不良兄と秀才弟

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2話

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 幾斗は入るべくしてこの高校に入ったかなり頭のいい生徒だが、かけている眼鏡は実は伊達だったりする。眼鏡を外してよく見ると、一見全然似てなさそうだというのに総司とやはりどこか似ている。そのため総司と幾斗が双子だと知っている者たちは実際のところはわからないものの「似たくないんかな……」と遠い目でそっと思っていたりする。
 よく見ないとさほど似ていないのは二人は一卵性ではなく二卵性の双子だからだ。そして名字が違うのは二人の両親が既に離婚しているからである。
 父親と母親は円満離婚なので総司は割と幾斗の母親に会うこともある。かなり頭の弱い総司がこの学校に入れたのも母親が幾斗に「あの子ほんと心配だから幾斗、あなたが勉強見てやって。そして同じ学校に行って欲しいの」と頼んだからだ。
 言われた時に幾斗は即答で「無理だ」と断ったのだが、結局母親に負けて勉強を見る羽目になった。見ると言ったからにはとことんやる幾斗のせいで総司は受験前に本当の地獄を味わったのだが、それを言うのは情けないので友人たちにも弟に勉強を見てもらい死ぬ思いでこの学校に入学しましたとは言っていない。ついでに言うと入試は普段から運がいい総司の本領発揮だったらしい。本人も幾斗に堂々と「運が悪かったらヤバかった」と言ってきていた。そしてテストが終わると同時に詰め込んだはずの知識は粉砂糖のように儚くさらさらと総司の頭から抜け落ちたようである。
 元々兄弟仲は普通だったのだが、鬼のような勉強詰め込みのせいか、総司は幾斗に対して今では喧嘩腰である。本当なら感謝するところなのだろうが、幾斗は別にそんな兄の態度を気にしていない。猫が警戒して威嚇してくるようなもの程度にしか思っていない。
 ただ、今その喧嘩腰がさらに悪化しているのは別の理由もあった。二人が一年生の時、幾斗の母親が元父親と別れてから付き合い始めた人ととうとう再婚したためだ。
 ちなみにその時、総司の父親の落ち込みようったらなかった。夫婦であった時にお互い好きな人ができてしまい「仕方ないね」と別れた、子供にとっては迷惑でしかない親たちのはずだが、実は父親は未だに別れた母親に少しだけ未練があるようだ。しかしよりを戻そうとしなかったのは既に父親が再婚しているからである。それを知った総司は「てめぇ、ざけんじゃねえぞゴラ!  今の俺のかーちゃんにも俺を生んでくれたかーちゃんにも失礼だと思わねえのかボケェ」などと散々父親を罵倒していた。
 そんな風に罵倒したり、普段もどうみてもヤンキーのような恰好をしていても父親が総司に甘いのは、総司が母親似だからだと幾斗は知っている。そんなどうしようもない元父親だが普段はしっかり稼いでくる上場企業のお偉方なのだから世の中不条理だとついでに幾斗はそっと思ったりしている。
 幾斗の母親もそんな元旦那のことは呆れていても嫌いではないらしく、父親似である幾斗に「あなたはあの人に似てるの顔だけよね、ほっとするわあ。でも総司がねえ。ほんっとあの二人は心配。今の奥さんが割としっかりしてる人でよかった」とよく言っていた。
 その母親の再婚だが、向こうにも連れ子がいた。それが同じ歳で学校も同じ女子、朝野 梨華だと知ると幾斗はそっとため息をつくしかなかった。梨華は確かに美人だし頭もいい。普通なら恋愛フラグでもたつ状況なのかもしれない。だが幾斗にとっては全く興味がない上に、梨華が総司と当時同じクラスであり総司の片思いの相手であることを知っていたので面倒くさいとしか思えなかったのだ。
 案の定、逆恨みをしたバカはこうして今日もやたら猫のように威嚇し、バカだからか消しゴムのカスやノートを千切ったものを投げて発散しようとしている。
 普通双子だと同じクラスにはならないのだが、姓が違うからか何なのか、総司と幾斗は二年になってから同じクラスになった。
 総司が喜ぶはずはないとは思っていたが、改めて想像以上にバカだったと幾斗は自分の双子の兄を見て思っている。いつもこうしてバカなことをしては幾斗を呆れさせていた。
 夏夫たちは「朝野のこともあるけど、針谷がモテることがまたそーじは気にくわねぇんだろうな」とこっそり顔を合わせていることがある。
 幾斗は総司のような釣り目、というよりは鋭い目つきを持っているのだが伊達眼鏡をかけているからか幾分和らいで見える。人によっては冷たくも怖くも見える眼鏡だが、幾斗に関しては間違いなく和らいでいると夏夫たちは思っていた。
 総司の仲間たちは喧嘩じゃそうそう負けないというのに、どうにも幾斗には逆らえそうになく、二年の間では幾斗こそ裏番長じゃないかなどと言われている。いつもたむろっている教室で皆と馬鹿騒ぎをしていてもそこに幾斗がたまたま入ってきたらシンと静まり返るといった具合だ。
 かといって幾斗が総司みたいに髪を目立つ色に染めたり制服を着崩したりアクセサリーをじゃらじゃらとつけたりしている訳ではない。むしろ髪の色は元々黒というよりは焦げ茶色なのだが自然のままだし、制服はきちんと着こなしている。もちろんアクセサリーは何一つ身につけていない。ある意味眼鏡がアクセサリーともいえないこともないが、そういった地味な姿であっても目立つのは総司よりもさらに少し高い身長と、それなりに整った顔立ちの総司よりもさらに男らしい顔つきのせいだと思われる。そして頭は間違いなく総司とは比べものにならないほどいい。
 そんな幾斗はあからさまにチヤホヤとモテるのではなく、影でひっそりと高嶺の花という扱いを女子だけでなくある意味男子からも受けていた。

