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キリンの気持ち
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友悠は胃が痛くなった。目の前にいるのは理事長の息子。
いや、理事長の息子と言えども、よくあるような身分を笠に着るようなタイプでないのは幸いだとは思う。自分たちと同じ寮生活をしており、普段も特に差別化を図るようなこともしないし、その辺は至ってまともで普通の人だ。
何人かの生徒と付き合っていたことがあり、そっちもいける人というのは知っている。だからといってこれまたよくあるように相手に無理強いをすることもないようだ。
理事長の息子云々関係なく、見目がよく背も高く、そして勉強もできるためモテているが、それを得意がるわけでもない。
通常なら全くもって友悠の胃が痛くなる要素などない。だが。
友悠はため息をそっとついた。
同じ学年ではないから、モテている理事長の息子が少々アレな人だということは知らなかった。それなりに有名な人をほぼどんな人か知らなかったのは、友悠が同じ寮にいたとはいえ今まで中等部だったからというのもある。
よって新しく友だちになったルームメイトの幼馴染だとも知らなかったし、まさかその颯一を好きであるとも知るはずもない。
「そいつマジおかしいんだよ! とも、助けて」
そして至ってノンケである颯一がそういったアプローチに本気で怖じ気づき、思わず友悠の後ろに隠れてくるのはわからないでもないが、まさか矢面に立つことになるなんて、思いもよらなくてもおかしくないと友悠はソッと思った。
「あ、あの、馬見塚さん。ほ、ほら、そうが怖がってます、し……」
「え、ていうか俺とそうちゃんの仲を裂こうとしてるなんて、お前、敵か」
「……っ?」
なぜ、そうなる。
「まさか俺のそうちゃんが好きとかじゃないだろうな? お前そうちゃんと同じ部屋なんだろ? っまさか夜な夜な既に変なこと……?」
なぜ、そうなる……!
「いや! 俺そんな趣味ないし……! ゲイ違う……! 巻き込まないで……」
「そんな嘘、真に受けるほど俺は馬鹿じゃないぞ」
すると友悠の後ろに隠れていた颯一が「間違いなく馬鹿だろ!」と呆れている。
「そうちゃん! 酷いな、昔はあんなに俺に懐いてくっついてきてたじゃないか。風呂だって一緒に入って洗いっことかしたじゃないか」
とてつもなく冷たい視線を浴びながら、理事長の息子である渉はショックを受けたような表情を浮かべつつ、さらなる爆弾を投げてくる。
「……お前……っ、まさかあんな小さい頃からろくでもないこと考えてたんじゃないだろうな? 答えによっちゃ、お前に対する俺の見解はもっとどん底にまで落ちるからな!」
颯一は青くなりながらますます友悠の背後にギュっと隠れ、言い放つ。
「そんな、そうちゃん! いくら何でも俺だって小さい頃は純粋にそうちゃんが好きだっただけだ。ていうか友人テメェ何、俺のそうちゃんにくっついてんだよ死ね」
その爆弾による被弾は間違いなく部外者であろう友悠が浴びているような気、しかしない。
「好きに純粋も不純もあるか馬鹿! 今すぐ考えを改めろ、今すぐ! 俺は男、ムリ! それに、ともにそんな口利くな! 俺の大事な友だちなんだからな。つーか俺のって何だよ誰が俺のだよ……もう、お前が死ねよもう!」
こういったやり取りは颯一が入室してきてから、わりと頻繁に起こっている。当初、見慣れない颯一にちょっかいをかけようとしていた他の輩は、とうの昔に渉が排除している。
