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11話
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まさかこんなにはまってしまうとは思っていなかった。
伊吹は少し自分に対し唖然とする。咄嗟の流れ的な感じで、自分の中で自覚する前に告白を仕返すことになったが、もちろん芳のことは勢いでも何となくでもなく好きだ。
いくら昔、大事に面倒を見てくれた兄的存在だからとはいえ、男相手じゃなくとも適当な気持ちで付き合うことは伊吹には無理だ。告白してしまった後にもよく考えてみたが、芳と付き合うことで生じるあれこれを想像してみても気持ち悪いどころか、ちゃんとドキドキしたし、わくわくもした。
それどころか付き合いが始まると、考えるまでもなく好きなのだと思い知らされた。幼馴染としての気持ちと混同するのではなく、加算されるのだと知った。会うのが楽しみでならない。年上で大人な人なので、友だちと遊ぶ感覚とはまた違う。楽しい遊びをするから楽しいのではなく、芳と一緒にいるから楽しい。
もちろん、初めての彼女と会う時も楽しかった。一緒にいるのが楽しかった。ただ、違うのが伊吹がまたついアルバイトなどを優先させてしまっても芳は怒らないということだ。
「それは仕方がないよ。次に会える日を考えよう。そうだな、伊吹はいつが空いている?」
そのため、次に会える日が余計に楽しみになった。
社会人の芳もたまにどうしても外せない用事があったりしたが、大抵は都合を合わせてくれた。
「仕事、大事だし大変なんじゃないの?」
「お前より大事なものなんてないし、俺は元々やらなければならない仕事を残業してまで時間をかけるタイプじゃない。問題ないよ」
付き合うようになってから会えば会うほど、伊吹は芳にはまっている自分を実感した。ブランクはあったものの幼馴染だけに、やたらと気を使うこともない。自然体でいられる。そして何より恋人に対して素直に甘えられる。
ただ、はまっていくのと反比例するかのように気になることも出てきた。
付き合ってしばらく経つが、未だにセックスどころかキスすらしていない。セックスは男同士だけに中々難しいだろうとは思うが、キスは男同士だろうがなんだろうが、唇がついている限りできる。
とてつもなく甘い雰囲気にはこれでもかというくらいなるし、あまりにさりげなく髪や頬などに触れられることもある。なのに今まで一度もキスはない。
したいなら自分からすればいいのだが、大人である芳が一切してこようとしない状況では中々にしづらいものがある。それでも一度試みたことがあるが、偶然だろうかわざとだろうか、結果的にかわされた気がする。その時は結構落ち込んだし、しばらくは悶々とした。
……って、いっそはっきり聞くか。
週末は大抵アルバイトが入っていたが、伊吹は店長に頼み込み、休みを貰った。いつも頼まれ出勤する側だったからか「珍しいね」と言われながらも快く休みを貰えた。
芳にも「珍しいな」と言われたが嬉しそうな様子で「もちろんだよ、金曜の夜、一緒に過ごそう」と返事を貰った。
前の彼女と付き合っていた時もこういう風に休みを取っていれば今も続いていたのだろうかとふと頭に過ったが、彼女には申し訳ないながらもきっと相手が芳だからこそじゃないだろうかと思う。
「ねぇ、芳。芳はもしかして俺とキスしたくないの?」
どこへ行きたいかと聞かれ「芳の家」と即答したら苦笑されたが遠慮なく押しかけた。そして家へ向かう途中のコンビニエンスストアで買った惣菜と芳の家にある酒を堪能しながら伊吹はぼかすことなく聞いた。
芳は少し咳き込んでから「何故」と笑いかけてくる。
「だって全然キスしないだろ。前に一度俺からしようとしたらかわされたし……だから嫌なのかなって……男同士だからとかは関係ないよな? だって既にお互い好きだろ……それとも、もう違うとか……」
