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14話
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毎日、芳はどう過ごせばいいかわからなくて困っていた。以前は伊吹なしでちゃんと過ごしてきたというのに思い出せない。最近は日々、仕事と共に伊吹のことを考えて過ごしてばかりだったせいもあり、それをなしにして一日を過ごす方法がわからない。
「安佐波、大丈夫か?」
同僚の中でもおそらくは一番親しいであろう久田という男に聞かれ、芳はとりあえず頷く。
自社ビルの上層部にある、ほぼ丸々ワンフロアが休憩室になっている場所は寛げるが今時珍しく喫煙所でもある。そのためむしろ普段は人が少ないのもあって芳は時折ここでひとり、ぼんやりすることがある。今もひとりでぼんやりと伊吹を思っていた。久田は喫煙者だからか先ほどここへやって来たのだが、煙草を吸いながらまた口を開いてくる。
「安佐波さんの憂い顔素敵」
「……頭でも打ったのか?」
「俺じゃねえ。女子社員らがお前いない時に言ってたぞ」
「心底どうでもいいな……」
「何それ、俺らの敵発言過ぎ。まぁ、誰が見ても憂えてるってことだ。仕事でもミスった?」
「お前じゃあるまいし……」
「馬鹿言うな。俺はお前ほど仕事はできなくともミスったことはねぇぞ多分」
「……。こんな時間に堂々と煙草休憩してるやつが何言ってんだ」
「お前なんか煙草も吸わねぇのに堂々と」
「俺は一旦やることを終えてる」
「悩み事抱えてても相変わらず仕事は半端ねぇな」
「努力家なんだよ」
軽口のように返したが、芳は実際努力して今の自分を作り上げてきた。本来は口数も少なく不器用だ。
「芳が何でもできて……きっと過去に沢山素敵な人と付き合ってきただろうと思うのも辛いし、自分の至らなさとの差も辛い」
伊吹に言われた言葉が頭を過る。
何でもなんてできない。
仕事は誰とも付き合えない鬱憤的なものも込めてずっと打ち込んできたのもあるが、普段だって本当は不器用で大したことなどできない。ただ、伊吹によく見せたいがために何だって頑張り、何でもないような振りをしていただけだ。
ずっとひとりだった時はコーヒーひとつ、まともに淹れられなかった。インスタントすら分量などを把握してないままあまり上手く作れなくて店でペットボトルを買ったりしていた。伊吹と付き合うようになってから沢山コーヒーについて勉強し、コーヒー豆から美味しく淹れられるよう頑張っただけだ。めちゃくちゃコーヒーが好きという訳でもない伊吹が、時折芳の淹れたコーヒーを何気に美味しく飲んでいるのを見るのがただ嬉しくて頑張っただけだ。
何でもそんな感じなのだ。
だからわからない。伊吹が何を言っていたのかも、苦しんでいる理由だって不器用だからわからない。
でも努力ならできる。今までだって自分なりに努力して自分を作り上げてきた。だからせめてもっと話し合いたい。伊吹の辛いことや悩んでいることをわかってあげられなかった自分を戒め、少しでも理解し伊吹が楽になるよう努力するから、まずはもっと話し合いたかった。
別れるなんて、言わないで欲しい。
確かに最初から玉砕覚悟だった。だが伊吹も好きになってくれた時点で、砕けるつもりなんてなくなっていた。簡単に別れたくない。
もちろん、必死になって連絡を取ろうとした。だが電話には出てもらえないし、送ったメッセージは既読すらつかない。
以前のように店で待ち伏せしてもよかったが「キツい」とまで言われたのもあってさすがにやりにくい。
伊吹の自宅の前で待ち伏せも考えたが「ストーカー」の文字が頭を過ってしまい、ますます嫌われる可能性を考えるとこれもやりにくい。
「仕事のミスでないなら女か?」
ふと気づくと、まだ同じ会話が続いていたようだ。
「まぁ、付き合っている人のことだ、な」
