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15話
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多分もう一ヶ月も芳に会っていない気がする。
……いやいや一ヶ月「も」って……。
伊吹は微妙な顔になる。そもそも芳とはもう何年も会っていなかった。避けられているのかなと思い寂しいながらも正直、平気だったはずだ。
好きになるって凄いなと思う。ほんの少し会わなくても既に寂しいし、何より自分が弱くなっている気がする。
男のくせに恋人の過去にもやもやとし、見たこともない過去の恋人に嫉妬し、そして恋人と自分との差に苦しくなる。
弱くというよりはやっぱり小さいな……うん、俺、小さいわ。
ただ、弱くというのも間違っていないように思う。釣り合わない自分が居たたまれない上に下手をすれば芳に嫌われるのではないか、芳を嫌いになってしまうのではないかと恐れ、逃げた。
弱さと小ささに呆れや情けなさを通り越して怒りすら湧きそうだった。
芳からはすぐに連絡が来た。その後も度々電話がかかってきたり恐らくメッセージを送ってくれている。それらからも逃げていた。
こういう時、多分自分だったらすぐ相手に連絡を取ろうとしなかっただろうなどと考え、また自分と芳とのできの差を思い知らされる。そしてわかっているなら逃げるのではなく、むしろ自分から連絡を取り、苦しさにどうしても付き合えないだの、それでもやはり好きだからこんな至らない自分でも許して欲しいと土下座するだのと行動すべきだろうと思う。
だができなかった。怖かった。
芳に嫌われるのも芳を嫌いになるのも本気で怖かった。
情けない。ひたすら情けなかった。
そのくせ逃げておきながら芳のことが頭から離れない。
どうすんだよ俺……。
このままでいい訳なんてない。別れて欲しいと口にはしたが、今の状態はただ逃げているだけだ。
初めて付き合った彼女には嫌気をさされてしまい、次に付き合った、それも昔からとても大好きで大切だった人に対しては向き合えずに逃げた。最低だ。これでは芳が伊吹を嫌いになる前に伊吹が堪らなく伊吹自身を大嫌いになる。
駄目だ、やはりどれだけ苦しくても今度こそ自分の思うことを相手に伝え、ちゃんと話さなくては駄目だ。
いい人ぶって結局別れるのでは本末転倒だ。自分の情けなく弱い、そして性格の悪さをちゃんと知ってもらった上で、できれば今後も付き合って欲しい。
こちらから連絡を取ろう、そして土下座してでも一度会ってもらおう。
そう決めた日、アルバイトから帰ると芳がドアのそばで待っていた。
「か、お……る……」
「伊吹、すまない。待ち伏せなんて気持ちよくないよな……ただこうでもしないと会えないと思ったんだ」
久しぶりに見た芳の、相変わらず大人で真っ直ぐでいて真摯な様子に、伊吹はグッと喉が塞がれた。鼻の奥がツンと痛む。
今は苦しいというよりは、久しぶりに会えてそして変わらない芳が嬉しかった。気づけば駆け寄り、抱きしめていた。
「俺のほうこそ、ごめん……ごめんなさい……ごめん……」
辛い、怖い、無理などといった考えは過りもしなかった。抱きしめ、触れているのが芳なのだとひたすら実感し、そしてひたすら嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、それでもずっと「ごめんなさい……」と謝っていた。
「何でもなんて、俺はできないんだ」
中に入ると、飲み物もそこそこに芳は話してきた。
「昔のように……今でも格好がいいお兄ちゃんに見られたくて。いや、今はかわいい恋人でもあるからなおさら、伊吹にはよく見られたくてそう装っていただけだ」
情けないだろう、と芳は笑った。情けないなんて思う訳がない。
何でもできる人だと思ったのは伊吹の勝手だ。そしてもし本当に芳の言う通りなのだとしたら、伊吹が何でもできる人だと思えたということは、芳がそうあろうと努めてきたということになる。しかも実際に、少なくとも伊吹からすればそうあろうとする芳の外見も中身も伴っていたと思う。