言っている内に自分がただのわがままな子どものような気分になってきた。少なくとも大人っぽさは皆無だ。もう少し言い様はなかったのかと落ち込みそうになる。
「……そんなこと、ないよ。ただ、そうだな……俺はお前より年が上なのと昔の小さなお前を覚えてるだけに……してもいいんだろうかとつい思ってしまって」
ああ、やっぱり大人だ。
伊吹はしみじみと思った。自分はそんな風になど過りもしなかった。確かに年上で兄のような人だけれども、今は恋人にしか見ていなかった。
「そんなの……いいよ……だって恋人だろ」
口を開く度にますます自分が子どもじみている気がする。
「そう、だな。……うん、かわいいな、伊吹は」
「は? 何でここでかわいいと──」
かわいいとか出てくんの。やっぱり子ども扱いしてんのと言いかけたところで最後まで言えなかった。
唇が重なる。
芳が飲んでいたワインの味とともに芳の味がする。
ずっとキスがしたくて、でもある意味お預けを食らっていたようなものだからだろうか。とてつもなく興奮した。
大人な芳は丁寧にゆっくりと口づけてくれているのに、伊吹からもっと深くと求めた。興奮してしまっているからか、ひたすら味わおうとしているからか、めちゃくちゃなキスになった。
「……っごめ、芳……俺、まるで初めてキスするみたいなやつに、なっちゃ、って……っ」
キスの合間に息を乱しながら言えば「俺もだよ」と返ってきた。
嘘だ、絶対慣れてる癖にと思いながらもすぐにどうでもよくなった。興奮している伊吹に戸惑っているからか控え気味な芳の口の中を、伊吹のほうから堪能した。
もっと芳も俺を求めて。
そんな気持ちで舌を這わせ、絡めていると芳もだんだんと応じてくれるようになった。
これ、駄目だ。無理、気持ちいい。
ますます息を乱し、伊吹は声が掠れるのも気にせず「したい……」と芳を抱きしめる。
「え?」
「したい、こんなの何もしないとか無理だろ……俺、男同士とかあまりわからないけどその、俺は入れるほうでも入れられるほうでもいい……芳としたい」
伊吹は少し自分に対し唖然とする。咄嗟の流れ的な感じで、自分の中で自覚する前に告白を仕返すことになったが、もちろん芳のことは勢いでも何となくでもなく好きだ。
いくら昔、大事に面倒を見てくれた兄的存在だからとはいえ、男相手じゃなくとも適当な気持ちで付き合うことは伊吹には無理だ。告白してしまった後にもよく考えてみたが、芳と付き合うことで生じるあれこれを想像してみても気持ち悪いどころか、ちゃんとドキドキしたし、わくわくもした。
それどころか付き合いが始まると、考えるまでもなく好きなのだと思い知らされた。幼馴染としての気持ちと混同するのではなく、加算されるのだと知った。会うのが楽しみでならない。年上で大人な人なので、友だちと遊ぶ感覚とはまた違う。楽しい遊びをするから楽しいのではなく、芳と一緒にいるから楽しい。
もちろん、初めての彼女と会う時も楽しかった。一緒にいるのが楽しかった。ただ、違うのが伊吹がまたついアルバイトなどを優先させてしまっても芳は怒らないということだ。
「それは仕方がないよ。次に会える日を考えよう。そうだな、伊吹はいつが空いている?」
そのため、次に会える日が余計に楽しみになった。
社会人の芳もたまにどうしても外せない用事があったりしたが、大抵は都合を合わせてくれた。
「仕事、大事だし大変なんじゃないの?」
「お前より大事なものなんてないし、俺は元々やらなければならない仕事を残業してまで時間をかけるタイプじゃない。問題ないよ」
付き合うようになってから会えば会うほど、伊吹は芳にはまっている自分を実感した。ブランクはあったものの幼馴染だけに、やたらと気を使うこともない。自然体でいられる。そして何より恋人に対して素直に甘えられる。
