアコンの風がよく当たる場所に押しやるのだ。

「ほんと暑がりなんだな。そして藤田お前保護者かよ」
「そう相手だと保護者にも成らざるを得ないだろ」
「ま、言えてるわな」

 友だちが笑う。友悠も笑う。そっと「色々バレなくてよかった」と思いつつ。
 笑いながら颯一を見ると、気が緩んだのかとんでもないことにシャツを豪快に開けて涼しい風を体に取り込んでいたりするのだ。

「っちょ、そ、そう! 何て恰好してるんだよ……!」

 慌てた友悠の声を聞いて、颯一はようやくハッとなる。そして困ったように顔を赤らめると大人しくシャツの前をしめるのだ。

「……何ていうか最近の込谷って前よりかわいくなったような……」

 颯一の様子を見ていたクラスメイトがそう呟いたりするのを耳にして、ただでさえ颯一のやることに呆れている友悠は微妙な気持ちになったりする。颯一が暴言や暴力なしに大人しく、しかも顔を赤らめながら言うこと聞くのは友悠をある意味意識しているからだろう。それは友悠にとっていい意味での意識でも何でもない。友だちとして大切に思ってくれているからこそ大人しく言うこと聞いてくれるのもあるが、友悠にそういう意味で好かれているのに変に煽るようなところを多分もしかして見せてしまったのだなまずい、といった焦りもあるのだろう。
 そういった友悠にとってあまり嬉しくない意識のせいで、周りの颯一を見る目がダメな方向になってしまうなら、友悠としては微妙な気持ちにならざるを得ない。
 とはいえ確かにかわいい、などと考えが逸れる辺りもやはり今のところ重症なのだろうなと友悠はため息ついた。
 本人に気持ちを伝えたと晃二に報告すると「そうか……お疲れ様」と言ってもらえた。今のところそれが颯一を見る以外では一番の癒し経験かもしれない。

「そうちゃん、ほんと何て恰好していたんだ。そうちゃんの大事な体を有象無象に見せるなんて全く。この俺ですら小さい頃以来見ていないと言うのに!」

 そして今はさらに違うため息が出る。

「……っいきなりやって来て何言ってんだキモい! こっち来んな……っ」

 相変わらず唐突に現れる渉に、颯一がドン引きしている。友悠はまた胃を抑える。
 前まではあらぬ疑いをかけられ無茶苦茶言ってくる渉に対して胃を痛めていたのだが、今は違う。あらぬ疑いどころかどんぴしゃ過ぎて預言者かと突っ込みたくなる勢いの渉に、さらに色々な思いがバレていそうなのが怖い。すべてを見透かされていそうなのが怖い。颯一の目の前で変なこと言われそうなのが怖い。
 仲直りした後に颯一が「あいつまだ盗聴器しかけてやがったんだ」と憤慨していた。そして渉を問い詰めて二つ目の盗聴器を外したばかりではあるが、友悠はまだ仕込んでいるのではと思っていた。だから部屋の中でも言動に気をつけてはいる。颯一に対して嫌な思いをさせないようにと気をつけている以上に、敏感な渉に聞かれていることを想定して日々行動している。
 そのおかげで自制もできるので、ある意味いいのかもしれない。だがやはり落ち着けたものではない。
 そして気をつけてはいても、この自分のよからぬ思いや妄想までもを見透かされていそうで堪らなく胃が痛むのだ。
 ただ、最近は渉が颯一に絡みに来るのが減ったような気もしないでもなかった。

「……友人貴様! 今そうちゃんの裸見ただろう! そしてあらぬこと妄想しただろう! まさか夜のお供にするつもりじゃないだろうな……!」

 ……減っていようがいまいがどうでもよかったな。

「……っほんとやめてください……!」

 渉にだけではなく、何となく友悠にまで引いたような目線を送ってきた颯一に気づき、友悠は痛む胃を押さえつつ、泣きそうな思いで渉に抗議するしかなかった。
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