女じゃないけれども。
「マジかよ、安佐波が?」
「どういう意味だ」
「いやだってお前、ウチの女どもに全然なびかないから影で難攻不落王とも言われてんだぞ」
「……別にいいけどな」
少々痛いネーミングに微妙な顔にはなったが、難攻不落だと思われるのは実際構わない。むしろもっと出回ればいいと思う。そうすれば知らない野郎から何故か食事や飲みに誘われるといった不思議な現象も減る気がする。
もしかしたら自分は腹が減って飢えているような表情でもしているのかもしれない。腹は減ってはいないと思うが実際伊吹に飢えている。それでつい、知り合いでもなんでもないのに難攻不落に対して食事に誘おうと挑戦してくるのかもしれない。
「いいのかよ。言い寄られんのが面倒なら、その付き合ってる誰かさんのことを全面的に出せばいいんじゃないのか」
「その誰かさんにフラれかかっていて憂えてるんだ」
舌打ちをしそうな勢いで言い返すと久田はポカンとした顔をしてきた。
「お前が?」
「何だよ」
「いやぁ、楽しいな」
「……お前だけはいい性格してるよな」
他の同僚などはどちらかというと優しいわりにどこか一歩引いたような態度をしてくるタイプが多い。
まぁ、こんな性格の相手だから俺も自分を出しやすいし、むしろこいつとは付き合いやすいんだけども。
「だっておモテになるじゃないですかー。そんなお前がね。いやぁ、今日は楽しい酒が飲めそうだ」
「最低だな」
「で、別れんの?」
「……別れたくない、けど連絡がつかない」
「何で」
「電話に出てくれないんだ」
「だったらいっそ、待ち伏せして別れたくないって駄々こねてみろよ」
「は? いい大人がか」
「恋愛なんてカッコつけても仕方ねぇだろ。相手思いやんのも大事だけどさ、情けねぇくらい必死にもなれんで、どーするよ」
「そんなことしたら嫌われ……」
「会えないまま別れる方がいいってこと?」
「……いや」
それは絶対に嫌だ。それならやはり、なりふり構わずでも話し合いたい。
店は迷惑をかけやすいだろうから、家の前で待とう。それでも避けられたとしても粘ろう。
そして話を聞いてもらえるのなら、自分の不器用で情けないところを……話そう。
「安佐波、大丈夫か?」
同僚の中でもおそらくは一番親しいであろう久田という男に聞かれ、芳はとりあえず頷く。
自社ビルの上層部にある、ほぼ丸々ワンフロアが休憩室になっている場所は寛げるが今時珍しく喫煙所でもある。そのためむしろ普段は人が少ないのもあって芳は時折ここでひとり、ぼんやりすることがある。今もひとりでぼんやりと伊吹を思っていた。久田は喫煙者だからか先ほどここへやって来たのだが、煙草を吸いながらまた口を開いてくる。
「安佐波さんの憂い顔素敵」
「……頭でも打ったのか?」
「俺じゃねえ。女子社員らがお前いない時に言ってたぞ」
「心底どうでもいいな……」
「何それ、俺らの敵発言過ぎ。まぁ、誰が見ても憂えてるってことだ。仕事でもミスった?」
「お前じゃあるまいし……」
「馬鹿言うな。俺はお前ほど仕事はできなくともミスったことはねぇぞ多分」
「……。こんな時間に堂々と煙草休憩してるやつが何言ってんだ」
「お前なんか煙草も吸わねぇのに堂々と」
「俺は一旦やることを終えてる」
「悩み事抱えてても相変わらず仕事は半端ねぇな」
「努力家なんだよ」
軽口のように返したが、芳は実際努力して今の自分を作り上げてきた。本来は口数も少なく不器用だ。
「芳が何でもできて……きっと過去に沢山素敵な人と付き合ってきただろうと思うのも辛いし、自分の至らなさとの差も辛い」
伊吹に言われた言葉が頭を過る。
何でもなんてできない。
仕事は誰とも付き合えない鬱憤的なものも込めてずっと打ち込んできたのもあるが、普段だって本当は不器用で大したことなどできない。ただ、伊吹によく見せたいがために何だって頑張り、何でもないような振りをしていただけだ。
