不良兄と秀才弟

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6話

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 幼児期の双子、特に男同士の双子は何故か単生児に比べて言語の発達が遅めだと言われている。双子語の存在によるとも言われているが、それが原因という訳でもない。
 ただ、やはり総司と幾斗も本当に小さい頃はお互いしかわからないような何かを喋り合ったりしていたことがあるのは本当だ。生まれた時のことなど幾斗にとって全く記憶はないが、それでも総司が自分にとってかけがえのない存在だと物心がついた時から思っていた。
 小さな頃は今と違って総司のほうが体は大きかった。そして小さな頃から総司は快活な性格をしていた。一方今は総司よりも背が高い幾斗は、小さい頃は総司よりも身長も体重も低かった。そして少々内向的な性格だった。大人しいというよりは興味のないことなどに淡々とした子どもらしくない子どもというのだろうか。その辺は今も変わらない。
 二人とも昔からつり目だったのだが、総司はいつも笑っているせいかとても愛らしくみえていた。誰からも可愛がられていたし、幾斗も可愛らしい笑顔のいつも楽しそうな兄が大好きだった。
 幾斗は総司よりも元々目つきが鋭かったし普段からあまり笑わなかったので敬遠されることもあった。だからこそ余計に、いつもニコニコと笑って側にいてくれる兄がかけがえのない人だったのかもしれない。小さい頃は今では考えられないが幾斗のほうが総司から離れなかった。

「そー。オレべつにたのしくないならにこにこできないのになんかがっかりされる」
「むりににこにこしなくていいよ、いく!  オレはいくがいくのままがいい。いくのぶんまでオレがにこにこしてるからだいじょうぶ。いまのいくがオレすき」
「うん。オレもにこにこしてるそーがすき」

 今こうして我がの道を堂々と行く幾斗があるのは、ある意味総司が作ったともいえるかもしれない。幼稚園、小学生と成長しても幾斗はやはりあまりにっこりと笑わない子どもだった。かといって暗いのとも違うため友だちは次第にできていった。また頭がよかったのもあってどんどん一目を置かれるようになっていく。
 総司は総司でわりと人気者だった。相変わらず天真爛漫というかいつも楽しそうにしていた。

「ただしおつむがねえ……」

 母親はよく呆れたように本人の前ですら堂々とため息をついていた。

「母ちゃん俺そんなバカじゃないよ」
「そうなの? よし、じゃあこの時計は今何時かなー?」
「えっと」
「総司、短い針が時間だったわよね?」
「うん」
「そんで長い針が分、だった」
「うん」
「じゃあ、わかる?」
「……だって短い針が数字の間にあるよ。長い針だって数字じゃないとこにある……」

 そんな回答を聞く度に父親はひたすら「俺の子かわいい」と思っていたし、幾斗も「総司、だんだんバカんなるけどかわいい」と思っていたが、母親はかわいいと思いつつも心を鬼にして「じゃあ今からちゃんとわかるまで勉強ね」とニッコリ総司に笑いかけていた。
 勉強がどうやら苦手だと実感したらしい総司はますます勉強から逃げるように友だちと遊んだりしていたからか、それとも年々授業内容が難しくなるからか、学校の成績にどんどん反映されていった。それでも本人は至って明るく、いつも友だちに囲まれていた。
 そんな総司が好きだったはずなのに、いつしか幾斗はだんだん友だちに囲まれている総司をあまり見たくなくなってきた。部屋で勉強している時や風呂に入っている時など一人になると、幾斗はよく自分に首を傾げていた。

 これは何だろう。いつも友だちがたくさんいる総司に対しての嫉妬だろうか?

 だが正直自分がどうでもいい友だちに囲まれたいと思ったことがないのでそんな訳がないとすぐに思う。
 兄を取られるようで気になるのだろうか。だがいくらなんでもそんなことで総司が友だちと仲よくしていることにこれほどもやもやするのはおかしいと思う。
 なぜだろうと謎に思っていたが、小学校高学年になって理由がわかった。

「幾斗ー、俺さ、好きな子できた!」

 ある日嬉しそうに言ってくる総司に、幾斗はある意味殺意すら覚えた。

 こんなに俺が好きなのに、なぜ呑気にそんなことを言ってくるんだ?

そしてそう思った自分にドン引きする。

 待て。兄として好きじゃなくてそういう好きだったんかよ俺……!

