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対応する虎
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部屋へ帰って行く颯一を見た後、渉は意識を寮長の白根へ戻した。
「そうちゃんはまあ俺の嫁ではありますが、残念ながら中々俺に落ちてはくれないです」
「あれ? そうなのか。ほら、あの子最初の頃本当に君を全否定して逃げてただろ。なのに君にさ、額にキスされても普通だったからてっきり」
「今でもたまに逃げられますよ。でも……俺に慣れてくれるのはありがたいですが、ここの空気に慣れてもらうのはありがたくないですね」
「ははは。嫁というかそういうところは保護者みたいだな」
楽しげに笑った後、だがすぐに白根は真顔になった。
「とりあえず後で部屋においで」
ぼそりと呟いた後でまたニッコリ笑う。そして「じゃあ」と手を振って歩いて行った。渉もニッコリしてから一旦部屋へ戻った。
この学校は基本的にはのんびりした生徒が多い。おおらかで明るいタイプだ。しかし中には碌でもない生徒もいる。
家自体がとある団体である生徒もいるが、そういった生徒はむしろ普通に生活している。ただのチンピラが成功するはずない世界だろうし、その辺の配慮くらいはできて当然なのだろう。
やっかいなのは、そこそこ権力のある家の生徒だ。特別扱いがない方針であるこの学校に来ている限り、親は多分話のわからない人々ではないと思われるが、運悪く子どもは碌な性格じゃないパターンだ。そういう生徒は多分どこの学校にもいるのだろうが、ここはなまじ金持ちだけにやっかいだった。
「……何でも手に入るからな」
渉はボソリと呟く。昔に比べるとマシにはなっているらしいが、未だに校内での性暴力もなくならない。同性だけに、罪悪感が薄いのだろうか。いや、薄いというよりそういう暴力を振るうタイプは罪悪感などそもそも持ち合わせていないのかもしれない。
その上最近さらに碌でもない噂もあるせいで、と渉はため息ついた。颯一からは基本「変態」としか思われていない渉だが、これでも一応理事長の息子として学校や寮での悪行は見過ごせない。とはいえ、渉自身も颯一の部屋に盗聴器をしかけてはいるが。
「あれは愛故にだ」
「何が愛故になんだ」
知らない内に声が出ていたようで、すでに部屋にいた同居人が怪訝そうに聞いてきた。
「嫁の部屋に仕掛けている盗聴器のことだな」
「……お前……いくら何でもそれ犯罪だろうが!」
「仕方ないだろう。俺の大事なそうちゃんが友人に襲われでもしてみろ! そんな目に合わすくらいなら、俺はこれくらいの悪になら手を染める」
「堂々と言うなよ! それに俺を巻き込むなよ? 今も聞かなかったことにしておく。俺は、聞いてない、知らない。ていうか格好よさげな風に言っても、お前のその発想が世の中から犯罪がなくならない原因の一つなんだからな。全く。そうちゃんて子、大変だな」
同居人は心底ドン引きしたように言う。
「お前、いいこと言うな?」
「そう思うなら盗聴器壊してこい」
「む。それは中々……今一番危うい状態だからな」
渉は制服を脱ぎながら呟いた。あれほど牽制したにも関わらず、颯一の友人兼同居人は今、とてつもなく颯一を意識している。渉には必死で隠そうとしている友悠の気持ちなどバレバレだった。
ただ、今のところ意識するようになったばかりのせいか、颯一の言動がいちいち心配らしい様子もうかがえるため、渉はあえて何も言っていない。むしろ「もっと注意しておいてくれ」と思うくらいだ。
ここの空気に慣れて欲しいとは思わないが、男同士ということに怯えてあり得ないと思っているわりに颯一は注意や認識がまだまだ甘い。無自覚で無防備な様子は火に油だと言うのにと、渉は常々思っている。
この間も「何でここってプールの授業がないんだよ」などと怒っていた。そういう気がない男にとっては当然男の体など何とも思わないものだろう。
