不良兄と秀才弟

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14話

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 後輩の乾がちらちらと総司を見てくる。最近幾斗が教えてくれることをなんとなく思い出しつつ漫画のページをぼんやりめくっていた総司はそろそろ気になってきていた。

「てめぇ、なんだよさっきからちらちらと。うぜぇな」

 仲間が集まる教室で総司はぼんやりしてほぼ読んでいなかった漫画を机に叩きつけるように置くと、一年の乾を睨んだ。

「言いたいことがあんなら潔く言いやがれ。うぜぇんだよっ」
「ええ? いやー、言ったら言ったで先輩に怒られそうで」

 えへへと笑いかけてくる乾を総司はさらに睨む。

「言わねえほうが腹立つだろうが! 言ったら怒るって、てめぇ、文句でもあんのかよ」

 少し離れたところで音楽を聴いていた夏夫と携帯ゲームをしていた仁史がちらりと総司たちを見てきた。

「文句なんてとんでもない。俺、そーじ先輩、すげぇ尊敬してるんっすよ?」
「だったらなんだよ、見惚れてたってのか?」
「ええ、そうっすね」

 適当に言ったことを肯定され、総司は怪訝そうに乾を見た。

「お、おお。そうか。まあ俺イケメンだしな。お前が見惚れんのも分かるけどよ、ちらちらうぜぇ」
「すいません。だって先輩、最近なんか雰囲気変わりました?」
「雰囲気? 俺が? なんで」

 イメチェンをした記憶はないけども、と総司はポカンとする。

「いやね、だってなんかエロ……えっとあれ。落ち着いた? 余裕? なんつーかそんな感じがっすね……」
「まじでか」

 ポカンとしていた総司は乾に顔を近づけた。

「せ、せんぱ……っぃて!」

 何故か妙な顔をしてきた乾が手を総司に向けようとした後に、自分の後頭部をさすり出す。そして離れたところにいる夏夫たちを振り返っている。

「何してんだ?」
「……いえ」
「つか、マジ? 俺、よゆー出てる?」
「え? あ、ああ、はい! 出てます出てます! なんかあったんすか?」

 自分で言っておきながらポカンとした乾はハッとなって頷いてくる。総司は顔が緩むのがわかった。やはり効果が出ているのか。もしかしたら女子たちもこの余裕具合に気づいて自分に惚れるかもしれない。
 弟にいいようにされている感はどうしてもあるものの、間違いなく教わっていることで効果が出ているのだとニヤリと思った。

「あーもう先輩……!」

 にへらと顔を崩していたら、乾が何故か急に抱きついてきた。離れたところからガタンと椅子の音が聞こえてきた。一瞬ポカンとしていた総司だが、すぐに後輩を引き剥がす。

「てめぇ、俺を総番長だとわかってて気安く触ってきたってことかよ」

 胸倉をつかみ上げて睨むと乾がヘラリと笑ってきた。

「すいません、出来心でつい。けっして先輩を軽んじてる訳じゃねえっす。むしろすげえ尊敬してるからこそ、思わずその、抱きしめてしまって」
「……だったらいいけど気ぃつけろよ」

 夏夫たちや幾斗に言われるまでは全然気にしてなかった総司にそう言われてもという感じだが、乾は嬉しそうに頷いている。向こう側ではまた椅子の引く音が聞こえてきた。
 放課後、特に今日は幾斗の家に行く予定もなかったため、総司は夏夫や仁史と喋った後でだらだらと一人で帰っていた。二人は寮に住んでいるので一緒にどこか寄ったりしない限り大抵いつも帰りは一人になる。
 寮に遊びに行ったこともあり、部屋は広くないもののベッドは案外広かったので一度二人に泊めてくれよと言ったことがあるのだが、二人からは微妙な顔をして「断る」と言われた。なぜだと理由を聞いたのだが「針谷が……」と幾斗の名前を言いかけた後に「なんでもねえ」と結局教えてくれなかった。

 今日はちゃんと財布を持っているしチョコレートでも買うかな……。

 そんなことを思っていると通りすがりの他校らしき女子たちが「絶対けんかよね」「怖い。片方ってでも頭いいとこなのにね」などと話しているのが聞こえた。この辺の学校で頭がいいところといえばもしかして自分のとこじゃないのか、と総司は呼びとめる。

「おい、けんかってマジ?」

 総司が聞くと、一瞬怯えたような様子だったが、総司の顔を見て何故か安心したように「うん、多分?」「君と同じ制服の子、いたかも」と頷いてきた。
 場所を聞くと礼を言って総司は駆けだした。他校同士の喧嘩なら勝手にしろだが、自分のところの生徒がいるならほうっておけない。先輩や夏夫たちのように強い生徒ならいいが、万が一後輩や一般の生徒が巻き込まれてるとしたらと総司は教えてもらった場所に駆けつけた。
 教わった場所にはすでに誰もいなかったが、少し先の路地裏から少しだけ物音が聞こえてきた。総司は迷わずそちらへ足を向ける。
 奥まで進んでいくと数人に囲まれ、既にいくらか殴られたりしたのか、地面に尻をつけている総司の学校の生徒が遠目に見えた。顔を見てそれが後輩の乾だと気づく。

