偽りの仮面

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5話

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 厚かましいかなと思いつつ、芳の家に泊まらせてくれと伊吹が提案すると、芳は快く承諾してくれた。
 昔を思い出し、伊吹は振られた傷心も少し忘れて嬉しくなる。さすがに小さかった昔のままとはいかないが、明日仕事のある芳に迷惑がかからない程度に少し喋りたいなとは思った。だが別れた彼女の話になるとは思っていなかった。

「そうか……別れたのか」
「うん……でも俺、芳とはあまりこの話、したくないかも」
「何故?」

 首を少し傾けてくる芳の様子が大人の落ち着いた男といった感じで、昔から格好よかった芳が益々大人らしく格好よくなっていることに伊吹は得意げな気持ちさえ湧きそうだった。

「どうだ、俺のお兄ちゃんみたいな人、格好いいだろ」

 誰に言う訳でもないが、そんな風に兄自慢をしたくなるような気持ちになる。

「芳にはつい甘えたくなるけど」
「いいじゃないか、甘えたらいい」
「うん、すでに甘えさせてもらってるし、それにまた他の機会にお願いするかも。えっと、さ。芳は元々俺の元カノ知らないでしょ。なのに俺が失恋のショックについてとかそれまでこんなことがあったとか一方的に言ったらなんか元カノの陰口みたいで落ち着かないっていうか」

 ただでさえ何となく情けないというのに、さらに情けない男になりそうな気がする。
 伊吹が力なく笑うと芳が一瞬何とも言えない表情をした後にぎゅっと伊吹を抱きしめてきた。

「か、芳?」
「お前は本当にいい子でかわいいなぁ」
「俺、かなり身長あると思うんだけど……よくそれでも子ども扱いできるね……」

 苦笑しながら言えば「子ども扱いできるならそのほうがよかった」と伊吹を抱きしめながら芳が呟く。

 どういう意味だろう。

 今まさに子ども扱いをしていると思う伊吹は内心首を傾げた。

「よし。じゃあ風呂や洗面所、好きに使うといい」

 少しの間抱きしめていた芳が伊吹を離し、ニッコリと笑いかけてくる。

「芳が先にどうぞ。明日仕事だろ?」
「大丈夫だ」
「でも。俺、厚かましいやつだろ、それじゃあただの」
「馬鹿だな、お前はかわいい俺の伊吹なんだから、厚かましいくらいでいいんだよ。風呂、入ってこい」

 笑みを浮かべながら言う芳が格好よくて、伊吹はつい嬉しげに笑った。

「どうした?」
「やっぱ芳はカッコいいなぁって思って」
「はは。入ってる間にバスタオル、出しておくから。あと着替え、俺ので構わないか?」
「うん、ちょっと袖とか足りないかもだけど」
「それは思っても素知らぬふりしてくれないと。ああ、あと下着、新品があるからそれ、使ってくれ」
「さすがに悪いよそれ」
「気にするな」

 結局そうさせてもらうことになり、伊吹はちょうどいい温度の湯船に浸かり、大きく息をはいた。
 中学生になりたての頃、久しぶりに芳を見かけたことがある。ずっと一緒だった芳と少し前からあまり会うタイミングもなく、中学生になってからだと初めてだった気がする。
 純粋に嬉しくて、そして少し大人になった気分だった伊吹は制服姿を見て欲しくて、速攻で声をかけた。芳も喜んでくれると思っていた。だがあの時の芳はどこか上の空で、伊吹と出会ったのもあまり嬉しそうに見えなかった。気のせいかもしれないが、その後もほぼ会うことのないまま芳は上京してしまった。
 実はけっこう悲しかった。あれほどずっと仲よく遊んでくれていた近所のお兄ちゃんは、役目が終わったとばかりに会ってくれなくなったのだろうかと思った。それどころか避けられているような気がした。もう会うことはないのだろうかと心の片隅でずっと気になっていた。
 だから最初は気づかなかったとはいえ今日、芳から声をかけてくれたのは本当に嬉しかった。
 気づかないのも仕方ないよな、芳、ほんと大人なイケメンになってんだもんね。
 髪や体を洗い、風呂を出ると芳がペットボトルを差し出してきた。

「炭酸水。飲む?」
「え、あ、うん。でも何で炭酸水?」

 別に水でいいのにと思いながら伊吹が聞けば「美容と健康にいいぞ」と微笑まれた。

 ほんっとイケメンだ。

 健康だけでなく美容も気にしてるのかと少しおかしく思いながら、伊吹はありがたくもらうことにした。

「ソファーでいいよ」

 芳も風呂から出た後、布団を用意するからと言われて伊吹は慌てて手を振った。

「ソファーは眠るためのものじゃないし、布団はあるから気にするな」
「でも手間じゃない? あ、芳はベッド? 広い? あれだったら一緒に寝ようよ」

 昔を懐かしむ気持ちが少しあったのか、普通ならそれこそ大の男二人で一緒に眠るなんて手間でしかなさそうだというのに口にしていた。

「な、に言ってるんだ。ベッドは広いけどおかしいだろ。いいから。リビングに敷けばいいな」

 もしかしたら引いているのだろうか、芳が言葉に少しつまりながら苦笑してくる。

「えー。じゃあせめて同じ部屋で寝ようよ。何かだって懐かしいじゃない」
「……駄目だ」
「え?」

 今、駄目だと言われたのだろうか。もしかして、芳は優しいからこうして面倒を見てくれているが、実はかなり迷惑だったのだろうか。

「ごめん、芳。だよな、迷惑だ──」
「迷惑な訳ないだろう? 違う、俺が意識しているから、駄目なんだ」
「何の?」

 伊吹はポカンと芳を見た。

「……俺が昔、お前を避けてたのは、知ってた?」
「あ……、やっぱそうだったんだ……」

 ツキリと伊吹の胸が痛んだ。面と向かって言われるとさすがにショックだ。

「あ、き、嫌いだからじゃないぞ!」
「え、でも」
「お前のこと、好きだからだ、好きだから避けていた」

 好きだから避ける?

 ちょっとよくわからなくて伊吹は首を傾げた。自分も芳が好きどころか大好きだった。だからこそ、小さな頃のままは難しいにしても、せめてたまには遊んで欲しいと思っていた。

「好きだったら、避けたくなくない?」
「あー……」

 違うんだ、と芳は首を振ってきた。
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