ずっとひとりだった時はコーヒーひとつ、まともに淹れられなかった。インスタントすら分量などを把握してないままあまり上手く作れなくて店でペットボトルを買ったりしていた。伊吹と付き合うようになってから沢山コーヒーについて勉強し、コーヒー豆から美味しく淹れられるよう頑張っただけだ。めちゃくちゃコーヒーが好きという訳でもない伊吹が、時折芳の淹れたコーヒーを何気に美味しく飲んでいるのを見るのがただ嬉しくて頑張っただけだ。
何でもそんな感じなのだ。
だからわからない。伊吹が何を言っていたのかも、苦しんでいる理由だって不器用だからわからない。
でも努力ならできる。今までだって自分なりに努力して自分を作り上げてきた。だからせめてもっと話し合いたい。伊吹の辛いことや悩んでいることをわかってあげられなかった自分を戒め、少しでも理解し伊吹が楽になるよう努力するから、まずはもっと話し合いたかった。
別れるなんて、言わないで欲しい。
確かに最初から玉砕覚悟だった。だが伊吹も好きになってくれた時点で、砕けるつもりなんてなくなっていた。簡単に別れたくない。
もちろん、必死になって連絡を取ろうとした。だが電話には出てもらえないし、送ったメッセージは既読すらつかない。
以前のように店で待ち伏せしてもよかったが「キツい」とまで言われたのもあってさすがにやりにくい。
伊吹の自宅の前で待ち伏せも考えたが「ストーカー」の文字が頭を過ってしまい、ますます嫌われる可能性を考えるとこれもやりにくい。
「仕事のミスでないなら女か?」
ふと気づくと、まだ同じ会話が続いていたようだ。
「まぁ、付き合っている人のことだ、な」
女じゃないけれども。
「マジかよ、安佐波が?」
「どういう意味だ」
「いやだってお前、ウチの女どもに全然なびかないから影で難攻不落王とも言われてんだぞ」
「……別にいいけどな」
少々痛いネーミングに微妙な顔にはなったが、難攻不落だと思われるのは実際構わない。むしろもっと出回ればいいと思う。そうすれば知らない野郎から何故か食事や飲みに誘われるといった不思議な現象も減る気がする。
もしかしたら自分は腹が減って飢えているような表情でもしているのかもしれない。腹は減ってはいないと思うが実際伊吹に飢えている。それでつい、知り合いでもなんでもないのに難攻不落に対して食事に誘おうと挑戦してくるのかもしれない。
「いいのかよ。言い寄られんのが面倒なら、その付き合ってる誰かさんのことを全面的に出せばいいんじゃないのか」
「その誰かさんにフラれかかっていて憂えてるんだ」
舌打ちをしそうな勢いで言い返すと久田はポカンとした顔をしてきた。
「お前が?」
「何だよ」
「いやぁ、楽しいな」
「……お前だけはいい性格してるよな」
他の同僚などはどちらかというと優しいわりにどこか一歩引いたような態度をしてくるタイプが多い。
まぁ、こんな性格の相手だから俺も自分を出しやすいし、むしろこいつとは付き合いやすいんだけども。
「だっておモテになるじゃないですかー。そんなお前がね。いやぁ、今日は楽しい酒が飲めそうだ」
「最低だな」
「で、別れんの?」
「……別れたくない、けど連絡がつかない」
「何で」
「電話に出てくれないんだ」
「だったらいっそ、待ち伏せして別れたくないって駄々こねてみろよ」
「は? いい大人がか」
「恋愛なんてカッコつけても仕方ねぇだろ。相手思いやんのも大事だけどさ、情けねぇくらい必死にもなれんで、どーするよ」
「そんなことしたら嫌われ……」
「会えないまま別れる方がいいってこと?」
「……いや」
それは絶対に嫌だ。それならやはり、なりふり構わずでも話し合いたい。
店は迷惑をかけやすいだろうから、家の前で待とう。それでも避けられたとしても粘ろう。
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