高校からというのが珍しい上に、颯一は一見普通っぽかったがよく見ればかわいらしい顔をしていた。背も普通だが、少々華奢なところがまたそういった輩の目に留まりやすかったのかもしれない。学校が始まるまでの暫くで、既に颯一は何度かそういったお方たちに迫られるという恐怖を味わったようだ。自分もそっちの気があるなら、多分喜んで受けるなり、断るにしても対処に慣れてはいるだろう。だが今までずっと共学で過ごしてきたまさに一般人の颯一は、ちょくちょく友悠に助けを求めてきたり泣きついたりしてきていた。
友悠が助けられる状態ならもちろんそうしてきた。だがあまりそういった場面には出くわしていなかった。
それはタイミングがどうとか怖気づいたとかそういう意味でなく、渉がどこからともなく嗅ぎつけてきて速攻でそういった輩を排除していくからだった。
颯一に対しては優しい人、いやもういっそ忠実そうでいて色々間違っている犬にも見えかねないが、渉は本来かなり男前であり、そして腕っ節も相当強いというのはわりと有名だったようだ。おかげで渉に歯向かってでも、とまで思う輩はいなかったと思われる。
気づけばある意味渉が颯一に対して相当アレであり毎回何やら、やらかしているという光景は当たり前のようになっていた。そういった渉を罵倒したり殴ったり平気でするわりに本気で怯え、友悠を頼って隠れたり逃げたりしている颯一のことも。そしてそれらの矢面に立たされ毎回何となく不憫な位置にいて胃を痛めている友悠のこともだ。
「お前、何つーか、不憫だよな」
ある時、ふと別の友だちがポンと友悠の肩をたたきながら言ってきた。
「……同情してくれるなら、立ち位置変わってくれ」
「無理」
もちろん友悠は颯一が友だちとして好きだ。明るいしハキハキしているし、何よりこちらを色々頼ってくれるのはかわいらしいと思えるし嬉しい。
だがあくまでも友だちとして好きなのであり、変なことなどむしろ望んでいない。
「おい友人! お前絶対そうちゃんに何かしようと思ってるだろ。絶対許さんからな。ちょっとでも何かしてみろ、ぶっ殺す」
「馬鹿野郎! ともがそんなの考える訳ないだろうが。お前だよこの変態野郎! お前こそちょっとでも俺に妙なことしてみろ、マジ殺すからな……!」
今日も朝から絶好調だ。
「……ほんと何で……」
友悠は微妙な表情を浮かべながら遠い目になり、痛む胃をそっと抑えていた。
いや、理事長の息子と言えども、よくあるような身分を笠に着るようなタイプでないのは幸いだとは思う。自分たちと同じ寮生活をしており、普段も特に差別化を図るようなこともしないし、その辺は至ってまともで普通の人だ。
何人かの生徒と付き合っていたことがあり、そっちもいける人というのは知っている。だからといってこれまたよくあるように相手に無理強いをすることもないようだ。
理事長の息子云々関係なく、見目がよく背も高く、そして勉強もできるためモテているが、それを得意がるわけでもない。
通常なら全くもって友悠の胃が痛くなる要素などない。だが。
友悠はため息をそっとついた。
同じ学年ではないから、モテている理事長の息子が少々アレな人だということは知らなかった。それなりに有名な人をほぼどんな人か知らなかったのは、友悠が同じ寮にいたとはいえ今まで中等部だったからというのもある。
よって新しく友だちになったルームメイトの幼馴染だとも知らなかったし、まさかその颯一を好きであるとも知るはずもない。
「そいつマジおかしいんだよ! とも、助けて」
そして至ってノンケである颯一がそういったアプローチに本気で怖じ気づき、思わず友悠の後ろに隠れてくるのはわからないでもないが、まさか矢面に立つことになるなんて、思いもよらなくてもおかしくないと友悠はソッと思った。
「あ、あの、馬見塚さん。ほ、ほら、そうが怖がってます、し……」
「え、ていうか俺とそうちゃんの仲を裂こうとしてるなんて、お前、敵か」
「……っ?」
なぜ、そうなる。
「まさか俺のそうちゃんが好きとかじゃないだろうな? お前そうちゃんと同じ部屋なんだろ? っまさか夜な夜な既に変なこと……?」
なぜ、そうなる……!
