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17話
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本音などを言い合ってから、芳はいい感じに気が抜けたのではないかと伊吹は思っている。相変わらず基本は大人で優しくて甘いのだが、取り繕うことがなくなったので気楽になったのではないだろうか。
伊吹も本音を聞いて知っているので、どれほど芳が大人で格好がよかろうが何と言うのだろうか、安心できると言うのだろうか。性格が我ながら悪いなと思うが「こんなにカッコいいのに過去に彼女か彼氏と何もしなかったんだ、童貞なんだ……」とホッとする。
いい年をして気持ち悪いだろう? と言われたが、そんな訳がない。多分芳さえその気になっていればいくらでも相手はいただろう。そして唯一その気になれそうな相手が自分なのだ。光栄過ぎて嬉しすぎて、ただでさえ下手をすれば軽く見られがちな伊吹の顔がさらに、にやける。
ただ、芳がその気になっていないだけで今もなお、芳の相手を望んでいる輩は存在しているという現実は捨て置けない。
本音を言うようになり、完璧という仮面を捨てた芳は伊吹からすればむしろ魅力を増したように思える。仮面を捨てても努力は怠らない芳は基本的にそつがないしほぼ完璧だと思う。しかし取り繕わない分、隙ができた気がする。その隙が伊吹の前だけなら問題ないというか歓迎なのだが、中身を知れば知るほど芳が基本的に性格も器用ではないとわかるので、伊吹限定の隙というのは難しいだろうなと思う。
改めて付き合うようになってから、実は何度か芳の職場近くの居酒屋を利用している。芳の職場の人たちもよく行く、安くて美味しい店なのだそうだ。
芳は職場近くというのは全然問題ないようだったが、居酒屋というのがあまり好ましくない様子ではあった。だが伊吹が「そこで飲みたいな」と言うと二つ返事で了承してくれた。
チョロい、などとは思ってもいな……いや、ほんの少しだけ、いや結構思ったが「ごめんね」と内心謝りながらも伊吹は遠慮なくその店で飲んだ。
別に芳にとって悪いことを企んでいるのではない。ただ様子を窺いたかっただけだ。案の定、芳と同じ職場の人と鉢合わせることが何度かあった。
芳が「同僚だ」「この子は幼馴染みなんだ」と紹介されつつ紹介してくれる人たちは伊吹から見ても特に問題はなさそうだった。芳のことを尊敬してそうな人はわりといたが、尊敬くらい構わない。伊吹だって今でも尊敬している。
だが、同じ職場らしいとはいえ芳が相手を知らない場合に、伊吹は大いに問題を感じた。
「安佐波さんがこんなところにいらっしゃるなんて」
「あの、よかったらご一緒しても……?」
芳が「あんたら誰」といった表情をしているにも関わらず、低姿勢ながらも妙に積極的な人たちがどうやらいるようだ。それも女性だけでなく男性にも存在する。
とにかく芳は女にモテるだけでなく、男もホイホイしてしまうらしい。自分も男に全く興味なかったはずがホイホイされた身であるだけに伊吹は否定できないとはいえ、目の当たりにするとやはり目障りだなと思った。
芳とのいざこざを通して知ったのだが、伊吹は自分でも思ってもみなかったものの存外嫉妬深いようだ。
とりあえず、しっかりしてるようでどこか抜けてもいる芳に代わり、俺がしっかりしなくちゃ……。
そんな気合いも入る。つい芳に声をかけてきた相手に対して「今、芳さんは俺といるんで、遠慮してもらえます?」と辛うじて柔らかい口調で口元はほんのり笑みを浮かべつつ、ゴミを見るような目は隠すことなく言い放っていた。
何回かその店へ行くことである程度把握したので、次に芳と待ち合わせした時は「ごめんね芳。あの店、ちょっと飽きちゃったかも」と伝える。
「謝る必要ないだろ。じゃあ今日はどこか行きたいところはあるか?」
「芳の家がいいかな」
「そ、そうか」
二人きりになろうとすると、未だに芳はほんの少し構えているようだ。これも芳から本音を聞く前には気づかなかったことだ。
二人きりだと抜き合うことはたまにするし、伊吹の尻もその際に弄られることもある。ただそれらの行為ですら伊吹をとても気遣っているのが伝わってくる。
大切にしようと思ってくれるのは嬉しいけど……俺も男なんだし多少無茶してくれてもいいんだけどな。あまり手を出してくれないようなら逆に俺が出すからね。
そっと思いつつ、これは口にしていない。
「芳って結構声、かけられるよね」
最近は少しずつ料理も勉強しているんだと言う芳の作ったおかずサラダとワインを口にしながら伊吹が言うと、芳は怪訝そうな顔をしてきた。
ちなみに料理は美味しい。芳は不器用なのかもしれないが、素質はいいのだろうなと改めて気づかされる。
そして自分の為に努力してくれているのだとわかると凄く嬉しいし、体の芯がズクリと疼く。
「声? ああ、食事に誘われるやつか。あれは俺も不思議に思っているんだ。もしかして俺は知らないやつから見ると腹が減ってそうに見えるんだろうか」
もう少しで口に入れたレンコンをプッと吐き出すところだった。伊吹は微妙な顔を芳に向ける。
「そんな訳ないよね」
「飢えてそうに見えて食べさせないと、と挑戦したくなるのかと」
「……ああ、まだ言ってなかったけどこのパプリカとレンコンのサラダ美味しいね」
「っ、そうだろう! 俺もこれはかなりいいできだなと思ったんだ。かわいい伊吹が美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