「てめぇ一年なんだろ? 舐めてんじゃねえぞゴラ」
「別に舐めてねえっすよ、つかあんたら舐めるとか何それきもいんだけど」
「んだとコラ。さっき俺らの仲間一人倒したぐらいで調子乗ってんじゃねえんだよ」
「あんたらが先にしょーもねぇことで因縁つけてきたんだろう? マジあんたらの学校ってやること頭わりぃ」
「るせぇんだよ、てめえんとこはただのだっせぇガリ勉ばっかだろが。金だけは持ってる、な。まあてめぇはただのバカだよな? 腕に自信あんのか知んねえけど人数計算ぐらいしろよバーカ」

 馬鹿と言った後でその他校の生徒は乾の顔を蹴ろうとしていた。

「バカ言うやつがバカなんだよ!」

 言いながら既に総司はその生徒を逆に足で蹴り倒していた。

「んだ、てめ……」
「……せ、んぱ……」

 他の囲っていた他校生徒が睨みつけてくる。乾は少し腫れ気味の顔をポカンとさせながら総司を見上げていた。

「おい、こいつって相賀じゃね」
「マジかよ」
「どーするよ」
「んなもん、構うかよ。この人数だぜ。こいつぶっ倒したってんならハクもつくだろ」

 一瞬動揺してきたようだが「それもそうだ」と総司を今度は囲もうとしてきた。だがその前に既に総司の体は動いていた。
 しばらく後、総司と乾は総司の部屋にいた。

「てめぇ、だっせぇことやってんじゃねえよ。なに一人で倒せるとか思ってんの」
「それは先輩も同じっす。……っいてぇ! 先輩、いてぇっす」
「るせぇ。てめぇが顔腫らしてっからだろ、だっせぇ」

 痛がる乾の顔に瞬間冷却シートを貼りながら総司は睨みつける。

「だって向こうから絡んできたんっすよ? だから」
「だからじゃねえんだよ。むぼーなことしてもカッコいくねえんだからな?」
「でも先輩はカッコよかったっす。やっぱり、カッコよかった」
「俺はだって総番長だからな」

 あっという間に残りの男も倒すと総司は乾を連れ、自分の家のほうが近いとわかるとそのまま乾を家に上がらせていた。
 実際喧嘩は強い。それでも先輩や夏夫たちは極力総司を喧嘩に巻きこまないようにしているのは、結局のところ総司も無謀だからだ。体が勝手に動くタイプの総司はよほどのことじゃないと喧嘩に負けそうにない。それでも頭が弱いだけに皆色々と心配だからだ。

「おい、一応冷やしといたからな。しばらくの時間は熱い風呂とか入んなよ」
「ありがとうございます、先輩。そんでマジカッコいいっす。前から喧嘩あんましねえからそーゆーのは苦手かと思ってました。でもいざとなったらやっぱ強いとかマジかっけぇっす」
「おう。総番長だからな。でもいちいちあんなの相手してんじゃねえよイヌ」

 何度も恰好がいいと言われ、さすがに少し照れながらも悪い気はしないので総司は嬉しそうに頷く。

「……うす。……あ、ねえ、先輩。喧嘩の時、一度後ろから羽交い絞めにされそーになった時、先輩『幾斗以外が触ってんじゃねえ』っつってましたよね? あの……あれどーゆー」
「ぁあ? 俺、んなこと言ってた? ……いやまあ、うーん。だって幾斗は双子の弟だしな」
「……どんな理由っすか。……だったら、あの、俺はちゃんと先輩尊敬してるんっす」

 怪訝そうな顔の後に乾がおずおずと総司を見てくる。

「ぉお」
「……だからその、俺も先輩ぎゅっとしていいっすか? 先輩の弟じゃねえけど、弟分として」

 乾はそう言ってじっと総司を見てきた。

 弟、分。……ちゃんと尊敬してくれている弟分。なら、別にいいの、か?

 元々は誰が触れてこようが頓着しないので、そんな風に言われるとどうでもいいような気がしてくる。

「よくわからねえけど、だったら別にいいん、かな?」

 眉をひそめるようにして考えつつ総司が漏らすと、乾が嬉しそうに抱きついてきた。

「嬉しいっす。イテテ。先輩、マジ最高っす」

 ぎゅっと抱きしめるせいで殴られたり蹴られたりした傷が痛んだらしく、顔を少々歪めながらも嬉しそうにしている乾を見てたら、総司はやはり問題ないような気がした。

「あれだ。あと、そのあれ。尊敬の証っす」

だが乾はそう言って総司の頬や耳元、首筋にキスをしてきた後に鼻を擦りつけるようにしてさらに抱きしめてきた。
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