「いや! 俺そんな趣味ないし……! ゲイ違う……! 巻き込まないで……」
「そんな嘘、真に受けるほど俺は馬鹿じゃないぞ」
すると友悠の後ろに隠れていた颯一が「間違いなく馬鹿だろ!」と呆れている。
「そうちゃん! 酷いな、昔はあんなに俺に懐いてくっついてきてたじゃないか。風呂だって一緒に入って洗いっことかしたじゃないか」
とてつもなく冷たい視線を浴びながら、理事長の息子である渉はショックを受けたような表情を浮かべつつ、さらなる爆弾を投げてくる。
「……お前……っ、まさかあんな小さい頃からろくでもないこと考えてたんじゃないだろうな? 答えによっちゃ、お前に対する俺の見解はもっとどん底にまで落ちるからな!」
颯一は青くなりながらますます友悠の背後にギュっと隠れ、言い放つ。
「そんな、そうちゃん! いくら何でも俺だって小さい頃は純粋にそうちゃんが好きだっただけだ。ていうか友人テメェ何、俺のそうちゃんにくっついてんだよ死ね」
その爆弾による被弾は間違いなく部外者であろう友悠が浴びているような気、しかしない。
「好きに純粋も不純もあるか馬鹿! 今すぐ考えを改めろ、今すぐ! 俺は男、ムリ! それに、ともにそんな口利くな! 俺の大事な友だちなんだからな。つーか俺のって何だよ誰が俺のだよ……もう、お前が死ねよもう!」
こういったやり取りは颯一が入室してきてから、わりと頻繁に起こっている。当初、見慣れない颯一にちょっかいをかけようとしていた他の輩は、とうの昔に渉が排除している。
高校からというのが珍しい上に、颯一は一見普通っぽかったがよく見ればかわいらしい顔をしていた。背も普通だが、少々華奢なところがまたそういった輩の目に留まりやすかったのかもしれない。学校が始まるまでの暫くで、既に颯一は何度かそういったお方たちに迫られるという恐怖を味わったようだ。自分もそっちの気があるなら、多分喜んで受けるなり、断るにしても対処に慣れてはいるだろう。だが今までずっと共学で過ごしてきたまさに一般人の颯一は、ちょくちょく友悠に助けを求めてきたり泣きついたりしてきていた。
友悠が助けられる状態ならもちろんそうしてきた。だがあまりそういった場面には出くわしていなかった。
それはタイミングがどうとか怖気づいたとかそういう意味でなく、渉がどこからともなく嗅ぎつけてきて速攻でそういった輩を排除していくからだった。
颯一に対しては優しい人、いやもういっそ忠実そうでいて色々間違っている犬にも見えかねないが、渉は本来かなり男前であり、そして腕っ節も相当強いというのはわりと有名だったようだ。おかげで渉に歯向かってでも、とまで思う輩はいなかったと思われる。
気づけばある意味渉が颯一に対して相当アレであり毎回何やら、やらかしているという光景は当たり前のようになっていた。そういった渉を罵倒したり殴ったり平気でするわりに本気で怯え、友悠を頼って隠れたり逃げたりしている颯一のことも。そしてそれらの矢面に立たされ毎回何となく不憫な位置にいて胃を痛めている友悠のこともだ。
「お前、何つーか、不憫だよな」
ある時、ふと別の友だちがポンと友悠の肩をたたきながら言ってきた。
「……同情してくれるなら、立ち位置変わってくれ」
「無理」
もちろん友悠は颯一が友だちとして好きだ。明るいしハキハキしているし、何よりこちらを色々頼ってくれるのはかわいらしいと思えるし嬉しい。
だがあくまでも友だちとして好きなのであり、変なことなどむしろ望んでいない。
「おい友人! お前絶対そうちゃんに何かしようと思ってるだろ。絶対許さんからな。ちょっとでも何かしてみろ、ぶっ殺す」
「馬鹿野郎! ともがそんなの考える訳ないだろうが。お前だよこの変態野郎! お前こそちょっとでも俺に妙なことしてみろ、マジ殺すからな……!」
今日も朝から絶好調だ。
「……ほんと何で……」
友悠は微妙な表情を浮かべながら遠い目になり、痛む胃をそっと抑えていた。
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