ある意味芳のほうがかわいいよ。
伊吹はニッコリと微笑んで芳を見た。
伊吹も本音を聞いて知っているので、どれほど芳が大人で格好がよかろうが何と言うのだろうか、安心できると言うのだろうか。性格が我ながら悪いなと思うが「こんなにカッコいいのに過去に彼女か彼氏と何もしなかったんだ、童貞なんだ……」とホッとする。
いい年をして気持ち悪いだろう? と言われたが、そんな訳がない。多分芳さえその気になっていればいくらでも相手はいただろう。そして唯一その気になれそうな相手が自分なのだ。光栄過ぎて嬉しすぎて、ただでさえ下手をすれば軽く見られがちな伊吹の顔がさらに、にやける。
ただ、芳がその気になっていないだけで今もなお、芳の相手を望んでいる輩は存在しているという現実は捨て置けない。
本音を言うようになり、完璧という仮面を捨てた芳は伊吹からすればむしろ魅力を増したように思える。仮面を捨てても努力は怠らない芳は基本的にそつがないしほぼ完璧だと思う。しかし取り繕わない分、隙ができた気がする。その隙が伊吹の前だけなら問題ないというか歓迎なのだが、中身を知れば知るほど芳が基本的に性格も器用ではないとわかるので、伊吹限定の隙というのは難しいだろうなと思う。
改めて付き合うようになってから、実は何度か芳の職場近くの居酒屋を利用している。芳の職場の人たちもよく行く、安くて美味しい店なのだそうだ。
芳は職場近くというのは全然問題ないようだったが、居酒屋というのがあまり好ましくない様子ではあった。だが伊吹が「そこで飲みたいな」と言うと二つ返事で了承してくれた。
チョロい、などとは思ってもいな……いや、ほんの少しだけ、いや結構思ったが「ごめんね」と内心謝りながらも伊吹は遠慮なくその店で飲んだ。
別に芳にとって悪いことを企んでいるのではない。ただ様子を窺いたかっただけだ。案の定、芳と同じ職場の人と鉢合わせることが何度かあった。
芳が「同僚だ」「この子は幼馴染みなんだ」と紹介されつつ紹介してくれる人たちは伊吹から見ても特に問題はなさそうだった。芳のことを尊敬してそうな人はわりといたが、尊敬くらい構わない。伊吹だって今でも尊敬している。
だが、同じ職場らしいとはいえ芳が相手を知らない場合に、伊吹は大いに問題を感じた。
「安佐波さんがこんなところにいらっしゃるなんて」
「あの、よかったらご一緒しても……?」
芳が「あんたら誰」といった表情をしているにも関わらず、低姿勢ながらも妙に積極的な人たちがどうやらいるようだ。それも女性だけでなく男性にも存在する。
とにかく芳は女にモテるだけでなく、男もホイホイしてしまうらしい。自分も男に全く興味なかったはずがホイホイされた身であるだけに伊吹は否定できないとはいえ、目の当たりにするとやはり目障りだなと思った。
芳とのいざこざを通して知ったのだが、伊吹は自分でも思ってもみなかったものの存外嫉妬深いようだ。
とりあえず、しっかりしてるようでどこか抜けてもいる芳に代わり、俺がしっかりしなくちゃ……。
そんな気合いも入る。つい芳に声をかけてきた相手に対して「今、芳さんは俺といるんで、遠慮してもらえます?」と辛うじて柔らかい口調で口元はほんのり笑みを浮かべつつ、ゴミを見るような目は隠すことなく言い放っていた。
何回かその店へ行くことである程度把握したので、次に芳と待ち合わせした時は「ごめんね芳。あの店、ちょっと飽きちゃったかも」と伝える。
「謝る必要ないだろ。じゃあ今日はどこか行きたいところはあるか?」
「芳の家がいいかな」
「そ、そうか」
二人きりになろうとすると、未だに芳はほんの少し構えているようだ。これも芳から本音を聞く前には気づかなかったことだ。
二人きりだと抜き合うことはたまにするし、伊吹の尻もその際に弄られることもある。ただそれらの行為ですら伊吹をとても気遣っているのが伝わってくる。
大切にしようと思ってくれるのは嬉しいけど……俺も男なんだし多少無茶してくれてもいいんだけどな。あまり手を出してくれないようなら逆に俺が出すからね。
そっと思いつつ、これは口にしていない。
「芳って結構声、かけられるよね」
最近は少しずつ料理も勉強しているんだと言う芳の作ったおかずサラダとワインを口にしながら伊吹が言うと、芳は怪訝そうな顔をしてきた。
ちなみに料理は美味しい。芳は不器用なのかもしれないが、素質はいいのだろうなと改めて気づかされる。
そして自分の為に努力してくれているのだとわかると凄く嬉しいし、体の芯がズクリと疼く。
「声? ああ、食事に誘われるやつか。あれは俺も不思議に思っているんだ。もしかして俺は知らないやつから見ると腹が減ってそうに見えるんだろうか」
もう少しで口に入れたレンコンをプッと吐き出すところだった。伊吹は微妙な顔を芳に向ける。
「そんな訳ないよね」
「飢えてそうに見えて食べさせないと、と挑戦したくなるのかと」
「……ああ、まだ言ってなかったけどこのパプリカとレンコンのサラダ美味しいね」
「っ、そうだろう! 俺もこれはかなりいいできだなと思ったんだ。かわいい伊吹が美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
ある意味芳のほうがかわいいよ。
伊吹はニッコリと微笑んで芳を見た。
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