例え芳がそうあろうと必死だったり頑張っていたのだとしても、その努力はどれも空振りでもなんでもなく実となり花開いていた。
そうなるにはかなり努力することもあったのかもしれない。中には上手くいかないこともあったかもしれない。
それでも伊吹からすれば本当に何でもできる格好のいい人に見えていた。むしろそれはどんなに凄いことだろうか。
「情けなくなんてない……やっぱり芳は凄い人だ……カッコよくてめちゃくちゃ好きな人だ……」
「伊吹……」
ソファーなんてない伊吹の狭い部屋の床に直接座る芳は、いつもどこか浮いたように見えていた。こんな部屋なんか似合わない、申し訳ないとさえ思っていた。
だが今はそんな浮いた芳すら愛しい。積み上げ作り上げてきた努力の証が浮き立っているかのようで切ないほどに愛しいと思えた。だからこそなおさら似つかわしくなくて、でも愛しかった。
「俺こそごめん……俺こそ情けなくてごめん……何の努力もしてない……最低の彼氏でごめんなさい……」
「伊吹が情けない訳ないだろう。お前はいつだって素直でかわいくて真っ直ぐだよ。そのままでいい。何の努力がいる? 学校の勉強か? それはうん、確かに頑張って」
努力の人だとわかった以外にわかったことがもう一つある。
「……芳、ずれてるよ……あとありがとう……でも真っ直ぐなのは芳だよ」
「そうか?」
真面目で真っ直ぐなのだが、たまにほんのりずれたまま真っ直ぐ進んでくる。
今までは甘い言葉にとらわれすぎてあまり気づく余裕がなかったみたいだ。
ひたすら泣いて謝るところが、伊吹はつい笑ってしまった。すると芳も嬉しそうに微笑んできた。
「ああ、やはり伊吹には笑って欲しいな。初めて出会った時もお前の笑顔にやられたんだ」
「初めてって……俺、三歳」
「安心しろ、その時とにお兄ちゃんのような気持ちだった」
「あはは」
やり直そう。
そんな言葉はお互い出なかった。ただその日はずっと、お互い沢山のことを話しながらひたすら「好きだ」と相手に告げていた。
……いやいや一ヶ月「も」って……。
伊吹は微妙な顔になる。そもそも芳とはもう何年も会っていなかった。避けられているのかなと思い寂しいながらも正直、平気だったはずだ。
好きになるって凄いなと思う。ほんの少し会わなくても既に寂しいし、何より自分が弱くなっている気がする。
男のくせに恋人の過去にもやもやとし、見たこともない過去の恋人に嫉妬し、そして恋人と自分との差に苦しくなる。
弱くというよりはやっぱり小さいな……うん、俺、小さいわ。
ただ、弱くというのも間違っていないように思う。釣り合わない自分が居たたまれない上に下手をすれば芳に嫌われるのではないか、芳を嫌いになってしまうのではないかと恐れ、逃げた。
弱さと小ささに呆れや情けなさを通り越して怒りすら湧きそうだった。
芳からはすぐに連絡が来た。その後も度々電話がかかってきたり恐らくメッセージを送ってくれている。それらからも逃げていた。
こういう時、多分自分だったらすぐ相手に連絡を取ろうとしなかっただろうなどと考え、また自分と芳とのできの差を思い知らされる。そしてわかっているなら逃げるのではなく、むしろ自分から連絡を取り、苦しさにどうしても付き合えないだの、それでもやはり好きだからこんな至らない自分でも許して欲しいと土下座するだのと行動すべきだろうと思う。
だができなかった。怖かった。
芳に嫌われるのも芳を嫌いになるのも本気で怖かった。
情けない。ひたすら情けなかった。
そのくせ逃げておきながら芳のことが頭から離れない。
どうすんだよ俺……。
このままでいい訳なんてない。別れて欲しいと口にはしたが、今の状態はただ逃げているだけだ。
初めて付き合った彼女には嫌気をさされてしまい、次に付き合った、それも昔からとても大好きで大切だった人に対しては向き合えずに逃げた。最低だ。これでは芳が伊吹を嫌いになる前に伊吹が堪らなく伊吹自身を大嫌いになる。
