君の風を

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11話

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 気づけば好きだった。
 思春期と言われる年齢になる前から当たり前のように好きだったのもあり、同性だとか幼馴染みの友人だとか、ありがちで深刻になりがちな悩みは抱えることもなかった。
 それもあり、七瀬は小学生から中学生となっても特に暗い悩みもなく、大好きな瑠衣といつも一緒で毎日が楽しかった。
 ただ、中学生になってしばらくするとだんだんその好きに肉体的な欲求も加わってきた。おまけに同じく小学生の頃から仲よかったはずの大胡と瑠衣が親しくしているところを見ると悲しくなったりイライラしたりとどこか不安定な気持ちになる。
 悩んだ挙句、告白した。本当に大好きで、このままじゃいられないと決死の覚悟にも近かった。瑠衣の性格も見た目も声も表情も仕草も何もかも大好きだった。

「冗談だろ?」

 驚いたのだろう。思いもよらなかったのだろう。それは中学生だった七瀬にもわかる。だがいつも優しげで温かい表情を浮かべている瑠衣が何とも言えない表情で、しかも強い口調で言ってきた。
 ああ、本気で嫌悪されたのだなと七瀬は一気に絶望のどん底に陥った。大好きな瑠衣のそばにこれ以上いることすら耐え難く、逃げるようにその場から走り去った。
 その日は帰ってからずっと自室にこもっていた。だが翌朝、怒りの表情を浮かべた母親に追い出されるようにして渋々学校へ向かった。ただ、何か言いたげな瑠衣を見ていられなくて避けてしまった。そうすると普通に話しかけるきっかけすらつかめず、大好きに変わりはないというのに自ら瑠衣を避け続けることとなった。はっきり言ってつらい。

 ……告らなきゃよかった。

 そう思ったものの、多分それはそれで鬱憤が溜まって結局つらくなっていた気もする。
 瑠衣に対して気まずい思いを抱えているせいで部活へも行かなくなった。瑠衣が好きだから一緒の部活に入ったとはいえ、七瀬もテニスは楽しかった。小学生の時は全くしたことがない初心者だったが、めきめきと上達していくのが何より楽しかった。だが今は行きたくなかった。
 ずっとこんな調子が続くのだろうかと欝々した気持ちを抱えたまま、学年が上がった。そして夏休みが明けた頃、瑠衣に彼女ができたと知った。
 最初に思ったことは「死のう」だった。中学生の繊細な心臓にその事実は耐え難過ぎた。とはいえ実際死ねるものでもなく、七瀬はひたすら自暴自棄になった。髪を脱色しピアスを開けた。そんなやり方しかわからなかった。とはいえ自分の姿を見て七瀬に構って欲しいとかどうこう思って欲しいのではなかったし、瑠衣が彼女と一緒のところを万が一見てしまったら再起不能になるとしか思えなかったため、ますます避けるようになった。明るい気分になど到底なれそうにもなかった。
 付き合う友だちも夜にうろついて遊ぶようなタイプが増えた。むしろそういった相手のほうがその時は気が楽だった。
 ある日の夜、いつものように遊んだ後、まだ帰る気分でもなかった七瀬はそのままぶらついていた。すると明らかに大人と思える女性に声をかけられる。相手は酔っていて最初からテンションは高かったので補導かもしれないと疑うこともなく、それならどうでもよかった七瀬は誘われるままついて行った。そしてホテルで童貞を失った。
 翌朝、素に戻っていた女性は七瀬が単に若いどころか中学生だと知り、青くなって土下座さえしそうな勢いだった。さすがに七瀬も少し笑えた。利恵(りえ)と名乗ってきたので七瀬も名乗る。

「あんた背、高いしチャラそうな見た目だけじゃなくて雰囲気が大人びてるからてっきり大学生くらいだと思ったんだよね。こんな美形年下くんとかラッキーなんて思ったら中学生とか……私、自分の手が後ろに回るとこ鮮明に浮かんだんだからね」
「おつ」
「おつ、じゃないよ。もう。言ってよね……。ああもう、中坊の童貞食べちゃった! ……うふ……まあこれはこれで……」
「……あんたも懲りなさそうな人だな……」
「うっさい。お姉さんはね、日々会社で必死に働いて疲れてんだから、こういう息抜きでもないとやってらんないの。それに私は自暴自棄じゃないからね。わかっていて冷静に楽しんでるの。……まあ冷静どころか中学生ナンパして食べちゃったけど」
「っぷ」
「笑ってんじゃないよもう。それよかあんたよ」
「俺?」
「中学生のくせに投げやり過ぎっていうか。思春期が過ぎて自死とかしないか利恵さん心配だよ」
「肉体関係持っちゃったしね」
「うっさい。連絡先、寄越しなさい」
「まだ俺、食う気?」
「ちっがうわよ! 本当に心配なの。だからたびたび連絡だけ、取るから。あんた食っちゃった責任はちゃんとこういう形で取ります」
「別にいらないけど」
「いいから貸しなさい!」

 強引に携帯電話を奪われた。そこには今遊んでいる友人の連絡先しかない。瑠衣の連絡先が登録された前の携帯電話はもう解約していた。母親には「壊れたし、ついでだから格安のとこで作る」と言えば新規契約をしてくれていた。
 そこに利恵の連絡先が登録される。

「私、ちょくちょく連絡とるから。あんたも気軽にしてきなさい。ただし基本的に会わないよ。当然エッチもなし」
「別に問題ないけど」
「なっまいき! 昨日はなかなか……ああいや……やめとこ……私の傷抉るようなもんだわ」
「っぷ」
「だから笑ってんじゃないわよ!」

 実際利恵とは今も頻繁ではないものの、やり取りは続いている。
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