君の風を

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5話

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 今年のクリスマスも普通に過ぎていった。彼女がいない身に日本のクリスマスはあまり優しくない。大胡には「お前はその気になれば最高にやばいクリスマスをいくらでも送れるだろうが」と言われるが、その「その気」にならないがために結局部活以外では大胡を含めた数人と遊んだくらいだろうか。
 碧はもちろん彼女と過ごしていた。高校生の身で旅行へ行ったらしい。副主将でありながらふんわり柔らかい雰囲気をまとっているわりにやることは人一倍やっていると思われる。

「あおの爪の垢飲みたい」
「やめてよ、言われたこっちは気持ち悪いから。あとお前くらいだよ、俺のことあおって呼ぶの。長らく付き合いあるけど、俺の名前へきるだって今さらすぎるけど知ってる?」
「知ってる。とりあえずあおの爪垢飲んだら俺も彼女できなくともアレなことはできるかもしれねーだろ」
「俺の爪、綺麗だから。残念だったね」
「じゃあ代わりに彼女の女友だち紹介して」
「前に合コンした時に大胡くん、皆から楽しい子だよねーって言われて終わってた気がする」
「あおは相変わらずふんわりとしつつズバズバ言うよなあ」

 今年最後の部活が終わって着替えながらの会話を、瑠衣は苦笑も含めて一応微笑ましげに聞いていた。

「あの時、るいはそれこそお持ち帰りしたいお姉さんが列をなしそうだったってのに先に帰るしな」
「俺、行きたくないって言ったのに人数合わせたいからって付き合わされただけだしな」
「はー、諸行無常だわ」
「大胡、使い方間違ってるぞ。多分お前が言いたいのは生死無常のほうだろ」
「……人生ままならない」
「俺も彼女たちと同様、大胡くんって楽しいと思うよ」
「あおの慰め全然嬉しくねえわ」

 とても仲がいいとはいえ別に年の暮れを惜しんで何が何でも一緒に過ごしたいほど熱い仲でもないので、碧とは学校最寄りの駅で、大胡とは家最寄りの駅で瑠衣は別れた。
 家から駅までいつもは自転車を使っているのだが、今日はついていないことにタイヤがパンクしていたことに気づいてとりあえず歩きで来ていた。帰ってから近くのサイクルショップへ持って行かねばならない。改めて思い出し、ついていないし面倒だなと思いながら家まで歩いていると、例の派手な髪色を見つけた。七瀬だ。保育園の頃からの幼馴染だけあって家も近い。それでも普段ばったり出くわすことなどないので今日はパンクしたことも含めてむしろついていたのかもしれない。自転車だったらかかる時間や諸々で出くわすことすらなかったかもしれない。
 しかもいつも誰か女子を連れている七瀬は珍しく一人で歩いていた。こんなチャンスなどもう二度と来ないかもしれないと瑠衣は浮足立った。
 だが少し離れたここから名前を呼んでも無視されたまま下手をすると逃げられるかもしれない。瑠衣は歩を早め、逃れられないだろうというくらい距離を詰めてから「五十島」と七瀬を呼んだ。小さな頃からずっと「七瀬」と呼んでいたが、避けられてからずいぶん話していないのもあり、名前で呼びづらかった。
 七瀬の肩がほんの少し動いたように思われる。この距離なので間違いなく聞こえていないはずはない。だが七瀬は振り返ることなくそのまま歩き続ける。

「五十島!」
「……何の用」

 とうとう七瀬がため息をつきながらだが振り向いてきた。それだけだというのに瑠衣の心臓が高鳴るのがわかる。七瀬がこちらを認識してくれているという、こんなことすらどれだけ嬉しいのか、自分でも計り知れない。

「あの、俺……」

 ずっと謝らなければと思い続けていたというのに、いざとなると言葉に詰まった。七瀬は知らない人を見るかのように瑠衣を見てくる。だがすぐに「用がないなら」と呟きながらまた歩き出してしまった。

「あ、ちょ……あれだ、えっと、あ、ク、クリスマスってどうしてたっ?」

 俺は馬鹿か。

 あの時はごめん。とりあえずまずそう言えばいいだろうに、一体何を言っているのか。丁度大胡たちとそんな話をしていたせいで考えなしに口に出ていた。そもそも「冗談だろ?」だって考えなしに出てしまい、ずっと後悔してきているというのに学習しない馬鹿、阿保としか思えない。
 案の定、七瀬も「は?」と多分馬鹿を見るような顔で振り向いてきた。

「あ、いや……別に……じゃなくて、大胡とそういう話しててつい……その、五十島は多分彼女と過ごしただろうけど、うん」
「……あれと何の話してたんだか……。つか別に。彼女いないし」

 いやいやいや毎日のように女子といるの知ってるけど……!

 特定の彼女はいないという意味だろうか。本当にいつか刺されなければいいがと瑠衣は少し思う。

「……あ、ちょっと」

 刺されなければいいがと思っている内に七瀬はまた歩き出していた。しかも今度は呼んでも振り返ってすらくれなかった。とはいえ謝るどころか突然意味のわからないことを話しかけた形になる自分が悪いとしか思えなくて瑠衣は頭を抱えた。
 こんなチャンスもう二度とないかもしれないというのに何をしているんだと自分に呆れる。今度こそちゃんと謝ろうと七瀬を呼ぶも、やはり振り向いてこなかった。走って腕をつかんで引き留めるべきかもしれないが、瑠衣は足を縫い付けられたかのようにその場から動けず、ただ七瀬が家へ帰っていくのを見送るだけになってしまった。
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