颯一の華奢で、それでも運動を日々しているから辛うじてついている薄い筋肉。その男であるにも関わらず、どこか未発達な危うさすら感じられる体にその気になる男がいるなどと理解できないのだろうとは思う。
だがここに在籍する生徒たちは遅かれ早かれそれらを理解し認識する。そしてそういう対象として見られやすい生徒はきちんとそれなりに危機感を持って過ごしている。
颯一もそれなりには認識してはいるようだが、どうにも理解が足りない。
友悠が自覚してくれたことにより、これからは心配だからと色々注意してくれそうな気はする。だがまじめで友人思いの性格と言えども「性少年」でもある。いつ何時気持ちが爆発するかなど誰にもわからない。
「とりあえず今しばらくは外せないな」
「俺に宣言するな」
同居人がツッコミを入れた後「帰ってきたとこなのに、またどこか行くのか?」と聞いてきた。制服から私服に着替え終えた渉は「ああ」と頷く。
「ちょっとな。鍵持ってくから自由にしててくれていい」
「了解」
各自の部屋には鍵がついているとはいえ「部屋」という感覚が強いため少し部屋を出る場合、つい鍵を持ち歩かない生徒もいる。そして相方が用事か何かで出ていったり寝てしまったりで締め出しをくらう輩もたまにいる。
渉は部屋を出た後ぶらぶらと歩いた。寮の入り口で穏やかに寮長と談話し、一旦部屋に戻って着替えつつ同居人と話していたため、今の時間は一番寮でうろうろする生徒が少ない時間になっていた。丁度学校から帰ってきて部屋で寛いでいるか、談話室や食堂で寛いでいる生徒が大半だと思われる。もうしばらくしたらまた夕食を食べようと移動する生徒が増えるだろう。
それでも一応周りをそっと窺いつつ、渉は寮の隅にある寮長室へ向かった。
「いらっしゃい、待ってたよ」
ドアをノックした後、白根がドアを開けてくれたので渉は中へスッと入っていった。
数日後、珍しく颯一が渉の部屋を訪れてきた。とても殺気立ちながら。
「そうちゃんじゃないか、どうしたんだ? ついでに……友人も」
渉は理由を知りながらもにこやかに部屋へ入れる。
「どうしたもこうしたもねえんだよ! 何だよこれ! ふざけんな! お前ほんっともう……何考えてんだよ!」
颯一は怒り心頭でジタバタと暴れ、友悠が「そう……落ち着け!」と必死になって押さえている。
「何がだ」
やはり理由をわかっていながらも渉は平然と聞く。すると颯一が小さな盗聴器を渉に投げつけてきた。見つかったのはリアルタイムで盗聴していたため、渉は知っている。
「これだよ! お前ほんと……変態極まりない、ってゆーか犯罪だろうが!」
「そうちゃんが心配だからな、仕方ないだろう」
「仕方なくねえんだよ! ざけんな! ああああもう、何でこいつが俺の幼馴染なんだ。ああもう! ほんと死ねよ! くそ!」
必死になって怒っている颯一がまたかわいらしいと渉はしみじみ思う。さすがに黙っていたが。
「ほんともういい加減にしろよ! ったく。帰る!」
一通り罵倒したらスッキリしたのか、颯一はあっけなく帰っていった。胃を押さえながら渉を微妙な目で見つつ必死に颯一を宥めていた友悠も同じように後へ続く。渉が「友人」と声をかけるとだがとてつもなく嫌そうな表情で振り向いてきた。
「俺が貴様に何も言わないのは貴様がそうちゃんを守ろうとしてくれているのも知ってるからだ。それだけだからな」
渉が言った言葉の意味がわかったのか、友悠は青い顔になり何も言わず部屋を出ていった。
「ていうかバレてんじゃん。……にしてもそうちゃんって子、かなり怒ってたわりに引きいいな」
「いい子だろ。後に残らない明るい子だからな」
「お前みたいなのに惚れられて、そうちゃんて子、なんかますますかわいそうになってくるわ」
同居人が微妙な顔をして渉を見てくる。
「まあこれで俺の同居人が犯罪者でなくなってよかったよ」
「……ふ。甘いな。盗聴器はまだまだ仕掛けてある」
「……お前……ほんとなんつーか……」
同居人がとてつもなくどうしようもない目で渉を見てきたが、渉はただニッコリ「ありがとう」と答える。