 同性、それも実の双子の兄が恋愛として好きなどと、としばらくはさすがに悩んだのだが、どうであれ昔から総司のことが大切で好きだということには変わらない。むしろ兄としてなら一歩引いたように思うことでも恋愛として好きならとことん好きだと思えるんじゃないのか、と最終的に考えるに至った。
 開き直ると、相手が実の双子であるとか男であるという事実は幾斗にとって不思議なほどどうでもよくなった。だからといってこのバカで無邪気な兄にいきなり強引に気持ちを押しつけたりしても逃げられるか避けられるだけだろうとも思う。
 とりあえず小学生の間は全然ませてないせいもあり、総司はただ相手のことが好きだと思うだけで終わった。中学生になると途端に皆ませてくる。総司もそれは同じだったようで、好きな子ができては告白し、その度にあっさり玉砕していた。今はただ単に馬鹿だからだろうと思うが、多分当時は女子が積極的な総司に気遅れしたりしていたパターンも多かったのかもしれない。
 そんな総司を見守っていたある日、両親が離婚すると言い出した。中学二年の時だった。それまでも特に仲が悪かったことがなかったので総司も幾斗もポカンとしたが「お互い好きな人できちゃって」などとふざけたことを言われた。
 ああ俺のこの自由すぎるくらい自由な発想や気持ちは間違いなく親譲りだ、と幾斗はしみじみ思ったものだ。だが総司はかなりポカンとしていたようだ。
 そしてそのため、ずっと一緒だと思っていた二人は離ればなれになることになった。だが幾斗も「もっとよく考えたら」くらいは言ったが、父親だけならまだしも適当なわりにちゃんと色々見ている母親が決めたのならもう反対すまいと決めた。
 総司は理解できない、とかなりヘソを曲げていた。おまけにその後あまり素行のよくない生徒と付き合うようになった。

 なんてわかりやすい、というか心底単純馬鹿なんだ。

 そしてそういう幾斗もある意味素行は悪くなったのかもしれない。いや、変わらず成績はトップレベルだったし目つきは悪いものの真面目な生徒には違いなかったのだが、元々いいとは言い難かった性格がさらにひねたような気が自分でもした。だが仕方ない。せっかく好きな相手と無条件で同居出来ていたというのにそれができなくなったのだ。
 離婚後、住んでいた家をあっさりと出た母親には、しっかりとした幾斗がついていくことになった。父親が出ていくと言ったのに対し「いらない」ときっぱりすっぱりとしていた母親は中々格好がいいと思ったが、しばらくは今まで住んでいた大きな家とは比べものにならない狭いハイツに住むことになった。とはいえ母と子二人なら別に不自由なこともなかったし、母親は結婚している時も仕事を続けていたため生活に困ることもなかった。
 総司と初めて離れて暮らすようになった幾斗はこれを機会に、と告白してきた女子と何人か付き合ってみた。それで改めてわかったことは、女子自体は嫌いじゃないもののやはり興味はないし、好きだと思うのは総司だけだということだ。

「まぁ、間違いないならそれでいい」

 中学も半ばになると総司はとことん勉強についていけてなかったし、付き合う友だちの影響かあれほどかわいかった外見は「頭、悪いです」と主張しているかのようになっていった。ある意味中学生らしいなと呆れつつ、顔を合わすことがあった時に「お前馬鹿みたいだぞ」と言うと「バカじゃねーし、イけてんだろ」と相変わらず馬鹿みたいにニコニコして言い返してきた。
 小さい頃は本当に仲がよかった二人だが、幾斗が総司を好きだとはいえ小学生から中学生になるくらいには、表面上は世間の一般的な兄弟と同じ程度の仲のよさになっていた。そして別々に住むようになりあまり会うこともなくなっていったが、三年になると母親が総司のことを心配し始めた。前から心配ではあったが、三年ということで改めて心配だというのだ。

「あの子ほんと心配だから幾斗、あなたが勉強見てやって。そして同じ学校に行って欲しいの」
「いや、普通に考えて無理だろ」
「幾斗が見てくれるなら最悪同じ学校は無理でもかなり違うと思うし」

 いくら総司が好きでも無理なものは無理だと普通に断っていたが、母親に何度も頼まれた上、幾斗自身も総司をこのままろくでもない道に進ませるのはどうかとは思っていたので結局引き受けた。
 結果、総司の運の強さもあり同じ高校に受かった。確かに総司に「鬼畜」とまで言われるくらい厳しく教えこんだが正直驚きもあった。そして身を粉にしてでも教えてよかったと思った。そのせいで総司は警戒しまくりの野良猫のように幾斗に接してくるようにはなったが、こうして色々監視しつつ自分の望むように物事を進めやすくなったからだ。
 今、幾斗にキスをされてひたすらポカンとしている総司を見ながら、幾斗は心の中で心底ほくそ笑んでいた。
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