ただ、はまっていくのと反比例するかのように気になることも出てきた。
付き合ってしばらく経つが、未だにセックスどころかキスすらしていない。セックスは男同士だけに中々難しいだろうとは思うが、キスは男同士だろうがなんだろうが、唇がついている限りできる。
とてつもなく甘い雰囲気にはこれでもかというくらいなるし、あまりにさりげなく髪や頬などに触れられることもある。なのに今まで一度もキスはない。
したいなら自分からすればいいのだが、大人である芳が一切してこようとしない状況では中々にしづらいものがある。それでも一度試みたことがあるが、偶然だろうかわざとだろうか、結果的にかわされた気がする。その時は結構落ち込んだし、しばらくは悶々とした。
……って、いっそはっきり聞くか。
週末は大抵アルバイトが入っていたが、伊吹は店長に頼み込み、休みを貰った。いつも頼まれ出勤する側だったからか「珍しいね」と言われながらも快く休みを貰えた。
芳にも「珍しいな」と言われたが嬉しそうな様子で「もちろんだよ、金曜の夜、一緒に過ごそう」と返事を貰った。
前の彼女と付き合っていた時もこういう風に休みを取っていれば今も続いていたのだろうかとふと頭に過ったが、彼女には申し訳ないながらもきっと相手が芳だからこそじゃないだろうかと思う。
「ねぇ、芳。芳はもしかして俺とキスしたくないの?」
どこへ行きたいかと聞かれ「芳の家」と即答したら苦笑されたが遠慮なく押しかけた。そして家へ向かう途中のコンビニエンスストアで買った惣菜と芳の家にある酒を堪能しながら伊吹はぼかすことなく聞いた。
芳は少し咳き込んでから「何故」と笑いかけてくる。
「だって全然キスしないだろ。前に一度俺からしようとしたらかわされたし……だから嫌なのかなって……男同士だからとかは関係ないよな? だって既にお互い好きだろ……それとも、もう違うとか……」
言っている内に自分がただのわがままな子どものような気分になってきた。少なくとも大人っぽさは皆無だ。もう少し言い様はなかったのかと落ち込みそうになる。
「……そんなこと、ないよ。ただ、そうだな……俺はお前より年が上なのと昔の小さなお前を覚えてるだけに……してもいいんだろうかとつい思ってしまって」
ああ、やっぱり大人だ。
伊吹はしみじみと思った。自分はそんな風になど過りもしなかった。確かに年上で兄のような人だけれども、今は恋人にしか見ていなかった。
「そんなの……いいよ……だって恋人だろ」
口を開く度にますます自分が子どもじみている気がする。
「そう、だな。……うん、かわいいな、伊吹は」
「は? 何でここでかわいいと──」
かわいいとか出てくんの。やっぱり子ども扱いしてんのと言いかけたところで最後まで言えなかった。
唇が重なる。
芳が飲んでいたワインの味とともに芳の味がする。
ずっとキスがしたくて、でもある意味お預けを食らっていたようなものだからだろうか。とてつもなく興奮した。
大人な芳は丁寧にゆっくりと口づけてくれているのに、伊吹からもっと深くと求めた。興奮してしまっているからか、ひたすら味わおうとしているからか、めちゃくちゃなキスになった。
「……っごめ、芳……俺、まるで初めてキスするみたいなやつに、なっちゃ、って……っ」
キスの合間に息を乱しながら言えば「俺もだよ」と返ってきた。
嘘だ、絶対慣れてる癖にと思いながらもすぐにどうでもよくなった。興奮している伊吹に戸惑っているからか控え気味な芳の口の中を、伊吹のほうから堪能した。
もっと芳も俺を求めて。
そんな気持ちで舌を這わせ、絡めていると芳もだんだんと応じてくれるようになった。
これ、駄目だ。無理、気持ちいい。
ますます息を乱し、伊吹は声が掠れるのも気にせず「したい……」と芳を抱きしめる。
「え?」
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