「違えよ、褒めてねぇよ何だその礼……!」
「そうちゃんはまあ俺の嫁ではありますが、残念ながら中々俺に落ちてはくれないです」
「あれ? そうなのか。ほら、あの子最初の頃本当に君を全否定して逃げてただろ。なのに君にさ、額にキスされても普通だったからてっきり」
「今でもたまに逃げられますよ。でも……俺に慣れてくれるのはありがたいですが、ここの空気に慣れてもらうのはありがたくないですね」
「ははは。嫁というかそういうところは保護者みたいだな」
楽しげに笑った後、だがすぐに白根は真顔になった。
「とりあえず後で部屋においで」
ぼそりと呟いた後でまたニッコリ笑う。そして「じゃあ」と手を振って歩いて行った。渉もニッコリしてから一旦部屋へ戻った。
この学校は基本的にはのんびりした生徒が多い。おおらかで明るいタイプだ。しかし中には碌でもない生徒もいる。
家自体がとある団体である生徒もいるが、そういった生徒はむしろ普通に生活している。ただのチンピラが成功するはずない世界だろうし、その辺の配慮くらいはできて当然なのだろう。
やっかいなのは、そこそこ権力のある家の生徒だ。特別扱いがない方針であるこの学校に来ている限り、親は多分話のわからない人々ではないと思われるが、運悪く子どもは碌な性格じゃないパターンだ。そういう生徒は多分どこの学校にもいるのだろうが、ここはなまじ金持ちだけにやっかいだった。
「……何でも手に入るからな」
渉はボソリと呟く。昔に比べるとマシにはなっているらしいが、未だに校内での性暴力もなくならない。同性だけに、罪悪感が薄いのだろうか。いや、薄いというよりそういう暴力を振るうタイプは罪悪感などそもそも持ち合わせていないのかもしれない。
その上最近さらに碌でもない噂もあるせいで、と渉はため息ついた。颯一からは基本「変態」としか思われていない渉だが、これでも一応理事長の息子として学校や寮での悪行は見過ごせない。とはいえ、渉自身も颯一の部屋に盗聴器をしかけてはいるが。
「あれは愛故にだ」
「何が愛故になんだ」
知らない内に声が出ていたようで、すでに部屋にいた同居人が怪訝そうに聞いてきた。
「嫁の部屋に仕掛けている盗聴器のことだな」
「……お前……いくら何でもそれ犯罪だろうが!」
「仕方ないだろう。俺の大事なそうちゃんが友人に襲われでもしてみろ! そんな目に合わすくらいなら、俺はこれくらいの悪になら手を染める」
「堂々と言うなよ! それに俺を巻き込むなよ? 今も聞かなかったことにしておく。俺は、聞いてない、知らない。ていうか格好よさげな風に言っても、お前のその発想が世の中から犯罪がなくならない原因の一つなんだからな。全く。そうちゃんて子、大変だな」
同居人は心底ドン引きしたように言う。
「お前、いいこと言うな?」
「そう思うなら盗聴器壊してこい」
「む。それは中々……今一番危うい状態だからな」
渉は制服を脱ぎながら呟いた。あれほど牽制したにも関わらず、颯一の友人兼同居人は今、とてつもなく颯一を意識している。渉には必死で隠そうとしている友悠の気持ちなどバレバレだった。
ただ、今のところ意識するようになったばかりのせいか、颯一の言動がいちいち心配らしい様子もうかがえるため、渉はあえて何も言っていない。むしろ「もっと注意しておいてくれ」と思うくらいだ。
ここの空気に慣れて欲しいとは思わないが、男同士ということに怯えてあり得ないと思っているわりに颯一は注意や認識がまだまだ甘い。無自覚で無防備な様子は火に油だと言うのにと、渉は常々思っている。
この間も「何でここってプールの授業がないんだよ」などと怒っていた。そういう気がない男にとっては当然男の体など何とも思わないものだろう。
颯一の華奢で、それでも運動を日々しているから辛うじてついている薄い筋肉。その男であるにも関わらず、どこか未発達な危うさすら感じられる体にその気になる男がいるなどと理解できないのだろうとは思う。
