偽りの仮面

Guidepost

文字の大きさ
上 下
11 / 20

11話

しおりを挟む
 まさかこんなにはまってしまうとは思っていなかった。
 伊吹は少し自分に対し唖然とする。咄嗟の流れ的な感じで、自分の中で自覚する前に告白を仕返すことになったが、もちろん芳のことは勢いでも何となくでもなく好きだ。
 いくら昔、大事に面倒を見てくれた兄的存在だからとはいえ、男相手じゃなくとも適当な気持ちで付き合うことは伊吹には無理だ。告白してしまった後にもよく考えてみたが、芳と付き合うことで生じるあれこれを想像してみても気持ち悪いどころか、ちゃんとドキドキしたし、わくわくもした。
 それどころか付き合いが始まると、考えるまでもなく好きなのだと思い知らされた。幼馴染としての気持ちと混同するのではなく、加算されるのだと知った。会うのが楽しみでならない。年上で大人な人なので、友だちと遊ぶ感覚とはまた違う。楽しい遊びをするから楽しいのではなく、芳と一緒にいるから楽しい。
 もちろん、初めての彼女と会う時も楽しかった。一緒にいるのが楽しかった。ただ、違うのが伊吹がまたついアルバイトなどを優先させてしまっても芳は怒らないということだ。

「それは仕方がないよ。次に会える日を考えよう。そうだな、伊吹はいつが空いている?」

 そのため、次に会える日が余計に楽しみになった。
 社会人の芳もたまにどうしても外せない用事があったりしたが、大抵は都合を合わせてくれた。

「仕事、大事だし大変なんじゃないの?」
「お前より大事なものなんてないし、俺は元々やらなければならない仕事を残業してまで時間をかけるタイプじゃない。問題ないよ」

 付き合うようになってから会えば会うほど、伊吹は芳にはまっている自分を実感した。ブランクはあったものの幼馴染だけに、やたらと気を使うこともない。自然体でいられる。そして何より恋人に対して素直に甘えられる。
 ただ、はまっていくのと反比例するかのように気になることも出てきた。
 付き合ってしばらく経つが、未だにセックスどころかキスすらしていない。セックスは男同士だけに中々難しいだろうとは思うが、キスは男同士だろうがなんだろうが、唇がついている限りできる。
 とてつもなく甘い雰囲気にはこれでもかというくらいなるし、あまりにさりげなく髪や頬などに触れられることもある。なのに今まで一度もキスはない。
 したいなら自分からすればいいのだが、大人である芳が一切してこようとしない状況では中々にしづらいものがある。それでも一度試みたことがあるが、偶然だろうかわざとだろうか、結果的にかわされた気がする。その時は結構落ち込んだし、しばらくは悶々とした。

 ……って、いっそはっきり聞くか。

 週末は大抵アルバイトが入っていたが、伊吹は店長に頼み込み、休みを貰った。いつも頼まれ出勤する側だったからか「珍しいね」と言われながらも快く休みを貰えた。
 芳にも「珍しいな」と言われたが嬉しそうな様子で「もちろんだよ、金曜の夜、一緒に過ごそう」と返事を貰った。
 前の彼女と付き合っていた時もこういう風に休みを取っていれば今も続いていたのだろうかとふと頭に過ったが、彼女には申し訳ないながらもきっと相手が芳だからこそじゃないだろうかと思う。

「ねぇ、芳。芳はもしかして俺とキスしたくないの?」

 どこへ行きたいかと聞かれ「芳の家」と即答したら苦笑されたが遠慮なく押しかけた。そして家へ向かう途中のコンビニエンスストアで買った惣菜と芳の家にある酒を堪能しながら伊吹はぼかすことなく聞いた。
 芳は少し咳き込んでから「何故」と笑いかけてくる。

「だって全然キスしないだろ。前に一度俺からしようとしたらかわされたし……だから嫌なのかなって……男同士だからとかは関係ないよな? だって既にお互い好きだろ……それとも、もう違うとか……」

 言っている内に自分がただのわがままな子どものような気分になってきた。少なくとも大人っぽさは皆無だ。もう少し言い様はなかったのかと落ち込みそうになる。

「……そんなこと、ないよ。ただ、そうだな……俺はお前より年が上なのと昔の小さなお前を覚えてるだけに……してもいいんだろうかとつい思ってしまって」

 ああ、やっぱり大人だ。

 伊吹はしみじみと思った。自分はそんな風になど過りもしなかった。確かに年上で兄のような人だけれども、今は恋人にしか見ていなかった。

「そんなの……いいよ……だって恋人だろ」

 口を開く度にますます自分が子どもじみている気がする。

「そう、だな。……うん、かわいいな、伊吹は」
「は? 何でここでかわいいと──」

 かわいいとか出てくんの。やっぱり子ども扱いしてんのと言いかけたところで最後まで言えなかった。
 唇が重なる。
 芳が飲んでいたワインの味とともに芳の味がする。
 ずっとキスがしたくて、でもある意味お預けを食らっていたようなものだからだろうか。とてつもなく興奮した。
 大人な芳は丁寧にゆっくりと口づけてくれているのに、伊吹からもっと深くと求めた。興奮してしまっているからか、ひたすら味わおうとしているからか、めちゃくちゃなキスになった。

「……っごめ、芳……俺、まるで初めてキスするみたいなやつに、なっちゃ、って……っ」

 キスの合間に息を乱しながら言えば「俺もだよ」と返ってきた。
 嘘だ、絶対慣れてる癖にと思いながらもすぐにどうでもよくなった。興奮している伊吹に戸惑っているからか控え気味な芳の口の中を、伊吹のほうから堪能した。

 もっと芳も俺を求めて。

 そんな気持ちで舌を這わせ、絡めていると芳もだんだんと応じてくれるようになった。

 これ、駄目だ。無理、気持ちいい。

 ますます息を乱し、伊吹は声が掠れるのも気にせず「したい……」と芳を抱きしめる。

「え?」
「したい、こんなの何もしないとか無理だろ……俺、男同士とかあまりわからないけどその、俺は入れるほうでも入れられるほうでもいい……芳としたい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ふたりの距離

春夏
BL
【完結しました】 予備校で出会った2人が7年の時を経て両想いになるまでのお話です。全9話。

ある夏、迷い込んできた子猫を守り通したら恋人どうしになりました~マイ・ビューティフル・カフェーテラス~

松本尚生
BL
ひと晩の寝床を求めて街をさ迷う二十歳の良平は危うくて、素直で純情だった。初恋を引きずっていた貴広はそんな良平に出会い―― 祖父の喫茶店を継ぐため、それまで勤めた会社を辞め札幌にやってきた貴広は、8月のある夜追われていた良平を助ける。毎夜の寝床を探して街を歩いているのだと言う良平は、とても危うくて、痛々しいように貴広には見える。ひと晩店に泊めてやった良平は、朝にはいなくなっていた。 良平に出会ってから、「あいつ」を思い出すことが増えた。好きだったのに、一線を踏みこえることができず失ったかつての恋。再び街へ繰りだした貴広は、いつもの店でまた良平と出くわしてしまい。 お楽しみいただければ幸いです。 表紙画像は、青丸さまの、 「青丸素材館」 http://aomarujp.blog.fc2.com/ からいただきました。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

処理中です...