「お前の頭は単細胞以下だな」

 相変わらず消しゴムを千切ったものを投げてくる総司に幾斗は冷めた目を向けた。

「うるせぇ。単細胞ってだいたいなんだよ。悪口言うならもっとわかりやすく言いやがれ」
「……はぁ。掛け算もあやしい馬鹿が」
「あぁ? てめぇバカにすんな。いくらなんでもそれくらいできるわ……!」

 幾斗がため息をついていると総司がムッとしたように睨む。

「へえ? じゃあ5×6」
「30! バカにすんなっつってんだろがっ」
「8×7」
「…………」

 幾斗が今度、はちしちと呟くと総司は口を少し引きつらせながらも目をきょときょととさせる。さらにため息をつきながらぼそりと「7×8」と幾斗は呟いた。
「7×8……あっ! 8×7は56!」
「お前……次の休みの前日はまた俺ん家で勉強な」
「ぁあっ? なんでてめぇの言うこと……」

 さらにムッとしたように立ち上がりかけた総司はだがハッとなって黙った。多分幾斗の家ということは梨華もいるということだと気づいたのだろうなと、幾斗は相変わらず淡々としたまま総司を見ていた。
 総司が何故逆恨みをしてくるのかというと主な理由は幾斗と梨華が同居しているからだ。総司からすればあの梨華と家族になったとはいえ同居している幾斗が羨ましくて仕方がないのだろう。
 幾斗と梨華の姓が違うままなのは、今さら名字を変えるのが面倒だと幾斗が言ったからだ。梨華の方が幾斗たち双子よりも早い生まれなので一応同じ歳とはいえ姉さんの位置になる訳だが、この学校で幾斗と梨華が姉弟になったのを知っている生徒は当事者以外には幾斗と双子という関係である総司しか知らない。
 総司は確かに呆れるほどバカだが、意外にもこういうことはしっかりしているというか、口は固い。今も黙っているのはそのせいだろう。あとは「リカちゃんと同じ家にお泊まり」とか戯けたことでも考えているのだろうなと幾斗はまた呆れたようにため息をついた。

「どうせ俺が見ねえとお前、授業ついてけねえだろが」

 ぼそりと呟くと「るせぇ……」と同じくぼそりと返ってきた。

「針谷とそーじってマジどっちが兄ちゃんか分かんねぇよな」

 後で幾斗が夏夫と仁史の側を通りかかった時、二人は微妙な顔で幾斗を見てきた。二人はクラスが同じなのと一年の時から総司と付き合いがあるからか、他の仲間よりはまだ幾斗にもそれなりに普通に接している。

「うるさい。だいたいお前らちゃんとあいつ見とけ。こないだもあいつ、馬鹿な喧嘩したんだろうが」
「いや、あれはたまたまで……」
「そうだよ、あれは仕方なく……」
「言い訳なんかどうでもいい。お前らがあの馬鹿のそばうろついてんの見逃してんの何でだと思ってんだ」

 じろりと夏夫たちを睨んでくる幾斗の眼力は半端なく、二人は「やっぱり絶対こいつがあえて言うなら番長だろ……」とそっと思う。そのまま通り過ぎていく幾斗を見ながらお互い顔を見合わせた。

「そーじってよく今まで無事でいられてるよな」
「お前の言う無事ってのが何を指してようが俺もそう思う」

 そしてしみじみとそんなことを言い合っていた。
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