駄目だ、やはりどれだけ苦しくても今度こそ自分の思うことを相手に伝え、ちゃんと話さなくては駄目だ。
いい人ぶって結局別れるのでは本末転倒だ。自分の情けなく弱い、そして性格の悪さをちゃんと知ってもらった上で、できれば今後も付き合って欲しい。
こちらから連絡を取ろう、そして土下座してでも一度会ってもらおう。
そう決めた日、アルバイトから帰ると芳がドアのそばで待っていた。
「か、お……る……」
「伊吹、すまない。待ち伏せなんて気持ちよくないよな……ただこうでもしないと会えないと思ったんだ」
久しぶりに見た芳の、相変わらず大人で真っ直ぐでいて真摯な様子に、伊吹はグッと喉が塞がれた。鼻の奥がツンと痛む。
今は苦しいというよりは、久しぶりに会えてそして変わらない芳が嬉しかった。気づけば駆け寄り、抱きしめていた。
「俺のほうこそ、ごめん……ごめんなさい……ごめん……」
辛い、怖い、無理などといった考えは過りもしなかった。抱きしめ、触れているのが芳なのだとひたすら実感し、そしてひたすら嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、それでもずっと「ごめんなさい……」と謝っていた。
「何でもなんて、俺はできないんだ」
中に入ると、飲み物もそこそこに芳は話してきた。
「昔のように……今でも格好がいいお兄ちゃんに見られたくて。いや、今はかわいい恋人でもあるからなおさら、伊吹にはよく見られたくてそう装っていただけだ」
情けないだろう、と芳は笑った。情けないなんて思う訳がない。
何でもできる人だと思ったのは伊吹の勝手だ。そしてもし本当に芳の言う通りなのだとしたら、伊吹が何でもできる人だと思えたということは、芳がそうあろうと努めてきたということになる。しかも実際に、少なくとも伊吹からすればそうあろうとする芳の外見も中身も伴っていたと思う。
例え芳がそうあろうと必死だったり頑張っていたのだとしても、その努力はどれも空振りでもなんでもなく実となり花開いていた。
そうなるにはかなり努力することもあったのかもしれない。中には上手くいかないこともあったかもしれない。
それでも伊吹からすれば本当に何でもできる格好のいい人に見えていた。むしろそれはどんなに凄いことだろうか。
「情けなくなんてない……やっぱり芳は凄い人だ……カッコよくてめちゃくちゃ好きな人だ……」
「伊吹……」
ソファーなんてない伊吹の狭い部屋の床に直接座る芳は、いつもどこか浮いたように見えていた。こんな部屋なんか似合わない、申し訳ないとさえ思っていた。
だが今はそんな浮いた芳すら愛しい。積み上げ作り上げてきた努力の証が浮き立っているかのようで切ないほどに愛しいと思えた。だからこそなおさら似つかわしくなくて、でも愛しかった。
「俺こそごめん……俺こそ情けなくてごめん……何の努力もしてない……最低の彼氏でごめんなさい……」
「伊吹が情けない訳ないだろう。お前はいつだって素直でかわいくて真っ直ぐだよ。そのままでいい。何の努力がいる? 学校の勉強か? それはうん、確かに頑張って」
努力の人だとわかった以外にわかったことがもう一つある。
「……芳、ずれてるよ……あとありがとう……でも真っ直ぐなのは芳だよ」
「そうか?」
真面目で真っ直ぐなのだが、たまにほんのりずれたまま真っ直ぐ進んでくる。
今までは甘い言葉にとらわれすぎてあまり気づく余裕がなかったみたいだ。
ひたすら泣いて謝るところが、伊吹はつい笑ってしまった。すると芳も嬉しそうに微笑んできた。
「ああ、やはり伊吹には笑って欲しいな。初めて出会った時もお前の笑顔にやられたんだ」
「初めてって……俺、三歳」
「安心しろ、その時とにお兄ちゃんのような気持ちだった」
「あはは」
やり直そう。
そんな言葉はお互い出なかった。ただその日はずっと、お互い沢山のことを話しながらひたすら「好きだ」と相手に告げていた。
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