だがここに在籍する生徒たちは遅かれ早かれそれらを理解し認識する。そしてそういう対象として見られやすい生徒はきちんとそれなりに危機感を持って過ごしている。
颯一もそれなりには認識してはいるようだが、どうにも理解が足りない。
友悠が自覚してくれたことにより、これからは心配だからと色々注意してくれそうな気はする。だがまじめで友人思いの性格と言えども「性少年」でもある。いつ何時気持ちが爆発するかなど誰にもわからない。
「とりあえず今しばらくは外せないな」
「俺に宣言するな」
同居人がツッコミを入れた後「帰ってきたとこなのに、またどこか行くのか?」と聞いてきた。制服から私服に着替え終えた渉は「ああ」と頷く。
「ちょっとな。鍵持ってくから自由にしててくれていい」
「了解」
各自の部屋には鍵がついているとはいえ「部屋」という感覚が強いため少し部屋を出る場合、つい鍵を持ち歩かない生徒もいる。そして相方が用事か何かで出ていったり寝てしまったりで締め出しをくらう輩もたまにいる。
渉は部屋を出た後ぶらぶらと歩いた。寮の入り口で穏やかに寮長と談話し、一旦部屋に戻って着替えつつ同居人と話していたため、今の時間は一番寮でうろうろする生徒が少ない時間になっていた。丁度学校から帰ってきて部屋で寛いでいるか、談話室や食堂で寛いでいる生徒が大半だと思われる。もうしばらくしたらまた夕食を食べようと移動する生徒が増えるだろう。
それでも一応周りをそっと窺いつつ、渉は寮の隅にある寮長室へ向かった。
「いらっしゃい、待ってたよ」
ドアをノックした後、白根がドアを開けてくれたので渉は中へスッと入っていった。
数日後、珍しく颯一が渉の部屋を訪れてきた。とても殺気立ちながら。
「そうちゃんじゃないか、どうしたんだ? ついでに……友人も」
渉は理由を知りながらもにこやかに部屋へ入れる。
「どうしたもこうしたもねえんだよ! 何だよこれ! ふざけんな! お前ほんっともう……何考えてんだよ!」
颯一は怒り心頭でジタバタと暴れ、友悠が「そう……落ち着け!」と必死になって押さえている。
「何がだ」
やはり理由をわかっていながらも渉は平然と聞く。すると颯一が小さな盗聴器を渉に投げつけてきた。見つかったのはリアルタイムで盗聴していたため、渉は知っている。
「これだよ! お前ほんと……変態極まりない、ってゆーか犯罪だろうが!」
「そうちゃんが心配だからな、仕方ないだろう」
「仕方なくねえんだよ! ざけんな! ああああもう、何でこいつが俺の幼馴染なんだ。ああもう! ほんと死ねよ! くそ!」
必死になって怒っている颯一がまたかわいらしいと渉はしみじみ思う。さすがに黙っていたが。
「ほんともういい加減にしろよ! ったく。帰る!」
一通り罵倒したらスッキリしたのか、颯一はあっけなく帰っていった。胃を押さえながら渉を微妙な目で見つつ必死に颯一を宥めていた友悠も同じように後へ続く。渉が「友人」と声をかけるとだがとてつもなく嫌そうな表情で振り向いてきた。
「俺が貴様に何も言わないのは貴様がそうちゃんを守ろうとしてくれているのも知ってるからだ。それだけだからな」
渉が言った言葉の意味がわかったのか、友悠は青い顔になり何も言わず部屋を出ていった。
「ていうかバレてんじゃん。……にしてもそうちゃんって子、かなり怒ってたわりに引きいいな」
「いい子だろ。後に残らない明るい子だからな」
「お前みたいなのに惚れられて、そうちゃんて子、なんかますますかわいそうになってくるわ」
同居人が微妙な顔をして渉を見てくる。
「まあこれで俺の同居人が犯罪者でなくなってよかったよ」
「……ふ。甘いな。盗聴器はまだまだ仕掛けてある」
「……お前……ほんとなんつーか……」
同居人がとてつもなくどうしようもない目で渉を見てきたが、渉はただニッコリ「ありがとう」と答える。
「違えよ、褒めてねぇよ何だその礼……!」
応援ありがとうございます!
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